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2章 碧、あやかしと触れ合う
第9話 好きなことのために
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陽くんが芸術カメラマンになりたかったなんて、碧に言っていない。もしかしたら自分の両親や祖父母にも言っていないのかも知れない。
だから、これはただの想像である。だが、税理士資格はともかく、お仕事に関しては制限が緩くなった今の時代、自分が好きな写真を撮るために税理士を選んだ陽くんだから、そうなのでは、と思ったのだ。
陽くんが言わないので、碧も問わない。陽くんが自分らしくいられる道を選んだのなら、それを応援するだけだ。
碧は都倉の家に生まれながら、お父さんが次男だから、税理士適正が無いからと、その余波で自分の夢を全力で追っていられる。だが陽くんは違う。制限がある中で、自分ができること、したいことを、選択しているのだ。
そう思うと、自分はとても恵まれているのだな、と思う。「さつき亭」でも実績を積むことができて、そのときに味わったものはきっと、プラスだってマイナスだって、これからも役に立つ。
陽くんは和風カルパッチョを食べきると、今度はお父さんの唐揚げにお箸を伸ばした。
「おれはさ、写真は完全にアマチュアやん。せやから好きな写真を撮ってられる。成果は自分の満足しか無い。それが虚しくなることもある。でも俺は勇気が無かったから、行きたい道に飛び込むまでいかんかった。それで今に甘んじてるんや。それが心地良くもあり、焦りもある。おれ、矛盾してるなって思うわ。うん、唐揚げも旨い」
「ありがとう」
碧は一応、「さつき亭」にいたときも今も、プロの料理人として厨房に立っている。だがまだまだ未熟で、人のことを気にする余裕が無い。自分のことで精一杯なのだ。そんな碧だが、陽くんの気持ちも分かる気がする。
陽くんはきっと、特に写真に関しては妥協が無いのだ。だからそういう感情を持つことになってしまう。もしかしたら心の奥底では写真のプロになりたいと思っていて、だが結局、都倉本家のため、そして生活の安定のために今の道を選んで、ジレンマに陥っているのでは。
「陽くんさぁ、目標とか決めてみたら?」
「目標?」
「うん。ほら、写真のコンテストとかあるやん。税理士やっててもそういうのって出せるやん。せやからそれをやってみるとか、個展とか」
「……コンテスト、個展、か」
陽くんの目が、わずかだが輝きを取り戻した様に見える。
「わたしの今の目標は「とくら食堂」を継ぐことで、それはゴールでも何でも無いし、むしろ始まりなんやけど、コンテストとかで入選とかできたら自信にも実績にもなるし、個展もさ、陽くん大学からの写真仲間、今でも付き合いあるて言うてたやん。そういう人らとテーマ決めて合同とかでもさ、できるんちゃうんかなぁって」
「そっか、そういうのもありか」
陽くんは考え込むと。
「そう言われると、結構簡単やな。いや、入選するとか個展開催とかの話とちゃうで、そうやって踏み出すことがな。そうやん、何でおれ、それに気付かんかったんやろ」
陽くんは悔しげに言って、頭を抱えた。碧は「ふふ」と笑う。
「陽くん、責任感強いもん。都倉のお家に甘えてるって言うけど、税理士のお仕事、きっちりやってるんやろ? ちゃんとやらなって思うから、それにのめりこんで、考えられへんかったんとちゃう?」
「おれ、責任感強いつもりはあれへんけどなぁ」
陽くんは苦笑して頭を掻いた。照れもあるのかも知れない。
「どっちも簡単な道や無いけど、趣味としての延長線上にあるよな。個展も、ギャラリーをレンタルして、アマチュアの人かて個展開いてはるんやし。そっかぁ」
陽くんは晴れ晴れとした様な顔になった。自分の中で開けたものがあったのだろう。コンテストでも個展でも、それを目指すことで張り合いになれば良いなと思う。
「あ、お祖父ちゃんの油絵と合同で展示会とかどう? 都倉の親族めっちゃ喜びそう」
お祖父ちゃんの趣味は油絵なのだ。昔からこつこつと続けていたのだが、税理士の実務を勇退してからは、時間があれば筆を握っているそうだ。さっきなかなかリビングに来なかったのも、油絵に集中していたからだと思う。
「それ、親族しか来ん展示になりそうなんやけどな」
陽くんはおかしそうに笑った。
陽くんが席を立ったタイミングで、黒助くんがぽつりと言う。
「人間て、何でそんなにめんどくさいんや」
ずっと碧の横にいて、だが関心無さそうにしていたが、陽くんとの会話は届いていた様だ。黒助くんは不機嫌そうにも見える。
「そう? 面倒っちゅうか、やらなあかんことをやってるだけやねんけどね」
「何やいろいろ小難しいこと考えとるやん。おれは碧と店やりたいけど、面倒なんは面倒や。めんどくさい」
面倒がゲシュタルト崩壊を起こしそうだが、黒助くんの言いたいことも分からないでは無い。誰だって面倒なことはしたくない。それはあやかしだって人間だって変わらない。それでも。
