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1章 新世界でお店を開くために
第8話 まさかの大物で
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「よし、ほな、お前はここで酒を扱う店をやるっちゅうことで、ええんやな?」
「前向きに検討します」
「何や、はっきりせんなぁ」
由祐が冷静に言うと、あやかしが顔をしかめる。
「だって、わたしお酒のこと、まだ何も知りませんもん。さっきも酒屋さんで何が何やらでした。お勉強とかせんと」
「お前、酒飲む連れとかおらんのか?」
「いますけど」
「そいつに教えてもらえ。酒好きやったら嬉々として教えてくれるやろ」
「はい、聞いてみます」
深雪ちゃんは由祐を気遣って由祐の前では飲酒量を抑えてくれているが、実はお酒が好きなのだと思う。今度聞いてみよう。教えてくれたら嬉しいが。もちろん由祐も自習するが。
まずはネットで調べてみよう。お酒の種類、飲み方、きっとたくさんあるのだろう。由祐が美味しく飲めると分かった日本酒ですら、いろいろな銘柄があるのだと思う。
これまで飲んでこなかったお酒のこととはいえ、物知らずの自分にがっかりする。だがまだ取り戻せる。大丈夫。
「残りの「真澄」、俺が飲むから置いてけ」
「それはええですけど、ここに空き瓶あったら不自然なんじゃ?」
「外に捨てに行ったらええだけや。酒屋が引き取ってくれるやろ」
「え? あなたが外に行くんですか?」
てっきりこの店舗に引きこもっているのだと思ったのだが。
「そら行くやろ、おれかて金稼がなあかんねんから」
「お仕事ですか?」
「パチンコや」
何と。まさかの賭け事だった。
「それ、勝てるとは限らへんのや無いんですか?」
「そこはどうにでもなる。おれはあやかしやからな」
「それ、いかさまって言いません?」
「細かいことは気にすんな」
細かいことなのだろうか。まぁしかし、由祐が口を挟むことでは無い。
「まぁ、お前がここで店するんやったらまた会うやろ。他に行くんやったらそれまでや。どのみちこの新世界で商売するんやったら、純喫茶でも無きゃあ酒が無かったら始まらん。生ビールは必須や言うてもええし、酎ハイにハイボール、焼酎に日本酒は置いてへん店なんて無いぐらいや。飯食うために入った店で酒があらへんなんて、この新世界ではあり得へんと思えよ」
「そこまでですか?」
由祐は目を丸くする。由祐はこの新世界では串かつを食べるためにくることが多い。主に「だるま」さんに行っている。だから他のお店はよく知らないのだが。
「そこまでや。ここはそういう街や。昼から飲める、何なら朝からでも飲める、それが新世界や。心しとけよ」
由祐が出店先に新世界を選んだのは、一重にお家賃が手頃だったことと、集客が見込めそうだったことだ。今の地元であるあびこでの開店も考えなかったわけでは無い。だが心機一転、思い切って環境を変えてみても良いのかも、と思って、土地を探したのだ。
やはり、新世界は諦めた方が良いのだろうか。由祐が怖気付いてしまうと。
「旨い飯と酒が安く楽しめる雑多な街、それが新世界のええところや。まずは無理せんとこから始めてみぃ。大丈夫や、おれがおる限りあやかしが来るから、売り上げゼロの日はあれへんはずや」
「ほんまですか?」
「ほんまや。もちろん旨いことが前提ではあるけどな。お前、定食屋したいといか言うとったな」
「はい。でもお酒を出すとしたら、どて焼きとお惣菜をおつまみにして、ええっと、お惣菜居酒屋? みたいなのにした方がええんかなって。あ、抹茶スイーツも作りたいです」
「せやな。抹茶やったら昔気質のあやかしにも馴染みがあるやろ。今は抹茶スイーツが当たり前の世の中やしな。酒のあとにちょうどええわな」
それだったら由祐でも何とかなるか? お酒を扱うことができるだろうか。そんな希望が持てる気がした。すると。
「ええか、お前がここで商売する限り、おれが付いとる。覚えとけよ、あやかしが見えるお前がここに巡り合ったんは、きっと何かの縁や。前の店主は見えんやつやったけど、ここで活き活きと商売しとった。次はお前が厨房に立つんや」
そうあやかしに強く言われ、由祐の心はまた揺れ動いた。このあやかしの力を借りながら、ここでお惣菜居酒屋を経営する。それはもしかしたら、幸運なことなのかも知れない。
