新世界に恋の花咲く〜お惣菜酒房ゆうやけは今日も賑やかに〜

山いい奈

文字の大きさ
30 / 52
3章 それは誰の幸せか

第8話 甘酸っぱい気配

しおりを挟む
 茨木いばらきさんとりゅうさん、由祐ゆうだけの静かな店内にあらたなお客さまが来たのは、開店から30分ほどが経ってからだった。

「いらっしゃいませ、こんにちは」

「こんにちは」

 若い男性の、人間のお客さまだ。確か2回目の来店だったはずだ。人間のお客さまはあやかしより多く無いので、覚えている人もいる。特にこの男性のことは。

 男性は迷彩柄のダウンコートを脱いで、壁際のハンガーに掛けて椅子に腰を降ろした。由祐は温かいおしぼりを渡しながら。

「以前来られたとき、寝てしもうたお連れさん、大丈夫でした?」

 そう尋ねると、男性は驚いた様に目を丸くした。

「覚えててくれはったんですか?」

「はい。心配やったもんで」

 由祐が微笑むと、男性も頬を緩める。そう、この男性は以前カップルで来てくれたお客さまなのだ。

「ほんま、あんときはすいませんでした。ご迷惑を掛けてしもたから、また来るんどうしたもんかなって思ってたんですけど、どて焼きが美味しかったから、また食べたくて」

「それはありがとうございます。迷惑なんて何も無いですよ。ほな、今日もどて焼きご用意しましょうか?」

「お願いします。それと生ビールをください」

「はい、お待ちくださいね」

 由祐はまず生ビールを出し、続けて小鉢にどて焼きを盛り付けた。

「はい、こちらどて焼きです。どうぞ」

「ありがとうございます」

 確か前回来られたとき、この男性はお連れの女性に「けんちゃん」と呼ばれていた。けんちゃんさんは生ビールをぐいぐいと飲み、気持ち良さそうに息を吐いて、どて焼きを口に放り込んで「やっぱ旨いわ」と顔をほころばせた。

「良かったです」

「ここのどて焼き、ごぼうも入ってますよね。これが地味に嬉しくて」

「はい。牛すじとこんにゃくだけのところが多いですもんね。せやので、うちのは邪道かも知れませんけど、少しでもお野菜食べてほしくて。外食ってお野菜が不足しがちになったりするので。ほら、ここ一応お惣菜酒房ですし、何より牛すじに合いますし」

「ほんまや。俺も何も考えてへんかったらついつい肉食べてまうわ。気ぃつけんと。あれ、でもそれやったら、お肉とかってあんま食べへん方がええとかってあるんですか?」

「いえ、お肉とかお魚とかのたんぱく質は大事ですよ。筋肉とか血管とかを作ってくれますからね。卵とか牛乳とかもですね」

「ああ、そっか。あれ? それやったらベジタリアンとか、えっと、ヴィーガンやっけ、そういう人ってどうしてるんですかね?」

「植物性を食べはれへん方は、主に大豆製品から摂ってはると思いますよ。お豆腐、お揚げさん、厚揚げ、納豆、おから、豆乳、枝豆、ですかね?」

「あ、なーるほどね! そっかそっか!」

 けんちゃんさんは納得した様に手を打った。他には豆類などだろうか。確かひよこ豆にもたんぱく質が豊富に含まれているはずだ。

 ひよこ豆はスペイン語でガルバンゾ。栗の様にほくほくしている食感なので、日本では「栗豆」とも呼ばれているそうだ。

 お野菜や穀類などにも、そう含有量は多く無いが、たんぱく質を含む食材はある。それこそヴィーガンなどの方々が詳しいだろう。

「ん? 枝豆?」

 けんちゃんさんが首をかしげる。もしかして。

「枝豆は大豆の若いのんですよね。青くて身がぱんぱんなときに収穫するんが枝豆。それを収穫せんと置いておいて、熟して乾燥までしたのが大豆ですよね」

「え、枝豆と大豆って同じもんなんですか? マジか!」

 けんちゃんさんは知らなかった様で、大いに驚いてくれる。由祐は生意気ながら何だか良い気分になってしまった。食を扱う由祐にとっては当たり前の知識なのだが。

「今日はお豆腐で冷や奴か湯豆腐がありますよ。他にたんぱく質やったらチーズとか、それこそどて焼きかて牛すじがたんぱく質ですし、南蛮漬けの子持ちししゃもは魚ですしね」

「なるほどなぁ。これまであんま気にせんと、食べたいもんを食べてました。でも、ダイエットしてる連れが野菜ばっかり食べてましたねぇ」

「お野菜も大事ですけどね、お野菜ばっかりやとたんぱく質が不足して、脂肪と一緒に大事な筋肉まで落ちてしもたりしますから。せやからバランスなんですよね。いうてもわたしも、焼肉屋さんとか焼き鳥屋さんとかやったら、お肉ばっかり食べてますけど」

「あはは、それはね、俺もそうですわ」

 けんちゃんさんはおかしそうに笑う。由祐も「ふふ」と笑みをこぼした。

「ダイエットの連れって、この前一緒やった、最後寝てしもた女の子なんですけどね」

「あら、お友だちやったんですね。とても仲が良さそうやったから」

 てっきりカップルだと思い込んでいた。だがそうすると、確かに今日の様なクリスマスイブに、おひとりというのはあり得ないかも知れない。クリスマス、クリスマスイブを一緒に過ごすカップルは多いだろうから。

 だが、友人同士だというのなら納得だ。するとけんちゃんさんが、少し照れた様な表情になって。

「でもね、俺はあいつと付き合いたいなぁって思ってるんですよ」

「あら」

 由祐は甘酸っぱい気配に、目を丸くした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

ヒロインになれませんが。

橘しづき
恋愛
 安西朱里、二十七歳。    顔もスタイルもいいのに、なぜか本命には選ばれず変な男ばかり寄ってきてしまう。初対面の女性には嫌われることも多く、いつも気がつけば当て馬女役。損な役回りだと友人からも言われる始末。  そんな朱里は、異動で営業部に所属することに。そこで、タイプの違うイケメン二人を発見。さらには、真面目で控えめ、そして可愛らしいヒロイン像にぴったりの女の子も。    イケメンのうち一人の片思いを察した朱里は、その二人の恋を応援しようと必死に走り回るが……。    全然上手くいかなくて、何かがおかしい??

出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜

泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。 ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。 モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた ひよりの上司だった。 彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。 彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

【純愛百合】檸檬色に染まる泉【純愛GL】

里見 亮和
キャラ文芸
”世界で一番美しいと思ってしまった憧れの女性” 女子高生の私が、生まれてはじめて我を忘れて好きになったひと。 雑誌で見つけたたった一枚の写真しか手掛かりがないその女性が…… 手なんか届かくはずがなかった憧れの女性が…… いま……私の目の前ににいる。 奇跡的な出会いを果たしてしまった私の人生は、大きく動き出す……

公主の嫁入り

マチバリ
キャラ文芸
 宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。  17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。  中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。

処理中です...