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第十四巻
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【第十四巻 1ノ2】
ここでは、出口なおのお筆先についてご説明します。
出口 なお
西暦1837年1月22日(天保7年12月16日)~西暦1918年(大正7年)11月6日まで生存したことは既にご紹介しています。
出口なおの生立ちについて、お話ししましょう。
出口なおは、江戸時代末期から明治時代中期の極貧の生活の中で日本神話(注釈1)における高級神「国常立尊の神憑り現象を起こしました。
西暦1892年から西暦1919年迄27年間、自動書記しました。
和暦に直すと明治25年から大正8年迄です。
『お筆先』は『三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ。神が表に現れて三千世界の立替え立直しを致すぞよ』という宣言(「艮の金神の世」の到来と「三千世界の立替え立直し」)を物事の根本とし、いつの日か、必ずこの世の立て替えと立て直しが行われるとしています。
その執行者は国常立尊なのです。
国常立尊について、お話ししましょう。
立春とは「長き世をかくろいませし常立神出でまさむ春立つ今日の日」の御詩にある如く、長い間世の表舞台から遠ざかり身を艮の方角に隠しておられた国常立之尊という威厳に満ちた男神である正しい神様が数千年ぶりに世に出られる、
という神界の年明け、光立つ春であり、立春祭とはそれを祝う祭典です。
昔々国常立尊という〝御主神の働きの顕現神、国が常に立っていくための律法の神様、罪の裁き主が地上を支配なさっておられました。ところが、この神様が余りにも厳正至直で、どんなに些細な過ちに対しても厳しい裁きをもって臨まれましたので、そのころの人民は〝これではとても窮屈でかなわない”ということで、皆で共謀してこの神様を艮の方角に押し込め、更に炒り豆を蒔いて、〝鬼は外、豆に芽が出るまで世に出て来ないように〝と封じ込めたのです。
艮の金神として押し込められ世の表舞台から御隠退された国常立尊は霊的に分身され、現界で裁くことが出来ない罪穢を、人々が霊界に帰って来てから裁くべく閻魔大王となられ、一方〝このままでは人類は滅びてしまう。可哀想だ〝との慈悲心から現界に於いて伊都能売大神という〝御主神の緯の働きの顕現神、罪の許し主〝となられて蔭から人類救済の活動を不断に続けて来られたのであります。
しかし、国常立尊の御隠退以来、神幽現三界は偽悪醜が氾濫する暗黒の世界になり、夜の時代になってしまいました。
それは一面無神論による物質文化優先促進の時代でありました。しかしこのような世界が永久に続くはずもなく、霊界に於ける夜昼転換の時期が訪れると、この神様が再び世の表舞台に御出現され、長年の暗黒の世界、夜の時代の「善」と「悪を立て分け、罪穢を清算され(最後の審判)、真善美の世に立て替え、立て直して行かれる、その時期がいよいよ到来しました。
正しいが故に長き世を御隠退になっておられた国常立尊が世に出られ、夜昼転換の次節に伴い強化する「善」と「悪」の立て分けの神権、神力をいよいよ発揮される。その節目となる日が二月四日の立春であり、正しい神様の「神界の年明け」「光立つ春」なのであります。
正しい神様の神権、神力が強化される日、二月四日立春祭と善悪立て分けの浄化力が強化される日、夜昼転換の強化される日、六月十五日は地上天国と最後の審判が実行されるための「霊」と「体」の重要な節目の日なのです。
【第十四巻 2ノ2】
ここでは出口なおのお筆先のお話しです。
神の名前や啓示そのものは、当時のなお(直)が置かれた極貧生活や明治時代という社会情勢、金光教や九鬼家の影響が見られるが、それだけで解釈できない点もある。王仁三郎は、艮の金神の正体を古事記や日本書紀で国祖神とされる国之常立神(国常立尊)と審神した。国祖神の治世は厳格を極めたため、不満を募らせた八百万の神々により国常立尊は艮の方角(鬼門)に封印されて「艮の金神」となり、妻神豊雲野尊は坤の方角にこもって「坤の金神」となったという。神諭は、節分(豆まき)、鏡餅、門松など日本の多くの宗教的儀式に国常立尊を調伏・呪詛する目的が隠されていると指摘する。だが国常立尊が再び現れる日は迫っており、それにともない体主霊従の文明から霊主体従の文明へと、価値観が大転換すると説く。変革が行われたあとに到来する理想世界はみろくの世とされる。「水晶の神世」「松の世」とも表現される。独特の神話観と、個人的利益・救済の域を超えた強烈な終末論・千年王国思想は従来日本宗教の中でも特徴的です。
出口王仁三郎が大本の信者に口述筆記させてまとめたものが「霊界物語」である。この物語には、大宇宙の天地創造からキリストやヨハネの新約聖書に出てくる内容が記載されている。
