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4章 碧、転機を迎える
第13話 幸せになりたいのに
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お話を終え、渡辺さんは深く頭を下げて「とくら食堂」を辞した。
渡辺さんが決めたことだ。渡辺さんにとっては、ただのお見合い相手でしか無い碧は、何も言うことなどできない。それでも複雑な思いが心に浮遊する。
「渡辺さんやっけ、何や、貧乏くじ引いた感じやな。気の毒っちゅうかなんちゅうか」
佐竹さんの言い方は良く無いが、遠からず、と碧も思ってしまうのだ。それでも結婚に進もうとしているのだから、少なからずとも何らかの情はあるのだと思う。
それが例えきょうだい愛の様なものであったとしても、愛情には違い無い。きっと渡辺さんは愛理さんを大切にするだろう。その身体に触れることはしなくとも。
渡辺さんが愛理さんに外でのお仕事を課したのは、ひとえに世界を広げることと世間を知ることが目的なのだそう。今の愛理さんはあまりにも幼稚である。ふたりの繋がり、形が何であれ、このままだと、ふたりだけであっても家庭を維持することはきっと難しい。
愛理さんはきっと、渡辺さんに尽くすのだと思う。依存といってもあながち間違いでは無い様な気もする。
だがそんなことは、渡辺さんは百も承知だろう。そのうえで一緒になるといっているのだから。
碧は、結婚は幸せになるためにするものだと思っていた。だが、こんな成り行きで成婚してしまうこともあるのかと。怖いな、と思ってしまう。渡辺さんが望んだものでは無いのだから。
この件が特殊だということは分かっている。碧は自分の両親を長年見てきたから、自然とそれを理想にしてきたし、目指してもいる。だが相手ありきのこの一大事は、難しいことなのだとあらためて思い知らされる。
「渡辺さんは、幸せになれるでしょうか……」
碧は目を伏せて、思わず呟く。佐竹さんは「さぁな」と首を振った。
「渡辺さんが、どれだけあの愛理っちゅう女性を矯正できるかに掛かってるかもな。それも難しい様な気もするけどな。長いことこじらせてきたんや、そう簡単や無いわ」
「そう、ですよね」
碧は暗澹たる気持ちになる。だが、佐竹さんは続けて口を開いた。
「でもな、もう碧ちゃんが気にすることや無い。渡辺さんは完全に碧ちゃんから手が離れた。碧ちゃんはこの店と自分の幸せを考えたらええんや。ええか? 今回のことはレアケースや。何回も言うけど、碧ちゃんはもう関係無いんやから」
「はい」
そうだ。もう切り替えるしか無い。碧は渡辺さんが心配なだけで、未練などがあるわけでは無いのだ。自分には無関係。そう思って、でも、やはり渡辺さんの幸せは願いたい。
「大丈夫や。碧ちゃんの幸せは思ってるより近くにあると思うで。じゃ、おれは行くわ。女将さん、おあいそお願いします」
「はーい」
お母さんはレジの途中確認をしていた。その手を止めて、佐竹さんのお会計をする。佐竹さんは弓月さんの背中をぱしんと叩いて席を立った。弓月さんはびくりと目を丸くする。
「佐竹さん、娘のこと、気にかけてくれてありがとうねぇ」
お母さんがそんなことを言っている。佐竹さんは。
「いえいえ、おれ、碧ちゃんには幸せになって欲しいっすから。おれが言えた義理や無いかも知れんすけど」
確かに、かつて佐竹さんが碧にしたことは褒められたことでは無い。だが碧はもう全然気にしていないし、何より佐竹さんは碧を友人だと言ってくれる。それに、碧は今の佐竹さんを結構信頼しているのだ。
「ありがとうございました。いってらっしゃいませ~」
お母さんが佐竹さんが送り出すので、碧も「ありがとうございましたぁ」と声をあげた。佐竹さんは「またな」と、手を振りながら出ていった。
そうして、店内にお客さまは弓月さんだけになった。弓月さんは呆然とした表情で、佐竹さんが出ていったばかりの開き戸を見つめていたが。
「あの、碧さん、碧さんは結婚がしたくて、婚活をしてはるんですよね?」
「あ、はい、そうですね。両親の様に、一緒にこのお店をやってくれはる人と一緒になりたいって思ってます」
「碧さんは将来、大将さんからここを継がれるんですか?」
「そのつもりでいます」
「じゃあ、あの」
弓月さんの頬がほのかに赤く染まって、口をぱくぱくと、言い淀む素振りを見せて、そして、やがて。
「ぼく、一緒にやらせてほしいです!」
そう、言い切ったのだった。碧はぽかんとしてしまい、お父さんとお母さんも驚いた様に動きを止めた。お父さんはお昼に使うきゃべつをざく切りにしていて、お母さんはレジ確認の続きに入っていた。
「え、あ、あの、弓月さん、それってどういう」
碧が問うと、弓月さんは開き直った様に、そして叫ぶ様に言った。
「碧さん、ぼくと一緒になってほしいんです!」
弓月さんの表情は真剣なものだった。弓月さんが碧との結婚を望んでいる? え、まさか。
「ちょい待ちぃ」
お母さんの低い声が届く。お母さんのそんな声を聞くのは久しぶりだった。お母さんは怒ると声のトーンが下がる。どうして、と目を丸くすると。
「弓月さん、あんた、だいだらぼっちやろ」
「……え?」
碧はまた驚いて、目を見開いた。弓月さんが、あやかし?
