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3章 碧、マッチングするかも知れない
第3話 豊かな食生活のために
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★碧が過去勤めていたチェーン定食屋を「さつき亭」と名付けました。よろしくお願いいたします。
続けて小鉢のゴーヤを口に入れた弓月さんは、きゅっと辛そうに目を閉じた。碧は思わず慌てて。
「すいません、もしかして、苦かったですか?」
そう声を掛けると、弓月さんは「はは」と苦笑いを浮かべる。
「いえ、すいません。ぼく、好き嫌いはほとんど無いんですけど、ゴーヤだけは少し苦手で。こちらのお店のやったら大丈夫やと思ったんですけど」
「それはほんまにすいません。厚揚げだけのものに交換させてもらいますね」
碧がゴーヤと厚揚げのおかか炒めを作り置いているタッパーを開けると。
「いえいえ、ほんまに大丈夫です。ぼくね、これっちゅう取り柄があれへんから、せめて食べ物の好き嫌いだけは無くしたくて、ゴーヤも美味しく食べられる様になりたいんです」
「それは素晴らしいお心掛けですけど、お嫌なもんを無理に食べはるんも」
「いえ、でもこちらのは、他のと比べたら食べやすいんですよ。ほんまです。苦さが少なめっちゅうか」
確かに、ゴーヤが苦手な人もいるので、できる限り苦味を除く様にはした。苦味のもとである白いわたは丁寧に取り除き、5ミリ幅に切った後、お塩とお砂糖で揉んだ。
「食べてくださるんはほんまに嬉しいんですけど、ご無理せんでくださね」
「ありがとうございます」
碧は二口女の性質があるからか、嫌いな食べ物は無い。くせの強いものでも大抵は食べられる。パクチーも大好きだ。さすがに世界最大級に臭いと言われているシュールストレミングは食べたことが無いが、多分大丈夫。とりあえず過去、機会があっていただいたくさやは美味しかった。
これは碧の持論ではあるのだが、嫌いな食べ物が少ない方が、食生活は豊かになると思う。そして身体をきちんと整えることができると思う。
アレルギーだってあるから、その限りでは無いことは分かっているのだが、美味しいと思えるものが多いのは、幸せなことなのでは、と思っている。
それでもどうしても食べられないものがある、その事情は分かっているつもりだ。アレルギーで無くとも口や身体が受け付けない。そこは尊重、配慮されるべきだと考えているのだ。
十数分後、弓月さんは苦手だと言っていたゴーヤも含め、朝ごはんをゆっくりと綺麗に食べ終えた。
「ごちそうさまでした。今日も1日がんばれそうです」
手を合わせてそう言って、満足げな顔を見せてくれる。
「良かったです。これからお仕事ですか?」
「そうなんです。うちは9時始まりと12時始まりとで別れてて、ぼくは12時始まりなんですよ。コールセンターでね、受付が朝の9時から夜の9時なので、そういうシフトになってて」
「コールセンターって、お電話で商品のお問い合わせとか故障の何やらとか、あとクレーム? とかを受け付けるんですよね?」
碧はあまりコールセンターに馴染みが無いので、そんなことぐらいしか分からない。基本問い合わせなどがあると、公式サイトからチャットを利用することが多い碧だった。それも滅多に無い。
「そうです。電話、フォーム、チャット、主にこのみっつですね。それをその日によって、交代でやります。今日はぼくとこのチームは電話対応なんで、これがなかなかメンタル削られます」
弓月さんは言って、苦笑いを浮かべる。