私は、この「霊界物語」を熟読したときに確信したのである。これこそがまさに、大宇宙の実相であり「大宇宙が神様である」
「神様が大宇宙である」と言う大宇宙の真理を確信したのです。
さて、出口なおの自動書記によるお筆先は、神懸かりしてから大正7年6月の最後の筆先まで約27年間、半紙20枚綴りで約1万巻を記述したが、二度の宗教弾圧(大本事件)により多くが散逸した。お筆先は基本的にひらがなのみで構成されていた。それは、神の意志によりひらがなで記述されることがお筆先の中に記されている。一つには、とかく学問に縁遠い当時の婦女子にも読めるようにという事に於いて、二つには物質文明を支える知識学識万能主義に対する警告として、である。しかし句読点も漢字も当てられていないので、通読はしてもその意味は何通りにでも理解出来てしまい、王仁三郎以前の大本幹部達はその内容を整理できず教義を確立出来なかったのでした。ひらがなばかりの独特の書体は執筆当初から執筆を終える約27年間、ほとんど変化なく同じ筆圧、筆速、力強さも同じであり、一種の風格があり賛美する書家もいました。断定的な表現と独特の文体は読者に強い印象を与えました。歴史家松本健一は、大本神諭の文体は王仁三郎の文章と比較して非常に厳しく男性的であり、「変性男子」に相応しいと評しています。
王仁三郎は大石凝真素美らを始めとする国学者らから習得した言霊学と古神道の知識を持っていた。彼は古事記の新解釈によってこのお筆先に句読点と漢字を当て、かくして編纂した独特の神話『大本神諭』が誕生したのです。
以前からお筆先は綾部 町の大本本部に参拝した信者達に読み聞かせるという形で公開されていたが、教団機関誌「神霊界」西暦1917年(大正6年)2月号に始めて『大本神諭』として掲載され、西暦1919年(大正8年)11月25日に『大本神諭・天の巻』が、西暦1920年(大正9年)7月28日に『大本神諭・火の巻』が発刊されました。
ところが大本神諭の社会的影響力の強さを憂慮した政府により、同年8月5日に「火の巻」を不敬と認定、発禁となりました。
『大本神諭』にはアメリカとの戦争の予言や天皇への批判と受け取られる文面があり、当時治安当局に警戒されていたという事情がありました。各所の伏字は秘密めいた異端説として終末観的期待を増幅させていました。
当局は第一次大本事件でも、大本神諭は天皇の尊厳を冒涜するものと認定すると、不敬罪で追求したのです。
また出口王仁三郎が著述した文書や教義の一部が『裏の神諭』として発表されており出口なお(直)による『大本神諭』を「表の神諭」と表記することもあります。
『大本神諭』は「神の申した事は、一分一厘違わんぞよ。毛筋の横巾ほども間違いはないぞよ。これが違うたら、神は此の世に居らんぞよ」「大本は世界の鏡の出る処であるから、世界に在る実地正味が、皆にさして見せてあるから」と主張しています。
神懸かり初期のなお(直)は周囲から「発狂した」「狐か狸がついた」と見られていたが、「綾部の金神さん」という評価を得るに至ったのは日清戦争の予言でした。
ほかにも関東大震災や太平洋戦争を示唆する表現もあります。
特に西暦1923年(大正12年)の関東大震災で東京が甚大な被害を受けると多くの人々が「大本神諭の予言が的中した」と受け取り、第一次大本事件により大打撃を受けていた大本は一転して熱烈な支持を受けることになりました。
この後、西暦1930年代の大本は王仁三郎の指導下で爆発的に発展すると、革命を起こしかねない危険勢力として西暦1935年(昭和10年)12月に日本政府(岡田内閣)の徹底的な弾圧を受けました(第二次大本事件)。
綾部と亀岡の本部は焼け野原状態となり、西暦1942年8月に保釈された王仁三郎は廃墟となった亀山城址(大本聖地)を見て「このように日本はなるのや、亀岡は東京で、綾部は伊勢神宮や」と語ったとされています。
松本健一は王仁三郎の発言について、なお(直)の「東京は元の薄野に成るぞよ。永うは続かんぞよ。東の国は、一晴れの後は暗がり。これに気の附く人民はないぞよ」というお筆先を下敷きにしていると指摘しました。
(出口なおが自動書記したお筆先の予言)
日清•日露戦争の予言。
アメリカとの戦争の予言。第二次世界大戦。
関東大震災の予言。
東京大空襲の予言。
この世の立て替え、立て直しの予言。
(出口王仁三郎の
予言)
政府の弾圧により、大本の本部と聖地であった綾部と亀岡の本部は焼け野原状態となり、西暦1942年8月に保釈された王仁三郎は廃墟となった亀山城址(大本聖地)を見て
「このように日本はなるのや、亀岡は東京で、綾部は伊勢神宮や」と語ったとされています。
東京の予言は東京大空襲のことでした。
しかし、伊勢神宮については、まだ、予言は的中していません。現在進行形です。
果たして、日月神示で予言されている通りなるのであろうか?