お酒を出して、由祐が作るお料理が美味しければ、少なくともあやかしのお客さまは来てくれる。それは実は、とても助かることなのでは無いだろうか。
由祐はお仕事がカフェだということもあって、週末はお休みにならない。なので深雪ちゃんと串かつをお目当てにこの新世界に来るのは平日の夜である。由祐の休日は火曜日と水曜日だった。
そんな平日の夜でも、新世界の人出はすごかった。さすがに押し合いへし合いとまではいかないが、たくさんの人を避けながら歩かなければならない。
それが週末となるとどうなるか。
梅田やなんば、天王寺などは大阪屈指の繁華街だが、そちらでも週末となると夜の街に繰り出す人がごまんといる。そちらも週末となるとすごい人混みになるのだと聞く。深雪ちゃんから聞いたお話だ。深雪ちゃんはお仕事場の同僚さんなどと、週末の会社帰りに飲みに行ったりしている。
そんな人の多さだから、大通りから少し外れたこの店舗にも、お客さまが流れてくる可能性は大いにある。それでも誰にも見向きもされなかったら? そんな想像だってしてしまうのだ。
その心配が無くなるというのだから、かなり魅力的な話では無いのだろうか。
ここは、思ひ切るべきなのでは無いか。このあやかしとの出会いは、実は貴重なご縁なのでは無いだろうか。
お店の規模としては理想的なのだ。揃えなければならないものは多いが、消防法などはクリアしているはずだし、手を加えるところはそう多く無い。
……よしっ!
「あの、あやかしさん、わたし、ここ借ります。ここでお店やります。せやから……よろしくお願いします!」
由祐はがばっと頭を下げた。
「よっしゃ」
あやかしの満足げな快活な声が、店内に響いた。
「交渉成立やな。ここの改装工事とかもあるやろし、まぁおれは基本ここにおるんやけど、気にせずやったらええわ。お前も気が向いたら来たらええ。午前中はパチンコ行ってるけど、午後は大概ここにおるから」
「はい。また来ます。お酒持ってきます」
「そりゃあ楽しみや」
あやかしはくっくっと笑った。
「あ、ところであなたは、何のあやかしなんですか? 角があるから鬼さんやって思ってたんですが」
「ああ、おれは鬼や。そういやお前、名前は?」
「荻野由祐です」
「由祐か。おれは茨木童子や」
「……は?」
しれっと紡がれたその言葉に、由祐は唖然とした。茨木童子といえば、あやかしが見えるくせに疎い由祐でも聞いたことがある、大あやかしでは無いか。
「前向きに検討します」
「何や、はっきりせんなぁ」
由祐が冷静に言うと、あやかしが顔をしかめる。
「だって、わたしお酒のこと、まだ何も知りませんもん。さっきも酒屋さんで何が何やらでした。お勉強とかせんと」
「お前、酒飲む連れとかおらんのか?」
「いますけど」
「そいつに教えてもらえ。酒好きやったら嬉々として教えてくれるやろ」
「はい、聞いてみます」
深雪ちゃんは由祐を気遣って由祐の前では飲酒量を抑えてくれているが、実はお酒が好きなのだと思う。今度聞いてみよう。教えてくれたら嬉しいが。もちろん由祐も自習するが。
まずはネットで調べてみよう。お酒の種類、飲み方、きっとたくさんあるのだろう。由祐が美味しく飲めると分かった日本酒ですら、いろいろな銘柄があるのだと思う。
これまで飲んでこなかったお酒のこととはいえ、物知らずの自分にがっかりする。だがまだ取り戻せる。大丈夫。
「残りの「真澄」、俺が飲むから置いてけ」
「それはええですけど、ここに空き瓶あったら不自然なんじゃ?」
「外に捨てに行ったらええだけや。酒屋が引き取ってくれるやろ」
「え? あなたが外に行くんですか?」
てっきりこの店舗に引きこもっているのだと思ったのだが。
「そら行くやろ、おれかて金稼がなあかんねんから」
「お仕事ですか?」
「パチンコや」
何と。まさかの賭け事だった。
「それ、勝てるとは限らへんのや無いんですか?」
「そこはどうにでもなる。おれはあやかしやからな」
「それ、いかさまって言いません?」
「細かいことは気にすんな」
細かいことなのだろうか。まぁしかし、由祐が口を挟むことでは無い。
「まぁ、お前がここで店するんやったらまた会うやろ。他に行くんやったらそれまでや。どのみちこの新世界で商売するんやったら、純喫茶でも無きゃあ酒が無かったら始まらん。生ビールは必須や言うてもええし、酎ハイにハイボール、焼酎に日本酒は置いてへん店なんて無いぐらいや。飯食うために入った店で酒があらへんなんて、この新世界ではあり得へんと思えよ」
