元男装傭兵、完璧な淑女を演じます。――嫁ぎ先はかつての団長でした!?

中野森

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それぞれの道

 新団長アラン率いる傭兵団が戦場に出て数か月、依然として予断を許さない状況が続いていた。
 毎日のように救護要請が出され、アランと私は、いつしか戦場での相棒のように互いに背を任せ、戦いに身を投じていた。

「団長、こっちの敵は僕が引き受けます!」

「ああ、頼んだ」

 国同士の持久力勝負は、終わりの見えない消耗戦である。
 そんな中でいかに士気を保ち続けるかが重要になる。

「今日も全員無事に帰ったな。みんな、よくやった」

 アランの労いの声に、団員たちは安堵の息を吐く。つかの間の休息が訪れ、焚火を囲み、仲間たちが話し始めた。

「なあ、この間届いた手紙に書いてあったんだけど、王都では同盟の話が出始めてるらしいぜ?」

「ずっと膠着状態だし、お互い無駄な犠牲を出すよりってか?ありえるな」

「お前ら、気を抜くなよ。正式な決定が下るまでは向こうも本気でかかってくる」

「はい、団長!俺たち、素振りしてきます!」

 若手団員たちは走り去っていった。
 私は一人、アランの横顔を見つめ、ふっと笑みがこぼれる。

「……なんだよ、クリス。にやついた顔して」

「いえ、団長職が板についてきたなと思って」
 迷いなく戦場に赴くアランの姿は頼もしく、団員たちに安心感を与える。
 アランが団長として仲間達から慕われているのが、自分のことのように嬉しかった。

「それを言うならお前の方だろ」

「僕ですか?まだまだだと思いますが……」
 
 首をかしげていると、アランがニヤリとして言った。
「お前みたいな弱そうなやつでも強くなれるんだと、いい刺激になってるみたいだぞ」

「弱そうって……!これでも必死に鍛えてるんですよ!」

 思わず身を乗り出して抗議すると、アランは少し後ずさりする。

「分かったからそんなに近づくな。ほんと負けず嫌いだな」

「うっ……すみません」

「……前から気になってたんだが、香水でもつけてるのか?」

 アランは珍しく真剣な表情で、私の顔をじっと見つめた。

「は、はぁ?つけるわけないだろ!女でもあるまいし!僕が臭いとでも言いたいのか!?」

 暗に自分が匂っていると指摘されたようで、顔が真っ赤に染まった。
 咄嗟に男らしい口調で返すが、動揺が隠せない。

「そうだよな……他のやつらと違って、戦いの後なのにいい匂いが……」

 アランは聞き取れないくらい小さな声で何か呟くと、気まずそうに顔をそむけた。

「なんでもない、今のは忘れてくれ。俺も素振りに行く」

 そう言うと、アランは私に背を向けて歩き出す。

(なんでもないって、匂うのか、匂わないのか、結局どっち……!?)

 私は恥ずかしさに消えてしまいたいと思いながら、大きな背中を見えなくなるまでじっと見つめた。

 それから数日後――
 アランより重大発表があると、傭兵団の全員が一堂に会していた。
「先ほど国から正式に通達があった。かの国との同盟が結ばれ、戦争は終了。これにて我が傭兵団は解散となる」

