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4章 ふたりでいるために
第2話 ふたつの価値観
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由祐が表の木札を「営業中」に返しに外に出ると、そこにはもこもこに着ぶくれた深雪ちゃんと松本さんが立っていた。
「由祐ちゃん!」
「あ、深雪ちゃん! え、ごめん、待っててくれたん?」
すると深雪ちゃんは朗らかに笑って。
「何で謝るん。あたしが楽しみすぎて、早く着いてしもたんよ。もう開店?」
「うん、入って入って。松本さん、こんにちは、いらっしゃいませ。お久しぶりです」
「由祐ちゃん、こんにちは、久々やね。今日は楽しみにしとってん。よろしゅうね」
松本さんは元スポーツマンらしく、爽やかな笑顔を浮かべた。
「こちらこそです。ささ、どうぞどうぞ」
由祐は開けっ放しの開き戸に、深雪ちゃんと松本さんを促した。
「予約席のプレート置いてるから、良かったらそこに掛けて」
「ありがとう」
深雪ちゃんと松本さんが予約席に掛け、由祐は素早く厨房に入る。予約席のプレートを引き上げて、ふたりに温かいおしぼりを渡した。
「ありがとう」
「ありがとう」
ふたりは丁寧にお礼を言ってくれる。本当に素敵なふたりだな、としみじみ思う。由祐も幼いころから、お母さんに教えられてきた。
「お店の人に、お礼を言おね。挨拶は大事やで」
だから同じ価値観を持っている深雪ちゃんと長くお付き合いができていると思うし、そんな松本さんと出会った深雪ちゃんを、羨ましいと感じる。
深雪ちゃんが松本さんと結婚を決めたとき、由祐に話してくれた。
「結婚を決めたのんはね、やっぱり価値観が大きいと思う。ちゃう人間なんやから、全部の価値観が一緒なわけ無いんやけど、ちゃうとこをすり合わせる思いやりがあるかとか、そういうのね。あたしは渉くんと価値観が合う方やとは思うけど、ちゃうところもね、そういう考え方があるんやなって思えて、ほなどうしようかってふたりで話し合う。それができるかできひんかって、めっちゃ大きいと思うんよ。ま、これもあたしの価値観なんやけど」
由祐もそう思う。一緒に生活をすることになるのだから、価値観が近い人の方が良いと思うのは当然のことだろう。
由祐は深雪ちゃんに幸せになって欲しいから、深雪ちゃん自身が納得していることが大事なのだと思う。もちろんその時々で理想通りにならないこともあるかも知れないが、それも互いを思いやり合っていれば、きっと解決することができるだろう。
深雪ちゃんはおしぼりで手を拭いたあと、奥に掛ける茨木さんに挨拶をした。
「こんにちは」
茨木さんはちらりと深雪ちゃんを見て、小さく頷いた。相変わらずの無表情。だが疎んじたりしている様な気配は無い。由祐はほっとする。
「由祐ちゃん、あの人が言うてたボディガードの人やんな?」
深雪ちゃんが小声で聞いてくる。
「うん、茨木さん。見た目怖いけど、ええ人やで」
深雪ちゃんには、茨木さんのことは話してあった。もちろんその正体があやかし、茨木童子なんてことは言えないが、ご縁があって、「ゆうやけ」でボディガードの様なことをしてくれていると。
「怖いっちゅうか、迫力がある人やね。確かにあの人が奥で控えとったら、変な人は来なさそう。安心した」
深雪ちゃんはそう言って、表情をほころばせる。深雪ちゃんは由祐がお店を始めることは応援してくれていたのだが、場所が新世界ということを少し心配していたのだ。
確かに茨木さんが睨みを利かせているから、あやかしのお客さまは節度を守ってくれているし、人間のお客さまも不思議と選別されているのか、ややこしいお客さまはほとんどいなかった。
だから、由祐は錯覚してしまう。
ここって、ほんまに新世界やっけ。
かつては「女子どもが歩けん街」なんて言われていた新世界。今は改善されて、女性ばかりのグループだってたくさん繰り出している。ひとりでだって歩くことができる。
それでも飲食店などを営業して、いろいろなお客さまと対するとなると、また話は変わってくる。だが今多くある弓道などの遊戯場では、若いお嬢さんがひとりでお店番をしていたりもする。
安心安全な街、と言い切ることができるかは難しいところだが、今やなんばや大阪梅田、天王寺などの繁華街と変わらない様に思える。
それでも「ゆうやけ」の平和は、茨木さんの力によって保たれている。本当に頼りにさせてもらっている。
「ほんまにありがたいんよ。助かってる。せやからわたしは大丈夫。心配してくれてありがろうね、深雪ちゃん」
「うん」
由祐が笑顔で言うと、深雪ちゃんもにっこりと微笑んだ。
「ええなぁ~、ふたりほんまに仲がええんやもん。妬けてまうで」
松本さんが冗談めかしてそんなことを言うので、由祐は「あら」とまた相貌を崩した。深雪ちゃんも「何言うてんの」と笑う。
「仲がええのはおふたりや無いですか。ささ、お飲物はどうしはります?」
「由祐ちゃん、生、ある?」
