元男装傭兵、完璧な淑女を演じます。――嫁ぎ先はかつての団長でした!?

中野森

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真夜中の襲撃

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 キースがあのひどい姿で現れてから、もう数日が経っていた。

「クラリス様、おはようございます」
 キースはいるのが当然のような顔で挨拶を述べてくる。

「キース……まだいるのね。顔の傷もなおってきて、面白みが薄れてきたわ。あなたも退屈でしょう? そろそろ帰った方がいいんじゃなくて?」

「そんな冷たいことをおっしゃらないでくださいよ」
 困ったように笑いながらキースは肩をすくめた。
「実はアランより連絡がありましてね。近々、過激派な連中を捕まえる予定だそうで。自分が不在の間に家が狙われる可能性があるから、護衛としてしばらくこちらに滞在するよう命じられたんです。ですので、まだしばらくはお邪魔させていただきますよ」

 キースの言葉にため息をつくと、メリンダが名案とばかりに切り出した。
「奥様、キース様のお顔をもう一度“面白い顔”に戻して差し上げるのはいかがでしょう」

「うーん……さすがに私じゃ、あんなに芸術的にはできそうにないのよね」

「では旦那様にもう一度――」

「メリンダちゃん、それだけはやめてくれ!」
 キースの顔色がさっと青ざめ、声が裏返った。
「あの日のアランは地獄の魔王みたいだったんだ……! 寿命が半分は縮んだよ……」

 肩をぶるぶる震わせるキースに、私はわざとらしくため息をついた。
「護衛としては生きててもらわないと困るものね。……今は見逃してあげましょうか」

「奥様の寛大なお心に、感謝なさい」
 メリンダがきっぱりと告げる。

 キースは情けない笑みを浮かべ、まるで命拾いしたかのように小さく息を吐いた。



 グレイヴズ領最大の商会――ムテキ商会の一室。
 高価な絨毯が敷かれたその場所には、重苦しい緊張が漂っていた。

 卓を挟んで対峙しているのは、現伯爵アランと先代ロバート。そしてアランの側近のひとり、冷静沈着なフィル。
 正面には、豊かな体格と油ぎった笑みを浮かべる商会長ムテキが座していた。

「ムテキ殿、よくも長きにわたり我々を欺き、私腹を肥やしていたな。証拠はすでに揃っている。言い逃れはできん。大人しく捕まれ」
 アランの鋭い眼光に、部屋の空気が凍りつく。

「……まったく、愚息のせいで……すべてが水の泡よ」
 ムテキは芝居がかった動作で肩を落とした。

 その様子に、フィルが眉をひそめる。
「やけに素直に認めるんだな。裏があるだろう。何を企んでいる」

「ふん……逃げられぬことは明白。ならば――一緒に散るまでよ!」

「一緒だと……?」
 アランが鋭く問い返す。

 ムテキの口角が吊り上がった。
「今ごろ、クレイヴズ邸は血の雨だろうさ! ははははは!」

「思い通りになるものか! 我らが何の備えもしないとでも思ったか!」

「備え……? ああ、側近の一人が屋敷に入り浸っていることくらい承知だ。だがな、腕の立つ者が一人二人いたところで、数には勝てん」

「なんだと……?」

 その時、扉を乱暴に開け放って兵が駆け込んできた。
「大変です、アラン様! 捕らえた連中はただの寄せ集めでした! 肝心の護衛衆が一人も見当たりません!」

「なにっ!?」
 アランの目が見開かれる。

 ロバートが低く唸った。
「……自らの守りを捨てて、全員を向かわせたというのか!」

「ははははっ!」
 ムテキが大仰に両腕を広げる。
「我が商会に手を出したこと、死ぬまで後悔するがいい!」

「アラン、ここは私に任せろ! お前は急ぎ家に戻れ!」
 その声に、アランは一瞬の迷いも見せず大きく頷いた。
「分かりました、父上!」

 勢いよく部屋を飛び出すアラン。
 ムテキの嘲笑が背中に突き刺さる。

「今さら向かったところで、亡骸に会う時が早まるだけだろうに……!」

 アランは必死に馬を駆る。
(母上、ルー、クラリス……屋敷の皆……どうか、無事でいてくれ!)



 夜半――本来なら誰もが眠りについているはずの時間。
 だが、グレイヴズ家の屋敷には悲鳴と怒号が飛び交っていた。

「捕らえた者は、全員ここに集めろ!」
 侵入者の一人が喉を裂くような声で命じる。

 本邸にいた者たちだけでなく、離れで暮らすカーラやルシアンまでもが、一室に押し込められていた。

「くそっ……護衛衆全員で屋敷を襲うなんて、聞いてないぞ……」
 縄で厳重に縛られたキースが、苦々しく吐き捨てる。

「恨むなら伯爵を恨め!」
 侵入者の頭らしき男が吐き捨てた。
「一人ずつ、順番に殺してやるからな。仲間が死んでいくところをしっかり見届けろよ!まずは誰からだ……」

