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2章 碧、あやかしと触れ合う
第10話 考えること
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「考えるから、過程ができる、結果が出る、成長する、発展する。そういうもんや無い?」
「おれには分からん」
碧が諭す様に言うと、黒助くんは顔をしかめて言い捨てた。
例えば黒助くんは、日々の生活を完全にこの都倉本家に依存していて、でもそれを意識せず、当たり前だと思っている。今は人型になっているが、普段は黒猫の姿で好きに過ごしている。時間になればお家の誰かにごはんを出してもらい、好きなときに好きなところに行って、好きなときに寝る。自由にしていても、誰も何も言わない。
と思えば、お母さんや笠野の祖父母の様に、日々額に汗しているあやかしもいる。笠野の祖父母はふたりとも、会社勤めをしているなら定年を過ぎている歳、という設定だが、お祖父ちゃんはお仕事が好きだからと、属託でお仕事を続けていて、お祖母ちゃんは定年退職をしてからは家事をして、お祖父ちゃんを支えている。
どちらが良いとか悪いとかの話では無い。あやかしにも人間にも、いろいろな価値観があるということだ。
「黒助、おまえは相変わらず浅慮やな」
声がした方を見ると、いつの間にかざしきちゃんが、さっきまで陽くんが座っていた座布団の上でお行儀良く正座していた。
陽くんはビールの空き缶片手に、捨てるついでにお手洗いに行ってくると立ったのだ。きょろりとリビングを見渡してみると、缶チューハイ片手に都倉のお祖父ちゃんと楽しげにお話をしていた。もしかしたら個展のことだろうか。
「どういうことや」
黒助くんはあからさまにむっとする。ざしきちゃんは冷静なまま、静かに口を開く。
「おまえは何もせんでも、ここにおったら衣食住が保証される。でも、人間のほとんどがそうや無い。庇護される子どもならともかく、大人になれば食べるために働かんとあかんのや。そのために頭や手を使って働く。特にわしは座敷童子やから、そういうことを真摯にしている人間やあやかしを尊重する。そういう意味では、わしも偏っとるんやろな。おまえの様に過ごしたいんやったら、おまえはそうしたらええ。けど、他の人間を引きずり落とすな。おまえがそんな考えでおる限り、碧と一緒になれることは絶対にあれへん。碧は勤勉な人間や、おまえとは相入れへん」
冷たいとも思われる声色。いつもはぱっちりと可愛らしい目には、侮蔑すら浮かんでいる様に思えた。
黒助くんもそれを感じ取ったのか、顔を真っ赤にして「ふー!」と唸って怒りを現す。すると黒助くんは完全にへそを曲げたのか、しゅるしゅると黒猫の姿に戻り、着ていたスェットを4本足でご丁寧に踏みつけて、リビングの端っこへと移動して丸まった。すっかりとふてくされてしまっている。
どうしたものか。言い方は悪いがご機嫌取りとか、慰めるとかした方が良いのか。碧がそう考えていると。
「碧、黒助のことは放っといたらええよ。あやつはほんまのこと言われて拗ねとるだけや。だって、そやろ? あいつは碧と一緒になる、一緒に店やるなんて言うとるけど、あやつは自分が働くことは頭にあれへん」
確かに、さっきも看板猫になると口走っていたが。
「何、この都倉本家がこのまま励んでおったら、わしがおる。それはある意味、黒助の安寧にも繋がる。あやつがこのままここにい続けるんやったら、やけどな。ま、あやつのことや、すぐに忘れて機嫌も直るやろ。それはそうと、碧」
「ん?」
「25歳になるんやったな。おめでとう」
ざしきちゃんは優しく言って、手にしていたグラスを掲げた。中身はきっと呉春特吟だ。ざしきちゃんは見た目こと子どもだが、実際は何十年、何百年と生きている。そもそもあやかしに未成年だからという概念は無い。
「ありがとう」
碧はざしきちゃんのグラスに、自分のビールのグラスを軽く重ねる。まだ1本目だ。碧はきっとペースが遅めなのだと思う。酒豪の陽くんと比べるのも意味が無い気もするが。
「碧は、結婚がしたいんやったな?」
「うん。一緒に「とくら食堂」ができる人。お料理はわたしがするから、お母さんみたいにお運びさんをしてくれる人が嬉しいな。もちろん信頼しあって、支え合える人が理想。お父さんとお母さんみたいに」
そう言いつつ、何となく照れてしまう。恋バナなんてほどでも無いのに。
「碧が日々励んどったら、自ずと縁ができると思うで。呼び寄せる、引き寄せる、というんかな、勤勉な人間には、それに似合った人が現れる。じゃがな、たまにそういうにのつけ込むクズもおる。それは見極めなあかんな。ほんまに面倒なことや」
「でもその面倒なことも、やってこそ、ええ様になるんよね」
「そうやな、肝に銘じぃや」
「うん。ありがとう」
ざしきちゃんは頑張る人の味方だ。碧は自分ができることを日々、ひたすらに頑張っているつもりだ。それをざしきちゃんに認めてもらえるのなら、嬉しい。
