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4章 碧、転機を迎える
第2話 まさかの告白
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お休みが開けて、月曜日。「とくら食堂」の営業が始まる。
気候はすっかりと真夏で、お日さまの陽射しは痛いぐらいだし、じっとりとした湿度にも辟易させられる。
それでもお天気が良ければ、思わずテンションが上がって元気な気持ちになってしまう。現金なものである。
碧は人間とあやかしのハーフだからか、暑さにも寒さにも比較的強い。それはお母さんもそうで、しかも碧よりも耐性があるので、あやかしは気温の高低を感じにくいのかも知れない。
今日の卵料理はスクランブルエッグ。
小鉢はズッキーニとお茄子の粒マスタード炒めだ。半月切りにしたズッキーニとお茄子をオリーブオイルで炒め、粒マスタードとはちみつ、お醤油と粗挽き黒こしょうで味を整える。
お昼のメインは豚肉ときゃべつの味噌炒め。お汁物はお吸い物になる。具はわかめと貝割れだ。
夏になると、仕込みの量を少し減らす。食欲を落としてしまうお客さまも多いからだ。ゼリー飲料だけで済ますことになったり、そもそも食べない人も出てきてしまう。
ここ近年は本当に酷暑続きで、エアコン無しの室内や、屋外の運動などは自殺行為なんて言われるほどだ。お母さんと碧はもちろん平気なのだが、以前は夏バテに縁が無かったお父さんでさえ、少しバテ気味になってしまっている。少し心配になってしまう。だからその分、碧ががんばりたいのだ。
8時半になり、弓月さんが訪れた。お父さんがスクランブルエッグを作っている間に、碧は小鉢とお吸い物、ごはんを用意した。できあがったらお母さんが運んでくれる。
「あ、今日はすまし汁なんですね」
「はい。お昼のメインがお味噌炒めなので」
「あ~、ええですねぇ、美味しそうです。お昼もこれたらええんでしょうけど、ぼくの食事ペースやったら、仕事に間に合わんやろうし」
お昼ごはんは11時からの提供だ。弓月さんは12時からお仕事である。確かに弓月さんのゆっくりなお食事ペースなら、難しいかも知れない。
「いつも、お昼はどうされてるんですか?」
「ここ出たあとコンビニに行って、おにぎりふたつとお茶買って、仕事前に休憩室で食べます」
「お仕事終わりって、夜の9時って言うてはりましたよね。足りるんですか?」
「あ、夕方に交代で休憩取るんです。早番の社員の昼休憩みたいな形で、4時から6時、早番の人らがまだおる時間帯に、交代で。そんときに晩ごはん食べます。そのときにここ開いてくれてたら嬉しいんですけどねぇ」
「うちは朝とお昼だけですからねぇ」
「ですよねぇ。でも毎日、美味しい朝ごはんが食べられるんは、ほんまに助かります」
弓月さんはそう言って、ほわりと、こちらが癒される様な笑みを浮かべた。
そういえば、弓月さんは平日の毎日、こうして朝ごはんを食べにきてくれる。ということは、ひとり暮らしの独身の可能性が高い。碧は先週末、結依ちゃんと会ったときのお話を思い出す。
だからといって、弓月さんとどうこうなどというつもりは毛頭無い。弓月さんは「とくら食堂」のご常連で、弓月さんにとっても碧は行きつけの食堂のスタッフである。その線引きはきちんとしておかなければならない。下手をすると、「とくら食堂」の信用問題になりかねない。それに弓月さんにも失礼になってしまう。
弓月さんはごはんとお吸い物をお代わりし、もう少しで食べ終わるだろうというとき。開き戸が開いて。
「はよっす!」
元気な声とともに、スーツ姿の佐竹さんが入ってきた。
「いらっしゃいませ、おはようございます」
「いらっしゃい」
