とくら食堂、朝とお昼のおもてなし

山いい奈

文字の大きさ
49 / 50
4章 碧、転機を迎える

第14話 まさかのことに

しおりを挟む
 お母さんは冷酷とも言える様な顔で、また口を開く。

「それやったら、わたしが二口女ふたくちおんなで、あおちゃんが人間とのハーフやっちゅうことも分かってるやんね?」

「もちろんです」

 弓月ゆずきさんはお母さんをまっすぐに見据えて頷く。

「あやかしの中には、人間と結婚したがってるのもいるってのは知ってる。小さいけど利点があるからね。言うてもわたしもそうやった。できたら嬉しいな、ぐらいやったけど。せやからわたしは、お父さんに会えたんがもの凄い幸運やったし、ありがたいご縁やったって思ってる。弓月さんはどうや? 碧を思ってそう言うてるん? それともハーフとはいえ人間と結婚したいだけ?」

 お母さんはいつもの丁寧語がすっかりと抜けている。ほのかな怒りすら感じる。どうしてお母さんはここまで怒っているのか。それに利点とは何のことだろうか。

 弓月さんはお母さんに詰められ、それでもぐっと表情を引き締めた。

「もちろん、碧さんを思ってるからです。そして、この「とくら食堂」が好きやからです。せやので、碧さんを支えていきたいって思いました」

「本気やね?」

「本気です」

 店内に緊張が走る。碧は思わずこくりと喉を鳴らしてしまう。静まり返ってしまい、碧はますます強張ってしまう。お父さんは、と見ると、ゆったりとした笑顔でお母さんたちを見守っている。

「ほんまやね?」

「ほんまです。偽りはありません」

 そしてまた、訪れる静寂。これを打ち破るためにあらたなお客さまが来て欲しい様な、でも今来てもらっては困る様な、そんな思いに駆られたとき。

「よっしゃ」

 お母さんが表情を緩ませると、場の雰囲気もほころんだ。弓月さんはほっとした様な表情を見せる。

「やったら、あとは碧ちゃん次第やな。わたしもお父さんも当然中立やけど、邪魔とかもちろんせんから、せいぜいがんばり」

「はい!」

 そう応える弓月さんの顔は、きらきらと輝いていた。お母さんは、もちろんお父さんも後押しをするわけでは無いにしても、お許しはもらえたということだ。

 碧と、一緒になることを。

 と、ここまではさすがの碧も理解できる。だが、弓月さんが本当に? にわかには信じられないのだが。

「碧さん!」

 弓月さんが碧に笑顔を向ける。碧はびくりとして目をぱちくりさせた。

「ぼくは、真剣に碧さんを思っています。このお店も大好きです。どうか、ぼくとの未来を考えてみてもらえませんか」

「ふぇ、あの」

 弓月さんの熱い眼差しにとらわれ、碧は間抜けな声をあげることしかできなかった。碧、碧の気持ちは。

「もちろん、お返事は急ぎません。いつまでかて待ちます。碧さんが30になっても40になっても50になっても。ぼくはあやかしですから、時間はたっぷりあるんです」

 弓月さんは優しく言って、立ち上がる。お母さんがレジに向かったので、それを追いかけていった。

 お会計をしてもらい、碧にぺこりと一礼して、弓月さんはお店を出ていった。

 碧はあまりのことに、その場にへなへなとへたり込みそうになってしまう。お父さんが「碧、大丈夫か?」と慌てた声で支えてくれた。

「うん……。まさか、弓月さんが、あんな」

 碧が呟くと、お父さんは少し呆れた様に言った。

「碧、多分気付いてへんのは碧だけや。お父さんもお母さんも、多分、佐竹さたけさんも知っとった。でも弓月さんが何のアクションも起こさんかったから、静観してたんや」

「そうなん? それに、弓月さんがあやかしなんも、全然気付かんかった」

「だって、碧ちゃんは目が良く無いから」

 お母さんがカウンタ越しに言う。ああ、そう言えば以前に、お母さんにそんな言い回しをされて、違和感を覚えたことを思い出した。

「お母さんは知ってたん?」

「知ってたし、あやかしは碧が思ってるより日常に溶け込んでるよ。ここのお客さんにもいてはるしね」

「そうなん?」

 碧が目を丸くすると、お母さんはにっこりと笑う。

「弓月さんとのことは、ゆっくり考えたらええよ。多分、弓月さんはいつも通りに毎日きてくれはる。碧の気持ちが固まったら、返事したらええ。ああ、でもね、あんま堅苦しく考えることは無いと思う。結婚相談所でマッチングして付き合えたとしても、成婚できるとは限らんのが、人のご縁やからね。例え弓月さんとお付き合いすることになったとしても、結婚せなあかんわけや無い。それを縛りにしたらあかんよ。それが碧の目を曇らしてまうからね」

