とくら食堂、朝とお昼のおもてなし

山いい奈

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3章 碧、マッチングするかも知れない

第2話 1日の活力のために

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 柏木かしわぎさんは、あおが示した条件に合う人をピックアップしてくれると言ってくれ、その日の面談は終わった。

 これからどういう男性と会うことができるのか。

 楽しみと不安が混じり合う。碧はお家に帰ってから顔が赤くなったり青くなったりと目まぐるしく、それを見たお母さんに大いに笑われたのだった。

「碧ちゃんはきっと、難しく考えすぎなんよ。結婚て確かに一生もんではあるけど、離婚かてできるんやからさ」

「それはそうかも知れんけど、離婚なんてせん方がええんかなって」

「それは、相手による。相性って言うてもええんかな。付き合ってるときには分からんかった本性が、結婚してから分かることもあるしね。結婚前は優しかったのに、いざ結婚して一緒に暮らしてみたら、実はDV男でした、とか、モラハラでした、とか」

「え、何それ怖い。脅かさんといてよ」

 碧が思わず顔色を変えると。

「そういうこともあるっちゅう一例や。家事育児の分担も、結婚前にはやるって言うてる男性が、実際には何もせぇへんのもね、もうね、腹立つやんね。お父さんはそんなこと無かったけど」

「そうやんねぇ……」

 お互いさまの部分もあるかも知れない。それでも結婚前の約束を反故にされるとか、変貌されたりとかは、さすがに辛い。そういうことも見極めていかなければならないのだ。自分にできるだろうか。やはり不安だ。

「とりあえず、会ってみて話せんことには、何も始まらんよ。それは恋愛でもお見合いでも一緒。まずは気楽にしたらええよ。会っていきなり結婚を意識する方が重いわ」

「いや、結婚相談所を介してるんやから」

「それでもね。マチアプよりは結婚の意思は明快なんやろうけど、そればっかり見てたら、大事なことを見落としてまうで。広く、視野を広くね、その人を見てかんと」

「……難しいなぁ」

 碧が顔をしかめると、お母さんは「あはは」とおかしそうに笑った。



 碧のそんな心情なんてお構い無しに、週が明け、また「とくら食堂」の営業日だ。お父さんと碧は、朝の5時から仕込みを始める。

 今日の卵料理はスクランブルエッグ。小鉢はゴーヤと厚揚げのおかか炒め。そろそろ夏野菜が旬になってくる。ゴーヤもお手軽に手に入れられる様になってきた。ゴーヤの苦味が苦手な人もいるが、削り節をたっぷり使うことでも和らぐのだ。

 お味噌汁の具はお揚げさんとえのき茸、青ねぎである。

 お昼のメインは、豚肉ときゃべつと人参のオイスターソース煮込みを用意する予定だ。

 7時になると家事を終えたお母さんが来て、開店。今日も無事仕込みは間に合った。

 雪崩れる様に入ってくるお客さまに、せっせと朝ごはんを用意する。これからお仕事に向かう人々のお腹を満たし、力を付けてもらう。今日も1日がんばれる様に。

 朝ごはんはその日の力の源、なんて言葉も聞いたことがある。それが美味しいごはんであるなら、きっともっと良い。碧はお父さんのごはんは、お客さまみなさんにとって美味しいと信じているので、自信を持ってお出しできるのだ。

 スクランブルエッグの作り置きは少なめだ。できる限り温かさを維持するため、お父さんが減り具合を確認しつつ作り足していく。碧がそれを混ぜつつ、中鉢にこんもりと盛り付ける。彩りの乾燥パセリを頂上にぱらりと振りかけて。

 お母さんもカウンタ端の手渡し口から客席まで、忙しなく動き回っている。朝ごはんを運びながらも。

「すいません、お水ちょうだい」

 そんなご注文にも対応しながら。

「ありがとうございました! 行ってらっしゃいませ!」

 お店を出るお客さまには、そうお声がけをして。

 8時15分ごろまで続く怒涛の店内に、活気がみなぎっていた。



 余裕が出た8時半ごろ、今日も弓月ゆづきさんがやってきた。

「おはようございます。いらっしゃいませ」

「いらっしゃい」

 碧とお父さんが笑顔で迎えると、弓月さんは「おはようございます」と、少し力の無い笑顔を浮かべた、様な気がした。

 いつもの様にカウンタ席に座り、碧が渡した冷たいおしぼりで手を拭く。6月になり、おしぼりも温かいものから冷たいものに衣替えだ。

 碧はごはんをよそってお味噌汁を注ぎ、ゴーヤと厚揚げのおかか炒めを盛り付ける。スクランブルエッグは作り置きが無くなっていたので、お父さんが手早く作った。

「はい、お待たせしました」

「ありがとうございます。いただきます」

 お母さんが運んだ朝ごはんを前に、弓月さんはさっそく割り箸を割った。今日はお味噌汁から手を付ける。熱々のそれを小さくずずっと音を立ててすすって、やんわりと口角を上げた。

 今朝も満足してもらえる様で、碧はほっとする。弓月さんもこれからお仕事だろう。ぜひ活力を付けてもらいたいと思うのだ。
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