元男装傭兵、完璧な淑女を演じます。――嫁ぎ先はかつての団長でした!?

中野森

文字の大きさ
4 / 17

深まっていく絆

しおりを挟む
「くそっ……また負けた……!」
 フレッド――私より少しだけ先に入団していた先輩団員が膝をつき、剣を地面に突き立てて降参する。

「はんっ、僕に勝とうなんざ十年早いんだよ」
 私は胸を張って言い放つと、フレッドは悔しそうに歯ぎしりをした。

「はぁ? 入ったころはボコボコにやられてたくせに!」
「そうだっけ? 記憶にございません」
「この野郎……!」

 わざとらしく肩をすくめて見せると、周りの団員たちが笑い声をあげる。
 かつて誰よりも弱々しかった自分が、いまでは仲間を打ち負かすこともできるようになっている。
 すべては毎日欠かさずに鍛錬を続けた結果だ。その事実が嬉しく、誇らしくもあり、自然と笑みがこぼれた。

「クリス、随分と力が有り余ってるようじゃないか。俺が相手をしてやろう」
 感慨に浸っていると、低い声が飛んできた。振り向けば、副団長アランが腕を組んで立っている。

「副団長……! よろしくお願いします……!」

 木剣を構えた瞬間、容赦ない一撃が振り下ろされる。反射的に身をひねり、かろうじて避けた。
 腕に伝わる衝撃の重さに、思わず舌打ちする。やはり力勝負では勝てない。

 だが二年以上の修練は、力不足を補う術を教えてくれた。
 剣筋を受け流すようにずらし、足運びで間合いを詰め、隙を狙って突きを放つ。

「させん」
 アランは最小限の動きで防ぎ、逆に反撃を仕掛けてきた。

「ちっ……防がれたか!」

 激しい剣戟が幾度も交わされる。
 以前なら一撃で終わっていたはずの勝負が、互角に近い形で続いていた。
 だが、最後は持久力の差がものを言った。

「ぐっ……!」
 足がもつれ、私は地面に倒れ込む。

「勝敗あり。俺の勝ちだな」
 アランが手を差し伸べてくる。

「絶対僕より消耗してるはずなのに……ちくしょう……」
「ふん、鍛え方が足らんのだろう」
「この……体力お化けめ……」

 悔しさをにじませると、アランはわずかに口元をゆるめた。
「だが、随分と持つようになったな。強くなったじゃないか」
 その一言が、胸に深く刻まれた。

 ――その夜。

 作戦室へ向かう途中、後ろからがっしり肩を抱かれた。
「クリス~、俺、見ちゃったんだよな~」
 にやついたフレッドの顔が目の前に現れる。

「は? 急になんだよ?」

「この間お前の部屋に支給品届けてやっただろ? その時になぁ?」
「……何だよ。もったいぶらずにさっさと言えよ」

「長~い金色の髪の毛、落ちてたぜ?」

(やばっ! 染め残した毛が落ちるのを見られた……!?)
 心臓が飛び跳ねる。

「お前、女を連れ込んでるんじゃないのかぁ?」
「えっ……」
(ばれてなかった! ……けど、とんでもない誤解されてる!?)

「金髪ってことはいいとこのお嬢さんか? やるじゃねぇか~」
「は、ははは……誰にも言うなよ、恥ずかしいから!」
 女性だと気づかれていないのは幸いだった。
 ごまかし笑いでやりすごし、逃げるように作戦室の中へと駆け込む。

