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2章 多種多様なお客さま
第9話 初心を思い出して
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「はなやぎ」にはジョッキやタンブラーなど、様々なドリンク用のグラスやカップがある。それらは深雪ちゃんのアドバイスによって、揃えられたのだった。
生ビールはサントリーさんの「プレミアムモルツ」を出していて、ジョッキは専用ロゴ付きのものだ。専用ジョッキは「ジム・ビーム」にもあって、そちらも取り揃えている。
「こだわり酒場のレモンサワー」と「白州」はそれぞれ専用タンブラー。酎ハイ各種やソフトドリンクは無地のタンブラーを使う。
専用のジョッキやタンブラーは、正直なところお値段がお高めだ。だが専用のものというのは、不思議と特別感を生んでくれる。それが由祐が居酒屋さんで感じたことだった。だからその準備は惜しまなかった。
小鉢などもだが、食器にはこだわったと言えるだろう。お食事は味はもちろん大事なのだが、見た目も重要だと思っている。映えとかそういう話では無く。食器はそれを手助けしてくれるものなのだ。
「ゆうやけ」を開店する前にしていた節約生活の中でも、食器にはこだわっていた。だがそう数は買えない。ひとり暮らしだったからセールなども活用して、ひとつずつを大切にしていた。
今は「「ゆうやけ」のために」の大義名分がある。と言っても金銭感覚が前から変わっていないので、そう増えることも無いのだが。
「ゆうやけ」用にたくさんの食器を買ったときには、本当に心が躍った。道具屋筋商店街の食器屋さんには色とりどりたくさんの食器が陳列されていて、見ているだけでもわくわくしたものだ。買わなくても見ているだけでも楽しいのだ。
「姉ちゃん、そろそろ締めするわ。チキンラーメンちょうだい、めっちゃ固めでな」
「はい、お待ちくださいね」
平井さんは今日もたくさん飲み食べしてくれた。感謝である。
由祐は電気ケトルにお水を入れる。沸かしている間にラーメン鉢を出し、チキンラーメンを袋から出して鉢の中に置いて、卵ポケットに生卵を割り入れる。沸いたお湯を回し掛け、シリコンラップで蓋をし、キッチンタイマーを1分で仕掛けた。
できあがったら蓋を開け、青ねぎの小口切りを散らしてできあがり。
「お待たせしました。チキンラーメンです」
「ありがとう。これなぁ、わし好きでなぁ、湯ぅ入れんでもええぐらいやで」
「あ、ありますよ、「0秒チキンラーメン」」
「何や、それ」
平井さんが目を丸くして、前のめりになった。
「そのままかじるチキンラーメンです。めっちゃ売れて、一時期発売停止になってたみたいですよ、製造が間に合わんくて。えっと確か、普通のチキンラーメンより味を控えめにして、食べやすい様になってるみたいですよ。わたしも食べたことは無いんですけど」
すると平井さんは「あちゃー」を天を仰いだ。
「買い物は嫁に任せとるから、知らんかったわ。テレビもあんま見んし」
何と。平井さんは既婚者だったか。以前茨木さんが「毎晩新世界でごはんを食べている」と言っていたので、てっきり独身だと思っていた。奥さまも納得の行動なら良いのだが。あ、でも奥さまは晩ごはんを自分の好きにできるから、却って楽かも知れない。
「コンビニにもあるやろか。帰りに見てみよ」
「あるとええですねぇ」
「ほんまやで」
平井さんは言って、ずるるっとチキンラーメンをすすった。
平井さんが帰って、お客さまはあやかしだけになった。時間は21時。これから人間のお客さまが来られるかどうかは微妙なところだ。
夜遅くになればなるほど、「ゆうやけ」にくるのはあやかしのお客さまばかりになる。
ま、もちろんええけど。
