36 / 50
4章 碧、転機を迎える
第1話 大切なお友だちと
しおりを挟む
「かんぱーい!」
勢いよく生ビールのジョッキを重ね合わせる。碧はその勢いのままジョッキに口を付け、ごくごくと喉を鳴らした。
「美味しーい!」
「ほんまやね。やっぱり1杯目は生やで」
「うんうん」
今日は8月の土曜日。碧は専門学校時代のお友だちである岡崎結依子ちゃんと、梅田のビアガーデンにきていた。阪急百貨店の屋上である。
時間は限られているが食べ放題飲み放題で、碧の様な大食い体質にはありがたいシステムなのだ。今もテーブルには所狭しとお料理が並んでいる。
碧たちが通っていた調理師専門学校は2年制で、1年次は全員で基礎などを学び、2年次で専門科目に分かれる。日本料理、西洋料理、中華料理だ。
ふたりは二年次に日本料理を選び、そのときに距離を縮めた。
結依ちゃんは大阪北新地にある料亭「おかざき」さんの娘さんだ。跡取りはお兄さんなのだが、結依ちゃんも料理人としてお店に入っている。
北新地は大阪のキタ地域にある、一大歓楽街である。過去には高級歓楽街としてその名を馳せた。毎夜札束やゴールドカード、ブラックカードが飛び交い、一見さんお断りのお店も多く、かなりお客を選ぶ街だった。
だがバブルが弾け、景気が落ち込み、北新地も生き残りのために策を弄した結果、今や万人を受け入れる歓楽街へと変貌を遂げた。
高級店そのものはまだ数多くあるが、一見さんも受け入れるお店が増え、低価格帯のお店も誕生し、時代に沿った変化をしてきたのだ。
碧たちが生まれたときには、バブル時代は終わっていた。だから結依ちゃんのご実家「おかざき」さんは苦労もあったかも知れない。それでも北新地という地で今でも料亭として成り立っているのは、営業努力の賜物である。すごいことなのだ。
結依ちゃんとは専門学校を卒業してから、数ヶ月に1度の割合でこうして会っていた。「おかざき」さんは土曜日と日曜日、祝日が定休日なのである。
今でこそ土日祝も開いているお店が多い北新地だが、かつては日曜日と祝日は軒並みお休みだった。「おかざき」さんは高級料亭なので、用途はお仕事の接待などが多い。富裕層のご常連も多いそうだ。
なので、昔からの定休日を変えていない。週末のニーズが少ないのである。
碧が「さつき亭」にいるときは、土曜日がお休みだったので、結依ちゃんのお休みと照らし合わせると土曜日の夜にしか会えなかった。だが「とくら食堂」に移った今は、日曜日と祝日も会える。だが碧が翌日の平日が朝早いので、やはりゆっくりと会えるのは、基本は土曜日なのだ。
前に結依ちゃんに会ったのは半年ほど前。25歳になってからこうして会うのは初めてだった。
結依ちゃんと碧は、料亭と定食屋という違いはあれど、実家がお店をしていて、家族経営というところが似通っているのだ。それもお話が合う要因のひとつなのかも知れなかった。
「そうや、結依ちゃん、わたしね、婚活始めたんよ」
「お」
結依ちゃんが目を丸くし、興味深げに軽く身を乗り出した。
「マチアプとか? 相談所?」
結依ちゃんにしても碧にしても、今のお仕事場が実家ということもあって、そういった出会いが無いことも共通していた。
「相談所。結婚やったら、その方が確実やと思って。でもねぇ」
碧は佐竹さんとのことを話す。碧の中ではもう昇華したことなので、愚痴っぽくならない様に気を付けながら。
「あらま、そりゃあ災難やったねぇ」
「ねぇ。でもその人、今はうちのご常連になってくれたから、まぁええかなって」
「ええんかなぁ。でもそんなことする人、ほんまにおるんや。ほんま、世の中にはいろんな人がおるねぇ」
結依ちゃんは困った様な、だがどこかおかしそうな顔で笑う。その気持ちは碧にも分かる。佐竹さんが「とくら食堂」で素をさらけ出したとき、碧もそんな気持ちになったことを思い出したからだ。
「でもさぁ、碧はその人と和解したんよね? それやったら、あらためてお見合いするとか、どうにかなるとか、無いん?」
「無い無い。ありえんよ~」
碧はからりと笑って、手を振った。もう本当に、碧の中で佐竹さんは、「とくら食堂」のご常連になったのだ。お仕事もあるから頻度はそう高く無いかも知れないが、佐竹さんが「とくら食堂」の朝ごはんを楽しんでくれているのは充分伝わっている。
「また担当さんに紹介してもらえるやろうから、次に期待するよ」
「でもさぁ、ほら、うちはお客も既婚者が多いし、まぁ男性やったらおじさんが多いからあれやけど、碧んとこは独身の若い男性客も多いんとちゃうん? 外で朝ごはん食べてはるんやから、既婚とか実家暮らしとかや無さそう」
「そうかも知れんけど、みなさんぱっと食べてぱっと出ていかはるからね。出会いなんて無いよ」
「そんなもんなんかなぁ」
「そんなもんよ」
碧は笑いながら言って、生ビールを傾け、フライドポテトを口に運ぶ。皮付きでほくほくさが残る切り方がされていて、表面はかりっと揚がっている。サラダの野菜はしゃきしゃきで、グリルチキンも皮がぱりぱりだ。
