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1章 新世界でお店を開くために
第6話 初めての酒屋さん
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「そんで、何やかんやあって、今にいたります」
由祐がそうして話を締めくくると、あやかしは何やら複雑そうな表情を浮かべた。
「その何やかんやが多少気になるけど、まぁええわ。とりあえず酒屋行ってこい。カップも忘れんなよ」
「しゃあないですねぇ。行ってきます」
「おう」
由祐はお店の外に出て、堺筋に向けて歩き出す。お店の場所から堺筋はそう遠く無い。到着したら右と左、どちらに行けば良いのか、目視で分からなかったらスマートフォンで調べれば良い。
道なりに新世界本通を進み、4車線道路になっている堺筋に行き当たる。右、左、と見るが、良く分からなかった。由祐はスマートフォンの地図アプリで確認する。
左やな。由祐は左折して堺筋沿いに歩く。するとひとつ先の角に、目的の酒屋さんが見えた。
お店の上部にある看板を兼ねた照明は、お昼間の今は落とされている。由祐は開かれているガラス戸から中に顔をのぞかせた。由祐は酒屋さんに入るのも初めてである。少しどきどきする。
「いらっしゃい」
壮年の細身の男性が明るく出迎えてくれる。ここのご主人だろうか、レジの向こうに置かれた丸椅子に掛けていた。
いつから営業しているのだろうか、年季の入った店内だった。だが掃除はきちんとされていて照明も明るい。
壁際にはみっしりと冷蔵棚が並び、いろいろな色や柄の瓶や缶が並べられている。細い通路を作る様に置かれている棚にも瓶や缶が。お酒を飲まない由祐には、何が何やらさっぱりだ。
一角がカウンタになっていて、お酒の瓶が並んでいる。もしかしたら試飲などができるのだろうか。
「あの、すいません、甘口ですっきりとした日本酒って、ありますか? 4号瓶で、あ、できたらあんまり高価過ぎないお値段で」
ご主人らしき人に聞いてみる。するとご主人(と決め付けてしまおう)は「うん」と穏やかに言って立ち上がった。
「すぐに飲まはるか?」
「あ、はい」
「それやったら、冷蔵してあるのの中から……」
ご主人は少し前かがみの姿勢でひょこひょこと歩くと、冷蔵棚を見渡して、1本の濃い緑色の瓶を取り上げた。
「これしよか。「真澄」の純米吟醸、白妙や」
ご主人が差し出してくれた瓶には、上品な白いラベルが貼られていた。「真澄」。当たり前だが由祐は初めて聞く銘柄だ。
「甘口で、度数が低めで飲みやすいで。お姉ちゃん、日本酒初めてか?」
「はい。あの、日本酒どころか、お酒自体も初めてで……」
何と無く恥ずかしさを覚え、由祐は肩をすくめてしまう。
「それやったら、なおさらこれはおすすめやわ。ゆっくり楽しんでな。初めてのお酒やったら、チェイサー、お水も用意してな、それ挟みながら、ゆっくりな。日本酒はビールとかと違って、ぐいぐい飲むもんとちゃうから。もちろん飲むんやけど、こう、ちびりとな、唇を濡らす様にな、楽しむもんやで」
「はい。気をつけます」
お酒、日本酒とはそんなに危険物なんだろうか。由祐は少し緊張してしまう。
「ああ、そんな固くならんでも。お酒はな、リラックスして、できたらのんびりと楽しむもんやで。この「真澄」も、そうして飲んでもらえたら嬉しいわ」
「……はい」
ご主人の柔らかな言葉に、由祐の心がほろりとほぐされる。そうだ、深雪ちゃんだって、いつでも美味しそうに、そして楽しそうに、気持ち良さそうにお酒を傾けていた。
「割れもんやから緩衝材で包ましてもらうわな。袋はあるかいな? うちみたいなちっこい店でも、レジ袋は有料なんやわ」
「はい、あります」
由祐はバッグからエコバッグを取り出す。ワインレッド地にネイビーの大振りな水玉がプリントされているものだ。カラーリングやパターンもだが、丈夫で耐荷重がそれなりにあって、取っ手が肩に掛けられる長さで、由祐のお気に入りである。
由祐はお金を払ってお釣りをもらい、ぴっちりと白い緩衝材に包んでもらった「真澄」を受け取って、エコバッグに横向きに丁寧に入れた。
「ありがとうございました」
ご主人に見送られ、酒屋さんを出る。そのまま少し大回りをしてコンビニに向かう。プラスチックの透明のカップとペットボトルのお水を買い、店舗に戻った。
正直なところ、初めてのお酒を飲む容器がそっけないもので、何とも味気ないなとも思う。だが、肝心なのは本当に日本酒、お酒が美味しいものなのかどうか、由祐が飲酒できるかどうか、それの確認だ。
美味しく味わえて飲める体質だと分かれば、これから飲む機会だってできるだろう。深雪ちゃんと遊ぶときに「串かつ以外でもお酒が飲めるお店に行こうよ」なんて言ったら、深雪ちゃんは驚くだろうか。
……少し、わくわくしていた。もちろんお酒が苦手だという思いは拭えてはいない。それでも新たな領域に踏み込む楽しさ、それを感じているのかも知れなかった。
店舗の鍵は開いたままだった。由祐はそろりと中に入る。やはり変わらずあやかしはそこにいた。
「買ってきたか」
「はい。酒屋さんのご主人に、真澄の白妙をすすめてもらいました。甘くてすっきりしてるって」
由祐はエコバッグから「真澄」白妙を出す。緩衝材を剥がし、4号瓶をカウンタに置いた。