「……はい」
弓月さんは、お母さんに向かって、しっかりと強く頷いた。
渡辺さんが決めたことだ。渡辺さんにとっては、ただのお見合い相手でしか無い碧は、何も言うことなどできない。それでも複雑な思いが心に浮遊する。
「渡辺さんやっけ、何や、貧乏くじ引いた感じやな。気の毒っちゅうかなんちゅうか」
佐竹さんの言い方は良く無いが、遠からず、と碧も思ってしまうのだ。それでも結婚に進もうとしているのだから、少なからずとも何らかの情はあるのだと思う。
それが例えきょうだい愛の様なものであったとしても、愛情には違い無い。きっと渡辺さんは愛理さんを大切にするだろう。その身体に触れることはしなくとも。
渡辺さんが愛理さんに外でのお仕事を課したのは、ひとえに世界を広げることと世間を知ることが目的なのだそう。今の愛理さんはあまりにも幼稚である。ふたりの繋がり、形が何であれ、このままだと、ふたりだけであっても家庭を維持することはきっと難しい。
愛理さんはきっと、渡辺さんに尽くすのだと思う。依存といってもあながち間違いでは無い様な気もする。
だがそんなことは、渡辺さんは百も承知だろう。そのうえで一緒になるといっているのだから。
碧は、結婚は幸せになるためにするものだと思っていた。だが、こんな成り行きで成婚してしまうこともあるのかと。怖いな、と思ってしまう。渡辺さんが望んだものでは無いのだから。
この件が特殊だということは分かっている。碧は自分の両親を長年見てきたから、自然とそれを理想にしてきたし、目指してもいる。だが相手ありきのこの一大事は、難しいことなのだとあらためて思い知らされる。
「渡辺さんは、幸せになれるでしょうか……」
碧は目を伏せて、思わず呟く。佐竹さんは「さぁな」と首を振った。
「渡辺さんが、どれだけあの愛理っちゅう女性を矯正できるかに掛かってるかもな。それも難しい様な気もするけどな。長いことこじらせてきたんや、そう簡単や無いわ」
「そう、ですよね」
碧は暗澹たる気持ちになる。だが、佐竹さんは続けて口を開いた。
「でもな、もう碧ちゃんが気にすることや無い。渡辺さんは完全に碧ちゃんから手が離れた。碧ちゃんはこの店と自分の幸せを考えたらええんや。ええか? 今回のことはレアケースや。何回も言うけど、碧ちゃんはもう関係無いんやから」
「はい」
そうだ。もう切り替えるしか無い。碧は渡辺さんが心配なだけで、未練などがあるわけでは無いのだ。自分には無関係。そう思って、でも、やはり渡辺さんの幸せは願いたい。
「大丈夫や。碧ちゃんの幸せは思ってるより近くにあると思うで。じゃ、おれは行くわ。女将さん、おあいそお願いします」
「はーい」
お母さんはレジの途中確認をしていた。その手を止めて、佐竹さんのお会計をする。佐竹さんは弓月さんの背中をぱしんと叩いて席を立った。弓月さんはびくりと目を丸くする。
「佐竹さん、娘のこと、気にかけてくれてありがとうねぇ」
お母さんがそんなことを言っている。佐竹さんは。
「いえいえ、おれ、碧ちゃんには幸せになって欲しいっすから。おれが言えた義理や無いかも知れんすけど」
確かに、かつて佐竹さんが碧にしたことは褒められたことでは無い。だが碧はもう全然気にしていないし、何より佐竹さんは碧を友人だと言ってくれる。それに、碧は今の佐竹さんを結構信頼しているのだ。
「ありがとうございました。いってらっしゃいませ~」
お母さんが佐竹さんが送り出すので、碧も「ありがとうございましたぁ」と声をあげた。佐竹さんは「またな」と、手を振りながら出ていった。
そうして、店内にお客さまは弓月さんだけになった。弓月さんは呆然とした表情で、佐竹さんが出ていったばかりの開き戸を見つめていたが。
「あの、碧さん、碧さんは結婚がしたくて、婚活をしてはるんですよね?」
「あ、はい、そうですね。両親の様に、一緒にこのお店をやってくれはる人と一緒になりたいって思ってます」
「碧さんは将来、大将さんからここを継がれるんですか?」
「そのつもりでいます」
「じゃあ、あの」
弓月さんの頬がほのかに赤く染まって、口をぱくぱくと、言い淀む素振りを見せて、そして、やがて。
「ぼく、一緒にやらせてほしいです!」
そう、言い切ったのだった。碧はぽかんとしてしまい、お父さんとお母さんも驚いた様に動きを止めた。お父さんはお昼に使うきゃべつをざく切りにしていて、お母さんはレジ確認の続きに入っていた。
「え、あ、あの、弓月さん、それってどういう」
碧が問うと、弓月さんは開き直った様に、そして叫ぶ様に言った。
「碧さん、ぼくと一緒になってほしいんです!」
弓月さんの表情は真剣なものだった。弓月さんが碧との結婚を望んでいる? え、まさか。
「ちょい待ちぃ」
お母さんの低い声が届く。お母さんのそんな声を聞くのは久しぶりだった。お母さんは怒ると声のトーンが下がる。どうして、と目を丸くすると。
「弓月さん、あんた、だいだらぼっちやろ」
「……え?」
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弓月さんは、お母さんに向かって、しっかりと強く頷いた。
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