私は日月神示の予言が必ず的中すると確信しています。
なぜなら、この世の中が偽悪醜に満ちた世の中なからです。
人類が唯物論思想にだけ目を向けているからです。
この唯物論とは、世界の根源は物質であり、精神や意識を含むすべての現象は物質の相互作用の結果であると考える哲学的な立場をとっています。
この考え方は、精神的なものを根源とする観念論(唯心論)と対立しているのです。
さらに言うなれば、 有神論者は、「神は存在する」という真理を理解しているが、多くの無神論者はそのことが理解出来ない。この「神が存在する」という真理を理解することが出来ない多くの人たちがまだいるからです。
私はこのことが残念でならない。
今回、『神典日月神示 真実の物語』を執筆したのは、迫りくる「最後の審判」「大峠」
「大浄化作用」「世直し」「立て替え」「立て直し」「破壊と創造」について、世間の人々に警告するためです。
上記の解説を読まれたなら、
読者の皆様にこの現実に早く目覚めて欲しいと思います。
日月神示は「善一筋で生きるのじゃ!」と教えているのですから、
「今という今善き心、善き言葉、善き行いを励むこそ善き」
貴方が幸せになれない訳がない。
一日も早く、目覚めて下さい。
人間として間違った行い、悪口、陰口、不平不満な想い、腹立て、癇癪、利己的な考え方や、強い者勝ちの考え方を改めて、人間本来の正しい生き方に目覚めて下さい。
その答えは日月神示の教えにあるのですから。
ここでは、出口なおのお筆先についてご説明します。
出口 なお
西暦1837年1月22日(天保7年12月16日)~西暦1918年(大正7年)11月6日まで生存したことは既にご紹介しています。
出口なおの生立ちについて、お話ししましょう。
出口なおは、江戸時代末期から明治時代中期の極貧の生活の中で日本神話(注釈1)における高級神「国常立尊の神憑り現象を起こしました。
西暦1892年から西暦1919年迄27年間、自動書記しました。
和暦に直すと明治25年から大正8年迄です。
『お筆先』は『三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ。神が表に現れて三千世界の立替え立直しを致すぞよ』という宣言(「艮の金神の世」の到来と「三千世界の立替え立直し」)を物事の根本とし、いつの日か、必ずこの世の立て替えと立て直しが行われるとしています。
その執行者は国常立尊なのです。
国常立尊について、お話ししましょう。
立春とは「長き世をかくろいませし常立神出でまさむ春立つ今日の日」の御詩にある如く、長い間世の表舞台から遠ざかり身を艮の方角に隠しておられた国常立之尊という威厳に満ちた男神である正しい神様が数千年ぶりに世に出られる、
という神界の年明け、光立つ春であり、立春祭とはそれを祝う祭典です。
昔々国常立尊という〝御主神の働きの顕現神、国が常に立っていくための律法の神様、罪の裁き主が地上を支配なさっておられました。ところが、この神様が余りにも厳正至直で、どんなに些細な過ちに対しても厳しい裁きをもって臨まれましたので、そのころの人民は〝これではとても窮屈でかなわない”ということで、皆で共謀してこの神様を艮の方角に押し込め、更に炒り豆を蒔いて、〝鬼は外、豆に芽が出るまで世に出て来ないように〝と封じ込めたのです。
艮の金神として押し込められ世の表舞台から御隠退された国常立尊は霊的に分身され、現界で裁くことが出来ない罪穢を、人々が霊界に帰って来てから裁くべく閻魔大王となられ、一方〝このままでは人類は滅びてしまう。可哀想だ〝との慈悲心から現界に於いて伊都能売大神という〝御主神の緯の働きの顕現神、罪の許し主〝となられて蔭から人類救済の活動を不断に続けて来られたのであります。
しかし、国常立尊の御隠退以来、神幽現三界は偽悪醜が氾濫する暗黒の世界になり、夜の時代になってしまいました。
