溺愛されていると信じておりました──が。もう、どうでもいいです。

ふまさ

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 どうして、わざわざそんなことを伝えたのか。考えるより先に、フィオナは音楽室へと向かっていた。歩く速度がどんどん増していく。

 どくん。どくん。
 心臓の鼓動が早くなっていくのがわかる。

 これまでジェマは、決してミックにかかわろうとはしなかったのに。

 何故? どうして?

 フィオナは断じて、ジェマとミックの仲を疑っているわけでなかった。だって、知っているから。それは、フィオナが一番。だからこそ、ジェマがミックと二人で話したい内容は、容易に想像ができた。それはジェマを信じているからこそ。

(でもね。違うのよ、ジェマ。だって、わたしが──)


「──あたしの友達が、あなたとフィオナが食堂で交わした会話の内容を、教えてくれました」

「へえ。それで?」

 音楽室の扉の前に着くなり、中から聞こえてきた、二人の声。フィオナの足がぴたりと止まる。どうしてか、足がその場に張り付いてしまったように、動けなくなってしまった。

「……フィオナに、赤薔薇が刺繍されたハンカチを贈ったのだとか」

 ジェマの声が少し、震えているのがわかった。それは怒りのためか、怖れか。両方なのか。ジェマ自身、よくわかっていなかったのかもしれない。

「そうだよ。フィオナは赤色も薔薇も、大好きだからね」

 悪びれもなく、当然のように答えるミック。ジェマは我慢の限界だったのか、声を張り上げた。

「……フィオナは赤色も薔薇も好きじゃありません! 食べ物の好き嫌いだってないわ!!」

「それは、きみがフィオナのことを何も知らないからだよ」

「それはあなたでしょう?!」

 ミックはこれ見よがしにため息をつき、口調を強めた。

「口の聞きかたに気を付けて。いくら大事な婚約者の学友でも、あまりにも無礼な態度は看過できないよ」

 姿は見えていないのに、ジェマが言葉に詰まるのが、手に取るようにフィオナにも伝わってきた。

 止めなければ。頭ではわかっているのに、身体が動いてくれない。

 聞きたい。知りたいのだ。ミックの本心を。

 フィオナはこぶしを握りしめ、二人の会話に耳を傾けた。

「……失礼しました。でも、お願いします。どうかありのままのフィオナを、愛してあげてください。どうか……っ」

 悲痛な叫びのようなジェマの声色に、フィオナの胸が詰まる。鼻の奥がつんとし、目頭が熱くなる。

 ──が。

「それは無理な話しだね」

 突き放すようなミックの科白に、フィオナは固まってしまった。

「ぼくが愛しているのはフローラであって、フィオナではないんだよ」

 ジェマが「……っ。ならどうして、フィオナと婚約したのですか?!」と叫ぶ。ミックは、淡々と答えた。

「一番の理由は、フローラと同じ顔をしているから。そしてフィオナが、フローラになろうと努力しているから」

「……そんなっ。ひどいっっ」

 ミックは「何がひどいの?」と首をかしげた。

「フローラとなって、ぼくに愛されようとしたのはフィオナだ。ぼくはそんなフィオナを、例えフローラのかわりだとしても、愛してあげているんだよ? 感謝されこそすれ、きみにそんな言葉を投げ掛けられるいわれはないね」

 フィオナは扉の向こうで吐き捨てられたミックの科白に、愕然としていた。けれど心の何処かで、思ってもいた。


 ──やっぱり、と。


「……滑稽で、憐れだよね。でもぼくは、そんなフィオナを愛している。彼女がフローラでいようとし続ける限りは、だけどね」

 ぽろっ。
 見開かれたフィオナの双眸から、意図せず、涙がこぼれた。一度流れたそれは、自分でも制御することができず、次々と溢れてくる。

(……どうして泣くの。わかっていたはずなのに)

 それでも一縷の望みを抱いていた。少しは、フィオナとしての自分を愛してくれているのではないかという、馬鹿な望みを。


「──フィオナはフィオナよ! フローラ様じゃないわ!!」


 ジェマの涙の叫びに、フィオナの肩がぴくりと揺れた。
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