「まじかよ!いきなりだな!」
 フレッドの声がいつにもまして大きく響いた。

「安心してくれ、すぐに出て行けとは言わない。準備ができた者からでいい。今夜は盛大に宴を開くぞ」

 夜になり、屯所はひときわにぎわっていた。
 前団長ハロルドが杯を掲げる。

「我らの頑張りと、今後の輝かしい未来に――乾杯!」

 宴の席は特に決まっていない。私は意を決してアランの正面に座った。
 残り少ない時間を少しでも一緒に過ごしたい、そんな気持ちが胸を占めていた。

「団長、お疲れ様です」

「ああ、クリス。お疲れ」

 二人で他愛もない話をしていたら、遠くの方からフレッドがやってきた。

「あー!団長と副団長、こんな時も一緒なのかよ!」

「なんだよフレッド、別にいいだろ……」

 フレッドが私の横にどっかと腰を下ろす。顔が赤く、すでに酒が回っているようでやたらと距離が近い。

「クリスーー!俺は寂しいんだーー!」
 机に突っ伏して泣き始める。

 なんとか押しやろうとするが、びくともしない。
「いいから、ちょっと離れろって」

「……フレッド」
 地を這うような低い声が響き、フレッドがビクリと顔を上げた。

「お前、におうぞ。クリスが困ってるだろ。離れろ」
 いつの間にか横に立っていたアランがフレッドの腕をつかんでぐいと引き離す。

「え、俺、くさいの!?」

 思わず大声を出すフレッドに、私は困って言葉を探す。
「えっと……酒臭い、かな」
 宴の前にしっかりと汗は流してきたので、今日の私は匂わないはずだ。

「戦争が終わるのは嬉しいけどよ、急に解散だなんて、受け入れられないだろ!」

「確かに驚いたけど、仕方ないだろ。お役目御免なんだから」
 私は苦笑しつつなだめた。

 フレッドはしばらく黙り込み、やがて真剣な顔をこちらに向けてくる。
「なぁ、お前たちはこれからどうするんだ?」

「実はこの前届いた手紙に、家の金はもう大丈夫だからそろそろ帰ってこいって書かれてたんだ。だから、家に帰るよ」
 私は自分に言い聞かせるように言った。

「そうなのか!よかったな、クリス!」
 フレッドはぱっと顔を明るくした。

「団長はどうするんですか?やっぱり、その……貴族ぶふっ」
 どうしても想像がつかなくて、私は吹き出してしまう。

「くそっ、笑うなよ!自分でも似合わないと思ってるからここにいたんだろうが」
 アランは頭をかきながら続ける。
「でもまぁ、戻るしかないだろうな。……なんとかなるさ」

「頑張ってください、団長」

「クリス、お前もな」

 言葉を交わしたところで、隣から不満げな声が割り込む。
「……なんか俺のこと忘れてない?」

「あー、フレッドはどうするんだ?」
 私は苦笑しながら問い返す。

「クリス君、心がこもってねえぞ~!」
 フレッドは大げさに肩を落としつつも、すぐに胸を張った。
「まぁいい。俺はな、店を継ぐ!」

「店?」

「パン屋だ!」
 どこか誇らしげに言い放つ。

「ほう」
 アランが短く相槌を打ち、杯を口に運んだ。

「うわーーん、団長も副団長も冷たいーー!」
 フレッドは他の団員のところに泣きつきにいった。

「嵐のような男だな……」
 アランが苦笑する。

 私は杯を置き、静かに口を開いた。
「でも……会えなくなると思うと、やっぱり寂しいです。団長は、寂しくないんですか?」

「そうだな」
 アランは少しだけ目を細め、どこか遠くを見つめた。
「どこかで、元気で生きていてくれたらいい。それで十分だ」

「そう、ですね……」
 胸の奥に、締めつけるような痛みが走った。

「団長は、しばらくここに残るんですか?」

「そうしたいんだが……あっちは情報が早い。すぐに戻れと口うるさく言われている。明日の朝には発つつもりだ」

「えっ……明日って、そんな急に……」
 想いもよらない言葉に、頭が真っ白になる。

 アランは一瞬、何か言いかけて、飲み込んだ。
「本当は、もっとお前と……いや、やめておこう」

「団長……」
 伝えたい言葉は山ほどあるはずなのに、終ぞ出なかった。

「クリス。お前と出会えてよかった」
 ふいに差し出された大きな手を、私は力いっぱい握り返した。
「……僕もです」

「よし、もう湿っぽいのは終わりだ。今日はとことん飲むぞ!」

「はい、負けません!」
 涙をぬぐい、私は高らかに杯を掲げた。

 ――翌朝。

 がんがんと響く頭を抱え、まぶしい朝日に目を細める。
 団長はもう、発ってしまっただろうか。
 ふと、サイドテーブルに紙切れが置かれているのに気づいた。

『飲みすぎに気をつけろ。言うほど強くないんだからな。
 飯はしっかり食え。体を壊すなよ。元気でな。 アラン』

 丁寧な字で、それだけ。
 けれど胸に温かいものが広がって、視界が滲んだ。

「……アラン団長。お慕いしておりました」

 同じ貴族とはいえ、私は近いうちに修道院へ入ることになる。
 もう二度と会うことはないのだ――。
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