13 / 154
第十三巻
しおりを挟む
【第十三巻 1ノ2】
ここでは、出口なおのお筆先となおの生きた明治時代について、ご説明します。
日月神示とお筆先
(出口なおとお筆先と明治時代について)
出口 なお
西暦1837年1月22日(天保7年12月16日)~西暦1918年(大正7年)11月6日まで生存した。
新宗教「大本」の二大教祖の一人。「大本」での呼称は開祖である。
出口なおは、江戸時代末期から明治時代中期の極貧の生活の中で日本神話(注釈1)における高級神「国常立尊の神憑り現象を起こした。
西暦1892年から西暦1919年迄27年間、自動書記した。
和暦に直すと明治25年から大正8年迄である。
(明治時代の主な出来事)
皆様もご承知のように、明治時代(西暦1868年~西暦1912年)は、日本が近代国家へと大きく飛躍した時代であった。
江戸幕府から明治政府へと政治の体制が変わり、経済、軍事、教育、外交と、あらゆる分野で西洋の制度を積極的に取り入れたのだ。
出口なおが生存した明治という時代の主な出来事を私は調べた。ここに主なものだけをリストアップした。
(西暦1868年の出来事)
明治維新と新政府の成立。
江戸幕府が倒れ、新たに明治政府が成立した。「明治維新」である。
天皇を中心とした中央集権国家の確立を目指し、西洋の制度を積極的に導入した。
士農工商という身分制度を廃止した。
近代化政策が進められ、日本は一気に近代国家への道を歩み始めた。
(西暦1869年の出来事)
版籍奉還
全国の藩主が土地(版)と人民(籍)を天皇に返還した。これにより、日本の土地と国民が国家の管理下に置かれた。ただし、藩主たちは引き続き「知藩事」として藩を治める役割を担った。
(西暦1871年の出来事)
廃藩置県
全国の藩を廃止し、新たに「県」を設置した。
これにより、日本は天皇を頂点とした中央集権国家へ移行した。
藩の独立性がなくなり、全国の統治が政府のもとで一元化された。
日本の近代化が一気に進んだ。
(西暦1872年の出来事)
学制の公布。
すべての国民が教育を受けられるよう、「学制」が制定され、小学校が全国に設置された。
これにより、日本全国で義務教育の基盤が作られ、国民の識字率向上に繋がった。
しかし、教育費の負担が重く、農村部では学校に通えない子どもも多かった。
出口なおは、学校へ通うことができなかった。読み書きが出来なかったのである。
(西暦1873年の出来事)
徴兵令の制定。
国民皆兵さの方針のもと、満20歳以上の男子に兵役義務が課された。実際は満17歳以上から招集された。これにより、武士中心の軍隊から、一般国民による近代的な国民軍が形成された。
ただし、一部の特権層は「お金を支払うことで兵役免除」が可能だったため、農民や庶民の負担が大きくなった。
日露戦争では、多くの若者が戦死したため、
絶える家が多かった。
日本国民は貧困に苦しむことになった。
臥薪嘗胆が国民の間で流行語になった。
(西暦1873年の出来事)
地租改正
政府は安定した財政基盤を確立するため、土地の所有者が一定の税金を納める「地租改正」を実施した。従来の収穫量に応じた税制度から、地価に応じた税制度に変更。結果として農民の負担が増え、一部で反対運動が起こった。
(西暦1889年の出来事)
大日本帝国憲法の制定。
天皇を中心とした立憲君主制を定めた日本初の憲法が発布された。この憲法の特徴は、天皇が強い権限を持ち、国民の権利は「法律の範囲内で認める」とさたことである。翌西暦1890年には帝国議会が開かれ、日本は立憲国家としての体制を整えた。
(西暦1894年~西暦1895年の出来事)
日清戦争
日本と清(現在の中国)との間で、朝鮮半島をめぐる戦争が起こった。結果、日本が勝利し、下関条約によって台湾を獲得し、清から賠償金を受け取った。これにより、日本はアジアの強国としての地位を確立した。
しかし、ロシア、フランス、ドイツの三個干渉により、日本は列強の力を痛感したのである。これ以降、富国強兵策に力を入れることになった。ロシアの南下政策に脅威を覚え、ロシアとの開戦について、国内で論議されることになる。
(西暦1904年~1905年の出来事)
日露戦争
ロシアと日本が、満州や朝鮮半島の支配をめぐって対立。アジアの小国だった日本が、ヨーロッパの大国ロシアに勝利したことで、世界中に衝撃を与えた。戦争の結果、ポーツマス条約により南樺太を獲得した。
(西暦1910年の出来事)
韓国併合
日本は韓国を完全に支配し、朝鮮総督府を設置した。
これにより、朝鮮半島は日本の統治下に入り、日本の植民地政策が進められることになる。この出来事は現在も国際関係の歴史問題として取り上げらている。
【第十三巻 2ノ2】
ここからが出口なおの概略をご説明します。
出口なおは、西暦1905年(明治38年)5月15日、若狭湾の無人島沓島に神事のため信者2人を連れて渡った。この時、大日本帝国海軍舞鶴鎮守府では3人をロシア軍スパイと勘違いして騒動となり、新聞にも載ったという。なおは5月26日に島を去り、翌日、日本海海戦が発生した。
西暦1916年(大正5年)12月、秋山真之海軍少将が大本を訪れ、大本教主顧問となった。
この事は海軍将兵の入信者増加に貢献したが、秋山は西暦1917年(大正6年)5月に神懸りで盤古大神を名乗り「なおと王仁三郎を配下にする」と宣言、激怒したなおは秋山と訣別した。
大正6年旧11月23日のお筆先に「大将迄が下に成りたり、上に成つて見たり、全然日本の神国を畜生の玩弄物に為られて了ふて、天地の先祖も堪忍袋が切れたぞよ」とある。
第一次大本事件で当局は「大将は天皇」と解釈して追及したが、王仁三郎は「自分と秋山の関係である」と反論した。
天皇は「現代の大将」という言葉で表現されている。
なおの死の一週間前、浄瑠璃の名人二代目竹本春子太夫が大本教団に来た。普段のなおは「世界の大芝居を見ているのに人間の作品など見られない」と断っていたが、すみが取り次ぐと珍しく承諾した。観賞すると「神様が明治25年から世界の人民にお筆先をおさとしになるのが、どうして人民に分らぬかと思っていたが、浄瑠璃でさえ初めて聞くと分らんのだから、神様の教えが人民に分らんのも無理がないと、よう分らして貰った」と感想を述べている。
なおが逝去したあと、王仁三郎は自室で号泣した。あまりに泣くので、妻に追い出されるようにして教祖室に戻ったという。祖母を慕っていた出口直日は「神がかりはげしかりしときく 吾が祖母は 起居しずけく 匂やかにましき」と詠った。
第一次大本事件に関連して教典『大本神諭』が発禁となると、王仁三郎は西暦1921年(大正10年)10月18日から大長編教典『霊界物語』の口述を開始した。
古事記のアマテラスとスサノオの誓約を再解釈する部分で王仁三郎は天照大神について「表面はこの上なく優しくうるわしくみえつれども、御心の底ぞ建くけわしくましますなり」と述べ、天照に対してのべている。その一方、なおは「初稚姫」という美少女として登場し、物語50巻前後から重要なキャラクターとして活躍する。
生前「私が死んだら、こっそり直日のおなかに入って生まれ変わってくる」と語っている。三代教主となった直日は西暦1990年(平成2年)9月23日に逝去するが、その晩年には後継者の地位を巡って、三代教主直日を軽視した反教団事件が起きた。最終的に出口聖子(直日の三女)が大本四代教主となり、長女の直美夫妻は大本を離脱して「大本信徒連合会」を結成した。西暦1986年(昭和61年)7月には出口和明が大本を離脱し「愛善苑」を発足させた。
出口なおが自動書記したお筆先には神さまの教えも含まれている。
また、人間の欲望という「我よし」と「強い者勝ちを改心するように戒めている。
そして、ロシアの脅威についても警告している。日露戦争の起きる前のことである。
ここでは、出口なおのお筆先となおの生きた明治時代について、ご説明します。
日月神示とお筆先
(出口なおとお筆先と明治時代について)
出口 なお
西暦1837年1月22日(天保7年12月16日)~西暦1918年(大正7年)11月6日まで生存した。
新宗教「大本」の二大教祖の一人。「大本」での呼称は開祖である。
出口なおは、江戸時代末期から明治時代中期の極貧の生活の中で日本神話(注釈1)における高級神「国常立尊の神憑り現象を起こした。
西暦1892年から西暦1919年迄27年間、自動書記した。
和暦に直すと明治25年から大正8年迄である。
(明治時代の主な出来事)
皆様もご承知のように、明治時代(西暦1868年~西暦1912年)は、日本が近代国家へと大きく飛躍した時代であった。
江戸幕府から明治政府へと政治の体制が変わり、経済、軍事、教育、外交と、あらゆる分野で西洋の制度を積極的に取り入れたのだ。
出口なおが生存した明治という時代の主な出来事を私は調べた。ここに主なものだけをリストアップした。
(西暦1868年の出来事)
明治維新と新政府の成立。
江戸幕府が倒れ、新たに明治政府が成立した。「明治維新」である。
天皇を中心とした中央集権国家の確立を目指し、西洋の制度を積極的に導入した。
士農工商という身分制度を廃止した。
近代化政策が進められ、日本は一気に近代国家への道を歩み始めた。
(西暦1869年の出来事)
版籍奉還
全国の藩主が土地(版)と人民(籍)を天皇に返還した。これにより、日本の土地と国民が国家の管理下に置かれた。ただし、藩主たちは引き続き「知藩事」として藩を治める役割を担った。
(西暦1871年の出来事)
廃藩置県
全国の藩を廃止し、新たに「県」を設置した。
これにより、日本は天皇を頂点とした中央集権国家へ移行した。
藩の独立性がなくなり、全国の統治が政府のもとで一元化された。
日本の近代化が一気に進んだ。
(西暦1872年の出来事)
学制の公布。
すべての国民が教育を受けられるよう、「学制」が制定され、小学校が全国に設置された。
これにより、日本全国で義務教育の基盤が作られ、国民の識字率向上に繋がった。
しかし、教育費の負担が重く、農村部では学校に通えない子どもも多かった。
出口なおは、学校へ通うことができなかった。読み書きが出来なかったのである。
(西暦1873年の出来事)
徴兵令の制定。
国民皆兵さの方針のもと、満20歳以上の男子に兵役義務が課された。実際は満17歳以上から招集された。これにより、武士中心の軍隊から、一般国民による近代的な国民軍が形成された。
ただし、一部の特権層は「お金を支払うことで兵役免除」が可能だったため、農民や庶民の負担が大きくなった。
日露戦争では、多くの若者が戦死したため、
絶える家が多かった。
日本国民は貧困に苦しむことになった。
臥薪嘗胆が国民の間で流行語になった。
(西暦1873年の出来事)
地租改正
政府は安定した財政基盤を確立するため、土地の所有者が一定の税金を納める「地租改正」を実施した。従来の収穫量に応じた税制度から、地価に応じた税制度に変更。結果として農民の負担が増え、一部で反対運動が起こった。
(西暦1889年の出来事)
大日本帝国憲法の制定。
天皇を中心とした立憲君主制を定めた日本初の憲法が発布された。この憲法の特徴は、天皇が強い権限を持ち、国民の権利は「法律の範囲内で認める」とさたことである。翌西暦1890年には帝国議会が開かれ、日本は立憲国家としての体制を整えた。
(西暦1894年~西暦1895年の出来事)
日清戦争
日本と清(現在の中国)との間で、朝鮮半島をめぐる戦争が起こった。結果、日本が勝利し、下関条約によって台湾を獲得し、清から賠償金を受け取った。これにより、日本はアジアの強国としての地位を確立した。
しかし、ロシア、フランス、ドイツの三個干渉により、日本は列強の力を痛感したのである。これ以降、富国強兵策に力を入れることになった。ロシアの南下政策に脅威を覚え、ロシアとの開戦について、国内で論議されることになる。
(西暦1904年~1905年の出来事)
日露戦争
ロシアと日本が、満州や朝鮮半島の支配をめぐって対立。アジアの小国だった日本が、ヨーロッパの大国ロシアに勝利したことで、世界中に衝撃を与えた。戦争の結果、ポーツマス条約により南樺太を獲得した。
(西暦1910年の出来事)
韓国併合
日本は韓国を完全に支配し、朝鮮総督府を設置した。
これにより、朝鮮半島は日本の統治下に入り、日本の植民地政策が進められることになる。この出来事は現在も国際関係の歴史問題として取り上げらている。
【第十三巻 2ノ2】
ここからが出口なおの概略をご説明します。
出口なおは、西暦1905年(明治38年)5月15日、若狭湾の無人島沓島に神事のため信者2人を連れて渡った。この時、大日本帝国海軍舞鶴鎮守府では3人をロシア軍スパイと勘違いして騒動となり、新聞にも載ったという。なおは5月26日に島を去り、翌日、日本海海戦が発生した。
西暦1916年(大正5年)12月、秋山真之海軍少将が大本を訪れ、大本教主顧問となった。
この事は海軍将兵の入信者増加に貢献したが、秋山は西暦1917年(大正6年)5月に神懸りで盤古大神を名乗り「なおと王仁三郎を配下にする」と宣言、激怒したなおは秋山と訣別した。
大正6年旧11月23日のお筆先に「大将迄が下に成りたり、上に成つて見たり、全然日本の神国を畜生の玩弄物に為られて了ふて、天地の先祖も堪忍袋が切れたぞよ」とある。
第一次大本事件で当局は「大将は天皇」と解釈して追及したが、王仁三郎は「自分と秋山の関係である」と反論した。
天皇は「現代の大将」という言葉で表現されている。
なおの死の一週間前、浄瑠璃の名人二代目竹本春子太夫が大本教団に来た。普段のなおは「世界の大芝居を見ているのに人間の作品など見られない」と断っていたが、すみが取り次ぐと珍しく承諾した。観賞すると「神様が明治25年から世界の人民にお筆先をおさとしになるのが、どうして人民に分らぬかと思っていたが、浄瑠璃でさえ初めて聞くと分らんのだから、神様の教えが人民に分らんのも無理がないと、よう分らして貰った」と感想を述べている。
なおが逝去したあと、王仁三郎は自室で号泣した。あまりに泣くので、妻に追い出されるようにして教祖室に戻ったという。祖母を慕っていた出口直日は「神がかりはげしかりしときく 吾が祖母は 起居しずけく 匂やかにましき」と詠った。
第一次大本事件に関連して教典『大本神諭』が発禁となると、王仁三郎は西暦1921年(大正10年)10月18日から大長編教典『霊界物語』の口述を開始した。
古事記のアマテラスとスサノオの誓約を再解釈する部分で王仁三郎は天照大神について「表面はこの上なく優しくうるわしくみえつれども、御心の底ぞ建くけわしくましますなり」と述べ、天照に対してのべている。その一方、なおは「初稚姫」という美少女として登場し、物語50巻前後から重要なキャラクターとして活躍する。
生前「私が死んだら、こっそり直日のおなかに入って生まれ変わってくる」と語っている。三代教主となった直日は西暦1990年(平成2年)9月23日に逝去するが、その晩年には後継者の地位を巡って、三代教主直日を軽視した反教団事件が起きた。最終的に出口聖子(直日の三女)が大本四代教主となり、長女の直美夫妻は大本を離脱して「大本信徒連合会」を結成した。西暦1986年(昭和61年)7月には出口和明が大本を離脱し「愛善苑」を発足させた。
出口なおが自動書記したお筆先には神さまの教えも含まれている。
また、人間の欲望という「我よし」と「強い者勝ちを改心するように戒めている。