「せやので、余計に気合いを入れてかんとなぁって。フォームとチャットは文字だけのやり取りなんで、比較的感情が出にくいんですよ。簡単なチャットのやり取りやったらAIが対応しますし。でも電話はちゃいます。困惑とか怒りとか、そういうのが結構あからさまに出ます。困惑ならええんですよ、じっくり話を聞いて、ひとつずつ解きほぐしていくことができる。でもね、怒ってはったら、やっぱりやっかいです。横柄な人もいますしね。そういうのが、声だけとはいえ、ダイレクトで伝わってくる。宥めるんは大変です。もうスタートから激昂してはるから、ほぼ不可能です。相手が疲れるとか気が済むとかするまで、こっちは「はい、はい、申し訳ございません」ってひたすらうなずくしか無いんですよ。もちろんええユーザーもたくさんいます。でも数回のマイナスが、心をえぐってくんですよねぇ」
弓月さんは憂鬱そうな息を吐いた。碧はそういう専門的なお仕事をしたことが無いから分からないが、「さつき亭」にいたときに、お客さまに頭を下げた数々のことを思い出した。
出したばかりのお料理が冷めている、提供が遅い、髪の毛が入っている、等々。
調理を担当するスタッフは、髪の毛などが混入しない様に、髪を綺麗にキャップに入れ込む。ホールスタッフも髪の毛が落ちない様に、三角巾を被っていた。
それでも完璧とは言い切れないかも知れない。だがお客さまに美味しいもので憩っていただける様に、万全を期した。本当にスタッフの髪の毛もあったかも知れない。だが、ほとんどは捏造だと碧は思っている。
そして、出したばかりのお料理が冷めているはずが無い。全て店内調理なのだから。
提供の時間については、受けた注文から順番に作り始めているが、炒め物と揚げ物は担当者も掛かる時間も違うので、前後することもあるし、お客さまの体感の差もある。これは難しいところだった。
淀屋橋店は前任の琴平さん、碧、そして後任の春日井さんと、女性店長が長年続いていた。そうした理不尽を強いるのは大抵男性で、弱くて御し易いと思われたのだろう。
舐められたものだと悔しくはなるが、それでもまずは誠心誠意お詫びをするところからだと、社員教育を受けてきたのだ。
弓月さんの場合、弓月さんは男性ではあるが、面と向かってはいないだけ、好きに言いやすいのかも知れない。お仕事とはいえ、それが日常だと本当に災難だと、思わずにはいられなかった。
続けて小鉢のゴーヤを口に入れた弓月さんは、きゅっと辛そうに目を閉じた。碧は思わず慌てて。
「すいません、もしかして、苦かったですか?」
そう声を掛けると、弓月さんは「はは」と苦笑いを浮かべる。
「いえ、すいません。ぼく、好き嫌いはほとんど無いんですけど、ゴーヤだけは少し苦手で。こちらのお店のやったら大丈夫やと思ったんですけど」
「それはほんまにすいません。厚揚げだけのものに交換させてもらいますね」
碧がゴーヤと厚揚げのおかか炒めを作り置いているタッパーを開けると。
「いえいえ、ほんまに大丈夫です。ぼくね、これっちゅう取り柄があれへんから、せめて食べ物の好き嫌いだけは無くしたくて、ゴーヤも美味しく食べられる様になりたいんです」
「それは素晴らしいお心掛けですけど、お嫌なもんを無理に食べはるんも」
「いえ、でもこちらのは、他のと比べたら食べやすいんですよ。ほんまです。苦さが少なめっちゅうか」
確かに、ゴーヤが苦手な人もいるので、できる限り苦味を除く様にはした。苦味のもとである白いわたは丁寧に取り除き、5ミリ幅に切った後、お塩とお砂糖で揉んだ。
「食べてくださるんはほんまに嬉しいんですけど、ご無理せんでくださね」
「ありがとうございます」
碧は二口女の性質があるからか、嫌いな食べ物は無い。くせの強いものでも大抵は食べられる。パクチーも大好きだ。さすがに世界最大級に臭いと言われているシュールストレミングは食べたことが無いが、多分大丈夫。とりあえず過去、機会があっていただいたくさやは美味しかった。
これは碧の持論ではあるのだが、嫌いな食べ物が少ない方が、食生活は豊かになると思う。そして身体をきちんと整えることができると思う。
