元男装傭兵、完璧な淑女を演じます。――嫁ぎ先はかつての団長でした!?

中野森

文字の大きさ
12 / 17

思わぬ歓迎

しおりを挟む
 ルシアンに会っても良いかと伝えてもらってから、すでに三日。待てども返事は届かない。
 胸の奥に重たい気持ちが広がっていく。

「メリンダ、まだアラン様からお返事は来てないのかしら」
 私は窓辺で手を組み、そっとため息をついた。

「はい……申し訳ございません、奥様」
 メリンダがうつむき加減に答える。

「はぁ……仕方ないわね。ルーが寂しがってなければいいけれど」
 唇を噛みしめつつ、クラリスは胸に手を当てた。アランの意向を無視することはできない。
 それでも、新しくできた弟のことが気がかりでならない。

 そんな時、廊下からざわついた声が耳に届く。

「何かあったのかしら……?」

「確認してまいります」
 メリンダは軽く一礼し、足早に出ていった。

 ほどなくして戻ってきた彼女の表情は、はっきりとした焦りが浮かんでいた。

「大旦那様と大奥様がいらっしゃってます」

「なんですって!?ご旅行から戻るのはもう数日後になるって……」
 私は思わず声をあげた。

「どうやら予定を変更されたようです。すぐに支度をしましょう」

「分かったわ。完璧な淑女に見えるようお願いね!」
 緊張のあまり早口になってしまう。

 大慌てで準備が進められていく。その間も私の胸は不安でいっぱいだった。
 できることならアランのご両親と仲良くなりたい。
 だが、社交界に広がっている評判の悪さは自覚している。二人から歓迎されるはずがない――その恐怖が心を締めつける。

「奥様、終わりました。いかがでしょうか」
 メリンダの声ではっと我に返る。

「ありがとう。ばっちりだわ」
 自分に言い聞かせるように微笑む。

 二人が待つ部屋へと向かう足取りは、緊張で重くなる。
 心臓が破裂しそうだった。

 ――扉が開く。

 ソファに腰掛ける男女がこちらを振り向いた。

 私は震えそうになる声を必死に抑え、渾身のカーテシーを披露する。
「お初にお目にかかります。この度、アレクサンダー様の元へ嫁いで参りました、ヴァレンティーナ家長女、クラリスと申します。至らぬ点も多々あるかと――」

「あなたが、クラリスちゃんね……!」

 女性がぱっと立ち上がり、弾かれたように駆け寄ってきた。

「私はカーラ、あなたの義母よ」
 驚く私を抱きしめ、その胸にぎゅっと押し付ける。

「お、お義母さま……」

「カーラ、よさないか。戸惑っているだろう」
 男性が咳払いをし、カーラを引き戻した。

「私はロバート。この度はようこそ、我が家へ」
 落ち着いた声に、緊張がわずかにほどけていく。

「もう、あの子ったら。私たちがいないうちに式をあげちゃうなんてどうかしてるわ。全く、誰に似たのかしらね!」
 カーラは少しむくれたように言いながらも、目元は笑っていた。

 どうやら本気で怒っているわけではなく、息子への可愛らしい小言のようだ。

 きまりが悪いのか、ロバートは無言でそっぽを向いた。
 耳の先がほんのり赤くなっているのを、私は見逃さなかった。

「あの……どうして、私を歓迎してくださるのですか」
 思いきって問いかける。私の声は少し震えてしまった。

「魔性の女、でしたっけ?」
 カーラはくすくすと笑いながら、首をかしげた。
「貴族の女性には情報網があるのよ。あなたに誑かされたという男性の名前を、誰一人として知らなかったの。そんなこと、あり得るかしら? すぐに分かったわ。きっと別の理由で姿を現すことができない状況なのだと。……うちも似たようなものだったから」