もちろん強がりでは無い。あやかしたちはきちんとお金を払ってくれる。ならあやかしだろうが人間だろうが、大事なお客さまに代わりは無いのだ。用心棒を買って出てくれている茨木さんでさえ、支払ってくれる。そのお役目があるので3割引きなのだが。
茨木さんは、最初は満額払うと言ってくれていた。だがそれはさすがに申し訳が無かった。人間のお客さまが少なめなこともあって、「ゆうやけ」の中での用心棒としての出番は幸いこれまで無かったが、これから先は分からないし、営業日には夜、お家まで送ってくれている。それに何より。
茨木さんは由祐にとって恩人なのだ。方法はどうであれお酒の美味しさを教えてくれて、この「ゆうやけ」を繁盛させてくれている。本当に感謝しているのだ。今の由祐があるのは、茨木さんのおかげなのだから、ちょっとぐらいの「えこひいき」は許して欲しい。
もちろん深雪ちゃんにもたくさん感謝している。今度ぜひ、婚約者の松本さんと来て欲しい。サービスさせて欲しいのだ。
茨木さんは奥の席で、龍さんを相手にして上機嫌で日本酒を飲んでいる。茨木さんは普段から冷静なので分かりにくいところもあるが、今は楽しそうに口角が上がっている。由祐は嬉しくなってしまう。
「由祐、酒」
茨木さんに言われ、由祐は「はーい」と元気に返事をする。
「何にします? 同じので?」
「おう」
由祐は冷蔵庫から「真澄」の白妙を出す。由祐が初めて飲んだお酒である。
「ゆうやけ」で扱っているお酒は、お手頃価格で提供しやすいありがたい銘柄が多い。「真澄」白妙、深雪ちゃんに試飲させてもらった「雪の茅舎」、そして「千利休」。他に新澤醸造店さんの「伯楽星」純米吟醸と、宝酒造さんの「松竹梅 澪スパークリング」を用意している。
「伯楽星」はほのかな柑橘の様な香りを思わせる、爽やかな一品である。「澪スパークリング」はフルーティで優しい甘みが、炭酸とともに口に広がるのだ。
由祐は茨木さんの前にある広口とっくりに「真澄」白妙を注ぐ。この銘柄を見るたびに、由祐は初心を、美味しいお料理を提供してお客さまに満足して欲しいという気持ちを思い出すのだった。
生ビールはサントリーさんの「プレミアムモルツ」を出していて、ジョッキは専用ロゴ付きのものだ。専用ジョッキは「ジム・ビーム」にもあって、そちらも取り揃えている。
「こだわり酒場のレモンサワー」と「白州」はそれぞれ専用タンブラー。酎ハイ各種やソフトドリンクは無地のタンブラーを使う。
専用のジョッキやタンブラーは、正直なところお値段がお高めだ。だが専用のものというのは、不思議と特別感を生んでくれる。それが由祐が居酒屋さんで感じたことだった。だからその準備は惜しまなかった。
小鉢などもだが、食器にはこだわったと言えるだろう。お食事は味はもちろん大事なのだが、見た目も重要だと思っている。映えとかそういう話では無く。食器はそれを手助けしてくれるものなのだ。
「ゆうやけ」を開店する前にしていた節約生活の中でも、食器にはこだわっていた。だがそう数は買えない。ひとり暮らしだったからセールなども活用して、ひとつずつを大切にしていた。
今は「「ゆうやけ」のために」の大義名分がある。と言っても金銭感覚が前から変わっていないので、そう増えることも無いのだが。
「ゆうやけ」用にたくさんの食器を買ったときには、本当に心が躍った。道具屋筋商店街の食器屋さんには色とりどりたくさんの食器が陳列されていて、見ているだけでもわくわくしたものだ。買わなくても見ているだけでも楽しいのだ。
「姉ちゃん、そろそろ締めするわ。チキンラーメンちょうだい、めっちゃ固めでな」
「はい、お待ちくださいね」
平井さんは今日もたくさん飲み食べしてくれた。感謝である。
由祐は電気ケトルにお水を入れる。沸かしている間にラーメン鉢を出し、チキンラーメンを袋から出して鉢の中に置いて、卵ポケットに生卵を割り入れる。沸いたお湯を回し掛け、シリコンラップで蓋をし、キッチンタイマーを1分で仕掛けた。