「うん、ちゃんと、考えてみる」

「うん」

 お母さんも、お父さんも微笑んでくれる。碧は大切にされている。弓月さんとどうなるかはまだ分からない。それでも、きっと、慈しんでくれるものに囲まれて、幸せになれる、強く、そう思うのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

下宿屋 東風荘 2

浅井 ことは
キャラ文芸
※※※※※ 下宿屋を営み、趣味は料理と酒と言う変わり者の主。 毎日の夕餉を楽しみに下宿屋を営むも、千年祭の祭りで無事に鳥居を飛んだ冬弥。 しかし、飛んで仙になるだけだと思っていた冬弥はさらなる試練を受けるべく、空高く舞い上がったまま消えてしまった。 下宿屋は一体どうなるのか! そして必ず戻ってくると信じて待っている、残された雪翔の高校生活は___ ※※※※※ 下宿屋東風荘 第二弾。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

鎌倉黒猫カフェ クロスオーバー

櫻井千姫
キャラ文芸
鎌倉の滑川近くにある古民家カフェ「クロスオーバー」。イケメンだけどちょっと不思議な雰囲気のマスター、船瀬守生と、守生と意思を交わすことのできる黒猫ハデス。ふたりが迎えるお客さんたちは、希死念慮を抱えた人ばかり。ブラック企業、失恋、友人関係、生活苦......消えたい、いなくなりたい。そんな思いを抱える彼らに振る舞われる「思い出のおやつ」が、人生のどん詰まりにぶち当たった彼らの未来をやさしく照らす。そして守生とハデス、「クロスオーバー」の秘密とは?※表紙のみAI使用

【完結】「かわいそう」な公女のプライド

干野ワニ
恋愛
馬車事故で片脚の自由を奪われたフロレットは、それを理由に婚約者までをも失い、過保護な姉から「かわいそう」と口癖のように言われながら日々を過ごしていた。 だが自分は、本当に「かわいそう」なのだろうか? 前を向き続けた令嬢が、真の理解者を得て幸せになる話。 ※長編のスピンオフですが、単体で読めます。

【完結】二十五歳のドレスを脱ぐとき ~「私という色」を探しに出かけます~

朝日みらい
恋愛
 二十五歳――それは、誰かのために生きることをやめて、  自分のために色を選び直す年齢だったのかもしれません。  リリア・ベルアメール。王都の宰相夫人として、誰もが羨む立場にありながら、 彼女の暮らす屋敷には、静かすぎるほどの沈黙が流れていました。  深緑のドレスを纏い、夫と並んで歩くことが誇りだと信じていた年月は、  いまではすべて、くすんだ記憶の陰に沈んでいます。  “夫の色”――それは、誇りでもあり、呪いでもあった。  リリアはその色の中で、感情を隠し、言葉を飲み込み、微笑むことを覚えた。  けれど二十五歳の冬、長く続いた沈黙に小さなひびが入ります。  愛されることよりも、自分を取り戻すこと。  選ばれる幸せよりも、自分で選ぶ勇気。  その夜、彼女が纏ったのは、夫の深緑ではなく――春の蕾のような淡いピンク。  それは、彼女が“自分の色”で生きると決めた最初の夜でした――。

あやかしが家族になりました

山いい奈
キャラ文芸
★お知らせ いつもありがとうございます。 当作品、3月末にて非公開にさせていただきます。再公開の日時は未定です。 ご迷惑をお掛けいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。 母親に結婚をせっつかれている主人公、真琴。 一人前の料理人になるべく、天王寺の割烹で修行している。 ある日また母親にうるさく言われ、たわむれに観音さまに良縁を願うと、それがきっかけとなり、白狐のあやかしである雅玖と結婚することになってしまう。 そして5体のあやかしの子を預かり、5つ子として育てることになる。 真琴の夢を知った雅玖は、真琴のために和カフェを建ててくれた。真琴は昼は人間相手に、夜には子どもたちに会いに来るあやかし相手に切り盛りする。 しかし、子どもたちには、ある秘密があるのだった。 家族の行く末は、一体どこにたどり着くのだろうか。

隠された第四皇女

山田ランチ
恋愛
 ギルベアト帝国。  帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。  皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。 ヒュー娼館の人々 ウィノラ(娼館で育った第四皇女) アデリータ(女将、ウィノラの育ての親) マイノ(アデリータの弟で護衛長) ディアンヌ、ロラ(娼婦) デルマ、イリーゼ(高級娼婦) 皇宮の人々 ライナー・フックス(公爵家嫡男) バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人) ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝) ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長) リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属) オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟) エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟) セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃) ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡) 幻の皇女(第四皇女、死産?) アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補) ロタリオ(ライナーの従者) ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長) レナード・ハーン(子爵令息) リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女) ローザ(リナの侍女、魔女) ※フェッチ   力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。  ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

あっ、追放されちゃった…。

satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。 母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。 ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。 そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。 精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。

処理中です...