 カーラの目が何かを思い出すかのように一瞬だけ遠くを見つめる。

「あぁそういえば留学って――」
 思わず口を挟むと、カーラはぱちりと目を瞬かせた。

「あら?気づいてらしたの」

「気づいたと言うか……なんと言うか」
 私は曖昧に微笑んだ。
 アランが留学していたのではなく、本当は傭兵をしていたことは知っている。同じ傭兵団に自分もいたから、とはさすがに言えない。

「まぁいいわ。とにかくそういうわけで、クラリスちゃんが世間で言われてるような悪女でないことは分かっていたわ。……まだあの子は知らないみたいだけどね」
 カーラが意味ありげに笑う。

「ふん、これくらい少し調べれば分かることだ」
 ロバートが口を開いた。低く落ち着いた声だが、どこか苦々しさを含んでいる。
「それくらい、言われずともできないのであれば、貴族としてはやっていけん。あいつにはあえて話していない」

「ごめんなさいね……」
 カーラが私の手を握ってくる。その手は温かく、緊張で冷たくなっていた指先が解れていく。
「あの子も早く気づいてくれるといいのだけど」

「いえ、そういうことでしたら構いません」
 私は首を横に振った。胸の奥に、じんわりと安堵が広がっていく。
 義両親には理解されているとわかり、救われた気持ちになった。

「ありがとう。ところで……姿が現さない間、本当は何をしていたか聞いてもいいかしら?」
 カーラが柔らかく問いかけてきた。

「……お恥ずかしながら、ヴァレンティーナ家の家計は火の車で。お金を稼ぐために、外で体を動かす仕事をしていたのです」
 下手な嘘は通用しないだろう。私は言ってもいいと思う範囲で正直に打ち明けた。

「それは大変だったわね……でも、そのおかげで普通の貴族のお嬢さんよりも逞しくなったのね!」
 貴族にあるまじき行いを聞いても、カーラの笑顔は崩れなかった。
 私を気遣ってくれたのか、おどけるようにいった。
「他の子達はあの子を見るなり、みんな逃げ出しちゃったのよ」

「他の方たちが見る目がなかったおかげで、私は素敵な旦那様と結婚できました」
 私はそっと言葉を添える。

「まぁ、あなた聞いた? あの子のこと素敵ですって!」
 カーラが隣のロバートへ嬉しそうに声をかける。

「まさに暁光だな」
 ロバートは短く答えた。その声音には、息子への誇りと安堵がにじんでいた。

 会話の中に温もりが満ちていく。義両親に迎え入れられたのだと、実感できたひと時だった。

 その時――
 和やかな雰囲気を壊すかのように、アランが勢いよく部屋に入ってきた。
「父上、母上!お戻りになるなら、事前に連絡を……」
 私の姿を認めると、わずかに目を泳がせる。

「クラリス……君もいたのか」
 その気まずげな声音に、カーラは眉をひそめた。

「ふぅん、アランったら。せっかく結婚してくれた女性に、そんな態度をとるのね」
 カーラの小言に、アランは顔を赤らめ、口ごもる。

「母上……これはその……」

 カーラは溜息をつきながら隣のロバートを見やった。
「あなた、アランの教育が足りてないのじゃないかしら?」

「う、うむ。そうだな」
 ロバートは大袈裟に頷き、アランはさらに居心地悪そうにうつむいた。

 カーラはくるりとクラリスに向き直り、優しく手を取る。
「それじゃあクラリスちゃん、男同士じっくり話し合う必要があるみたいだから、私たちは邪魔にならないよう席を外しましょうか」

「はい、お義母さま」
 ちらりとアランの方を見ると、助けを求めるようにこちらをみていた。
 拒絶の意味を込めて、アランに微笑みながら静かに首をふった。

 (団長、義父様に怒られてちょっとは反省してくださいね!)

