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降り注ぐ悪意
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暫くの間、カーラと共にルシアンの稽古を見守っていると、アランが二人の青年を引き連れてやってきていた。
「へぇ……君が魔性の女、クラリスちゃん?」
茶色で癖のある髪の青年が、ニヤニヤとこちらを見ている。
髪と同じく、一癖も二癖もありそうな雰囲気が漂っていた。
「キース、失礼だぞ。お前はもう口を開くな!」
端正な黒髪の青年が、きちんと背筋を伸ばして咎めるように言った。
先ほどの男とは違い、真面目で実直なそうな印象だ。
「はーーい」
キースと呼ばれた男は気のない返事をしつつ、目は興味津々にこちらを見ていた。
「クラリス殿、私はフィルと申します。その失礼な男キースと共にアレクサンダー様の側近を務めております。以後お見知りおきを」
フィルは礼儀正しく一礼し、落ち着いた声に誠実さが滲んでいる。
「お二人とも、夫がお世話になっております。よろしくお願いしますわ」
私は軽く頭を下げ、微笑を浮かべた。
キースはじっと私を値踏みするような視線を送ってきた。
その視線に少しだけ背筋を伸ばす。
鍛錬を終えたルシアンが、アランに気づき声をかける。
「兄上!おかえりなさい!」
駆け寄りながら、目を輝かせている。
「あぁ、ただいま。しっかり励んでるようだな、偉いぞ」
アランは笑みを浮かべ、ルシアンの頭を軽く撫でる。
「はい。この前マークにも褒められました!」
ルシアンは得意げに胸を張る。
「そうか、やるじゃないか」
アランも軽く笑い、弟を認めるように頷いた。
「そうだ兄上、姉上に僕に会うなっていうの、取り下げてください!」
ルシアンの声は少し必死で、目がきらきらと光っている。
「……なんだ、クラリスとそんなに会いたいのか」
アランは眉をひそめ、短く呟く。
「兄上は忙しくて全然会えないじゃないですか……だからせめて姉上には会いたいです」
小さく息を整えながら、ルシアンは顔を上げ、真剣な眼差しを向ける。
「……わかった」
しぶしぶという声でアラン了承すると、ルシアンの顔が少し弾む。
「クラリス、ルーがこう言っている。時間があれば会いに行ってやってくれ。ただし、あまり長居はしないように」
アランの目は鋭く、釘を刺すように私を見つめる。
「ええ、わかりました」
私は微笑み、軽く頷いた。
「そろそろ時間も時間だ。我々は本邸に戻ろう。いいな、クラリス」
「はい。問題ございません」
私は静かに従い、気持ちを引き締める。
「母上、ルー、それではまた」
アランが手を振るのを倣うように、私も二人に手を振り歩き出す。
帰り道、アランはあからさまに不機嫌だった。
側近二人は触らぬ神に祟りなしとでもいうように、口を閉じ静かに歩く。
しばらく沈黙のまま歩き続けると、アランが口を開いた。
「俺のいない間に随分と弟と仲良くなったようだな」
「お恥ずかしながら庭の中で迷ってしまっていたところ、あの離れにたどり着いておりました。私にも弟がおりますゆえ、自然と打ち解けておりましたの」
私は少し微笑みながら答える。
「弟ね……。いいか、おかしな真似はするなよ」
アランは横目で私を見つめる。
「ご心配には及びませんわ」
私は手を軽く胸に置き、信頼を示すように頷く。
そこからまた無言の歩みが続く。
心なしか、歩く速度が上がっている気がする。今日も足に重しをつけているため、いい鍛錬になりそうだ。
フィルが恐る恐る小声で話しかけてきた。
「クラリス殿、我々の歩調についていくのは大変でしょう。無理をしておられませんか」
「あら、淑女たるものこれくらいできて当然です。ですが、お気遣い感謝いたしますわ」
私は背筋を伸ばし、誇らしげに微笑む。
「そ、そうですか。淑女を侮っておりました」
フィルは少し汗をかきながら、申し訳なさそうに頭を下げた。
結局、屋敷につくまでアランは無言だった。
そして食事の時間でさえも、口を開くことはなかった。
その夜、メリンダに頼み込み、入念に化粧をしてもらう。
今日はすごく機嫌が悪そうなので来てくれないかもしれないが、準備をするに越したことはない。
ほどなくして、アランが私の部屋にやってきた。
来てくれたことに一安心していると、いきなりベッドに押し倒される。
「いいか、お前は俺の妻になったんだ。結婚前にどれだけの男を誑かしたか知らないが、金輪際俺以外誑かすのは許さない」
