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1章 新世界でお店を開くために
第9話 初めてのビール
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土曜日、由祐は本町の深雪ちゃんのお家にお邪魔していた。マンションの一室、1DKの間取りで、ダイニングにはふたり掛けの木製のダイニングテーブル、奥の洋室にはシングルベッドなどが置かれている。キッチンもコンロがふたつあって、羨ましい空間だった。
由祐はお土産に、辛党の深雪ちゃんが好きな明太子せんべいと、手作りのお惣菜を2品、持ち込んでいた。
一品目はひじきと枝豆の白和え。厚揚げを使って作っている。テレビで見たもののアレンジだ。水切りが必要なお豆腐と違って水切りが要らず、表面が揚げてあるので、それが味のひとつになる。
厚揚げは湯通しをして余分な油を落とし、しっかりを水気を拭き取ったら、すでにごま油で炒めてあるひじきのフライパンに入れて、シリコンスプーンでざくざくねっとりと潰してやる。
味付けは日本酒とみりんとお醤油、たっぷりのすり白ごま。作り方はお手間抜きと言われるかも知れないが、ごまかせない味はしっかりと整える。
枝豆は業務スーパーで売られている冷凍の剥き枝豆。これは便利なので、由祐のお家の冷凍庫に常備してあるのだ。
最後に枝豆を入れて、火が通ったらできあがりである。タッパーに移して粗熱を取った。
もう一品は人参しりしり。しりしりは沖縄の家庭料理で、基本は人参と卵で作られる。しりしりとは、すりおろす音である「すりすり」の沖縄の方言なのだそうだ。
沖縄県内の多くのご家庭には専用のしりしり器があるそうだが、由祐は持っていないので、千切りができる一般的なすりおろし器を使った。オリーブオイルで千切りにすり下ろした人参を炒め、お塩とみりんと削り節で味を加え、溶き卵でとじるのだ。
今回は深雪ちゃんのお家に持ってくることもあって、卵にしっかりと火を通したが、お家ですぐに食べるのなら、半熟でも美味しい。
今日は、深雪ちゃんにお酒のことを教えてもらうために、お邪魔しているのだった。深雪ちゃんはやはりお酒が好きで、お家にはいろいろな種類を置いているのだ。
持参したお惣菜をタッパーのままダイニングテーブルに置き、取り皿とお箸を出す。いろいろなお酒を手軽に味わえる様に、深雪ちゃんは通販で使い捨てのプラスチックのおちょこを用意してくれていた。
そして「量は多く無くてもちゃんぽんになるからな」と、深雪ちゃんがくれたウコンドリンクを飲んだ。
「まずはビールからやな。今日はこれ、アサヒのスーパードライ。辛口って言われてるけど、せやからこそ炭酸と合わさって喉越しが良くて人気の銘柄やねん。あたしはグラスに入れるけど、ビール初めての由祐ちゃんはおちょこでな」
「うん」
「注ぎ方も覚えた方がええわ。はい、おちょこ、斜めにして持ってな。途中で平らに戻すねん。そのときには言うから」
「うん」
由祐は言われた通りに、おちょこを傾けた。そこに深雪ちゃんが、そろりと銀色の缶ビールを注いでくれる。間も無く7分目ほどが埋まったら。
「はい、ここで平らにして」
「う、うん」
由祐は慌てて、おちょこの傾きを直す。すると淡い琥珀色の上に、白い泡ができあがった。
「うん、こんな感じ。ほな由祐ちゃん、あたしの注いでみて。ちゃんと教えるから」
「うん」
由祐は深雪ちゃんから缶ビールを受け取る。深雪ちゃんがグラスを斜めにして差し出したので、そこに恐る恐る注いでいく。ゆるゆるとビールがグラスに溜まっていった。
「もうちょっとスピード上げても大丈夫やで。まずは泡を立てん様にするねん。炭酸やからな」
「うん」
でも、加減が分からない。由祐は缶ビールの傾きを気持ちだけ増やした。そして、グラス7分目に達したとき。
「はい、ここで平らにするで」
深雪ちゃんがグラスを平らにする。由祐はそれに合わせて缶ビールをずらし、続けて注いでいくと、グラスの中で泡が立ち、表面に泡が薄く溜まっていった。
「うん、オッケー。泡が少ないけど、こんなんも慣れやから。店やるんやったら生ビール出すやろ、そこで必要になってくるからな。あたしが飲んだるから、じゃんじゃん練習しぃ」
「ありがとう。でもやっぱり、生ビールっているかなぁ」
「いるな。ま、とりあえず乾杯しよ。由祐ちゃんの店が繁盛します様に!」
「ありがとう!」
由祐のおちょこと深雪ちゃんのグラスが軽く重なる。深雪ちゃんはぐいっとグラスを傾け、由祐はちびりと口を付けた。美味しいが苦いお酒だと、深雪ちゃんは言っていたが、さて。
……味は、悪く無い。もう少し、多めに口に含む。確かに苦味はある。だが思っていたほどでは無い。しゅわっとした炭酸のおかげなのか、想像以上に飲みやすかった。
「結構美味しい、かも?」
「あ、ビールいけるかな? 居酒屋とかでもやけど、とりあえず生ビールってお客さんは多いんやわ。ビールは基本、生と缶と瓶があって、中身は全部一緒なんよ。でも生ビールは専用のサーバで注ぐから、泡がきめ細やかになって、それで美味しく感じるんかなぁ。缶ビールも缶のまま飲むよりグラスとかに注いだ方が美味しいから、空気に触れさすことも大事なんかも」
「そうなんやねぇ」
由祐はただただ感心する。これまでお酒を避けてきたと言っても良い由祐には、初めて聞くことばかりである。
「ほな、お水飲んでな。次のお酒いこか。つまみもしっかり食べるんやで。悪酔いを防げるからな」
「うん」
深雪ちゃんはタンブラーに氷入りのお水、チェイサーというものも用意してくれていた。由祐はきんと冷えたそれを喉に流し込んだ。
由祐はお土産に、辛党の深雪ちゃんが好きな明太子せんべいと、手作りのお惣菜を2品、持ち込んでいた。
一品目はひじきと枝豆の白和え。厚揚げを使って作っている。テレビで見たもののアレンジだ。水切りが必要なお豆腐と違って水切りが要らず、表面が揚げてあるので、それが味のひとつになる。
厚揚げは湯通しをして余分な油を落とし、しっかりを水気を拭き取ったら、すでにごま油で炒めてあるひじきのフライパンに入れて、シリコンスプーンでざくざくねっとりと潰してやる。
味付けは日本酒とみりんとお醤油、たっぷりのすり白ごま。作り方はお手間抜きと言われるかも知れないが、ごまかせない味はしっかりと整える。
枝豆は業務スーパーで売られている冷凍の剥き枝豆。これは便利なので、由祐のお家の冷凍庫に常備してあるのだ。
最後に枝豆を入れて、火が通ったらできあがりである。タッパーに移して粗熱を取った。
もう一品は人参しりしり。しりしりは沖縄の家庭料理で、基本は人参と卵で作られる。しりしりとは、すりおろす音である「すりすり」の沖縄の方言なのだそうだ。
沖縄県内の多くのご家庭には専用のしりしり器があるそうだが、由祐は持っていないので、千切りができる一般的なすりおろし器を使った。オリーブオイルで千切りにすり下ろした人参を炒め、お塩とみりんと削り節で味を加え、溶き卵でとじるのだ。
今回は深雪ちゃんのお家に持ってくることもあって、卵にしっかりと火を通したが、お家ですぐに食べるのなら、半熟でも美味しい。
今日は、深雪ちゃんにお酒のことを教えてもらうために、お邪魔しているのだった。深雪ちゃんはやはりお酒が好きで、お家にはいろいろな種類を置いているのだ。
持参したお惣菜をタッパーのままダイニングテーブルに置き、取り皿とお箸を出す。いろいろなお酒を手軽に味わえる様に、深雪ちゃんは通販で使い捨てのプラスチックのおちょこを用意してくれていた。
そして「量は多く無くてもちゃんぽんになるからな」と、深雪ちゃんがくれたウコンドリンクを飲んだ。
「まずはビールからやな。今日はこれ、アサヒのスーパードライ。辛口って言われてるけど、せやからこそ炭酸と合わさって喉越しが良くて人気の銘柄やねん。あたしはグラスに入れるけど、ビール初めての由祐ちゃんはおちょこでな」
「うん」
「注ぎ方も覚えた方がええわ。はい、おちょこ、斜めにして持ってな。途中で平らに戻すねん。そのときには言うから」
「うん」
由祐は言われた通りに、おちょこを傾けた。そこに深雪ちゃんが、そろりと銀色の缶ビールを注いでくれる。間も無く7分目ほどが埋まったら。
「はい、ここで平らにして」
「う、うん」
由祐は慌てて、おちょこの傾きを直す。すると淡い琥珀色の上に、白い泡ができあがった。
「うん、こんな感じ。ほな由祐ちゃん、あたしの注いでみて。ちゃんと教えるから」
「うん」
由祐は深雪ちゃんから缶ビールを受け取る。深雪ちゃんがグラスを斜めにして差し出したので、そこに恐る恐る注いでいく。ゆるゆるとビールがグラスに溜まっていった。
「もうちょっとスピード上げても大丈夫やで。まずは泡を立てん様にするねん。炭酸やからな」
「うん」
でも、加減が分からない。由祐は缶ビールの傾きを気持ちだけ増やした。そして、グラス7分目に達したとき。
「はい、ここで平らにするで」
深雪ちゃんがグラスを平らにする。由祐はそれに合わせて缶ビールをずらし、続けて注いでいくと、グラスの中で泡が立ち、表面に泡が薄く溜まっていった。
「うん、オッケー。泡が少ないけど、こんなんも慣れやから。店やるんやったら生ビール出すやろ、そこで必要になってくるからな。あたしが飲んだるから、じゃんじゃん練習しぃ」
「ありがとう。でもやっぱり、生ビールっているかなぁ」
「いるな。ま、とりあえず乾杯しよ。由祐ちゃんの店が繁盛します様に!」
「ありがとう!」
由祐のおちょこと深雪ちゃんのグラスが軽く重なる。深雪ちゃんはぐいっとグラスを傾け、由祐はちびりと口を付けた。美味しいが苦いお酒だと、深雪ちゃんは言っていたが、さて。
……味は、悪く無い。もう少し、多めに口に含む。確かに苦味はある。だが思っていたほどでは無い。しゅわっとした炭酸のおかげなのか、想像以上に飲みやすかった。
「結構美味しい、かも?」
「あ、ビールいけるかな? 居酒屋とかでもやけど、とりあえず生ビールってお客さんは多いんやわ。ビールは基本、生と缶と瓶があって、中身は全部一緒なんよ。でも生ビールは専用のサーバで注ぐから、泡がきめ細やかになって、それで美味しく感じるんかなぁ。缶ビールも缶のまま飲むよりグラスとかに注いだ方が美味しいから、空気に触れさすことも大事なんかも」
「そうなんやねぇ」
由祐はただただ感心する。これまでお酒を避けてきたと言っても良い由祐には、初めて聞くことばかりである。
「ほな、お水飲んでな。次のお酒いこか。つまみもしっかり食べるんやで。悪酔いを防げるからな」
「うん」
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