 カーラに連れられて歩いていくと、やがて離れへと着いた。

「ルー、ただいま帰ったわよ」

「母上!……それに姉上も!」
 ルシアンが小走りに駆けてくる。その顔を見た瞬間、クラリスは心から安堵した。

「ルー、元気そうでよかったわ」

「兄上、僕に会っても良いって!?」
 希望に輝く瞳で問いかけてくる。

「ごめんなさい、まだアラン様から返事がもらえてないの。今日はお義母さまが一緒だから特別なのよ」

「そっか……」
 しゅんと肩を落とす姿に、胸が締めつけられる。

「クラリスちゃんと仲良くなったのね」
 カーラが微笑ましげに私たちを見ていた。
「へへ、まぁね!」
 ルシアンは少し照れたように頭をかく。

「そうだ姉上、俺頑張ってるよ!見てて!」
 小ぶりの木剣を持ち出し、真剣な表情で素振りを始める。

「すごいわ、もう様になってるじゃない。その調子で毎日続けるのよ!」

「はい!」
 ルシアンは誇らしげに胸を張った。

 カーラと並んで腰を下ろし、木剣を振るうルシアンの姿を静かに見守った。
 夢中で剣を振るうその背中は、傭兵団に入ったばかりの頃の自分と重なって見える。
 懐かしい思い出とともに、新しい家族との絆が芽生えていくのを感じ、胸の奥がじんわりと熱を帯びていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

バイトの時間なのでお先に失礼します!~普通科と特進科の相互理解~

スズキアカネ
恋愛
バイト三昧の変わり者な普通科の彼女と、美形・高身長・秀才の三拍子揃った特進科の彼。 何もかもが違う、相容れないはずの彼らの学園生活をハチャメチャに描いた和風青春現代ラブコメ。 ◇◆◇ 作品の転載転用は禁止です。著作権は放棄しておりません。 DO NOT REPOST.

私を愛してくれない婚約者の日記を読んでしまいました〜実は溺愛されていたようです〜

侑子
恋愛
 成人間近の伯爵令嬢、セレナには悩みがあった。  デビュタントの日に一目惚れした公爵令息のカインと、家同士の取り決めですぐに婚約でき、喜んでいたのもつかの間。 「こんなふうに婚約することになり残念に思っている」と、婚約初日に言われてしまい、それから三年経った今も全く彼と上手くいっていないのだ。  色々と努力を重ねてみるも、会話は事務的なことばかりで、会うのは決まって月に一度だけ。  目も合わせてくれないし、誘いはことごとく断られてしまう。  有能な騎士であるたくましい彼には、十歳も年下で体も小さめな自分は恋愛対象にならないのかもしれないと落ち込む日々だが、ある日当主に招待された彼の公爵邸で、不思議な本を発見して……?

私を嫌っていた冷徹魔導士が魅了の魔法にかかった結果、なぜか私にだけ愛を囁く

魚谷
恋愛
「好きだ、愛している」 帝国の英雄である将軍ジュリアは、幼馴染で、眉目秀麗な冷血魔導ギルフォードに抱きしめられ、愛を囁かれる。 混乱しながらも、ジュリアは長らく疎遠だった美形魔導師に胸をときめかせてしまう。 ギルフォードにもジュリアと長らく疎遠だったのには理由があって……。 これは不器用な魔導師と、そんな彼との関係を修復したいと願う主人公が、お互いに失ったものを取り戻し、恋する物語

初恋をこじらせたやさぐれメイドは、振られたはずの騎士さまに求婚されました。

石河 翠
恋愛
騎士団の寮でメイドとして働いている主人公。彼女にちょっかいをかけてくる騎士がいるものの、彼女は彼をあっさりといなしていた。それというのも、彼女は5年前に彼に振られてしまっていたからだ。ところが、彼女を振ったはずの騎士から突然求婚されてしまう。しかも彼は、「振ったつもりはなかった」のだと言い始めて……。 色気たっぷりのイケメンのくせに、大事な部分がポンコツなダメンズ騎士と、初恋をこじらせたあげくやさぐれてしまったメイドの恋物語。 *この作品のヒーローはダメンズ、ヒロインはダメンズ好きです。苦手な方はご注意ください この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