 張り詰めた空気に、カーラはルシアンを抱き寄せ、震える肩を支えていた。

「ボス! 一人足りません!」
 
「あぁん? 誰がいない!」

「……伯爵夫人です」

「伯爵夫人の担当はあいつだろ? あいつに限ってへまは――チッ、迷子にでもなったか」
 ボスと呼ばれた男が舌打ちした、その時――

「ふぁああ……人が気持ちよく寝てるのに、一体何の騒ぎかしら?」

 緊張を切り裂くように、間延びした声が響いた。
 クラリスが目をこすりながら、扉からのそりと現れたのだ。

「奥様! お逃げください!」
 メリンダが必死に叫んだ。

「黙れ!」
 怒声とともに、男が容赦なく平手を振り下ろす。

 バシン、と乾いた音が響き、メリンダの身体が横に倒れ込んだ。
「きゃっ……!」

「やめてっ!」
 捕らえられた者たちの口から悲鳴が洩れる。
 遠くにいたクラリスも、何かが起こったことに気づき叫んだ。
「メリンダ!?」

「静かにしろ!」
 男の一声に、場の空気が凍りつく。

「さあ伯爵夫人……大人しくこっちに来るんだ!」

 クラリスは両手を胸の前にすり寄せ、わざとらしく震えた声を上げる。
「い、いやぁ! こわいわぁ!」

「こいつらがどうなってもいいのか!」
 ボスがカーラや使用人を指さして脅した。

「そ、それは絶対駄目!すぐに行くわ!」
 クラリスは目を見開き、必死な顔で答える。

「なにがおこっているの?ああ、神様お助けを……」
 クラリスは大きな声をあげながら、皆が捕らえられている部屋へと歩き始める。

 捕らえられた面々は、息を詰めてその様子を見守った。
 クラリスが身体を震わせながら、この場を仕切っている男の前まで辿り着く。
 ――と、その瞬間。

「きゃあああ!」
 クラリスは足をもつれさせ、その場に座り込んだ。

「おい、何をやってる!」

「あ、足が……」
 しおらしく呟くクラリス。

「早く来い!」
 苛立った男が一歩近寄った、その時――

 ――ゴンッ。
 床に何かが落ちる、重い音。

 次の瞬間、クラリスは脚に括りつけていた剣を抜き放ち、目にも留まらぬ速さで男の側頭部を峰打ちした。

「ぐあっ!」
 巨体が床に沈む。

「えっ……ボス……?」
 呆気にとられる侵入者たち。

 クラリスは流れるように剣を振り回し、次々と叩き伏せていく。
 目にもとまらぬ速さで、一人、また一人と床に転がされていった。

「これで、全員かしら?」
 クラリスは涼しい顔で言った。

「姉上、さすがです!」
 ルシアンが目を輝かせて叫ぶ。

「皆、手分けしてこいつらを縛るのよ!」
 クラリスの指示に、カーラや使用人たちは我に返ったように慌ただしく動き始める。

「……あの、クラリスちゃん。俺の縄もほどいてくれないかな?」
 縛られたままのキースが、情けない声で頼んだ。

 クラリスは彼をじろりと見やり、皮肉な笑みを浮かべる。
「役立たずの護衛なのに?」

「……面目ございません」
 肩を落とすキース。

「仕方ないわね。私の部屋に一人伸びてるのがいるから、そいつを引っ張ってきて一緒に縛って頂戴」

「はい、かしこまりましたー!」
 縄を解かれたキースは水を得た魚といった様子で従った。

 やがて侵入者は全員縛り上げられ、一室に押し込められた。

「これで一安心ね」
 クラリスは満足げに頷く。

 念のため、今夜は全員同じ部屋で一晩を過ごすことになった。
 追手が現れる可能性があるため、クラリスとキースが部屋の前に立っている。

 静かな夜の中、二人の声だけが響いていた。

「せっかくだからクラリスちゃんに色々聞こうと思ったんだけど……だめだ、聞きたいことが多すぎる!」
 キースが大げさに頭を抱える。

「答えられることなら答えるわよ。そういえば、様づけやっとやめたのね」

「なんかもう、一周回ってクラリスちゃんでいいかなって」

「あなたの感性はよくわからないわ……」
 クラリスが肩をすくめると、キースは憤然とした顔をした。

「いや、よくわからないのはクラリスちゃんの方でしょ! 何をどうしたら、あんな茶番が成立するんだよ!」

「そうねぇ……簡潔に説明すると、寝込みを襲われたから返り討ちにして、奪った剣をナイトドレスの下に忍ばせ……あとはあなたが見た通りよ」

「いや、返り討ちって……」
 キースは深く息を吐き、どこか納得のいかない顔をする。

「まさか、体力づくりのために用意してもらった特注の重りがこんな場面で役に立つなんて、びっくりだわ!」

「その、特注の重りとは……?」

「走り込みは止められてしまったから、両脚にベルト型の重りをつけて毎日散歩してるの。それを使って剣を脚にくくりつけたのよ」

「…………」
 キースの中のクラリス像が、がらがらと崩壊していく音がした。

「そういえば、俺たちの歩く速度に普通についてこれてたよな。フィルは息切れしてたけど……まさかあの時も重りつけて……?」

「つけてたに決まってるじゃない! おかげでいい鍛錬になったわ」
 クラリスは清々しい笑顔を浮かべた。

「さいで……」
 キースはこれ以上考えることを放棄したが、どうしても言っておきたいことがあった。
「……あのさ、クラリスちゃん。芝居、へたすぎじゃない? 俺、ちょっと噴き出しそうになったんだけど」

「な、なによ! 無能な護衛にとやかく言われたくないわ!」

 クラリスの反撃に、キースは肩を落として黙り込む。
 その姿を見て、クラリスは小さく満足げに微笑んだ。

 さきほどまで侵入者の怒号が響いていたはずのグレイヴズ邸は、今や嘘のように穏やかな空気に包まれていた。
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