アレルギーだってあるから、その限りでは無いことは分かっているのだが、美味しいと思えるものが多いのは、幸せなことなのでは、と思っている。
それでもどうしても食べられないものがある、その事情は分かっているつもりだ。アレルギーで無くとも口や身体が受け付けない。そこは尊重、配慮されるべきだと考えているのだ。
十数分後、弓月さんは苦手だと言っていたゴーヤも含め、朝ごはんをゆっくりと綺麗に食べ終えた。
「ごちそうさまでした。今日も1日がんばれそうです」
手を合わせてそう言って、満足げな顔を見せてくれる。
「良かったです。これからお仕事ですか?」
「そうなんです。うちは9時始まりと12時始まりとで別れてて、ぼくは12時始まりなんですよ。コールセンターでね、受付が朝の9時から夜の9時なので、そういうシフトになってて」
「コールセンターって、お電話で商品のお問い合わせとか故障の何やらとか、あとクレーム? とかを受け付けるんですよね?」
碧はあまりコールセンターに馴染みが無いので、そんなことぐらいしか分からない。基本問い合わせなどがあると、公式サイトからチャットを利用することが多い碧だった。それも滅多に無い。
「そうです。電話、フォーム、チャット、主にこのみっつですね。それをその日によって、交代でやります。今日はぼくとこのチームは電話対応なんで、これがなかなかメンタル削られます」
弓月さんは言って、苦笑いを浮かべる。
「せやので、余計に気合いを入れてかんとなぁって。フォームとチャットは文字だけのやり取りなんで、比較的感情が出にくいんですよ。簡単なチャットのやり取りやったらAIが対応しますし。でも電話はちゃいます。困惑とか怒りとか、そういうのが結構あからさまに出ます。困惑ならええんですよ、じっくり話を聞いて、ひとつずつ解きほぐしていくことができる。でもね、怒ってはったら、やっぱりやっかいです。横柄な人もいますしね。そういうのが、声だけとはいえ、ダイレクトで伝わってくる。宥めるんは大変です。もうスタートから激昂してはるから、ほぼ不可能です。相手が疲れるとか気が済むとかするまで、こっちは「はい、はい、申し訳ございません」ってひたすらうなずくしか無いんですよ。もちろんええユーザーもたくさんいます。でも数回のマイナスが、心をえぐってくんですよねぇ」
弓月さんは憂鬱そうな息を吐いた。碧はそういう専門的なお仕事をしたことが無いから分からないが、「さつき亭」にいたときに、お客さまに頭を下げた数々のことを思い出した。
出したばかりのお料理が冷めている、提供が遅い、髪の毛が入っている、等々。
調理を担当するスタッフは、髪の毛などが混入しない様に、髪を綺麗にキャップに入れ込む。ホールスタッフも髪の毛が落ちない様に、三角巾を被っていた。
それでも完璧とは言い切れないかも知れない。だがお客さまに美味しいもので憩っていただける様に、万全を期した。本当にスタッフの髪の毛もあったかも知れない。だが、ほとんどは捏造だと碧は思っている。
そして、出したばかりのお料理が冷めているはずが無い。全て店内調理なのだから。
提供の時間については、受けた注文から順番に作り始めているが、炒め物と揚げ物は担当者も掛かる時間も違うので、前後することもあるし、お客さまの体感の差もある。これは難しいところだった。
淀屋橋店は前任の琴平さん、碧、そして後任の春日井さんと、女性店長が長年続いていた。そうした理不尽を強いるのは大抵男性で、弱くて御し易いと思われたのだろう。
舐められたものだと悔しくはなるが、それでもまずは誠心誠意お詫びをするところからだと、社員教育を受けてきたのだ。
弓月さんの場合、弓月さんは男性ではあるが、面と向かってはいないだけ、好きに言いやすいのかも知れない。お仕事とはいえ、それが日常だと本当に災難だと、思わずにはいられなかった。
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