新世界に恋の花咲く〜お惣菜酒房ゆうやけは今日も賑やかに〜

山いい奈

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3章 それは誰の幸せか

第7話 いつもと変わらない始まり

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 12月24日、クリスマスイブを迎えた。平日である。

 お家から通天閣本通つうてんかくほんどおり商店街を通ってお店にくるとき、ちらほらとクリスマスらしい装飾を見かけた。通りを歩く多くの人々も、心なしかいつもより浮かれている様に見える。もしかしたら由祐ゆう自身が柄にも無く、浮ついてしまっているのかも知れない。

 「ゆうやけ」で何かクリスマスらしいことをできないか、と考えた結果、抹茶スイーツの3種にお値段据え置きでいちごのカットを添えることにした。抹茶の緑といちごの赤でクリスマスカラーになるし、いちごは不思議な特別感がある、と由祐は思っている。

 そして、メインにローストチキンを用意する。「ゆうやけ」では珍しい洋食のおしながきだが、クリスマスだから特別である。もちろんいつものメインを食べたいお客さまもいると思うので、子持ちししゃもの南蛮漬けと和風カルパッチョの準備もする。

 ローストチキンはフライパンで作る。鶏もも肉はフォークで穴を開けたのち、お塩と白ワイン、はちみつにすり下ろしにんにくを揉み込んで、タッパーに入れて冷蔵庫でスタンバイさせる。それを注文があってからフライパンで焼くのだ。

 まずは皮目をぱりっと焼き、裏返して蒸し焼きにし、火が通ったら強火にして皮をもう1度焼く。それをお箸で食べやすい様にカットして出すのである。

 子持ちししゃもは下処理のいらない優秀なお魚である。頭から尻尾、骨まで食べられてカルシウムも満点だ。それにこしょうを振り、小麦粉を薄く叩いて両面をこんがりと焼き付ける。

 南蛮酢はお酢とみりん、お砂糖とお醤油とシンプルだ。注文を受けてからあらかじめ焼いておいたししゃもをグリルで温め、その間に作っておいた南蛮酢を掛けるのだ。ししゃもは細いので、数分で味が馴染む。

 一緒に漬け込むお野菜は、スライス玉ねぎとピーマンと赤パプリカ。こちらもクリスマスカラーになった。

 カルパッチョのお魚は、今日はサーモンとまぐろを用意した。お皿に生のスライス玉ねぎとちぎったレタスを敷いて、お魚を並べ、ポン酢とごま油、柚子胡椒を混ぜて作ったドレッシングを掛ける。お魚は希望があればお造りでも出すことにしている。

 おでんは今日は仕込まない。おでんは毎日では無いのだ。だがおでんが無い日はお惣菜の品数がいつもの「ゆうやけ」に戻る。

 「ゆうやけ」は本来「お惣菜酒房」であるのだから、それで問題は無い。それでも寒いときのおでんは喜ばれるので、何とも難しいところである。

 今日の日替わりお惣菜も、クリスマスを意識して、洋風なものも取り揃えることにしている。プチトマトとモッツァレラチーズのカプレーゼ風サラダ、かぼちゃとレーズンのヨーグルトサラダ、蓮根の粒マスタード和え、わさび菜と人参のバターソテー、海老とアボカドのフレンチドレッシング和え。

 ごま和えのお野菜は大阪しろである。大阪しろ菜はなにわ伝統野菜のひとつになっており、白い幅広の軸と丸い緑の葉が特徴である。くせやあくが少ないので、様々なお料理で食べることができる。

 かつては、桜の通り抜けでも有名な大阪造幣局がある天満橋てんまばしで育てられていたので、天満菜てんまなとも呼ばれている。早生種と中生種、晩生種があって年中収穫することができ、12月の今は肉厚の晩生種である。

 白和えはほうれん草としめじで作った。

 そうして仕込みが終わり、16時、表の木札を「営業中」にした。するとさっそくりゅうさんがひょこひょことやってくる。龍さんは小柄なおじいちゃんなのだが、新世界で良く見る「ちっちゃいおっちゃん」の風情である。

「ほほ、また来たわ」

「龍さん、いらっしゃいませ、こんにちは」

「はいはい」

 龍さんはにこやかに、すでに最奥の席で飲み始めている茨木さんの横に掛けた。由祐は温かいおしぼりを出す。おしぼりはレンタルである。仕込み時間中に業者さんが来てくれて、前日の使用済みのものと新しいものを交換してくれる。

「由祐ちゃん、わしも茨木と同じもんな」

「「雪の茅舎ゆきのぼうしゃ」ですけど、ええですか?」

「うん」

「はい、お待ちくださいね」

 由祐は新しい広口おちょこを出し、「雪の茅舎」を一升瓶から注ぐ。陶器製のおちょこを添えて、「お待たせしました、どうぞ」と龍さんに出した。

「ありがとう」

 龍さんはゆったりと笑う。その人の良い顔に由祐は癒されるのだ。

 おちょこも小鉢同様に、ひとつひとつ違う。「ゆうやけ」の席数は控えめで、日本酒を頼まれるお客さまは少ないので、数はそう多く無いが、ひとつひとつ吟味したものたちである。

 広口とっくりは、日本酒の量を統一したいので同じもので揃えているが、おちょこで変化を楽しんでもらえたら嬉しい。

 とはいえ、茨木さんは由祐が初めて買った酒器である、赤いぐい呑みを使っているのだが。

「由祐ちゃん、つまみにたたききゅうりちょうだい」

「はい、お待ちくださいね」

 こうして「ゆうやけ」のクリスマスイブは、いつもと変わらず始まったのだった。
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