「人間は、考えて考えて、面倒なこともやって、発展してきたからね」
碧が落ち着いた声色で言うと、黒助くんはますます不機嫌な表情になった。
だから、これはただの想像である。だが、税理士資格はともかく、お仕事に関しては制限が緩くなった今の時代、自分が好きな写真を撮るために税理士を選んだ陽くんだから、そうなのでは、と思ったのだ。
陽くんが言わないので、碧も問わない。陽くんが自分らしくいられる道を選んだのなら、それを応援するだけだ。
碧は都倉の家に生まれながら、お父さんが次男だから、税理士適正が無いからと、その余波で自分の夢を全力で追っていられる。だが陽くんは違う。制限がある中で、自分ができること、したいことを、選択しているのだ。
そう思うと、自分はとても恵まれているのだな、と思う。「さつき亭」でも実績を積むことができて、そのときに味わったものはきっと、プラスだってマイナスだって、これからも役に立つ。
陽くんは和風カルパッチョを食べきると、今度はお父さんの唐揚げにお箸を伸ばした。
「おれはさ、写真は完全にアマチュアやん。せやから好きな写真を撮ってられる。成果は自分の満足しか無い。それが虚しくなることもある。でも俺は勇気が無かったから、行きたい道に飛び込むまでいかんかった。それで今に甘んじてるんや。それが心地良くもあり、焦りもある。おれ、矛盾してるなって思うわ。うん、唐揚げも旨い」
「ありがとう」
碧は一応、「さつき亭」にいたときも今も、プロの料理人として厨房に立っている。だがまだまだ未熟で、人のことを気にする余裕が無い。自分のことで精一杯なのだ。そんな碧だが、陽くんの気持ちも分かる気がする。
陽くんはきっと、特に写真に関しては妥協が無いのだ。だからそういう感情を持つことになってしまう。もしかしたら心の奥底では写真のプロになりたいと思っていて、だが結局、都倉本家のため、そして生活の安定のために今の道を選んで、ジレンマに陥っているのでは。
「陽くんさぁ、目標とか決めてみたら?」
「目標?」
「うん。ほら、写真のコンテストとかあるやん。税理士やっててもそういうのって出せるやん。せやからそれをやってみるとか、個展とか」
「……コンテスト、個展、か」
陽くんの目が、わずかだが輝きを取り戻した様に見える。
「わたしの今の目標は「とくら食堂」を継ぐことで、それはゴールでも何でも無いし、むしろ始まりなんやけど、コンテストとかで入選とかできたら自信にも実績にもなるし、個展もさ、陽くん大学からの写真仲間、今でも付き合いあるて言うてたやん。そういう人らとテーマ決めて合同とかでもさ、できるんちゃうんかなぁって」
「そっか、そういうのもありか」
陽くんは考え込むと。
「そう言われると、結構簡単やな。いや、入選するとか個展開催とかの話とちゃうで、そうやって踏み出すことがな。そうやん、何でおれ、それに気付かんかったんやろ」
陽くんは悔しげに言って、頭を抱えた。碧は「ふふ」と笑う。
「陽くん、責任感強いもん。都倉のお家に甘えてるって言うけど、税理士のお仕事、きっちりやってるんやろ? ちゃんとやらなって思うから、それにのめりこんで、考えられへんかったんとちゃう?」
「おれ、責任感強いつもりはあれへんけどなぁ」
陽くんは苦笑して頭を掻いた。照れもあるのかも知れない。
「どっちも簡単な道や無いけど、趣味としての延長線上にあるよな。個展も、ギャラリーをレンタルして、アマチュアの人かて個展開いてはるんやし。そっかぁ」
陽くんは晴れ晴れとした様な顔になった。自分の中で開けたものがあったのだろう。コンテストでも個展でも、それを目指すことで張り合いになれば良いなと思う。
「あ、お祖父ちゃんの油絵と合同で展示会とかどう? 都倉の親族めっちゃ喜びそう」
お祖父ちゃんの趣味は油絵なのだ。昔からこつこつと続けていたのだが、税理士の実務を勇退してからは、時間があれば筆を握っているそうだ。さっきなかなかリビングに来なかったのも、油絵に集中していたからだと思う。
「それ、親族しか来ん展示になりそうなんやけどな」
陽くんはおかしそうに笑った。
陽くんが席を立ったタイミングで、黒助くんがぽつりと言う。
「人間て、何でそんなにめんどくさいんや」
ずっと碧の横にいて、だが関心無さそうにしていたが、陽くんとの会話は届いていた様だ。黒助くんは不機嫌そうにも見える。
「そう? 面倒っちゅうか、やらなあかんことをやってるだけやねんけどね」
「何やいろいろ小難しいこと考えとるやん。おれは碧と店やりたいけど、面倒なんは面倒や。めんどくさい」
面倒がゲシュタルト崩壊を起こしそうだが、黒助くんの言いたいことも分からないでは無い。誰だって面倒なことはしたくない。それはあやかしだって人間だって変わらない。それでも。
「人間は、考えて考えて、面倒なこともやって、発展してきたからね」
碧が落ち着いた声色で言うと、黒助くんはますます不機嫌な表情になった。
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