結依ちゃんとお話をしている間にも、碧は食べることに余念が無い。お店に迷惑を掛けない程度で、たくさん食べさせてもらうことにしよう。
「ま、碧には結婚が必要な目標があるもんね。応援してる」
「ありがとう」
結依ちゃんと碧は、あらためてビールジョッキを重ね合わせた。
勢いよく生ビールのジョッキを重ね合わせる。碧はその勢いのままジョッキに口を付け、ごくごくと喉を鳴らした。
「美味しーい!」
「ほんまやね。やっぱり1杯目は生やで」
「うんうん」
今日は8月の土曜日。碧は専門学校時代のお友だちである岡崎結依子ちゃんと、梅田のビアガーデンにきていた。阪急百貨店の屋上である。
時間は限られているが食べ放題飲み放題で、碧の様な大食い体質にはありがたいシステムなのだ。今もテーブルには所狭しとお料理が並んでいる。
碧たちが通っていた調理師専門学校は2年制で、1年次は全員で基礎などを学び、2年次で専門科目に分かれる。日本料理、西洋料理、中華料理だ。
ふたりは二年次に日本料理を選び、そのときに距離を縮めた。
結依ちゃんは大阪北新地にある料亭「おかざき」さんの娘さんだ。跡取りはお兄さんなのだが、結依ちゃんも料理人としてお店に入っている。
北新地は大阪のキタ地域にある、一大歓楽街である。過去には高級歓楽街としてその名を馳せた。毎夜札束やゴールドカード、ブラックカードが飛び交い、一見さんお断りのお店も多く、かなりお客を選ぶ街だった。
だがバブルが弾け、景気が落ち込み、北新地も生き残りのために策を弄した結果、今や万人を受け入れる歓楽街へと変貌を遂げた。
高級店そのものはまだ数多くあるが、一見さんも受け入れるお店が増え、低価格帯のお店も誕生し、時代に沿った変化をしてきたのだ。
碧たちが生まれたときには、バブル時代は終わっていた。だから結依ちゃんのご実家「おかざき」さんは苦労もあったかも知れない。それでも北新地という地で今でも料亭として成り立っているのは、営業努力の賜物である。すごいことなのだ。
結依ちゃんとは専門学校を卒業してから、数ヶ月に1度の割合でこうして会っていた。「おかざき」さんは土曜日と日曜日、祝日が定休日なのである。
今でこそ土日祝も開いているお店が多い北新地だが、かつては日曜日と祝日は軒並みお休みだった。「おかざき」さんは高級料亭なので、用途はお仕事の接待などが多い。富裕層のご常連も多いそうだ。
なので、昔からの定休日を変えていない。週末のニーズが少ないのである。
碧が「さつき亭」にいるときは、土曜日がお休みだったので、結依ちゃんのお休みと照らし合わせると土曜日の夜にしか会えなかった。だが「とくら食堂」に移った今は、日曜日と祝日も会える。だが碧が翌日の平日が朝早いので、やはりゆっくりと会えるのは、基本は土曜日なのだ。
前に結依ちゃんに会ったのは半年ほど前。25歳になってからこうして会うのは初めてだった。
結依ちゃんと碧は、料亭と定食屋という違いはあれど、実家がお店をしていて、家族経営というところが似通っているのだ。それもお話が合う要因のひとつなのかも知れなかった。
「そうや、結依ちゃん、わたしね、婚活始めたんよ」
「お」
結依ちゃんが目を丸くし、興味深げに軽く身を乗り出した。
「マチアプとか? 相談所?」
結依ちゃんにしても碧にしても、今のお仕事場が実家ということもあって、そういった出会いが無いことも共通していた。
「相談所。結婚やったら、その方が確実やと思って。でもねぇ」
碧は佐竹さんとのことを話す。碧の中ではもう昇華したことなので、愚痴っぽくならない様に気を付けながら。
「あらま、そりゃあ災難やったねぇ」
「ねぇ。でもその人、今はうちのご常連になってくれたから、まぁええかなって」
「ええんかなぁ。でもそんなことする人、ほんまにおるんや。ほんま、世の中にはいろんな人がおるねぇ」
結依ちゃんは困った様な、だがどこかおかしそうな顔で笑う。その気持ちは碧にも分かる。佐竹さんが「とくら食堂」で素をさらけ出したとき、碧もそんな気持ちになったことを思い出したからだ。
「でもさぁ、碧はその人と和解したんよね? それやったら、あらためてお見合いするとか、どうにかなるとか、無いん?」
「無い無い。ありえんよ~」
碧はからりと笑って、手を振った。もう本当に、碧の中で佐竹さんは、「とくら食堂」のご常連になったのだ。お仕事もあるから頻度はそう高く無いかも知れないが、佐竹さんが「とくら食堂」の朝ごはんを楽しんでくれているのは充分伝わっている。
「また担当さんに紹介してもらえるやろうから、次に期待するよ」
「でもさぁ、ほら、うちはお客も既婚者が多いし、まぁ男性やったらおじさんが多いからあれやけど、碧んとこは独身の若い男性客も多いんとちゃうん? 外で朝ごはん食べてはるんやから、既婚とか実家暮らしとかや無さそう」
「そうかも知れんけど、みなさんぱっと食べてぱっと出ていかはるからね。出会いなんて無いよ」
「そんなもんなんかなぁ」
「そんなもんよ」