そして、ロシアの脅威についても警告している。日露戦争の起きる前のことである。
20
あなたにおすすめの小説
日露戦争の真実
蔵屋
歴史・時代
私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。
日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。
日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。
帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。
日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。
ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。
ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。
深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。
この物語の始まりです。
『神知りて 人の幸せ 祈るのみ
神の伝えし 愛善の道』
この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。
作家 蔵屋日唱
【戦国時代小説】 甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助
蔵屋
歴史・時代
わたしは、以前、甲斐国を観光旅行したことがある。
何故、甲斐国なのか?
それは、日本を象徴する富士山があるからだ。
さて、今回のわたしが小説の題材にした『甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助』はこの甲斐国で殆どの戦国乱世の時代を生き抜いた。そして越後の雄•上杉謙信との死闘は武田信玄、山本勘助にとっては人生そのものであったことだろう。
そんな彼らにわたしはスポットライトを当て読者の皆さんに彼らの素顔を知って頂く為に物語として執筆したものである。
なお、この小説の執筆に当たり『甲陽軍鑑』を参考にしていることを申し述べておく。
それでは、わたしが執筆した小説を最後までお楽しみ下さい。
読者の皆さんの人生において、お役に立てれば幸いです。
【最新版】 日月神示
蔵屋
歴史・時代
最近日月神示の予言本に不安を抱いている方もあると思うがまったく心配いらない。
何故なら日月神示では「取り越し苦労や過ぎ越し苦労はするな!」
「今に生きよ!」
「善一筋で生きよ!」
「身魂磨きをせよ!」
「人間の正しい生き方」
「人間の正しい食生活」
「人間の正しい夫婦のあり方」
「身も心も神さまからお借りしているのじゃから夜になって寝る前に神さまに一旦お返しするのじゃ。そうしたら身と心をどのようにしたらよいか、分かるじゃろ!」
たったのこれだけを守れば良いということだ。
根拠のない書籍や情報源等に惑わされてはダメだ。
日月神示も出口王仁三郎もそのようなことは一切言っていない。
これらの書籍や情報源は「日月神示」が警告する「臣民を惑わすものが出てくるから気をつけよ!」
という言葉に注目して欲しい。
今回、私は読者の皆さんに間違った解釈をされている日月神示を分かりやすく解説していくことにしました。
どうか、最後までお読み下さい。
日月神示の予言については、私が執筆中の「神典日月神示の真実」をお読み下さい。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
【アラウコの叫び 】第1巻/16世紀の南米史
ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日07:20投稿】 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。
マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、
スペイン勢力内部での覇権争い、
そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。
※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、
フィクションも混在しています。
また動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。
HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。
公式HP:アラウコの叫び
youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス
insta:herohero_agency
tiktok:herohero_agency
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる