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4章 ふたりでいるために
第3話 自分では気付かなかったけれど
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由祐ができた生ビールを持っていくと、深雪ちゃんと松本さんはおしながきを睨み付ける様に見ていた。
「はい、生ビール、お待たせしました」
「ありがとう。なぁ由祐ちゃん、何頼むか、めっちゃ悩むんやけど」
深雪ちゃんが唸る様に言う。
「そう? あんま風変わりなもんとかは出してへんと思うねんけど」
由祐がきょとんとすると。
「ちゃうねん、由祐ちゃんのお料理は美味しすぎるからさぁ。いつもやったら「これな」って作ってくれるんありがたくいただくけど、こうして選べる様になったらあかんわ、悩むわ、ほんま。うわ、やっば~」
深雪ちゃんがそう言って悶える。すると松本さんまでが。
「深雪からめっちゃ美味しいって聞いてるから、今日はほんまに楽しみでさぁ~」
そんなことを言う。由祐は慌ててしまう。
「ちょ、深雪ちゃん、松本さんのハードル上げんといてよ。ほんま、普通のお惣菜とかやねんから」
「ま、確かに由祐ちゃんの料理があたしの味覚に合っとったっちゅうんはあるんやろうけど、美味しいんは確かやし。由祐ちゃんはもっと自信持ってええと思うんやけどなぁ~」
深雪ちゃんはあっけらかんと言いのける。
「こま、困る」
由祐が恥ずかしくなって両手で顔を覆うと、深雪ちゃんは「あはは!」と楽しそうに笑った。
「あたしはほんまのことしか言わんしね。特に由祐ちゃんのことに関しては。由祐ちゃんには優しい嘘以外はほんまのことを言うねん。決めてんねん」
「優しい嘘って何やの~、それがお料理のことや無いん~」
もう由祐は泣きそうである。深雪ちゃんは「ふふ」と微笑む。
「あたしね、由祐ちゃんのそういう、えっと、奥ゆかしいって言うん? そういうところ、めっちゃええと思う。育ってきた環境で、いろいろ我慢もしてきたやろうし、大変やったと思うし、それで培われたんかも知れんな。でもな、あたしはおかんの料理より由祐ちゃんの料理が好きやし、こんな立派なお店構えて、頼りになりそうな協力者までおって、凄いなってほんまに思ってる。せやからもっと堂々として欲しいんよ」
由祐は、自分が卑屈になったりしているつもりは無かった。奥ゆかしいなんてとんでも無い。だが、もしかしたら深雪ちゃんにはそう映っていたのだろうか。
「わたし、そんな自信無さげに見えた……?」
由祐がそろりと顔を上げると、深雪ちゃんは穏やかな笑みをたたえていた。
「由祐ちゃんは気付いてへんかったかもやけど、えっと、言葉には出せへんけど、あたしなんて、って、そんな風に思ってる感じがしてたんよ。でもあたしは由祐ちゃんに幸せになって欲しいから。結婚とかそんなんどうでもええの。自分が幸せやって思える環境が大事なん。今、由祐ちゃんがこのお店をやってて、そう思ってくれてるんやったら、それが嬉しいんよ」
暖かい微笑み。それは深雪ちゃんの思いやり。由祐を思って、案じて、幸せを願っていてくれる。そこに嘘偽りは無くて。由祐は目頭が熱くなる。
「ありがとう、深雪ちゃん。わたし、今、このお店できて、めっちゃ幸せやって思ってる。凄い恵まれてるって思うんよ。せやからわたし、あの、松本さん」
由祐は潤み始めた目を松本さんに向けた。
「深雪ちゃんを、よろしくお願いします。あらためて、あの、一緒に幸せになってください」
由祐が訴えると、松本さんは「うお」と軽く仰け反った。
「びっくりしたぁー。こっちに来るとは思わんかったわ」
目を白黒させながら松本さんは言うが、居住まいを正し、すぅ、と息を吸って。
「安心して欲しいわ、由祐ちゃん。僕は、深雪と幸せになるために一緒になるんやって思ってる。僕もまだまだ未熟やけど、深雪と尊重し合って、ええ家庭を作りたいんよ。せやから、由祐ちゃんも見てて欲しい。そりゃ、何の不満も無い夫婦は奇跡やと思う。そこにたどり着くんは、どんだけ達観したらええねんて話や。でも努力はできるから。僕はそうしたいって思ってる」
由祐は身体の力が抜ける。松本さんがこう言ってくれるのなら、きっと大丈夫だ。何より深雪ちゃんが選んだお相手さんなのだから。
「ありがとうございます」
由祐が頭を下げると、松本さんは「うん、こちらこそ」と力強く頷いてくれた。
「さ、ほら、渉くん、頼むん選ぼ。由祐ちゃん、全部おすすめやろうけど、特にこれってある?」
「人気なんはどて焼きかなぁ。お惣菜はポテサラが結構人気。個人的には日替わりの難波ねぎのごま炒めがおすすめ。季節もんやからね。タアサイもなかなか手に入らんからおすすめかも」
「ほな、まずは、そのよっつからもらおか。またあとで追加するし。手加減せんし」
「せやね」
深雪ちゃんの言葉に、松本さんも頷く。
「はぁい、お待ちくださいね」
由祐は小鉢にそれぞれを盛り付けて、順に出していく。
「はい、とりあえずのラスト、ベーコンとタアサイです」
「ありがとう。嬉しい~」
深雪ちゃんがお料理を前に目をらんらんと輝かす。期待してくれているのだろう。由祐も嬉しくなってしまう。
「いただきます!」
深雪ちゃんは生ビールをぐいと傾け、取り皿に、まずはポテトサラダを取り分ける。ひとくち食べて。
「んん~」
と、顔をくしゃっとさせた。
「ほんまに美味しい~。由祐ちゃんの料理久々! めっちゃ嬉しい~」
深雪ちゃんは最大級に喜んでくれたのだった。
「はい、生ビール、お待たせしました」
「ありがとう。なぁ由祐ちゃん、何頼むか、めっちゃ悩むんやけど」
深雪ちゃんが唸る様に言う。
「そう? あんま風変わりなもんとかは出してへんと思うねんけど」
由祐がきょとんとすると。
「ちゃうねん、由祐ちゃんのお料理は美味しすぎるからさぁ。いつもやったら「これな」って作ってくれるんありがたくいただくけど、こうして選べる様になったらあかんわ、悩むわ、ほんま。うわ、やっば~」
深雪ちゃんがそう言って悶える。すると松本さんまでが。
「深雪からめっちゃ美味しいって聞いてるから、今日はほんまに楽しみでさぁ~」
そんなことを言う。由祐は慌ててしまう。
「ちょ、深雪ちゃん、松本さんのハードル上げんといてよ。ほんま、普通のお惣菜とかやねんから」
「ま、確かに由祐ちゃんの料理があたしの味覚に合っとったっちゅうんはあるんやろうけど、美味しいんは確かやし。由祐ちゃんはもっと自信持ってええと思うんやけどなぁ~」
深雪ちゃんはあっけらかんと言いのける。
「こま、困る」
由祐が恥ずかしくなって両手で顔を覆うと、深雪ちゃんは「あはは!」と楽しそうに笑った。
「あたしはほんまのことしか言わんしね。特に由祐ちゃんのことに関しては。由祐ちゃんには優しい嘘以外はほんまのことを言うねん。決めてんねん」
「優しい嘘って何やの~、それがお料理のことや無いん~」
もう由祐は泣きそうである。深雪ちゃんは「ふふ」と微笑む。
「あたしね、由祐ちゃんのそういう、えっと、奥ゆかしいって言うん? そういうところ、めっちゃええと思う。育ってきた環境で、いろいろ我慢もしてきたやろうし、大変やったと思うし、それで培われたんかも知れんな。でもな、あたしはおかんの料理より由祐ちゃんの料理が好きやし、こんな立派なお店構えて、頼りになりそうな協力者までおって、凄いなってほんまに思ってる。せやからもっと堂々として欲しいんよ」
由祐は、自分が卑屈になったりしているつもりは無かった。奥ゆかしいなんてとんでも無い。だが、もしかしたら深雪ちゃんにはそう映っていたのだろうか。
「わたし、そんな自信無さげに見えた……?」
由祐がそろりと顔を上げると、深雪ちゃんは穏やかな笑みをたたえていた。
「由祐ちゃんは気付いてへんかったかもやけど、えっと、言葉には出せへんけど、あたしなんて、って、そんな風に思ってる感じがしてたんよ。でもあたしは由祐ちゃんに幸せになって欲しいから。結婚とかそんなんどうでもええの。自分が幸せやって思える環境が大事なん。今、由祐ちゃんがこのお店をやってて、そう思ってくれてるんやったら、それが嬉しいんよ」
暖かい微笑み。それは深雪ちゃんの思いやり。由祐を思って、案じて、幸せを願っていてくれる。そこに嘘偽りは無くて。由祐は目頭が熱くなる。
「ありがとう、深雪ちゃん。わたし、今、このお店できて、めっちゃ幸せやって思ってる。凄い恵まれてるって思うんよ。せやからわたし、あの、松本さん」
由祐は潤み始めた目を松本さんに向けた。
「深雪ちゃんを、よろしくお願いします。あらためて、あの、一緒に幸せになってください」
由祐が訴えると、松本さんは「うお」と軽く仰け反った。
「びっくりしたぁー。こっちに来るとは思わんかったわ」
目を白黒させながら松本さんは言うが、居住まいを正し、すぅ、と息を吸って。
「安心して欲しいわ、由祐ちゃん。僕は、深雪と幸せになるために一緒になるんやって思ってる。僕もまだまだ未熟やけど、深雪と尊重し合って、ええ家庭を作りたいんよ。せやから、由祐ちゃんも見てて欲しい。そりゃ、何の不満も無い夫婦は奇跡やと思う。そこにたどり着くんは、どんだけ達観したらええねんて話や。でも努力はできるから。僕はそうしたいって思ってる」
由祐は身体の力が抜ける。松本さんがこう言ってくれるのなら、きっと大丈夫だ。何より深雪ちゃんが選んだお相手さんなのだから。
「ありがとうございます」
由祐が頭を下げると、松本さんは「うん、こちらこそ」と力強く頷いてくれた。
「さ、ほら、渉くん、頼むん選ぼ。由祐ちゃん、全部おすすめやろうけど、特にこれってある?」
「人気なんはどて焼きかなぁ。お惣菜はポテサラが結構人気。個人的には日替わりの難波ねぎのごま炒めがおすすめ。季節もんやからね。タアサイもなかなか手に入らんからおすすめかも」
「ほな、まずは、そのよっつからもらおか。またあとで追加するし。手加減せんし」
「せやね」
深雪ちゃんの言葉に、松本さんも頷く。
「はぁい、お待ちくださいね」
由祐は小鉢にそれぞれを盛り付けて、順に出していく。
「はい、とりあえずのラスト、ベーコンとタアサイです」
「ありがとう。嬉しい~」
深雪ちゃんがお料理を前に目をらんらんと輝かす。期待してくれているのだろう。由祐も嬉しくなってしまう。
「いただきます!」
深雪ちゃんは生ビールをぐいと傾け、取り皿に、まずはポテトサラダを取り分ける。ひとくち食べて。
「んん~」
と、顔をくしゃっとさせた。
「ほんまに美味しい~。由祐ちゃんの料理久々! めっちゃ嬉しい~」
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