「よっしゃ、ほな、さっそく飲もか」
あやかしはにやりと口角を上げた。
由祐がそうして話を締めくくると、あやかしは何やら複雑そうな表情を浮かべた。
「その何やかんやが多少気になるけど、まぁええわ。とりあえず酒屋行ってこい。カップも忘れんなよ」
「しゃあないですねぇ。行ってきます」
「おう」
由祐はお店の外に出て、堺筋に向けて歩き出す。お店の場所から堺筋はそう遠く無い。到着したら右と左、どちらに行けば良いのか、目視で分からなかったらスマートフォンで調べれば良い。
道なりに新世界本通を進み、4車線道路になっている堺筋に行き当たる。右、左、と見るが、良く分からなかった。由祐はスマートフォンの地図アプリで確認する。
左やな。由祐は左折して堺筋沿いに歩く。するとひとつ先の角に、目的の酒屋さんが見えた。
お店の上部にある看板を兼ねた照明は、お昼間の今は落とされている。由祐は開かれているガラス戸から中に顔をのぞかせた。由祐は酒屋さんに入るのも初めてである。少しどきどきする。
「いらっしゃい」
壮年の細身の男性が明るく出迎えてくれる。ここのご主人だろうか、レジの向こうに置かれた丸椅子に掛けていた。
いつから営業しているのだろうか、年季の入った店内だった。だが掃除はきちんとされていて照明も明るい。
壁際にはみっしりと冷蔵棚が並び、いろいろな色や柄の瓶や缶が並べられている。細い通路を作る様に置かれている棚にも瓶や缶が。お酒を飲まない由祐には、何が何やらさっぱりだ。
一角がカウンタになっていて、お酒の瓶が並んでいる。もしかしたら試飲などができるのだろうか。
「あの、すいません、甘口ですっきりとした日本酒って、ありますか? 4号瓶で、あ、できたらあんまり高価過ぎないお値段で」
ご主人らしき人に聞いてみる。するとご主人(と決め付けてしまおう)は「うん」と穏やかに言って立ち上がった。
「すぐに飲まはるか?」
「あ、はい」
「それやったら、冷蔵してあるのの中から……」
ご主人は少し前かがみの姿勢でひょこひょこと歩くと、冷蔵棚を見渡して、1本の濃い緑色の瓶を取り上げた。
「これしよか。「真澄」の純米吟醸、白妙や」
ご主人が差し出してくれた瓶には、上品な白いラベルが貼られていた。「真澄」。当たり前だが由祐は初めて聞く銘柄だ。
「甘口で、度数が低めで飲みやすいで。お姉ちゃん、日本酒初めてか?」
「はい。あの、日本酒どころか、お酒自体も初めてで……」
何と無く恥ずかしさを覚え、由祐は肩をすくめてしまう。
「それやったら、なおさらこれはおすすめやわ。ゆっくり楽しんでな。初めてのお酒やったら、チェイサー、お水も用意してな、それ挟みながら、ゆっくりな。日本酒はビールとかと違って、ぐいぐい飲むもんとちゃうから。もちろん飲むんやけど、こう、ちびりとな、唇を濡らす様にな、楽しむもんやで」
「はい。気をつけます」
お酒、日本酒とはそんなに危険物なんだろうか。由祐は少し緊張してしまう。
「ああ、そんな固くならんでも。お酒はな、リラックスして、できたらのんびりと楽しむもんやで。この「真澄」も、そうして飲んでもらえたら嬉しいわ」
「……はい」
ご主人の柔らかな言葉に、由祐の心がほろりとほぐされる。そうだ、深雪ちゃんだって、いつでも美味しそうに、そして楽しそうに、気持ち良さそうにお酒を傾けていた。
「割れもんやから緩衝材で包ましてもらうわな。袋はあるかいな? うちみたいなちっこい店でも、レジ袋は有料なんやわ」
「はい、あります」
由祐はバッグからエコバッグを取り出す。ワインレッド地にネイビーの大振りな水玉がプリントされているものだ。カラーリングやパターンもだが、丈夫で耐荷重がそれなりにあって、取っ手が肩に掛けられる長さで、由祐のお気に入りである。
由祐はお金を払ってお釣りをもらい、ぴっちりと白い緩衝材に包んでもらった「真澄」を受け取って、エコバッグに横向きに丁寧に入れた。
「ありがとうございました」
ご主人に見送られ、酒屋さんを出る。そのまま少し大回りをしてコンビニに向かう。プラスチックの透明のカップとペットボトルのお水を買い、店舗に戻った。
正直なところ、初めてのお酒を飲む容器がそっけないもので、何とも味気ないなとも思う。だが、肝心なのは本当に日本酒、お酒が美味しいものなのかどうか、由祐が飲酒できるかどうか、それの確認だ。
美味しく味わえて飲める体質だと分かれば、これから飲む機会だってできるだろう。深雪ちゃんと遊ぶときに「串かつ以外でもお酒が飲めるお店に行こうよ」なんて言ったら、深雪ちゃんは驚くだろうか。
……少し、わくわくしていた。もちろんお酒が苦手だという思いは拭えてはいない。それでも新たな領域に踏み込む楽しさ、それを感じているのかも知れなかった。
店舗の鍵は開いたままだった。由祐はそろりと中に入る。やはり変わらずあやかしはそこにいた。
「買ってきたか」
「はい。酒屋さんのご主人に、真澄の白妙をすすめてもらいました。甘くてすっきりしてるって」
由祐はエコバッグから「真澄」白妙を出す。緩衝材を剥がし、4号瓶をカウンタに置いた。
「よっしゃ、ほな、さっそく飲もか」
あやかしはにやりと口角を上げた。
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