明るくお迎えをし、碧はおしぼりとお冷やを用意する。佐竹さんは「はよっす!」と挨拶をしながら、また弓月さんのお隣に腰を降ろした。今の挨拶は弓月さんに言ったのだろう。
碧はおしぼりとお冷やを手渡す。お父さんはスクランブルエッグを作るために卵を割った。碧は小鉢とお吸い物、ごはんを用意する。すると佐竹さんが弓月さんに話し掛けていた。
「あの、おれ、佐竹って言います。名前、教えてもろてええですか?」
「……弓月です」
「弓月さんっすか! よろしくっす」
佐竹さんは人懐こい様子を見せるが、弓月さんは警戒している様な、引いている様な。何とも複雑そうな表情を浮かべていた。お母さんができた朝ごはんを佐竹さんに運ぶ。
「お待たせしました。ごゆっくり」
「あざっす。あの、おれ、職場が豊中なんす。弓月さんは仕事場はどこっすか?」
お母さんにお礼を言うと、佐竹さんはすぐに弓月さんに向き直る。その顔は心底楽しそうに見えた。
「本町、です」
「へぇ! じゃあ今度、良かったら梅田で飲みませんか?」
「……え?」
弓月さんは目を瞬かせる。よほど驚いたのだろう。しかし佐竹さん、えらいぐいぐいいくなぁ、何でまた、なんて碧が思っていると。
「碧ちゃんも! 3人で飲みに行こうや」
まさか自分にも向かうとは思って無かったので、碧は思わず「へっ!?」と素っ頓狂な声を上げてしまう。
「いえ、え、あ、わたしは」
碧が戸惑いながら首を振ると、佐竹さんは「え~」と眉尻を下げた。
「一緒に来て、おれと弓月さんが仲良うなる協力してやぁ~」
そんな、少しばかり情けない声を出す。いやいや、それはそっちで勝手にやってくれ、碧はそう思ってしまう。
「弓月さんと仲良くなりたいんでしたら、それこそおふたりで行かれてはどうですか?」
弓月さんの反応からして、受けてくれるかどうか微妙なところの様な気がするが。
「そんなことしたら、警戒されるやん」
佐竹さんは軽く拗ねた様な顔を見せる。
「警戒、ですか?」
碧が首を傾げると。
「うん。だっておれ、ゲイやし」
軽やかなカミングアウトに、碧は絶句しつつも、思わず「おお……」と掠れた声を漏らしてしまったのだった。
気候はすっかりと真夏で、お日さまの陽射しは痛いぐらいだし、じっとりとした湿度にも辟易させられる。
それでもお天気が良ければ、思わずテンションが上がって元気な気持ちになってしまう。現金なものである。
碧は人間とあやかしのハーフだからか、暑さにも寒さにも比較的強い。それはお母さんもそうで、しかも碧よりも耐性があるので、あやかしは気温の高低を感じにくいのかも知れない。
今日の卵料理はスクランブルエッグ。
小鉢はズッキーニとお茄子の粒マスタード炒めだ。半月切りにしたズッキーニとお茄子をオリーブオイルで炒め、粒マスタードとはちみつ、お醤油と粗挽き黒こしょうで味を整える。
お昼のメインは豚肉ときゃべつの味噌炒め。お汁物はお吸い物になる。具はわかめと貝割れだ。
夏になると、仕込みの量を少し減らす。食欲を落としてしまうお客さまも多いからだ。ゼリー飲料だけで済ますことになったり、そもそも食べない人も出てきてしまう。
ここ近年は本当に酷暑続きで、エアコン無しの室内や、屋外の運動などは自殺行為なんて言われるほどだ。お母さんと碧はもちろん平気なのだが、以前は夏バテに縁が無かったお父さんでさえ、少しバテ気味になってしまっている。少し心配になってしまう。だからその分、碧ががんばりたいのだ。
8時半になり、弓月さんが訪れた。お父さんがスクランブルエッグを作っている間に、碧は小鉢とお吸い物、ごはんを用意した。できあがったらお母さんが運んでくれる。
「あ、今日はすまし汁なんですね」
「はい。お昼のメインがお味噌炒めなので」
「あ~、ええですねぇ、美味しそうです。お昼もこれたらええんでしょうけど、ぼくの食事ペースやったら、仕事に間に合わんやろうし」