【短編/完結】偽のプロフィールで始めたマッチング相手が運命の人でした

大森 樹
恋愛
お転婆な貴族令嬢のジェシカは、年上の紳士が好み。だけど父親からは年齢差のある恋は認められないと大反対されるので、マッチングサービスを使って秘密に相手を探すことにした。 しかし、実際に始めてみると若いジェシカの身体目当ての気持ち悪いおじさんからのメッセージしか来なくてうんざりしていた。 「あえて結婚適齢期を過ぎた年齢に設定すればいいよ」 弟的存在の二歳年下の美形な幼馴染チェスターに、そうアドバイスをされて偽のプロフィールを登録してみると……すぐに紳士で気の合う男性とマッチングすることができた。 だけど、いつになっても彼はジェシカに『逢いたい』と言ってくれなくて….!? ※完結&ハッピーエンド保証します。

【完結済】春を迎えに~番という絆に導かれて~

廻野 久彩
恋愛
辺境の村から王都の星環教会へやってきた研修生アナベル・ウィンダーミア。 門で出会った王族直属騎士団副団長ルシアン・ヴァルセインと握手を交わした瞬間、二人の手首に金色の光が浮かび上がる。 それは"番"——神が定めた魂の半身の証。 物語の中でしか聞いたことのない奇跡的な出会いに胸を躍らせるアナベルだったが、ルシアンの口から告げられたのは冷酷な現実だった。 「俺には……すでに婚約者がいる」 その婚約者こそ、名門ルヴェリエ家の令嬢セレナ。国境の緊張が高まる中、彼女との政略結婚は王国の命運を左右する重要な政治的意味を持っていた。 番の衝動に身を焼かれながらも、決して越えてはならない一線を守ろうとするルシアン。 想い人を諦めきれずにいながら、彼の立場を理解しようと努めるアナベル。 そして、すべてを知りながらも優雅に微笑み続けるセレナ。 三人の心は複雑に絡み合い、それぞれが異なる痛みを抱えながら日々を過ごしていく。 政略と恋情、義務と本心、誠実さと衝動—— 揺れ動く想いの果てに、それぞれが下す選択とは。 番という絆に翻弄されながらも、最後に自分自身の意志で道を選び取る三人の物語。 愛とは選ぶこと。 幸せとは、選んだ道を自分の足で歩くこと。 番の絆を軸に描かれる、大人のファンタジーロマンス。 全20話完結。 **【キーワード】** 番・運命の相手・政略結婚・三角関係・騎士・王都・ファンタジー・恋愛・完結済み・ハッピーエンド

冷徹公爵閣下は、書庫の片隅で私に求婚なさった ~理由不明の政略結婚のはずが、なぜか溺愛されています~

白桃
恋愛
「お前を私の妻にする」――王宮書庫で働く地味な子爵令嬢エレノアは、ある日突然、<氷龍公爵>と恐れられる冷徹なヴァレリウス公爵から理由も告げられず求婚された。政略結婚だと割り切り、孤独と不安を抱えて嫁いだ先は、まるで氷の城のような公爵邸。しかし、彼女が唯一安らぎを見出したのは、埃まみれの広大な書庫だった。ひたすら書物と向き合う彼女の姿が、感情がないはずの公爵の心を少しずつ溶かし始め…? 全7話です。

白狼王の贄姫のはずが黒狼王子の番となって愛されることになりました

鳥花風星
恋愛
白狼王の生贄としてささげられた人間族の第二王女ライラは、白狼王から「生贄はいらない、第三王子のものになれ」と言われる。 第三王子レリウスは、手はボロボロでやせ細ったライラを見て王女ではなく偽物だと疑うが、ライラは正真正銘第二王女で、側妃の娘ということで正妃とその子供たちから酷い扱いを受けていたのだった。真相を知ったレリウスはライラを自分の屋敷に住まわせる。 いつも笑顔を絶やさず周囲の人間と馴染もうと努力するライラをレリウスもいつの間にか大切に思うようになるが、ライラが番かもしれないと分かるとなぜか黙り込んでしまう。 自分が人間だからレリウスは嫌なのだろうと思ったライラは、身を引く決心をして……。 両片思いからのハッピーエンドです。

処理中です...