 しばらくすると、団長ハロルドが厳しい表情を浮かべて入ってきた。

「皆の者、次の任務が決まった」
 低く響く声に、場がしんと静まり返る。

「隣国との戦況が劣勢に傾きつつある。我々も援護に加わることになった。恐らく今までで一番過酷な現場になるだろう。いつ終わるかも不透明だ」

 淡々と述べられる言葉に、誰もが息をのむ。

「そこでだ」
 ハロルドは少し間を置き、重々しい雰囲気の中、決意するかのように切り出した。

「儂はもういい年だ。現場を引っ張っていくには、もっと若いやつがふさわしい」

 ざわめきが広がる。

「アラン……お前が団長になれ。これが儂の最後の団長命令だ」

 一瞬の沈黙ののち、アランが深く頷いた。
「……わかりました。副団長はどうするつもりで?」

「お前が適任と思う者を言え」

 アランはわずかに目を細め、私を見据えた。
「では……クリス、彼を副団長に推します」

「は?! な、なんで僕が……!」
 思ってもみなかった指名に、声が裏返りそうになる。
 作戦室にいた全員の視線が一斉に私に注がれた。

 ハロルドが周囲をぐるりと見渡す。
「反対する者はいるか?」

 きっと、皆反対するに違いない。しかし――
 予想に反して、誰一人口を開こうとしなかった。

 やがてハロルドは満足げに頷いた。
「では、新団長アラン、新副団長クリス。これよりこの団を頼んだぞ」

 重い沈黙のあと、仲間たちから「おおおっ!」と声があがった。
 私は呆然としながらも、その声に胸を突かれるような熱を感じていた。

 仲間と築いてきた時間が、確かに形となった瞬間だった。

 ◆

 夜の野営地。遠くで戦の音がかすかに響く中、私たちは小さな焚火を囲んでいた。
 ぱちぱちと薪がはぜ、炎の明かりが団長アランとフレッドの顔を照らし出している。
 見張りの番で残ったのは、この三人だけだった。

「そういや、クリス」
 火をつつきながら、フレッドがにやりと笑う。
「お前、なんで傭兵団に入ったんだ?」

「それは……金のため」

「なんだそれっ!」
 フレッドが馬鹿にするように言った。

「仕方ないだろ。色々あって家が立ち行かなくなったんだよ。ここは金払いが良かったんでかなり助かった」
 誰に何と言われようと、家族のためになっているのだから気にしない。
 私はなんでもないことのように語った。

「ま、まぁ、人それぞれってやつだな」
 フレッドは肩をすくめると、ふと横目でアランを見た。
「そこにいる団長様には無縁な話だろ。なんたって――貴族様だからな!」

「おい、フレッド。余計なことを言うな」
 アランの低い声が焚火にかき消されるように落ちる。

「いいじゃないっすか。夜は長いんですから」

 私はぽかんと口を開いた。
「団長が……貴族……?」

「なんだ、文句があるのか」
 鋭い眼光を向けられ、背筋がぴんと伸びる。

「文句はないですけど……ぶふっ、似合わなっ……ハハハ!」
 笑いをこらえきれずに吹き出してしまった。
 だって、豪快で不器用で、体力お化けのアランが「貴族」だなんて――。

「団長、なんかすいません」
 お腹をかかえ笑い続ける私を目にし、フレッドがおどけてアランに頭を下げる。
「お詫びにクリスの秘密をひとつ教えます」

「はっ?! なんで僕のを……!」
 突然の展開に、先ほどまで止まらなかった笑いが消し飛んだ。

「俺には隠すようなことないんでね」
 フレッドは大げさに咳払いすると、にやにや笑って言い放った。
「なんとクリス君には――女がいます!」

「言うなって言っただろ!」
 まさかこの話題が蒸し返されるとは。私は真っ赤になって声を張り上げた。

「言わないとは言ってねぇ」
 フレッドは焚火越しに舌を出す。

 その瞬間、ひやりとした空気が走った。
「女、だと?」
 アランの声が、夜気よりも冷たく響いた。

「えっ、と……団長だって、一人や二人いるでしょう?」
 フレッドはしどろもどろになりながら、なんとか会話を続けようとする。

 私は思わず考えた。
 アランならきっとモテるはずだ。
 鍛え抜かれた体、鋭い剣さばき、仲間思いの人柄――冷徹に見えて、実は情に厚い。
 だから当然、女のひとりやふたり……。
 なぜか、胸がちくりと痛んだ。