「はい、私は旦那様だけのものです。あの、今日も服は……」
そして――翌朝
「奥様、そろそろ旦那様がお出かけになる時間です、起きていらっしゃいますか」
メリンダの声で、私の意識は覚醒する。
「ええ、今おきたわ。支度をお願いできるかしら」
寝過ごして見送りができなかったという失態は二度としたくないので起こして欲しいと、メリンダに頼み込んでいたのだ。
「お化粧は――」
「しっかりとお願いね!」
メリンダが言い切る前に、食い気味に答える。
鏡で出来栄えを確認し、私は満足げに頷いた。
「いつ見てもさすがね、では急いでいきましょう」
秘密の鍛錬のおかげで、今日は何とか歩ける状態になっている。
1階へ降りると、ちょうど玄関に向かうアランが見えた。
「旦那様、いってらっしゃいませ」
疲れているのを感じさせないよう、私は優雅に微笑んだ。
私が来るとは思ってなかったのだろうか、アランが驚いた様子を見せる。
「あ、ああ。その……厄介な仕事を抱えていて、またしばらく帰れない」
「お仕事がんばってください。お帰りをお待ちしております」
アランがぎこちない様子で、出ていくのを見守った。
しばらく会えないのは寂しいが、もう一生会えないと思っていたのだ。
また会える。それがうれしかった。
食事をとった後、日課の散歩をはじめる。
そろそろ脚につけている重りをもう少し重いいものに変える頃合いかもしれない。
そんなことを考えていると、どこからか声がきこえてきた。
「クラリスちゃん、はっけ~ん!」
木の枝に身を乗せていたキースが、ジャンプして私の前に降り立った。
「キース様、ごきげんよう。夫はもう出発してしまいましたが……」
私は落ち着いた微笑みを浮かべて挨拶する。
「知ってるよん。側近にも役割があるんだ。フィルは頭脳担当で、俺は武闘担当。といってもアランの方が断然強いし、正直出番がないんだよね~」
キースは困ったように肩をすくめ、気軽に笑っているが、どこか鋭さを帯びた視線が私を捉えている。
「あ、じゃあなんで側近なんてやってるのって顔したでしょ」
にやりと笑い、私の反応を楽しんでいる。
「いえ、そんなことは……」
少し身を引きながら答えると、キースは満足そうに頷いた。
「家同士の関係とか、色々大変なのよ。男爵家のお嬢様は知らないかもしれないけど」
笑顔は相変わらずだが、言葉には棘が混じる。
「そうなんですね……。ところでキース様、何か私に用があるのでは?」
私は探るように、少しだけ目を細めた。
「ふーん……よく分かったね。アランより察しが良い」
キースから人のよさそうな表情が一瞬で消え、鋭い眼差しが私を射る。
「アランのやつは純情だからあんたの毒牙に抗えなかったみたいだけど、勘違いするなよ」
「勘違い、ですか……?」
私は意味深な言葉に警戒しつつも、微笑みを崩さなかった。
「あいつには想い人がいる。あんたが愛されることは一生ない」
「こ、恋人はいなかったはずよ……」
冷たく言い放たれた言葉に、私は必死に反論する。
「へぇ、そこまで調査済みなのか」
キースが感心するかのような表情を浮かべた。
単に傭兵時代にフレッドが根掘り葉掘り質問していたのを聞いていただけだが、それを説明するわけにはいかない。
「確かに恋人はいないな。あいつは叶わぬ恋をしているんだ。その人のことを一生愛し続けるんだとよ。あんたも一応貴族なら察しがつくだろ」
「そ、そんな……」
胸の奥がぎゅっと締め付けられ、言葉にならない。
アランが別の誰かを愛している。そして私を愛することは一生ない――その事実があまりにも重く突き刺さった。
「なんだよその反応。まさか魔性の女がアラン相手に本気になったとでも?」
キースが嘲笑交じりに言い放つ。
「っ……」
私はなんとか気丈に振舞おうとし、キースを睨みつけようとした。しかし、次の瞬間、熱い涙が止めどなく溢れ、視界がぼやける。
「あーやべぇ……これは間違ったか……?」
「奥様!大丈夫ですか!」
遠くから聞こえてきたメリンダの声に、張りつめていた糸がぷつんと切れる。
全身の力が抜け、私はその場にへたり込んだ。
「メリンダ、私……どうしたら……」
立ち上がれず、膝を抱えて小さく震える。
「大丈夫、大丈夫ですからね……」
メリンダがすぐに駆け寄り、優しく抱きしめてくれた。
「キース様、これは一体どういう――ってもう、いないじゃない!」
すぐ近くにいるはずのメリンダの声が、まるで水中にいるかのようにうまく聞き取れない。
アランとの再会を手放しに喜んでいた自分はなんと愚かだったのだろう。