「そこまでですか?」
由祐は目を丸くする。由祐はこの新世界では串かつを食べるためにくることが多い。主に「だるま」さんに行っている。だから他のお店はよく知らないのだが。
「そこまでや。ここはそういう街や。昼から飲める、何なら朝からでも飲める、それが新世界や。心しとけよ」
由祐が出店先に新世界を選んだのは、一重にお家賃が手頃だったことと、集客が見込めそうだったことだ。今の地元であるあびこでの開店も考えなかったわけでは無い。だが心機一転、思い切って環境を変えてみても良いのかも、と思って、土地を探したのだ。
やはり、新世界は諦めた方が良いのだろうか。由祐が怖気付いてしまうと。
「旨い飯と酒が安く楽しめる雑多な街、それが新世界のええところや。まずは無理せんとこから始めてみぃ。大丈夫や、おれがおる限りあやかしが来るから、売り上げゼロの日はあれへんはずや」
「ほんまですか?」
「ほんまや。もちろん旨いことが前提ではあるけどな。お前、定食屋したいといか言うとったな」
「はい。でもお酒を出すとしたら、どて焼きとお惣菜をおつまみにして、ええっと、お惣菜居酒屋? みたいなのにした方がええんかなって。あ、抹茶スイーツも作りたいです」
「せやな。抹茶やったら昔気質のあやかしにも馴染みがあるやろ。今は抹茶スイーツが当たり前の世の中やしな。酒のあとにちょうどええわな」
それだったら由祐でも何とかなるか? お酒を扱うことができるだろうか。そんな希望が持てる気がした。すると。
「ええか、お前がここで商売する限り、おれが付いとる。覚えとけよ、あやかしが見えるお前がここに巡り合ったんは、きっと何かの縁や。前の店主は見えんやつやったけど、ここで活き活きと商売しとった。次はお前が厨房に立つんや」
そうあやかしに強く言われ、由祐の心はまた揺れ動いた。このあやかしの力を借りながら、ここでお惣菜居酒屋を経営する。それはもしかしたら、幸運なことなのかも知れない。
お酒を出して、由祐が作るお料理が美味しければ、少なくともあやかしのお客さまは来てくれる。それは実は、とても助かることなのでは無いだろうか。
由祐はお仕事がカフェだということもあって、週末はお休みにならない。なので深雪ちゃんと串かつをお目当てにこの新世界に来るのは平日の夜である。由祐の休日は火曜日と水曜日だった。
そんな平日の夜でも、新世界の人出はすごかった。さすがに押し合いへし合いとまではいかないが、たくさんの人を避けながら歩かなければならない。
それが週末となるとどうなるか。
梅田やなんば、天王寺などは大阪屈指の繁華街だが、そちらでも週末となると夜の街に繰り出す人がごまんといる。そちらも週末となるとすごい人混みになるのだと聞く。深雪ちゃんから聞いたお話だ。深雪ちゃんはお仕事場の同僚さんなどと、週末の会社帰りに飲みに行ったりしている。
そんな人の多さだから、大通りから少し外れたこの店舗にも、お客さまが流れてくる可能性は大いにある。それでも誰にも見向きもされなかったら? そんな想像だってしてしまうのだ。
その心配が無くなるというのだから、かなり魅力的な話では無いのだろうか。
ここは、思ひ切るべきなのでは無いか。このあやかしとの出会いは、実は貴重なご縁なのでは無いだろうか。
お店の規模としては理想的なのだ。揃えなければならないものは多いが、消防法などはクリアしているはずだし、手を加えるところはそう多く無い。
……よしっ!
「あの、あやかしさん、わたし、ここ借ります。ここでお店やります。せやから……よろしくお願いします!」
由祐はがばっと頭を下げた。
「よっしゃ」
あやかしの満足げな快活な声が、店内に響いた。
「交渉成立やな。ここの改装工事とかもあるやろし、まぁおれは基本ここにおるんやけど、気にせずやったらええわ。お前も気が向いたら来たらええ。午前中はパチンコ行ってるけど、午後は大概ここにおるから」
「はい。また来ます。お酒持ってきます」
「そりゃあ楽しみや」
あやかしはくっくっと笑った。
「あ、ところであなたは、何のあやかしなんですか? 角があるから鬼さんやって思ってたんですが」
「ああ、おれは鬼や。そういやお前、名前は?」
「荻野由祐です」
「由祐か。おれは茨木童子や」
「……は?」
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