「いるわけないだろ。不潔な! そんな暇があるなら鍛錬しろ」
 アランは吐き捨てるように言った。

 その言葉を聞いた瞬間、私は――ほっとしていた。
 えっ、なんで? どうして安堵してるの、私……。
 これじゃまるで――。

 私が混乱している間にも、フレッドはめげずに問いかけを続けていた。
「不潔って、大袈裟だな~! 好きな女性くらいはいるでしょう?」

「いない」

「……じゃあ好きなタイプとかはありますよね?」

「好きな、タイプ……」
 アランの声が一瞬、途切れる。

 焚火の影が揺らめいた。
 気づけば、彼の瞳と私の瞳がかち合っていた。
 心臓が跳ね、呼吸が詰まる。
 次の瞬間、アランはものすごい勢いで視線をそらした。

「俺は見廻りに行ってくる!」
 アランは立ち上がると、そのまま夜の闇に消えていった。

 火のぱちぱちという音だけが残される。

「……団長、どうしたんだろうな」

「フレッドがしつこいせいじゃないか?」
 戸惑うフレッドに、冷静を装って答えた。

 ――胸の奥に渦巻く、このざわつきはなんなんだろう。
 まだ自分でも答えを出せないまま、私は燃える炎を見つめ続けていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

バイトの時間なのでお先に失礼します!~普通科と特進科の相互理解~

スズキアカネ
恋愛
バイト三昧の変わり者な普通科の彼女と、美形・高身長・秀才の三拍子揃った特進科の彼。 何もかもが違う、相容れないはずの彼らの学園生活をハチャメチャに描いた和風青春現代ラブコメ。 ◇◆◇ 作品の転載転用は禁止です。著作権は放棄しておりません。 DO NOT REPOST.

私を愛してくれない婚約者の日記を読んでしまいました〜実は溺愛されていたようです〜

侑子
恋愛
 成人間近の伯爵令嬢、セレナには悩みがあった。  デビュタントの日に一目惚れした公爵令息のカインと、家同士の取り決めですぐに婚約でき、喜んでいたのもつかの間。 「こんなふうに婚約することになり残念に思っている」と、婚約初日に言われてしまい、それから三年経った今も全く彼と上手くいっていないのだ。  色々と努力を重ねてみるも、会話は事務的なことばかりで、会うのは決まって月に一度だけ。  目も合わせてくれないし、誘いはことごとく断られてしまう。  有能な騎士であるたくましい彼には、十歳も年下で体も小さめな自分は恋愛対象にならないのかもしれないと落ち込む日々だが、ある日当主に招待された彼の公爵邸で、不思議な本を発見して……?

【短編/完結】偽のプロフィールで始めたマッチング相手が運命の人でした

大森 樹
恋愛
お転婆な貴族令嬢のジェシカは、年上の紳士が好み。だけど父親からは年齢差のある恋は認められないと大反対されるので、マッチングサービスを使って秘密に相手を探すことにした。 しかし、実際に始めてみると若いジェシカの身体目当ての気持ち悪いおじさんからのメッセージしか来なくてうんざりしていた。 「あえて結婚適齢期を過ぎた年齢に設定すればいいよ」 弟的存在の二歳年下の美形な幼馴染チェスターに、そうアドバイスをされて偽のプロフィールを登録してみると……すぐに紳士で気の合う男性とマッチングすることができた。 だけど、いつになっても彼はジェシカに『逢いたい』と言ってくれなくて….!? ※完結&ハッピーエンド保証します。

私を嫌っていた冷徹魔導士が魅了の魔法にかかった結果、なぜか私にだけ愛を囁く

魚谷
恋愛
「好きだ、愛している」 帝国の英雄である将軍ジュリアは、幼馴染で、眉目秀麗な冷血魔導ギルフォードに抱きしめられ、愛を囁かれる。 混乱しながらも、ジュリアは長らく疎遠だった美形魔導師に胸をときめかせてしまう。 ギルフォードにもジュリアと長らく疎遠だったのには理由があって……。 これは不器用な魔導師と、そんな彼との関係を修復したいと願う主人公が、お互いに失ったものを取り戻し、恋する物語

初恋をこじらせたやさぐれメイドは、振られたはずの騎士さまに求婚されました。

石河 翠
恋愛
騎士団の寮でメイドとして働いている主人公。彼女にちょっかいをかけてくる騎士がいるものの、彼女は彼をあっさりといなしていた。それというのも、彼女は5年前に彼に振られてしまっていたからだ。ところが、彼女を振ったはずの騎士から突然求婚されてしまう。しかも彼は、「振ったつもりはなかった」のだと言い始めて……。 色気たっぷりのイケメンのくせに、大事な部分がポンコツなダメンズ騎士と、初恋をこじらせたあげくやさぐれてしまったメイドの恋物語。 *この作品のヒーローはダメンズ、ヒロインはダメンズ好きです。苦手な方はご注意ください この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

【完結済】春を迎えに~番という絆に導かれて~

廻野 久彩
恋愛
辺境の村から王都の星環教会へやってきた研修生アナベル・ウィンダーミア。 門で出会った王族直属騎士団副団長ルシアン・ヴァルセインと握手を交わした瞬間、二人の手首に金色の光が浮かび上がる。 それは"番"——神が定めた魂の半身の証。 物語の中でしか聞いたことのない奇跡的な出会いに胸を躍らせるアナベルだったが、ルシアンの口から告げられたのは冷酷な現実だった。 「俺には……すでに婚約者がいる」 その婚約者こそ、名門ルヴェリエ家の令嬢セレナ。国境の緊張が高まる中、彼女との政略結婚は王国の命運を左右する重要な政治的意味を持っていた。 番の衝動に身を焼かれながらも、決して越えてはならない一線を守ろうとするルシアン。 想い人を諦めきれずにいながら、彼の立場を理解しようと努めるアナベル。 そして、すべてを知りながらも優雅に微笑み続けるセレナ。 三人の心は複雑に絡み合い、それぞれが異なる痛みを抱えながら日々を過ごしていく。 政略と恋情、義務と本心、誠実さと衝動—— 揺れ動く想いの果てに、それぞれが下す選択とは。 番という絆に翻弄されながらも、最後に自分自身の意志で道を選び取る三人の物語。 愛とは選ぶこと。 幸せとは、選んだ道を自分の足で歩くこと。 番の絆を軸に描かれる、大人のファンタジーロマンス。 全20話完結。 **【キーワード】** 番・運命の相手・政略結婚・三角関係・騎士・王都・ファンタジー・恋愛・完結済み・ハッピーエンド

堅物騎士団長から妻に娶りたいと迫られた変装令嬢は今日もその役を演じます

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
第零騎士団諜報部潜入班のエレオノーラは男装して酒場に潜入していた。そこで第一騎士団団長のジルベルトとぶつかってしまい、胸を触られてしまうという事故によって女性とバレてしまう。 ジルベルトは責任をとると言ってエレオノーラに求婚し、エレオノーラも責任をとって婚約者を演じると言う。 エレオノーラはジルベルト好みの婚約者を演じようとするが、彼の前ではうまく演じることができない。またジルベルトもいろんな顔を持つ彼女が気になり始め、他の男が彼女に触れようとすると牽制し始める。 そんなちょっとズレてる二人が今日も任務を遂行します!! ――― 完結しました。 ※他サイトでも公開しております。

冷徹公爵閣下は、書庫の片隅で私に求婚なさった ~理由不明の政略結婚のはずが、なぜか溺愛されています~

白桃
恋愛
「お前を私の妻にする」――王宮書庫で働く地味な子爵令嬢エレノアは、ある日突然、<氷龍公爵>と恐れられる冷徹なヴァレリウス公爵から理由も告げられず求婚された。政略結婚だと割り切り、孤独と不安を抱えて嫁いだ先は、まるで氷の城のような公爵邸。しかし、彼女が唯一安らぎを見出したのは、埃まみれの広大な書庫だった。ひたすら書物と向き合う彼女の姿が、感情がないはずの公爵の心を少しずつ溶かし始め…? 全7話です。

処理中です...