再会しなければ、こんな痛みなんか知らずに、幸せな思い出でいられたはずなのに。
今はただ、あやすようにさすってくれているメリンダのぬくもり以外、何もかも忘れたかった。
「へぇ……君が魔性の女、クラリスちゃん?」
茶色で癖のある髪の青年が、ニヤニヤとこちらを見ている。
髪と同じく、一癖も二癖もありそうな雰囲気が漂っていた。
「キース、失礼だぞ。お前はもう口を開くな!」
端正な黒髪の青年が、きちんと背筋を伸ばして咎めるように言った。
先ほどの男とは違い、真面目で実直なそうな印象だ。
「はーーい」
キースと呼ばれた男は気のない返事をしつつ、目は興味津々にこちらを見ていた。
「クラリス殿、私はフィルと申します。その失礼な男キースと共にアレクサンダー様の側近を務めております。以後お見知りおきを」
フィルは礼儀正しく一礼し、落ち着いた声に誠実さが滲んでいる。
「お二人とも、夫がお世話になっております。よろしくお願いしますわ」
私は軽く頭を下げ、微笑を浮かべた。
キースはじっと私を値踏みするような視線を送ってきた。
その視線に少しだけ背筋を伸ばす。
鍛錬を終えたルシアンが、アランに気づき声をかける。
「兄上!おかえりなさい!」
駆け寄りながら、目を輝かせている。
「あぁ、ただいま。しっかり励んでるようだな、偉いぞ」
アランは笑みを浮かべ、ルシアンの頭を軽く撫でる。
「はい。この前マークにも褒められました!」
ルシアンは得意げに胸を張る。
「そうか、やるじゃないか」
アランも軽く笑い、弟を認めるように頷いた。
「そうだ兄上、姉上に僕に会うなっていうの、取り下げてください!」
ルシアンの声は少し必死で、目がきらきらと光っている。
「……なんだ、クラリスとそんなに会いたいのか」
アランは眉をひそめ、短く呟く。
「兄上は忙しくて全然会えないじゃないですか……だからせめて姉上には会いたいです」
小さく息を整えながら、ルシアンは顔を上げ、真剣な眼差しを向ける。
「……わかった」
しぶしぶという声でアラン了承すると、ルシアンの顔が少し弾む。
「クラリス、ルーがこう言っている。時間があれば会いに行ってやってくれ。ただし、あまり長居はしないように」
アランの目は鋭く、釘を刺すように私を見つめる。
「ええ、わかりました」
私は微笑み、軽く頷いた。
「そろそろ時間も時間だ。我々は本邸に戻ろう。いいな、クラリス」
「はい。問題ございません」
私は静かに従い、気持ちを引き締める。
「母上、ルー、それではまた」
アランが手を振るのを倣うように、私も二人に手を振り歩き出す。
帰り道、アランはあからさまに不機嫌だった。
側近二人は触らぬ神に祟りなしとでもいうように、口を閉じ静かに歩く。
しばらく沈黙のまま歩き続けると、アランが口を開いた。
「俺のいない間に随分と弟と仲良くなったようだな」
「お恥ずかしながら庭の中で迷ってしまっていたところ、あの離れにたどり着いておりました。私にも弟がおりますゆえ、自然と打ち解けておりましたの」
私は少し微笑みながら答える。
「弟ね……。いいか、おかしな真似はするなよ」
アランは横目で私を見つめる。
「ご心配には及びませんわ」
私は手を軽く胸に置き、信頼を示すように頷く。
そこからまた無言の歩みが続く。
心なしか、歩く速度が上がっている気がする。今日も足に重しをつけているため、いい鍛錬になりそうだ。
フィルが恐る恐る小声で話しかけてきた。
「クラリス殿、我々の歩調についていくのは大変でしょう。無理をしておられませんか」
「あら、淑女たるものこれくらいできて当然です。ですが、お気遣い感謝いたしますわ」
私は背筋を伸ばし、誇らしげに微笑む。
「そ、そうですか。淑女を侮っておりました」
フィルは少し汗をかきながら、申し訳なさそうに頭を下げた。
結局、屋敷につくまでアランは無言だった。
そして食事の時間でさえも、口を開くことはなかった。
その夜、メリンダに頼み込み、入念に化粧をしてもらう。
今日はすごく機嫌が悪そうなので来てくれないかもしれないが、準備をするに越したことはない。
ほどなくして、アランが私の部屋にやってきた。
来てくれたことに一安心していると、いきなりベッドに押し倒される。
「いいか、お前は俺の妻になったんだ。結婚前にどれだけの男を誑かしたか知らないが、金輪際俺以外誑かすのは許さない」
「はい、私は旦那様だけのものです。あの、今日も服は……」
そして――翌朝
「奥様、そろそろ旦那様がお出かけになる時間です、起きていらっしゃいますか」
