元男装傭兵、完璧な淑女を演じます。――嫁ぎ先はかつての団長でした!?

中野森

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クラリスの決意

 家のために資金を稼ぐといっても、普通の仕事では到底足りそうにない。
 そう考えた私は、ついに傭兵団に入る道を選んだ。

 街で情報を集めると、募集自体は驚くほど多いことが分かった。ただ――どこも条件に「剣の腕に覚えのある者」とある。剣を握ったことすらない私にとって、それは高い壁だった。
 諦めずに自分でも入れそうな募集を探していると、「剣の腕は不問」とする傭兵団を見つけた。おそらく救護や雑務に人手が必要なのだろう。ここなら……もしかしたら入れてもらえるかもしれない。

 ただし問題が一つあった。――募集対象は「男性のみ」。
 私は覚悟を決め、髪をバッサリと切り落とし、念のため平民に多い茶色に染めあげた。
 さらに胸をさらしでつぶし、「クリス」と名乗のり、男の振りをすることにしたのだ。
 門を叩いたときの緊張は、今も忘れられない。

 面接の場に通されると、奥に二人の男が並んで座っていた。向かいの椅子に促され、ぎこちなく腰を下ろす。

「クリスです。よろしくお願いします」

「うむ。私はこの傭兵団の団長、ハロルドだ。まずは君に問おう」
 ハロルドは、戦場をいくつもくぐり抜けてきたかのような貫禄があった。
「我が団は後方支援を主とするが、時に命懸けの任務にも赴く可能性がある。それでも入団したいのか」

「危険が伴うのは承知しています。どうか、入れてください」
 声が震えていたかもしれない。握りしめた手に、冷や汗がにじむ。

 ハロルドの隣に座っていた屈強な若い男――副団長と知ることになるアランが眉をひそめ声をあげた。
「団長、俺は反対です。こんないかにもな優男、すぐに逃げ出すにきまっています」

 ついかっとなり、言い返す。
「逃げたりしません!勝手に決めつけないでください!」

「まぁまぁ、アラン。誰もがお前のような体格になれるわけじゃないんだ」
「ですが団長、この者に務まるとは……」

 ハロルドは腕を組み、沈黙の間を置く。そして柔らかく言った。
「そうだな……では一か月、彼の頑張りを見よう。その結果次第ということで、いいかね?」

「やらせてください!」
 私は勢いよく立ち上がり、拳を強く握る。

 アランも渋々頷き、私の仮入団が決まった。

 何としてでも正式に認められなければならない。
 毎朝、誰よりも早く起き、走り込みで体力を鍛える。
 剣術の指南を受けた後、一人で素振りを繰り返す。限界まで身体を追い込み、朝まで泥のように眠る。

 そして迎えた仮入団期間最終日、模擬戦が行われた。他の人との実力差は大きかったが、私は諦めることなく最後まで全力で剣を振った。
 試合が終わるや否や、全身の力が抜けてその場にへたり込む。肩は大きく上下し、肺は焼けつくように痛む。それでも剣を手放すことだけはしなかった。
 そのまま倒れ込みたい気持ちを叱咤して起き上がり、評価を聞くためにハロルドとアランのところへ向かう。

「一か月でここまで動けるようになるとはな。なかなか見込みあるんじゃないか?」
 ハロルドがアランに問いかける。

「……根性は認めましょう」
 祈るような気持ちでアランを見つめていると、長い沈黙ののち観念したかのように吐き出すように言った。

「ご、合格、ということですか……!?」
 私は飛び上がりそうになるのを何とか堪えた。

 アランが真剣な目で告げる。
「戦場では何が起こるか分からん。生き延びたければ、これからも必死に鍛えろ」
 その言葉で、アランが私の見た目を理由に入団を反対したのは、私の身を案じてのことだとわかった。
「今の実力では出動は許可できん。基準に達したと俺が判断したら行かせてやる。それまでは飯と寝床は保証してやるが、金は出ないぞ。それでいいか?」
「はい、精進します」
 私は日々鍛錬に身を投じた。
 泥と汗にまみれ、眠りに落ちるときには筋肉が悲鳴を上げているのがわかったが、それでも不思議と充実感があった。
 両親のこと、マティアスの顔を思うと、どれほど辛くても歯を食いしばれた。

 それからほどなくして、私の初陣が決まった。
 国境近くに駐屯する騎士団へ支援物資を送り届ける任務。
 順調に進むはずだったが――途中で、物資を狙う賊の一団に襲われた。

 必死の抵抗の末、どうにか撃退し、物資を届けることはできた。だが、胸の奥に残ったのは達成感よりも、重い澱だった。

「お前たち、よくぞ戻った。全員の無事を祝って、乾杯!」

 ハロルドの掛け声で宴がはじまる。
 仲間たちは声を張り上げ、酒を酌み交わして笑っていた。私は輪の中にいながら、どうしても彼らと同じように手放しで盛り上がることができなかった。

「どうした、食べないのか」

 隣に腰を下ろしたアランが声をかけてきた。
「……あまり、食欲がわかなくて」

「そんなんじゃ、いつまでたってもひょろいままだぞ」

「僕はひょろくなんかありません! 副団長がムキムキすぎるんです!」

「ふっ……いいから食え。うまいぞ」

 しぶしぶ口に運ぶと、香ばしさと肉汁が広がり、思わず頬がゆるむ。
 そんな私を見て、アランは酒を傾けながら低く言った。

「……お前はよくやった」

「どこがですか。僕、何もできずに……」

「いいんだよ。今できることを精いっぱいやっただろ。足りないと思うなら、これからいっそう励めばいい」

「……はい。ありがとうございます」

 やがて宴はお開きとなり、皆が寝床へと散っていった。
 だが私は、ベッドに入っても眠れなかった。
 剣と剣がぶつかる甲高い音。相手の血走った目。初めて人を斬ったときの生々しい感触――。思い出すたび、胸が締め付けられる。

「惚けてる場合じゃない、死にたいのか!」
 戦闘中、アランに怒鳴られた声が頭の中で蘇る。震える手で必死に剣を握りしめた自分を思い出す。

「クリス、後ろだ!」
 仲間の叫びに、無我夢中で剣を振り抜いた瞬間。刃を伝った温かい液体の感触は、どうしても忘れられなかった。

 私はついにベッドを抜け出し、冷たい夜気を胸いっぱいに吸い込んだ。
 澄んだ月の光に照らされても、胸のざわめきは静まらない。

「……ここにいたか」

 背後から声がして振り向くと、アランが立っていた。手には二振りの木剣を抱えている。
 一本を差し出され、私は思わず受け取った。

「眠れないんだろ。そういう時は鍛錬に限る。体が疲れれば勝手に寝るし、剣を振ってる間は余計なことを考えずにすむ」

「どうして……」

「みんな最初はそうだ。俺だって同じだった」

「副団長も……?」

「あぁ、誰もが通る道だ。……今日は特別に付き合ってやる」

 アランはそれ以上何も言わず、月明かりの下で黙々と木剣を振り出した。
 私は溢れ出そうになる涙を必死でこらえながら、その隣に立ち、ただひたすらに剣を振り続けた。

 どれほど時間が経ったのか、筋肉が悲鳴を上げ、足元がおぼつかなくなる。
 ようやく床に就いたときには、何も考える余力もなく、深い眠りに落ちていた。
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