お昼ごはんは11時からの提供だ。弓月さんは12時からお仕事である。確かに弓月さんのゆっくりなお食事ペースなら、難しいかも知れない。
「いつも、お昼はどうされてるんですか?」
「ここ出たあとコンビニに行って、おにぎりふたつとお茶買って、仕事前に休憩室で食べます」
「お仕事終わりって、夜の9時って言うてはりましたよね。足りるんですか?」
「あ、夕方に交代で休憩取るんです。早番の社員の昼休憩みたいな形で、4時から6時、早番の人らがまだおる時間帯に、交代で。そんときに晩ごはん食べます。そのときにここ開いてくれてたら嬉しいんですけどねぇ」
「うちは朝とお昼だけですからねぇ」
「ですよねぇ。でも毎日、美味しい朝ごはんが食べられるんは、ほんまに助かります」
弓月さんはそう言って、ほわりと、こちらが癒される様な笑みを浮かべた。
そういえば、弓月さんは平日の毎日、こうして朝ごはんを食べにきてくれる。ということは、ひとり暮らしの独身の可能性が高い。碧は先週末、結依ちゃんと会ったときのお話を思い出す。
だからといって、弓月さんとどうこうなどというつもりは毛頭無い。弓月さんは「とくら食堂」のご常連で、弓月さんにとっても碧は行きつけの食堂のスタッフである。その線引きはきちんとしておかなければならない。下手をすると、「とくら食堂」の信用問題になりかねない。それに弓月さんにも失礼になってしまう。
弓月さんはごはんとお吸い物をお代わりし、もう少しで食べ終わるだろうというとき。開き戸が開いて。
「はよっす!」
元気な声とともに、スーツ姿の佐竹さんが入ってきた。
「いらっしゃいませ、おはようございます」
「いらっしゃい」
明るくお迎えをし、碧はおしぼりとお冷やを用意する。佐竹さんは「はよっす!」と挨拶をしながら、また弓月さんのお隣に腰を降ろした。今の挨拶は弓月さんに言ったのだろう。
碧はおしぼりとお冷やを手渡す。お父さんはスクランブルエッグを作るために卵を割った。碧は小鉢とお吸い物、ごはんを用意する。すると佐竹さんが弓月さんに話し掛けていた。
「あの、おれ、佐竹って言います。名前、教えてもろてええですか?」
「……弓月です」
「弓月さんっすか! よろしくっす」
佐竹さんは人懐こい様子を見せるが、弓月さんは警戒している様な、引いている様な。何とも複雑そうな表情を浮かべていた。お母さんができた朝ごはんを佐竹さんに運ぶ。
「お待たせしました。ごゆっくり」
「あざっす。あの、おれ、職場が豊中なんす。弓月さんは仕事場はどこっすか?」
お母さんにお礼を言うと、佐竹さんはすぐに弓月さんに向き直る。その顔は心底楽しそうに見えた。
「本町、です」
「へぇ! じゃあ今度、良かったら梅田で飲みませんか?」
「……え?」
弓月さんは目を瞬かせる。よほど驚いたのだろう。しかし佐竹さん、えらいぐいぐいいくなぁ、何でまた、なんて碧が思っていると。
「碧ちゃんも! 3人で飲みに行こうや」
まさか自分にも向かうとは思って無かったので、碧は思わず「へっ!?」と素っ頓狂な声を上げてしまう。
「いえ、え、あ、わたしは」
碧が戸惑いながら首を振ると、佐竹さんは「え~」と眉尻を下げた。
「一緒に来て、おれと弓月さんが仲良うなる協力してやぁ~」
そんな、少しばかり情けない声を出す。いやいや、それはそっちで勝手にやってくれ、碧はそう思ってしまう。
「弓月さんと仲良くなりたいんでしたら、それこそおふたりで行かれてはどうですか?」
弓月さんの反応からして、受けてくれるかどうか微妙なところの様な気がするが。
「そんなことしたら、警戒されるやん」
佐竹さんは軽く拗ねた様な顔を見せる。
「警戒、ですか?」
碧が首を傾げると。
「うん。だっておれ、ゲイやし」
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