「あるで」
「ほな、あたし、生」
「僕も生で」
「はい、お待ちくださいね」
由祐は生ビール用のジョッキをふたつ出した。
「由祐ちゃん!」
「あ、深雪ちゃん! え、ごめん、待っててくれたん?」
すると深雪ちゃんは朗らかに笑って。
「何で謝るん。あたしが楽しみすぎて、早く着いてしもたんよ。もう開店?」
「うん、入って入って。松本さん、こんにちは、いらっしゃいませ。お久しぶりです」
「由祐ちゃん、こんにちは、久々やね。今日は楽しみにしとってん。よろしゅうね」
松本さんは元スポーツマンらしく、爽やかな笑顔を浮かべた。
「こちらこそです。ささ、どうぞどうぞ」
由祐は開けっ放しの開き戸に、深雪ちゃんと松本さんを促した。
「予約席のプレート置いてるから、良かったらそこに掛けて」
「ありがとう」
深雪ちゃんと松本さんが予約席に掛け、由祐は素早く厨房に入る。予約席のプレートを引き上げて、ふたりに温かいおしぼりを渡した。
「ありがとう」
「ありがとう」
ふたりは丁寧にお礼を言ってくれる。本当に素敵なふたりだな、としみじみ思う。由祐も幼いころから、お母さんに教えられてきた。
「お店の人に、お礼を言おね。挨拶は大事やで」
だから同じ価値観を持っている深雪ちゃんと長くお付き合いができていると思うし、そんな松本さんと出会った深雪ちゃんを、羨ましいと感じる。
深雪ちゃんが松本さんと結婚を決めたとき、由祐に話してくれた。
「結婚を決めたのんはね、やっぱり価値観が大きいと思う。ちゃう人間なんやから、全部の価値観が一緒なわけ無いんやけど、ちゃうとこをすり合わせる思いやりがあるかとか、そういうのね。あたしは渉くんと価値観が合う方やとは思うけど、ちゃうところもね、そういう考え方があるんやなって思えて、ほなどうしようかってふたりで話し合う。それができるかできひんかって、めっちゃ大きいと思うんよ。ま、これもあたしの価値観なんやけど」
由祐もそう思う。一緒に生活をすることになるのだから、価値観が近い人の方が良いと思うのは当然のことだろう。
由祐は深雪ちゃんに幸せになって欲しいから、深雪ちゃん自身が納得していることが大事なのだと思う。もちろんその時々で理想通りにならないこともあるかも知れないが、それも互いを思いやり合っていれば、きっと解決することができるだろう。
深雪ちゃんはおしぼりで手を拭いたあと、奥に掛ける茨木さんに挨拶をした。
「こんにちは」
茨木さんはちらりと深雪ちゃんを見て、小さく頷いた。相変わらずの無表情。だが疎んじたりしている様な気配は無い。由祐はほっとする。
「由祐ちゃん、あの人が言うてたボディガードの人やんな?」
深雪ちゃんが小声で聞いてくる。
「うん、茨木さん。見た目怖いけど、ええ人やで」
深雪ちゃんには、茨木さんのことは話してあった。もちろんその正体があやかし、茨木童子なんてことは言えないが、ご縁があって、「ゆうやけ」でボディガードの様なことをしてくれていると。
「怖いっちゅうか、迫力がある人やね。確かにあの人が奥で控えとったら、変な人は来なさそう。安心した」
深雪ちゃんはそう言って、表情をほころばせる。深雪ちゃんは由祐がお店を始めることは応援してくれていたのだが、場所が新世界ということを少し心配していたのだ。
確かに茨木さんが睨みを利かせているから、あやかしのお客さまは節度を守ってくれているし、人間のお客さまも不思議と選別されているのか、ややこしいお客さまはほとんどいなかった。
だから、由祐は錯覚してしまう。
ここって、ほんまに新世界やっけ。
かつては「女子どもが歩けん街」なんて言われていた新世界。今は改善されて、女性ばかりのグループだってたくさん繰り出している。ひとりでだって歩くことができる。
それでも飲食店などを営業して、いろいろなお客さまと対するとなると、また話は変わってくる。だが今多くある弓道などの遊戯場では、若いお嬢さんがひとりでお店番をしていたりもする。
安心安全な街、と言い切ることができるかは難しいところだが、今やなんばや大阪梅田、天王寺などの繁華街と変わらない様に思える。
それでも「ゆうやけ」の平和は、茨木さんの力によって保たれている。本当に頼りにさせてもらっている。
「ほんまにありがたいんよ。助かってる。せやからわたしは大丈夫。心配してくれてありがろうね、深雪ちゃん」
「うん」
由祐が笑顔で言うと、深雪ちゃんもにっこりと微笑んだ。
「ええなぁ~、ふたりほんまに仲がええんやもん。妬けてまうで」
松本さんが冗談めかしてそんなことを言うので、由祐は「あら」とまた相貌を崩した。深雪ちゃんも「何言うてんの」と笑う。
「仲がええのはおふたりや無いですか。ささ、お飲物はどうしはります?」
「由祐ちゃん、生、ある?」
「あるで」
「ほな、あたし、生」
「僕も生で」
「はい、お待ちくださいね」
由祐は生ビール用のジョッキをふたつ出した。
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