新世界に恋の花咲く〜お惣菜酒房ゆうやけは今日も賑やかに〜

山いい奈

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1章 新世界でお店を開くために

第7話 日本酒の美味しさを

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 由祐ゆうはエコバッグからプラカップとミネラルウォーターを出し、その間にあやかしが「真澄ますみ」を取り上げて軽々と栓を開けた。由祐がカウンタに置いたふたつのカップに注いでいく。ひとつはなみなみと、ひとつはひと口分ぐらいの少量。

「お前はまずはその量からや。飲めそうやったらまた注いだらええ」

「はい」

 由祐はそっと両手でカップを持ち上げる。思わずごくりと喉が鳴った。

「慌てんでええ。ゆっくりと、まずは唇を濡らすぐらいにしてみぃ。味が大丈夫やったら、次は少しだけ口に入れるんや」

「はい」

 由祐はゆっくりとカップを傾ける。ひやりとした感触が唇に当たった。唇を重ね合わせて舌に伝わせて味わうと。

「……美味しい」

 ふんわりとした甘味が、口の中にじわりと混じる。これが、日本酒の味なのか。

 由祐は次は少しを口に含んでみる。さっきよりは強い甘味が広がる。じっくりと味わって、こくりと飲み込んだ。

「やっぱり美味しいです」

 由祐は驚きに目を丸くする。忌避、とまでは言わないまでも、ずっと苦手として避けてきたお酒。こんなにすっと馴染むとは。

「まぁ、まだ少ししか飲んでへんけど、頭ふらふらするとか、気持ち悪いとか、無いか?」

「無いです。多分、大丈夫です」

 深雪みゆきちゃんが話してくれたのだが、大学に通っていたら、お酒が飲める20歳になる年にアルコール耐性テストなるものを受けさせられるそうで、そこである程度の耐性やアレルギーの有無が分かったりするそうなのだ。

 由祐は学校は高校までしか言っていないので、当然そういうテストは受けていない。なので飲めるかどうかは本当に未知数だったわけだが、どうやら問題無さそうだ。

「もう少しもろてええですか?」

「ん、ちゅうか、お前が買ってきたもんやろ」

 あやかしが、1杯目よりは多めに注いでくれる。由祐はそれをゆっくりと口に流し込んだ。

 鼻にふわんと香るのは、まろやかなフルーティなもの。甘さの中にほんのかすかな酸味があり、それがさらなる飲みやすさを生み出しているのだと思う。

「ええですねぇ、お酒って」

 体調が何が変わったわけでは無い。気持ち良くなったわけでも、悪くなったわけでも無い。ただ、何だか高揚感があった。心がわくわく、そんな気持ち。

「楽しくなるんですね」

「ま、それが酒や。でも酒に飲まれんなよ。少しぐらいべろべろになってもええけど、誰かに迷惑掛けたりしたらあかん。大人の飲み方っちゅうんがあるんや」

「あやかしやのに、そんなの気にしはるんですね」

「当たり前や。あやかしやからこそ、自分の面倒は自分で見る。それは人間かて同じやろ。現にお前はずっとそうしてきたんやろ。甘えられるやつができたら、それはそれでええけど、それでも線引きは必要や。お前やったら分かるやろ」

「はい」

 しかしこのあやかし、何とも人間臭いというか、やたらしっかりしているというか。

 するとあやかしは、たっぷりと注がれているカップから「真澄」をほぼ一気に流し込んだ。

「えっ?」

 その飲みっぷりに、由祐は目を剥いてしまう。お酒をそんな飲み方して大丈夫なのか。ビールなどならある程度はぐいぐいと飲むイメージがあるが。酒屋さんのご主人も、日本酒はゆっくり飲むものだと言っていたでは無いか。

「ああ、おれは自分の酒の限界とか分かっとるからええんや。これぐらい何でもあらへん。お前は真似すんなよ、まずは自分がどれだけ飲めるかや。でも無理はすんな。少しでもしんどいとか思ったら、もうやめとけ。多分、もうええ歳やろ、それで醜態晒すんはみっともないからな」

「はい」

 確かに、もう若造と言われる歳は過ぎている。もしこのまま由祐がお酒好きになったとしても、「ええ飲み方」というのを覚えたいと思う。

「で、やっぱり自分の店で酒は出したないか?」

 あやかしの言葉に由祐は考える。お酒が美味しいものだと知った今、苦手感は和らいでいる。だが。

「……めっちゃ羽目外されたし、暴れられたりとか、そんなんは嫌やなぁ」

 由祐は串かつ屋さんぐらいしかお酒を扱うお店には行ったことは無いが、お酒を飲んで大騒ぎしていたりする集団などを見て、申し訳無いが、あまり良い気はしなかったのだ。陽気なお酒と言えばそうなのかも知れないが、度が過ぎるのは受け入れられないのである。

「大丈夫や、俺が止めたるから」

 由祐は思わずあやかしを見る。あやかしは見えない人には見えないはずだ。どうやって。あ、見えざる力とかそういうもので、だろうか。

「力のあるあやかしは、人間の姿に変化できるからな。おれが用心棒として、ずっとこの店におったる。おれは身体がでかいからな、それだけでも威嚇になるやろ」

 ある意味見えざる力だった。しかし。

「お客さまを怖がらせたらあかんでしょ」

「大丈夫や。来る客の大半は人間に化けたあやかしやから」

 ……え? 由祐の頭が思考を止める。どういうことだろうか。

「前んときからそうやった。この物件にはおれが憑いとる様なもんやから、あやかしも集まってくるんや、みんな人間に化けてな。せやから人間みたいに飲み食いするだけや、何も問題あらへん」

「あ、あれへんの、かなぁ……?」

 確かに人間に混ざって、人間の様に飲食をするだけだったら、大丈夫なのかも知れないが。由祐はこれでもあやかしを見慣れている。多少のことでは驚きはしないだろう。

「まぁ、お金さえちゃんと払ってくれたら。でも、あやかしってお金払ってくれるんですか?」

「もちろんや。人間に化けれるあやかしは金を稼ぐ手段も持っとる。安心せぇ」

「ま、それやったらええか」

 由祐はお店がつつがなく運営できれば良いのだ。お客さまが日本人だろうがインバウンドだろうが、あやかしだろうが、構わないと言えるのだった。
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