できあがったら蓋を開け、青ねぎの小口切りを散らしてできあがり。
「お待たせしました。チキンラーメンです」
「ありがとう。これなぁ、わし好きでなぁ、湯ぅ入れんでもええぐらいやで」
「あ、ありますよ、「0秒チキンラーメン」」
「何や、それ」
平井さんが目を丸くして、前のめりになった。
「そのままかじるチキンラーメンです。めっちゃ売れて、一時期発売停止になってたみたいですよ、製造が間に合わんくて。えっと確か、普通のチキンラーメンより味を控えめにして、食べやすい様になってるみたいですよ。わたしも食べたことは無いんですけど」
すると平井さんは「あちゃー」を天を仰いだ。
「買い物は嫁に任せとるから、知らんかったわ。テレビもあんま見んし」
何と。平井さんは既婚者だったか。以前茨木さんが「毎晩新世界でごはんを食べている」と言っていたので、てっきり独身だと思っていた。奥さまも納得の行動なら良いのだが。あ、でも奥さまは晩ごはんを自分の好きにできるから、却って楽かも知れない。
「コンビニにもあるやろか。帰りに見てみよ」
「あるとええですねぇ」
「ほんまやで」
平井さんは言って、ずるるっとチキンラーメンをすすった。
平井さんが帰って、お客さまはあやかしだけになった。時間は21時。これから人間のお客さまが来られるかどうかは微妙なところだ。
夜遅くになればなるほど、「ゆうやけ」にくるのはあやかしのお客さまばかりになる。
ま、もちろんええけど。
もちろん強がりでは無い。あやかしたちはきちんとお金を払ってくれる。ならあやかしだろうが人間だろうが、大事なお客さまに代わりは無いのだ。用心棒を買って出てくれている茨木さんでさえ、支払ってくれる。そのお役目があるので3割引きなのだが。
茨木さんは、最初は満額払うと言ってくれていた。だがそれはさすがに申し訳が無かった。人間のお客さまが少なめなこともあって、「ゆうやけ」の中での用心棒としての出番は幸いこれまで無かったが、これから先は分からないし、営業日には夜、お家まで送ってくれている。それに何より。
茨木さんは由祐にとって恩人なのだ。方法はどうであれお酒の美味しさを教えてくれて、この「ゆうやけ」を繁盛させてくれている。本当に感謝しているのだ。今の由祐があるのは、茨木さんのおかげなのだから、ちょっとぐらいの「えこひいき」は許して欲しい。
もちろん深雪ちゃんにもたくさん感謝している。今度ぜひ、婚約者の松本さんと来て欲しい。サービスさせて欲しいのだ。
茨木さんは奥の席で、龍さんを相手にして上機嫌で日本酒を飲んでいる。茨木さんは普段から冷静なので分かりにくいところもあるが、今は楽しそうに口角が上がっている。由祐は嬉しくなってしまう。
「由祐、酒」
茨木さんに言われ、由祐は「はーい」と元気に返事をする。
「何にします? 同じので?」
「おう」
由祐は冷蔵庫から「真澄」の白妙を出す。由祐が初めて飲んだお酒である。
「ゆうやけ」で扱っているお酒は、お手頃価格で提供しやすいありがたい銘柄が多い。「真澄」白妙、深雪ちゃんに試飲させてもらった「雪の茅舎」、そして「千利休」。他に新澤醸造店さんの「伯楽星」純米吟醸と、宝酒造さんの「松竹梅 澪スパークリング」を用意している。
「伯楽星」はほのかな柑橘の様な香りを思わせる、爽やかな一品である。「澪スパークリング」はフルーティで優しい甘みが、炭酸とともに口に広がるのだ。
由祐は茨木さんの前にある広口とっくりに「真澄」白妙を注ぐ。この銘柄を見るたびに、由祐は初心を、美味しいお料理を提供してお客さまに満足して欲しいという気持ちを思い出すのだった。
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