メリンダの声で、私の意識は覚醒する。
「ええ、今おきたわ。支度をお願いできるかしら」
寝過ごして見送りができなかったという失態は二度としたくないので起こして欲しいと、メリンダに頼み込んでいたのだ。
「お化粧は――」
「しっかりとお願いね!」
メリンダが言い切る前に、食い気味に答える。
鏡で出来栄えを確認し、私は満足げに頷いた。
「いつ見てもさすがね、では急いでいきましょう」
秘密の鍛錬のおかげで、今日は何とか歩ける状態になっている。
1階へ降りると、ちょうど玄関に向かうアランが見えた。
「旦那様、いってらっしゃいませ」
疲れているのを感じさせないよう、私は優雅に微笑んだ。
私が来るとは思ってなかったのだろうか、アランが驚いた様子を見せる。
「あ、ああ。その……厄介な仕事を抱えていて、またしばらく帰れない」
「お仕事がんばってください。お帰りをお待ちしております」
アランがぎこちない様子で、出ていくのを見守った。
しばらく会えないのは寂しいが、もう一生会えないと思っていたのだ。
また会える。それがうれしかった。
食事をとった後、日課の散歩をはじめる。
そろそろ脚につけている重りをもう少し重いいものに変える頃合いかもしれない。
そんなことを考えていると、どこからか声がきこえてきた。
「クラリスちゃん、はっけ~ん!」
木の枝に身を乗せていたキースが、ジャンプして私の前に降り立った。
「キース様、ごきげんよう。夫はもう出発してしまいましたが……」
私は落ち着いた微笑みを浮かべて挨拶する。
「知ってるよん。側近にも役割があるんだ。フィルは頭脳担当で、俺は武闘担当。といってもアランの方が断然強いし、正直出番がないんだよね~」
キースは困ったように肩をすくめ、気軽に笑っているが、どこか鋭さを帯びた視線が私を捉えている。
「あ、じゃあなんで側近なんてやってるのって顔したでしょ」
にやりと笑い、私の反応を楽しんでいる。
「いえ、そんなことは……」
少し身を引きながら答えると、キースは満足そうに頷いた。
「家同士の関係とか、色々大変なのよ。男爵家のお嬢様は知らないかもしれないけど」
笑顔は相変わらずだが、言葉には棘が混じる。
「そうなんですね……。ところでキース様、何か私に用があるのでは?」
私は探るように、少しだけ目を細めた。
「ふーん……よく分かったね。アランより察しが良い」
キースから人のよさそうな表情が一瞬で消え、鋭い眼差しが私を射る。
「アランのやつは純情だからあんたの毒牙に抗えなかったみたいだけど、勘違いするなよ」
「勘違い、ですか……?」
私は意味深な言葉に警戒しつつも、微笑みを崩さなかった。
「あいつには想い人がいる。あんたが愛されることは一生ない」
「こ、恋人はいなかったはずよ……」
冷たく言い放たれた言葉に、私は必死に反論する。
「へぇ、そこまで調査済みなのか」
キースが感心するかのような表情を浮かべた。
単に傭兵時代にフレッドが根掘り葉掘り質問していたのを聞いていただけだが、それを説明するわけにはいかない。
「確かに恋人はいないな。あいつは叶わぬ恋をしているんだ。その人のことを一生愛し続けるんだとよ。あんたも一応貴族なら察しがつくだろ」
「そ、そんな……」
胸の奥がぎゅっと締め付けられ、言葉にならない。
アランが別の誰かを愛している。そして私を愛することは一生ない――その事実があまりにも重く突き刺さった。
「なんだよその反応。まさか魔性の女がアラン相手に本気になったとでも?」
キースが嘲笑交じりに言い放つ。
「っ……」
私はなんとか気丈に振舞おうとし、キースを睨みつけようとした。しかし、次の瞬間、熱い涙が止めどなく溢れ、視界がぼやける。
「あーやべぇ……これは間違ったか……?」
「奥様!大丈夫ですか!」
遠くから聞こえてきたメリンダの声に、張りつめていた糸がぷつんと切れる。
全身の力が抜け、私はその場にへたり込んだ。
「メリンダ、私……どうしたら……」
立ち上がれず、膝を抱えて小さく震える。
「大丈夫、大丈夫ですからね……」
メリンダがすぐに駆け寄り、優しく抱きしめてくれた。
「キース様、これは一体どういう――ってもう、いないじゃない!」
すぐ近くにいるはずのメリンダの声が、まるで水中にいるかのようにうまく聞き取れない。
アランとの再会を手放しに喜んでいた自分はなんと愚かだったのだろう。
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