新世界に恋の花咲く〜お惣菜酒房ゆうやけは今日も賑やかに〜

山いい奈

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4章 ふたりでいるために

第6話 ボーダーライン

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 抹茶ゼリーをゆっくり堪能する深雪みゆきちゃんと、さらさらとお茶漬けを食べ終えてしまった松本まつもとさん。ふたりは話をしているのだが、気付けば双方の顔がしかめられている。どうかしたのだろうか。

「深雪ちゃん、どうしたん?」

 由祐ゆうが心配になって聞くと。

「今な、新居で揉めてるんよ」

「あらま、場所とか? 本町便利やから、本町にするって言うてへんかった?」

 以前飲みに行ったときに、深雪ちゃんからはそう聞いていた。

「うん、それは変わらんのよ。揉めてるんは間取り」

「間取り」

 由祐は目をぱちくりさせる。それも確か決めていて、それを元に部屋探しを始めていると言っていなかったか。

「由祐ちゃんにも話したと思うけど、最初はさ、ふたりやし、将来マンションなり戸建てなり買うにしても、まずは賃貸マンションで2LDKがええねって言うてたの。それぞれの部屋ね。渉くんもそれで納得しとったのに、今になって3Lがええって言い出して」

 ふたりは寝室ごと別にするそうだ。真っ暗で無いと眠れない深雪ちゃんと、豆電球が灯っていないと眠れない松本さん。なので話し合いのすえ、分けることにしたのだそうだ。

「あらま、何でか聞いてええ?」

 すると深雪ちゃんは、ちろりと松本さんを睨む。松本さんはきゅっと小さくなった。

「自室とは別に、趣味部屋が欲しいんやって」

「趣味部屋? 松本さんのご趣味って確か、あれ、お人形さん的な」

「フィギュア! 確かに人形やけど、精巧で緻密なフィギュアや」

 松本さんが食い気味で訂正してくる。よほど入れ込んでいるのだろうか。由祐は思わず怯んでしまう。松本さんはそんな由祐を見たからか我に返った様にはっとなった。

「ご、ごめん、思わず熱くなってしもた」

「あ、いえ」

 由祐は何とか笑顔を浮かべる。松本さんは恥ずかしそうに、また肩をすくめた。

 松本さんは、学生時代はサッカー一筋だったのだが、大学を卒業して、なぜかフィギュアにはまってしまったのだそう。大学で知り合ったサッカー部の同期がいわゆるアニメおたくで、付き合いで日本橋にっぽんばしのオタロードに行き、フィギュアの芸術性に惹かれてしまったのだ。

 それから、それがどんな作品のキャラクタなのか、そんなことはあまり拘らず、気に入った造形のフィギュアを買い集めてきたのだそうだ。

「あたしな、別にわたるくんがフィギュア収集をするんはええねん。趣味は人それぞれやし、あった方がええと思うし。でもな、フィギュアを置くためだけの部屋がひとつ欲しいて言うねん。趣味はええけど、それはいくらなんでもなって。富豪やあるまいし」

 深雪ちゃんは半ば呆れた様に言う。趣味は認めているのだが、さすがにやり過ぎだということだろう。

「えっと、要は、それを飾ったりする、専用のお部屋が欲しいってことですか?」

「それもあるけど、フィギュアってまぁそこそこの質量でな。これからも増えてくこと思ったら、広い部屋確保しておいた方がええかなって思って」

「今はどこに置いてはるんですか?」

「大半は実家の僕の部屋にあるわ。でもおかんに「結婚したら全部引き上げぇ」て言われてて」

 由祐は思わず渋い顔をしてしまう。松本さんには申し訳が無いが。

「すいません、わたしも、それはやり過ぎかなって思ってまいます」

 苦笑を交えながら言うと、松本さんは「そんなぁ~」と弱った顔を見せた。由祐は変わらず苦笑いしながら。

「松本さんが打ち込める趣味があるんはええなって思います。でもそれは、自分の部屋だけで完結した方がええと思うんです。それは、お互いさまやと思うんです。深雪ちゃんかて、そうでしょ? 自分の趣味を相手に押し付けへん、負担を掛けへん。一緒に暮らすんやったら、それがマナーなんや無いかなって思います」

 深雪ちゃんの趣味はゲームである。スマートフォンやタブレットでもできるソーシャルゲームがメインで、いくつかのゲームを並行してプレイしている。だから由祐もその話を聞くことがある。けれど深雪ちゃんはそれらをすすめてきたりはしない。由祐におたく気質が無いからだ。

 フィギュア収集をしている松本さんは、きっとおたく気質なのだろう。だがゲームはしないから、深雪ちゃんは世間話的に話はするだろうけど、一緒にやろうなんてことも言わない。自分だけで収めている。

 だが、松本さんはそのラインを侵そうとしている。それは、例え夫婦になろうとも、許されることでは無いのだ。大げさだと思われるかも知れないし、深雪ちゃんや由祐が趣味だけで別室を必要としないからそう思うのかも知れないが。

「それにさ、渉くん、子ども欲しいて言うてたやん。せやからこれからも貯金が必要やで。家買うにしてもそうやし。まだまだ先のことやけど老後も。子どもができたとしたら、迷惑掛けたく無いからな。せやから、結婚しても独身のときみたいにフィギュアにお金使えると思ったらあかんで。それでもそのままの生活を続けたいんやったら、そんな人は結婚そのものをしたらあかんわ」

 深雪ちゃんにぴしゃりと言われ、松本さんは肩を落とす。だが。

「……せやんな。僕、結婚を軽く考え過ぎてたんかも知れん。深雪と一緒に暮らせて、趣味も続けられたらええなって思ってた。でもそうや無いよな。うん、僕、子ども好きやから産んで欲しいし、そうなったらきっと、めっちゃお金いるよな。僕、ええ旦那さんとお父さんになりたいから、がんばるわ」

 松本さんはそう言って顔を上げた。その表情は穏やかで、吹っ切れた風にも思える。

「フィギュアは自分の部屋に置いて、買う量も減らして、できたら今の量も減らしたい。フィギュアってな、箱入り美品やったら結構ええ値段で売れたりすることもあんねん。それも貯金に回せたらええな」

「それはありがたいけど、あたしは渉くんに趣味を諦めたりして欲しいわけや無いんよ、やり過ぎんなって話で」

「うん、分かってる。深雪は僕を尊重してくれるし、それもあるからずっと一緒におりたいなって思ったんやから」

「うん、渉くんはちゃんとあたしを尊重してくれてるよ。せやからあたしも結婚しようて思ったんやし。ただ、もうちょっと落ち着いてくれたら嬉しいわ」

 松本さんは元スポーツマンだから、熱くなったりすることもあるのかも知れない。それがそのままフィギュア収集にスライドされてしまっていたのだろうか。

「うん、気ぃつけるから、見捨てんとってな?」

「そんなん、お互いさまや」

 深雪ちゃんが笑うと、松本さんは照れた様にはにかんだ。良かった、もう大丈夫だ。由祐は安堵しつつ、じんわりと暖かなものが胸に広がっていくのを感じていた。
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