自分自身はもちろんだが、お父さんにもお母さんにも喜んでもらいたい。そのために、「とくら食堂」のために自分は何ができるのか。
いつだって、考えていきたいと思うのだ。
「おれには分からん」
碧が諭す様に言うと、黒助くんは顔をしかめて言い捨てた。
例えば黒助くんは、日々の生活を完全にこの都倉本家に依存していて、でもそれを意識せず、当たり前だと思っている。今は人型になっているが、普段は黒猫の姿で好きに過ごしている。時間になればお家の誰かにごはんを出してもらい、好きなときに好きなところに行って、好きなときに寝る。自由にしていても、誰も何も言わない。
と思えば、お母さんや笠野の祖父母の様に、日々額に汗しているあやかしもいる。笠野の祖父母はふたりとも、会社勤めをしているなら定年を過ぎている歳、という設定だが、お祖父ちゃんはお仕事が好きだからと、属託でお仕事を続けていて、お祖母ちゃんは定年退職をしてからは家事をして、お祖父ちゃんを支えている。
どちらが良いとか悪いとかの話では無い。あやかしにも人間にも、いろいろな価値観があるということだ。
「黒助、おまえは相変わらず浅慮やな」
声がした方を見ると、いつの間にかざしきちゃんが、さっきまで陽くんが座っていた座布団の上でお行儀良く正座していた。
陽くんはビールの空き缶片手に、捨てるついでにお手洗いに行ってくると立ったのだ。きょろりとリビングを見渡してみると、缶チューハイ片手に都倉のお祖父ちゃんと楽しげにお話をしていた。もしかしたら個展のことだろうか。
「どういうことや」
黒助くんはあからさまにむっとする。ざしきちゃんは冷静なまま、静かに口を開く。
「おまえは何もせんでも、ここにおったら衣食住が保証される。でも、人間のほとんどがそうや無い。庇護される子どもならともかく、大人になれば食べるために働かんとあかんのや。そのために頭や手を使って働く。特にわしは座敷童子やから、そういうことを真摯にしている人間やあやかしを尊重する。そういう意味では、わしも偏っとるんやろな。おまえの様に過ごしたいんやったら、おまえはそうしたらええ。けど、他の人間を引きずり落とすな。おまえがそんな考えでおる限り、碧と一緒になれることは絶対にあれへん。碧は勤勉な人間や、おまえとは相入れへん」
冷たいとも思われる声色。いつもはぱっちりと可愛らしい目には、侮蔑すら浮かんでいる様に思えた。
黒助くんもそれを感じ取ったのか、顔を真っ赤にして「ふー!」と唸って怒りを現す。すると黒助くんは完全にへそを曲げたのか、しゅるしゅると黒猫の姿に戻り、着ていたスェットを4本足でご丁寧に踏みつけて、リビングの端っこへと移動して丸まった。すっかりとふてくされてしまっている。
どうしたものか。言い方は悪いがご機嫌取りとか、慰めるとかした方が良いのか。碧がそう考えていると。
「碧、黒助のことは放っといたらええよ。あやつはほんまのこと言われて拗ねとるだけや。だって、そやろ? あいつは碧と一緒になる、一緒に店やるなんて言うとるけど、あやつは自分が働くことは頭にあれへん」
確かに、さっきも看板猫になると口走っていたが。
「何、この都倉本家がこのまま励んでおったら、わしがおる。それはある意味、黒助の安寧にも繋がる。あやつがこのままここにい続けるんやったら、やけどな。ま、あやつのことや、すぐに忘れて機嫌も直るやろ。それはそうと、碧」
「ん?」
「25歳になるんやったな。おめでとう」
ざしきちゃんは優しく言って、手にしていたグラスを掲げた。中身はきっと呉春特吟だ。ざしきちゃんは見た目こと子どもだが、実際は何十年、何百年と生きている。そもそもあやかしに未成年だからという概念は無い。
「ありがとう」
碧はざしきちゃんのグラスに、自分のビールのグラスを軽く重ねる。まだ1本目だ。碧はきっとペースが遅めなのだと思う。酒豪の陽くんと比べるのも意味が無い気もするが。
「碧は、結婚がしたいんやったな?」
「うん。一緒に「とくら食堂」ができる人。お料理はわたしがするから、お母さんみたいにお運びさんをしてくれる人が嬉しいな。もちろん信頼しあって、支え合える人が理想。お父さんとお母さんみたいに」
そう言いつつ、何となく照れてしまう。恋バナなんてほどでも無いのに。
「碧が日々励んどったら、自ずと縁ができると思うで。呼び寄せる、引き寄せる、というんかな、勤勉な人間には、それに似合った人が現れる。じゃがな、たまにそういうにのつけ込むクズもおる。それは見極めなあかんな。ほんまに面倒なことや」
「でもその面倒なことも、やってこそ、ええ様になるんよね」
「そうやな、肝に銘じぃや」
「うん。ありがとう」
ざしきちゃんは頑張る人の味方だ。碧は自分ができることを日々、ひたすらに頑張っているつもりだ。それをざしきちゃんに認めてもらえるのなら、嬉しい。
自分自身はもちろんだが、お父さんにもお母さんにも喜んでもらいたい。そのために、「とくら食堂」のために自分は何ができるのか。
いつだって、考えていきたいと思うのだ。
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