9 / 52
1章 新世界でお店を開くために
第9話 初めてのビール
しおりを挟む
土曜日、由祐は本町の深雪ちゃんのお家にお邪魔していた。マンションの一室、1DKの間取りで、ダイニングにはふたり掛けの木製のダイニングテーブル、奥の洋室にはシングルベッドなどが置かれている。キッチンもコンロがふたつあって、羨ましい空間だった。
由祐はお土産に、辛党の深雪ちゃんが好きな明太子せんべいと、手作りのお惣菜を2品、持ち込んでいた。
一品目はひじきと枝豆の白和え。厚揚げを使って作っている。テレビで見たもののアレンジだ。水切りが必要なお豆腐と違って水切りが要らず、表面が揚げてあるので、それが味のひとつになる。
厚揚げは湯通しをして余分な油を落とし、しっかりを水気を拭き取ったら、すでにごま油で炒めてあるひじきのフライパンに入れて、シリコンスプーンでざくざくねっとりと潰してやる。
味付けは日本酒とみりんとお醤油、たっぷりのすり白ごま。作り方はお手間抜きと言われるかも知れないが、ごまかせない味はしっかりと整える。
枝豆は業務スーパーで売られている冷凍の剥き枝豆。これは便利なので、由祐のお家の冷凍庫に常備してあるのだ。
最後に枝豆を入れて、火が通ったらできあがりである。タッパーに移して粗熱を取った。
もう一品は人参しりしり。しりしりは沖縄の家庭料理で、基本は人参と卵で作られる。しりしりとは、すりおろす音である「すりすり」の沖縄の方言なのだそうだ。
沖縄県内の多くのご家庭には専用のしりしり器があるそうだが、由祐は持っていないので、千切りができる一般的なすりおろし器を使った。オリーブオイルで千切りにすり下ろした人参を炒め、お塩とみりんと削り節で味を加え、溶き卵でとじるのだ。
今回は深雪ちゃんのお家に持ってくることもあって、卵にしっかりと火を通したが、お家ですぐに食べるのなら、半熟でも美味しい。
今日は、深雪ちゃんにお酒のことを教えてもらうために、お邪魔しているのだった。深雪ちゃんはやはりお酒が好きで、お家にはいろいろな種類を置いているのだ。
持参したお惣菜をタッパーのままダイニングテーブルに置き、取り皿とお箸を出す。いろいろなお酒を手軽に味わえる様に、深雪ちゃんは通販で使い捨てのプラスチックのおちょこを用意してくれていた。
そして「量は多く無くてもちゃんぽんになるからな」と、深雪ちゃんがくれたウコンドリンクを飲んだ。
「まずはビールからやな。今日はこれ、アサヒのスーパードライ。辛口って言われてるけど、せやからこそ炭酸と合わさって喉越しが良くて人気の銘柄やねん。あたしはグラスに入れるけど、ビール初めての由祐ちゃんはおちょこでな」
「うん」
「注ぎ方も覚えた方がええわ。はい、おちょこ、斜めにして持ってな。途中で平らに戻すねん。そのときには言うから」
「うん」
由祐は言われた通りに、おちょこを傾けた。そこに深雪ちゃんが、そろりと銀色の缶ビールを注いでくれる。間も無く7分目ほどが埋まったら。
「はい、ここで平らにして」
「う、うん」
由祐は慌てて、おちょこの傾きを直す。すると淡い琥珀色の上に、白い泡ができあがった。
「うん、こんな感じ。ほな由祐ちゃん、あたしの注いでみて。ちゃんと教えるから」
「うん」
由祐は深雪ちゃんから缶ビールを受け取る。深雪ちゃんがグラスを斜めにして差し出したので、そこに恐る恐る注いでいく。ゆるゆるとビールがグラスに溜まっていった。
「もうちょっとスピード上げても大丈夫やで。まずは泡を立てん様にするねん。炭酸やからな」
「うん」
でも、加減が分からない。由祐は缶ビールの傾きを気持ちだけ増やした。そして、グラス7分目に達したとき。
「はい、ここで平らにするで」
深雪ちゃんがグラスを平らにする。由祐はそれに合わせて缶ビールをずらし、続けて注いでいくと、グラスの中で泡が立ち、表面に泡が薄く溜まっていった。
「うん、オッケー。泡が少ないけど、こんなんも慣れやから。店やるんやったら生ビール出すやろ、そこで必要になってくるからな。あたしが飲んだるから、じゃんじゃん練習しぃ」
「ありがとう。でもやっぱり、生ビールっているかなぁ」
「いるな。ま、とりあえず乾杯しよ。由祐ちゃんの店が繁盛します様に!」
「ありがとう!」
由祐のおちょこと深雪ちゃんのグラスが軽く重なる。深雪ちゃんはぐいっとグラスを傾け、由祐はちびりと口を付けた。美味しいが苦いお酒だと、深雪ちゃんは言っていたが、さて。
……味は、悪く無い。もう少し、多めに口に含む。確かに苦味はある。だが思っていたほどでは無い。しゅわっとした炭酸のおかげなのか、想像以上に飲みやすかった。
「結構美味しい、かも?」
「あ、ビールいけるかな? 居酒屋とかでもやけど、とりあえず生ビールってお客さんは多いんやわ。ビールは基本、生と缶と瓶があって、中身は全部一緒なんよ。でも生ビールは専用のサーバで注ぐから、泡がきめ細やかになって、それで美味しく感じるんかなぁ。缶ビールも缶のまま飲むよりグラスとかに注いだ方が美味しいから、空気に触れさすことも大事なんかも」
「そうなんやねぇ」
由祐はただただ感心する。これまでお酒を避けてきたと言っても良い由祐には、初めて聞くことばかりである。
「ほな、お水飲んでな。次のお酒いこか。つまみもしっかり食べるんやで。悪酔いを防げるからな」
「うん」
深雪ちゃんはタンブラーに氷入りのお水、チェイサーというものも用意してくれていた。由祐はきんと冷えたそれを喉に流し込んだ。
由祐はお土産に、辛党の深雪ちゃんが好きな明太子せんべいと、手作りのお惣菜を2品、持ち込んでいた。
一品目はひじきと枝豆の白和え。厚揚げを使って作っている。テレビで見たもののアレンジだ。水切りが必要なお豆腐と違って水切りが要らず、表面が揚げてあるので、それが味のひとつになる。
厚揚げは湯通しをして余分な油を落とし、しっかりを水気を拭き取ったら、すでにごま油で炒めてあるひじきのフライパンに入れて、シリコンスプーンでざくざくねっとりと潰してやる。
味付けは日本酒とみりんとお醤油、たっぷりのすり白ごま。作り方はお手間抜きと言われるかも知れないが、ごまかせない味はしっかりと整える。
枝豆は業務スーパーで売られている冷凍の剥き枝豆。これは便利なので、由祐のお家の冷凍庫に常備してあるのだ。
最後に枝豆を入れて、火が通ったらできあがりである。タッパーに移して粗熱を取った。
もう一品は人参しりしり。しりしりは沖縄の家庭料理で、基本は人参と卵で作られる。しりしりとは、すりおろす音である「すりすり」の沖縄の方言なのだそうだ。
沖縄県内の多くのご家庭には専用のしりしり器があるそうだが、由祐は持っていないので、千切りができる一般的なすりおろし器を使った。オリーブオイルで千切りにすり下ろした人参を炒め、お塩とみりんと削り節で味を加え、溶き卵でとじるのだ。
今回は深雪ちゃんのお家に持ってくることもあって、卵にしっかりと火を通したが、お家ですぐに食べるのなら、半熟でも美味しい。
今日は、深雪ちゃんにお酒のことを教えてもらうために、お邪魔しているのだった。深雪ちゃんはやはりお酒が好きで、お家にはいろいろな種類を置いているのだ。
持参したお惣菜をタッパーのままダイニングテーブルに置き、取り皿とお箸を出す。いろいろなお酒を手軽に味わえる様に、深雪ちゃんは通販で使い捨てのプラスチックのおちょこを用意してくれていた。
そして「量は多く無くてもちゃんぽんになるからな」と、深雪ちゃんがくれたウコンドリンクを飲んだ。
「まずはビールからやな。今日はこれ、アサヒのスーパードライ。辛口って言われてるけど、せやからこそ炭酸と合わさって喉越しが良くて人気の銘柄やねん。あたしはグラスに入れるけど、ビール初めての由祐ちゃんはおちょこでな」
「うん」
「注ぎ方も覚えた方がええわ。はい、おちょこ、斜めにして持ってな。途中で平らに戻すねん。そのときには言うから」
「うん」
由祐は言われた通りに、おちょこを傾けた。そこに深雪ちゃんが、そろりと銀色の缶ビールを注いでくれる。間も無く7分目ほどが埋まったら。
「はい、ここで平らにして」
「う、うん」
由祐は慌てて、おちょこの傾きを直す。すると淡い琥珀色の上に、白い泡ができあがった。
「うん、こんな感じ。ほな由祐ちゃん、あたしの注いでみて。ちゃんと教えるから」
「うん」
由祐は深雪ちゃんから缶ビールを受け取る。深雪ちゃんがグラスを斜めにして差し出したので、そこに恐る恐る注いでいく。ゆるゆるとビールがグラスに溜まっていった。
「もうちょっとスピード上げても大丈夫やで。まずは泡を立てん様にするねん。炭酸やからな」
「うん」
でも、加減が分からない。由祐は缶ビールの傾きを気持ちだけ増やした。そして、グラス7分目に達したとき。
「はい、ここで平らにするで」
深雪ちゃんがグラスを平らにする。由祐はそれに合わせて缶ビールをずらし、続けて注いでいくと、グラスの中で泡が立ち、表面に泡が薄く溜まっていった。
「うん、オッケー。泡が少ないけど、こんなんも慣れやから。店やるんやったら生ビール出すやろ、そこで必要になってくるからな。あたしが飲んだるから、じゃんじゃん練習しぃ」
「ありがとう。でもやっぱり、生ビールっているかなぁ」
「いるな。ま、とりあえず乾杯しよ。由祐ちゃんの店が繁盛します様に!」
「ありがとう!」
由祐のおちょこと深雪ちゃんのグラスが軽く重なる。深雪ちゃんはぐいっとグラスを傾け、由祐はちびりと口を付けた。美味しいが苦いお酒だと、深雪ちゃんは言っていたが、さて。
……味は、悪く無い。もう少し、多めに口に含む。確かに苦味はある。だが思っていたほどでは無い。しゅわっとした炭酸のおかげなのか、想像以上に飲みやすかった。
「結構美味しい、かも?」
「あ、ビールいけるかな? 居酒屋とかでもやけど、とりあえず生ビールってお客さんは多いんやわ。ビールは基本、生と缶と瓶があって、中身は全部一緒なんよ。でも生ビールは専用のサーバで注ぐから、泡がきめ細やかになって、それで美味しく感じるんかなぁ。缶ビールも缶のまま飲むよりグラスとかに注いだ方が美味しいから、空気に触れさすことも大事なんかも」
「そうなんやねぇ」
由祐はただただ感心する。これまでお酒を避けてきたと言っても良い由祐には、初めて聞くことばかりである。
「ほな、お水飲んでな。次のお酒いこか。つまみもしっかり食べるんやで。悪酔いを防げるからな」
「うん」
深雪ちゃんはタンブラーに氷入りのお水、チェイサーというものも用意してくれていた。由祐はきんと冷えたそれを喉に流し込んだ。
19
あなたにおすすめの小説
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
ヒロインになれませんが。
橘しづき
恋愛
安西朱里、二十七歳。
顔もスタイルもいいのに、なぜか本命には選ばれず変な男ばかり寄ってきてしまう。初対面の女性には嫌われることも多く、いつも気がつけば当て馬女役。損な役回りだと友人からも言われる始末。 そんな朱里は、異動で営業部に所属することに。そこで、タイプの違うイケメン二人を発見。さらには、真面目で控えめ、そして可愛らしいヒロイン像にぴったりの女の子も。
イケメンのうち一人の片思いを察した朱里は、その二人の恋を応援しようと必死に走り回るが……。
全然上手くいかなくて、何かがおかしい??
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
【純愛百合】檸檬色に染まる泉【純愛GL】
里見 亮和
キャラ文芸
”世界で一番美しいと思ってしまった憧れの女性”
女子高生の私が、生まれてはじめて我を忘れて好きになったひと。
雑誌で見つけたたった一枚の写真しか手掛かりがないその女性が……
手なんか届かくはずがなかった憧れの女性が……
いま……私の目の前ににいる。
奇跡的な出会いを果たしてしまった私の人生は、大きく動き出す……
それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛
ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎
潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。
大学卒業後、海外に留学した。
過去の恋愛にトラウマを抱えていた。
そんな時、気になる女性社員と巡り会う。
八神あやか
村藤コーポレーション社員の四十歳。
過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。
恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。
そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に......
八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。
公主の嫁入り
マチバリ
キャラ文芸
宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。
17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。
中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる