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3章 それは誰の幸せか
第6話 ふたつの位置の線引き
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その日も「ゆうやけ」は店じまいをし、お片付けを終えた24時半ごろ、由祐はお家に帰るために茨木さんとお外に出る。
由祐の心は晴れない。営業中はいつも通りにお客さまに接していたつもりだが、巧くできていたかどうか。
茨木さんに空のカートを引いてもらい、深夜の新世界をとぼとぼと歩く。空は真っ暗だが、街灯などが柔らかな灯りを与えてくれた。
由祐が落ち込んでどうする。本当に気落ちしたいのは大村さんのはずだ。
由祐は思ってしまう。あやかしが人間の中で生活をするということは、こういうリスクがあるのだな、と。
お互いに姿が見えて、声が聞こえて、お話ができて、笑い合える。そうしてともにしていると、芽生える感情だってある。それが恋愛を伴うものなのかどうかはともかく、良い人だな、好ましいな、と発展していく。
それがあやかし同士、そして人間同士なら問題は無いのだろう。だが、あやかしと人間だと、難しくなる。
大村さんの場合、お相手さんがまだどうこうというわけでは無いが、それでも大村さんのほのかな思いを届けることができないのはもどかしい。これがあやかし同士だったら、もしくは人間同士だったら、何の問題も無いのに。
「由祐、営業中から元気があれへんな」
「……気付かれてましたか」
隣を歩く茨木さんに言われ、由祐は苦笑するしか無い。
「お客さまにも気付かれたやろかなぁ」
「大丈夫やろ、気付いたんは多分おれだけや。お前はちゃんとやっとった」
「それやったらええんですけど」
由祐はほっとする。お客さまの前で失態は許されない。例えあやかしだとしても。
「大村のことか」
「聞いてましたか?」
「狭い店やからな、まぁ聞こえるわ。大村はおれの近いとこに座っとったし」
「そうでしたね」
由祐はまた苦笑い。茨木さんには隠しごとができないのだろうか。
「大村さんはあやかしで、同僚さんは人間やから、線引きせなあかんっていうんは分かるんです。でも、せっかくあったかいもんが芽生えたのに、伝えることもできひんのが切ないなぁって」
由祐がぼそりと言うと、茨木さんは「ふん」と鼻を鳴らす。
「そもそも、おれらあやかしとお前ら人間とは、立場も次元も世界もちゃう。そんな感情を持って一緒におろうっちゅうんが馬鹿げてる」
「辛辣ですね」
由祐は何だか傷付けられた様な気分になった。茨木さんが言うことはその通りなのだろうが、拒絶されてしまった様で、悲しくなった。
「せやから必要以上に人間に関わらん。大村は人間が好きやから人間の会社で働いとるんやろうけど、今回はそれが仇になった。自業自得やろ」
茨木さんはそう吐き捨てる様に言う。由祐の心にはますます雲が立ち込める。思わず俯いてしまう。だから。
「それは、わたしは言い過ぎな気がします。あやかしにかて、人間にかて、心があります。せやから近付けば何かが生まれる。もちろんその良し悪しはあるんやと思います。でもわたしは、……わたしは、せっかくあやかしのみなさんとのご縁をいただけたんやから、大事にしたいなって思ってます」
心のもやを晴らす様に、傷付いた心を癒す様に、言葉を絞り出した。きっと茨木さんにはくだらないことの様に聞こえるだろう。それでも構わない。由祐はただ、自分の思いを伝えたかった。
すると。
「……そうやな」
茨木さんはぽつりとそう言った。由祐は思わず顔を上げる。見上げた茨木さんの顔には相変わらず表情は無い。それでも。
「済まん、言い過ぎた」
予想外だったので、由祐はぽかんとしてしまう。由祐があまりにも間抜けな顔で見つめていたからか、茨木さんは渋い顔になる。
「何や」
「いや、びっくりして」
「阿呆か」
茨木さんは呆れた様な顔になる。由祐は思わず「ふふ」と笑った。少し心が軽やかになっている。
「まぁ、こうして関わりができる限り、そんな可能性かてあるわな。俺かて由祐と関わってるんやから、そりゃあ、これも縁やわな。けどな、やからこそ線引きがいるんや。もし大村の同僚やっちゅう女が、大村に懸想する様になったらどうなる? それこそ誰も幸せになれん。人間で30歳やそこらいうたら、結婚を意識する年齢やろ。付き合いました、でも結婚はできませんて、そんなことできるか?」
「それは、……難しいかも知れません」
「せやろ。その女に結婚願望が無かったらええんかも知れん。でも人間の女の多くは結婚して子を産みたいて思っとる。そうなったら、もう悲劇にしかならん。大村は女の前から姿を消さんとあかんくなる。まぁそれは転職でもすりゃあええんやろうけど、結局女を傷付けることになる。そんなん、大村こそが望まんやろ」
「はい」
大村さんは誰かを傷付けるなら、自分が傷付くことを選ぶあやかしだと思う。だからこれ以上は踏み込まないと言ったのだ。
「せやから、大村と女の関係は、このまま平行線がええんや。由祐もこれ以上応援する様なことはすんなよ。大村と女のことを思うんならな」
「はい」
由祐は無理矢理にでも納得するしか無かった。大村さんはもちろん、お相手さんにも傷付いて欲しく無い。由祐ができることは何も無いのだから。
由祐の心は晴れない。営業中はいつも通りにお客さまに接していたつもりだが、巧くできていたかどうか。
茨木さんに空のカートを引いてもらい、深夜の新世界をとぼとぼと歩く。空は真っ暗だが、街灯などが柔らかな灯りを与えてくれた。
由祐が落ち込んでどうする。本当に気落ちしたいのは大村さんのはずだ。
由祐は思ってしまう。あやかしが人間の中で生活をするということは、こういうリスクがあるのだな、と。
お互いに姿が見えて、声が聞こえて、お話ができて、笑い合える。そうしてともにしていると、芽生える感情だってある。それが恋愛を伴うものなのかどうかはともかく、良い人だな、好ましいな、と発展していく。
それがあやかし同士、そして人間同士なら問題は無いのだろう。だが、あやかしと人間だと、難しくなる。
大村さんの場合、お相手さんがまだどうこうというわけでは無いが、それでも大村さんのほのかな思いを届けることができないのはもどかしい。これがあやかし同士だったら、もしくは人間同士だったら、何の問題も無いのに。
「由祐、営業中から元気があれへんな」
「……気付かれてましたか」
隣を歩く茨木さんに言われ、由祐は苦笑するしか無い。
「お客さまにも気付かれたやろかなぁ」
「大丈夫やろ、気付いたんは多分おれだけや。お前はちゃんとやっとった」
「それやったらええんですけど」
由祐はほっとする。お客さまの前で失態は許されない。例えあやかしだとしても。
「大村のことか」
「聞いてましたか?」
「狭い店やからな、まぁ聞こえるわ。大村はおれの近いとこに座っとったし」
「そうでしたね」
由祐はまた苦笑い。茨木さんには隠しごとができないのだろうか。
「大村さんはあやかしで、同僚さんは人間やから、線引きせなあかんっていうんは分かるんです。でも、せっかくあったかいもんが芽生えたのに、伝えることもできひんのが切ないなぁって」
由祐がぼそりと言うと、茨木さんは「ふん」と鼻を鳴らす。
「そもそも、おれらあやかしとお前ら人間とは、立場も次元も世界もちゃう。そんな感情を持って一緒におろうっちゅうんが馬鹿げてる」
「辛辣ですね」
由祐は何だか傷付けられた様な気分になった。茨木さんが言うことはその通りなのだろうが、拒絶されてしまった様で、悲しくなった。
「せやから必要以上に人間に関わらん。大村は人間が好きやから人間の会社で働いとるんやろうけど、今回はそれが仇になった。自業自得やろ」
茨木さんはそう吐き捨てる様に言う。由祐の心にはますます雲が立ち込める。思わず俯いてしまう。だから。
「それは、わたしは言い過ぎな気がします。あやかしにかて、人間にかて、心があります。せやから近付けば何かが生まれる。もちろんその良し悪しはあるんやと思います。でもわたしは、……わたしは、せっかくあやかしのみなさんとのご縁をいただけたんやから、大事にしたいなって思ってます」
心のもやを晴らす様に、傷付いた心を癒す様に、言葉を絞り出した。きっと茨木さんにはくだらないことの様に聞こえるだろう。それでも構わない。由祐はただ、自分の思いを伝えたかった。
すると。
「……そうやな」
茨木さんはぽつりとそう言った。由祐は思わず顔を上げる。見上げた茨木さんの顔には相変わらず表情は無い。それでも。
「済まん、言い過ぎた」
予想外だったので、由祐はぽかんとしてしまう。由祐があまりにも間抜けな顔で見つめていたからか、茨木さんは渋い顔になる。
「何や」
「いや、びっくりして」
「阿呆か」
茨木さんは呆れた様な顔になる。由祐は思わず「ふふ」と笑った。少し心が軽やかになっている。
「まぁ、こうして関わりができる限り、そんな可能性かてあるわな。俺かて由祐と関わってるんやから、そりゃあ、これも縁やわな。けどな、やからこそ線引きがいるんや。もし大村の同僚やっちゅう女が、大村に懸想する様になったらどうなる? それこそ誰も幸せになれん。人間で30歳やそこらいうたら、結婚を意識する年齢やろ。付き合いました、でも結婚はできませんて、そんなことできるか?」
「それは、……難しいかも知れません」
「せやろ。その女に結婚願望が無かったらええんかも知れん。でも人間の女の多くは結婚して子を産みたいて思っとる。そうなったら、もう悲劇にしかならん。大村は女の前から姿を消さんとあかんくなる。まぁそれは転職でもすりゃあええんやろうけど、結局女を傷付けることになる。そんなん、大村こそが望まんやろ」
「はい」
大村さんは誰かを傷付けるなら、自分が傷付くことを選ぶあやかしだと思う。だからこれ以上は踏み込まないと言ったのだ。
「せやから、大村と女の関係は、このまま平行線がええんや。由祐もこれ以上応援する様なことはすんなよ。大村と女のことを思うんならな」
「はい」
由祐は無理矢理にでも納得するしか無かった。大村さんはもちろん、お相手さんにも傷付いて欲しく無い。由祐ができることは何も無いのだから。
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