碧は笑いながら言って、生ビールを傾け、フライドポテトを口に運ぶ。皮付きでほくほくさが残る切り方がされていて、表面はかりっと揚がっている。サラダの野菜はしゃきしゃきで、グリルチキンも皮がぱりぱりだ。
結依ちゃんとお話をしている間にも、碧は食べることに余念が無い。お店に迷惑を掛けない程度で、たくさん食べさせてもらうことにしよう。
「ま、碧には結婚が必要な目標があるもんね。応援してる」
「ありがとう」
結依ちゃんと碧は、あらためてビールジョッキを重ね合わせた。
1
あなたにおすすめの小説
【完結】「かわいそう」な公女のプライド
干野ワニ
恋愛
馬車事故で片脚の自由を奪われたフロレットは、それを理由に婚約者までをも失い、過保護な姉から「かわいそう」と口癖のように言われながら日々を過ごしていた。
だが自分は、本当に「かわいそう」なのだろうか?
前を向き続けた令嬢が、真の理解者を得て幸せになる話。
※長編のスピンオフですが、単体で読めます。
隠された第四皇女
山田ランチ
恋愛
ギルベアト帝国。
帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。
皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。
ヒュー娼館の人々
ウィノラ(娼館で育った第四皇女)
アデリータ(女将、ウィノラの育ての親)
マイノ(アデリータの弟で護衛長)
ディアンヌ、ロラ(娼婦)
デルマ、イリーゼ(高級娼婦)
皇宮の人々
ライナー・フックス(公爵家嫡男)
バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人)
ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝)
ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長)
リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属)
オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟)
エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟)
セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃)
ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡)
幻の皇女(第四皇女、死産?)
アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補)
ロタリオ(ライナーの従者)
ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長)
レナード・ハーン(子爵令息)
リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女)
ローザ(リナの侍女、魔女)
※フェッチ
力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。
ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。
使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
友人の結婚式で友人兄嫁がスピーチしてくれたのだけど修羅場だった
海林檎
恋愛
え·····こんな時代錯誤の家まだあったんだ····?
友人の家はまさに嫁は義実家の家政婦と言った風潮の生きた化石でガチで引いた上での修羅場展開になった話を書きます·····(((((´°ω°`*))))))
あやかしが家族になりました
山いい奈
キャラ文芸
★お知らせ
いつもありがとうございます。
当作品、3月末にて非公開にさせていただきます。再公開の日時は未定です。
ご迷惑をお掛けいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。
母親に結婚をせっつかれている主人公、真琴。
一人前の料理人になるべく、天王寺の割烹で修行している。
ある日また母親にうるさく言われ、たわむれに観音さまに良縁を願うと、それがきっかけとなり、白狐のあやかしである雅玖と結婚することになってしまう。
そして5体のあやかしの子を預かり、5つ子として育てることになる。
真琴の夢を知った雅玖は、真琴のために和カフェを建ててくれた。真琴は昼は人間相手に、夜には子どもたちに会いに来るあやかし相手に切り盛りする。
しかし、子どもたちには、ある秘密があるのだった。
家族の行く末は、一体どこにたどり着くのだろうか。
もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる