とくら食堂、朝とお昼のおもてなし

山いい奈

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3章 碧、マッチングするかも知れない

第12話 悪気は無いのだが

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「豚汁うまぁ~」

 気まずそうな顔をした弓月ゆづきさんの隣で、佐竹さたけさんは豚汁のおつゆを口に含んで、満足げなため息を吐いた。

 弓月さんの表情の意味は分からないのだが。

 9時ごろにきた佐竹さんは、弓月さんを見ると「あ!」となぜか嬉しそうな顔になり、「はよっす!」と挨拶をしながら当然の様に横に座ったのだった。カウンタ席は他にも空いていたというのに。

「グルメサイトのレビューに、毎月25日は豚汁の日ってあって、絶対にきたいて思っててん。きて正解。めっちゃ旨い」

 今日も佐竹さんは早食いだ。猫舌でも無い様で、ずずずっとおつゆを飲み、具を食べ、オーバーイージーで焼いた目玉焼きを口に運び、ごはんを詰め込む。

 気持ちの良い食べっぷりではあるのだが、消化不良を起こさないか、少し心配になってしまう。お仕事中だから急いでいるのか、それともこれがいつもの食べ方なのか。

 弓月さんがいつもゆっくりと食べるので、その対比もあって、余計に早く見えるのかも知れなかった。

 弓月さんはいつもごはんもお汁物もお代わりをして、30分ほどを掛けてゆっくりと食べるのだ。今、最後の豚汁を飲み干したところである。豚汁を飲むときには何度もふうふうと冷ましていたので、猫舌なのもあるかも知れない。

「ありがとうございます」

「具材もこれ、夏野菜やんねぇ。冬瓜とかおくら入ってる豚汁、初めてやわ。味噌に合うわ」

「冬瓜は淡白な味ですからね、懐が深いんやと思いますよ。たまには豚汁でもありでしょ。おくらはうちではお味噌汁でも使うんですよ」

「ありあり。おくらもええな。玉ねぎはマストか」

「それはね。やっぱりええ味出しになりますから。お野菜いろんな種類をたっぷり入れて、ええ味になるんですよねぇ。秋とか冬なんかは、根菜めっちゃ入れます」

「いわゆるオーソドックスな豚汁に近くなるんかな。それも楽しみやな」

 秋や冬になってもくるつもりなのだろうか。こちらとしては、閑散時間帯にきてくれるのはありがたいのだが。

 しかし、佐竹さんとはすっかりと気安く話せる様になっている。お見合いのときの印象は最悪だったが、こうしてお話をしてみると、素直な人なのだということが分かる。

 基本的に、いろいろなことに悪気が無いのだ。だからといって、そこまで無神経なわけでも無い。自然と、するりと人の懐に入り込んでくるのだ。

 不思議な人である。だからといって、これから佐竹さんとどうこうなるわけでは無いだろう。少なくとも碧にその気は無いし、きっと佐竹さんにも。

「あ、あの、あおさん、今月の豚汁も美味しいです」

 弓月さんが少し恥ずかしそうに言う。碧は嬉しくなって微笑んだ。

「ありがとうございます」

 弓月さんは照れた様な笑みを浮かべる。

「そういえばここの客、都倉とくらさんのこと、碧ちゃんとかって呼んでるんやな。おれもそう呼んでええ?」

「構いませんよ」

 お父さんは大将、お母さんは女将。碧はまだまだただの従業員。碧が「とくら食堂」に立った初日、「ほな、碧ちゃんやね」と女性のご常連に言われたのがきっかけだった。それから碧ちゃんや碧さんと呼ばれる様になったのだ。

「ほな碧ちゃん、ごっそさん。女将、おあいそ頼みます」

「はーい」

 お母さんが開き戸の近くにあるレジ台に向かい、佐竹さんは席を立ってお財布を出した。黒い長財布である。

 お店を出ようとする佐竹さんを「ありがとうございました。行ってらっしゃい」と見送る。佐竹さんは上機嫌で手をひらひらさせて出ていった。

「あの、碧さん」

「はい」

 碧はせっせと手を動かしながら応える。さばを捌いているのだ。お昼のメインになるさばの塩焼きは、半身を提供する。

 さばはすでに捌かれ、お塩で味がついたものだってある。だが新鮮なさばをまるまる仕入れる方がお得なのだ。さばは捌くのにそこまで手間は掛からない。碧はすっかりと手慣れている作業なのである。

「さっきの人、佐竹さんでしたっけ」

「はい、佐竹さんですね。どうかされました? もしかしたら不愉快な思いとか」

 碧は思わず焦ってしまう。佐竹さんはどうやら空気が読めないところもある様で、それは碧とお見合いをした日にも露見していた。それで弓月さん相手にやらかしてしまったのだろうか。

「いえ、そうや無くて、あの」

 弓月さんは言いづらそうに言い淀んでいるが。

「あの……、佐竹さんと、仲がええんかなぁって思って」

 思わぬことを言われ、碧は思わず手を止めてぽかんとしてしまう。そんなつもりはまるで無かったが。

「そうですかねぇ、確かにこられたらお話はしますけど、それだけですかねぇ」

 碧が言うと、弓月さんは「……ああ」と、どこかほっとした様な表情になった。

「ぼくの考えすぎですかね。すいません、変なこと言って」

「いえいえ」

 碧はまた、手を動かす。目がしっかりと黒く、つやつやとした立派なさばの頭を落とし、お腹を開いて内臓を掻き出したら、背骨に沿って出刃包丁を入れていく。

 包丁の刃がさばの背骨に当たって、かりかりっと小さな音を立てる。そうして捌かれたさばの身はバットに入れていく。

 集中していると、気持ちの良さも感じる。高揚感というものだろうか。碧は口角を上げながら、さばを捌いていくのだった。
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