新世界に恋の花咲く〜お惣菜酒房ゆうやけは今日も賑やかに〜

山いい奈

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4章 ふたりでいるために

第5話 幸せのお裾分け

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 それからあやかしのお客さまが詰めかけ、席は嬉しいことにほぼ埋まった。雲田くもたさんがいて、久田くださんがいる。大村おおむらさんも来てくれている。別居事実婚だから、自由時間は多いのだろう。互いを縛ったりもしないのだと思う。

 そして茨木いばらきさんとりゅうさん、深雪みゆきちゃんと松本まつもとさんで、8席ある中で空いている席はひとつだけとなったのだ。

「邪魔すんで」

平井ひらいさん、いらっしゃいませ。おひとりさまですか?」

「おう。空いてるか?」

「良かったです、ちょうど1席ありますよ」

「よっしゃ、ええタイミングや」

 平井さんが壁に黒いダウンジャケットを掛けて空いている席に座ると、嬉しいことに満席になった。由祐は平井さんに温かいおしぼりを渡した。

「おう、ありがとう。とりあえず生とどて焼き頼むな」

「はい、お待ちくださいね」

 由祐はまず生ビールを注いで平井さんに出し、続けて小鉢にどて焼きを盛り付ける。

「はい、どて焼きお待たせしました」

「ありがとう。あ、姉ちゃんも1杯飲んでや」

「ありがとうございます」

 最初は戸惑ったりもしたものだが、もうこうした平井さんのご厚意にも馴染んでしまった。もちろん期待をしているわけでは無いが、こうして気遣ってくれることがありがたいのだ。

 由祐は何にしようかと迷ったすえに、酎ハイの宇治茶を作った。

「平井さん、ありがとうございます、いただきます」

 そうして平井さんの生ビールのジョッキとを軽く重ねて。

「おう。ああそうや、新年早々やけど今日なぁ、姪っ子の結婚式やったんやわ。めでたいけどスーツで肩凝ったわ。家帰ったら速攻着替えたった」

 平井さんはそう言って、ぐるぐると肩を回した。

「あらまぁ、おめでとうございます。姪っ子さん、お綺麗やったでしょう」

「まぁなぁ。弟の子やねん。弟はわしに似てるんやけど、姪っ子は別嬪な弟嫁に似てくれてな。いやほんま、ほっとしたわ」

 返事に困ってしまい、由祐は「まぁまぁ」と微笑んだ。

「ほんま、姪っ子は綺麗やったわ。弟は涙ぐんでたで。うちは息子ふたりで娘はおらんから、娘を嫁に出すって感覚がいまいち分からんとこがあるんやけど、やっぱり寂しいもんなんやろうなぁ」

「そうですねぇ、わたしは結婚もしてへんのであれですけど、苗字が変わるって、おっきいことかも知れませんね」

「せやな。息子やったら別世帯になっても、同じ苗字名乗ることが多いから、そこまでや無いけど、娘はなぁ。もう一生会われへんわけや無いのにな」

「不思議なもんですねぇ」

 今の若い女性は、「嫁」という概念が昔とは変わっている様な気がする。由祐も昭和とかそういう時代を詳しく知っているわけでは無いが、嫁いだら婚家の価値観に合わせるだとか、義実家のために働くだとか同居とか介護とか、そういうのがまかり通っていた時代があったと聞いたことがある。

 だがきっと今は違う。嫁だから、と、唯々諾々と従う人は少ないのでは無いだろうか。そもそも女性は男性と結婚をしたのだから、義両親を大事にすれど、それは実親に対しても変わらないし、新たな家庭が作られるのなら、その家庭のルールや価値観が生まれるべきだと由祐は思う。

 深雪ちゃんも松本さんとの結婚を控えている。おばちゃんたちは寂しいだろうかな、と思い、そして、松本さんのご両親は、お嫁さんになる深雪ちゃんを大事にしてくれるかな、なんてことも思う。

 他人と暮らすことの難しさは、施設育ちの由祐には身に沁みている。思いやり、気遣い、そんなものが最大限必要になってくる。だがきっと深雪ちゃんと松本さんなら、自然とお互いを大切にできるのだと思う。

「由祐ちゃん、忙しいのにごめん、そろそろ締めにするわ。あたし、抹茶ゼリーちょうだい」

「僕はお茶漬けで」

 深雪ちゃんと松本さんである。ふたりが来てから2時間半ほどが経ち、18時半を少し回っていた。

「はい、お待ちくださいね」

 由祐はさっそく準備をして、それぞれに「どうぞ」と出した。

 ふたりはおしながきを睨み付けてうんうん唸りながら、たくさん頼んでくれた。お惣菜はほぼ全種食べてくれたのでは無いだろうか。メインはお魚好きの深雪ちゃんに合わせて、ぶりの照り焼きだった。それらをふたりで仲良く分けあっていた。

 他のお客さまの注文分の用意もあるので、深雪ちゃんたちに掛かりきりというわけにはいかない。それでも隙を見ては、お話をすることができた。

「由祐ちゃん、また飲みにいこね」

「うん。わたし、月曜日やったらいつでもいけるから」

「ありがと。うん、抹茶ゼリーも美味しい! 濃厚やのにさっぱりするぅ~」

「お茶漬けも、酒のあとやったらこれぐらいシンプルなんが嬉しいわ。さすが由祐ちゃん」

 深雪ちゃんも松本さんも、嬉しそうに締めの一品を口に運んでくれる。由祐は心の底から喜びが沸き上がる。これから新しい人生を踏み出そうとしているふたりが、いつもと変わらぬ由祐のお料理を楽しんでくれている。

 なぜだろうか、これから幸せになるふたりの後押しをさせてもらっている、なんて、おこがましい気持ちになってしまう。

 由祐は幸せのお裾分けをもらっている。だからこんな気持ちになるのだ。思わず目頭を熱くさせてしまうと。

「姉ちゃん、姉ちゃん」

 平井さんだ。珍しく声をひっそりと落としている。

「はい」

 なので由祐もそれも合わせる。

「あのふたり、初めて見る顔やけど、姉ちゃんの知り合いか?」

「はい。幼なじみの親友とその婚約者です。ここには初めて来てくれて」

 すると、平井さんは。

「よっしゃ!」

 と、膝を叩いた。由祐の中で、嫌な予感と良い予感が渦巻いた。
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