それは一面無神論による物質文化優先促進の時代でありました。しかしこのような世界が永久に続くはずもなく、霊界に於ける夜昼転換の時期が訪れると、この神様が再び世の表舞台に御出現され、長年の暗黒の世界、夜の時代の「善」と「悪を立て分け、罪穢を清算され(最後の審判)、真善美の世に立て替え、立て直して行かれる、その時期がいよいよ到来しました。
正しいが故に長き世を御隠退になっておられた国常立尊が世に出られ、夜昼転換の次節に伴い強化する「善」と「悪」の立て分けの神権、神力をいよいよ発揮される。その節目となる日が二月四日の立春であり、正しい神様の「神界の年明け」「光立つ春」なのであります。
正しい神様の神権、神力が強化される日、二月四日立春祭と善悪立て分けの浄化力が強化される日、夜昼転換の強化される日、六月十五日は地上天国と最後の審判が実行されるための「霊」と「体」の重要な節目の日なのです。
【第十四巻 2ノ2】
ここでは出口なおのお筆先のお話しです。
神の名前や啓示そのものは、当時のなお(直)が置かれた極貧生活や明治時代という社会情勢、金光教や九鬼家の影響が見られるが、それだけで解釈できない点もある。王仁三郎は、艮の金神の正体を古事記や日本書紀で国祖神とされる国之常立神(国常立尊)と審神した。国祖神の治世は厳格を極めたため、不満を募らせた八百万の神々により国常立尊は艮の方角(鬼門)に封印されて「艮の金神」となり、妻神豊雲野尊は坤の方角にこもって「坤の金神」となったという。神諭は、節分(豆まき)、鏡餅、門松など日本の多くの宗教的儀式に国常立尊を調伏・呪詛する目的が隠されていると指摘する。だが国常立尊が再び現れる日は迫っており、それにともない体主霊従の文明から霊主体従の文明へと、価値観が大転換すると説く。変革が行われたあとに到来する理想世界はみろくの世とされる。「水晶の神世」「松の世」とも表現される。独特の神話観と、個人的利益・救済の域を超えた強烈な終末論・千年王国思想は従来日本宗教の中でも特徴的です。
出口王仁三郎が大本の信者に口述筆記させてまとめたものが「霊界物語」である。この物語には、大宇宙の天地創造からキリストやヨハネの新約聖書に出てくる内容が記載されている。
私は、この「霊界物語」を熟読したときに確信したのである。これこそがまさに、大宇宙の実相であり「大宇宙が神様である」
「神様が大宇宙である」と言う大宇宙の真理を確信したのです。
さて、出口なおの自動書記によるお筆先は、神懸かりしてから大正7年6月の最後の筆先まで約27年間、半紙20枚綴りで約1万巻を記述したが、二度の宗教弾圧(大本事件)により多くが散逸した。お筆先は基本的にひらがなのみで構成されていた。それは、神の意志によりひらがなで記述されることがお筆先の中に記されている。一つには、とかく学問に縁遠い当時の婦女子にも読めるようにという事に於いて、二つには物質文明を支える知識学識万能主義に対する警告として、である。しかし句読点も漢字も当てられていないので、通読はしてもその意味は何通りにでも理解出来てしまい、王仁三郎以前の大本幹部達はその内容を整理できず教義を確立出来なかったのでした。ひらがなばかりの独特の書体は執筆当初から執筆を終える約27年間、ほとんど変化なく同じ筆圧、筆速、力強さも同じであり、一種の風格があり賛美する書家もいました。断定的な表現と独特の文体は読者に強い印象を与えました。歴史家松本健一は、大本神諭の文体は王仁三郎の文章と比較して非常に厳しく男性的であり、「変性男子」に相応しいと評しています。
王仁三郎は大石凝真素美らを始めとする国学者らから習得した言霊学と古神道の知識を持っていた。彼は古事記の新解釈によってこのお筆先に句読点と漢字を当て、かくして編纂した独特の神話『大本神諭』が誕生したのです。
以前からお筆先は綾部 町の大本本部に参拝した信者達に読み聞かせるという形で公開されていたが、教団機関誌「神霊界」西暦1917年(大正6年)2月号に始めて『大本神諭』として掲載され、西暦1919年(大正8年)11月25日に『大本神諭・天の巻』が、西暦1920年(大正9年)7月28日に『大本神諭・火の巻』が発刊されました。
ところが大本神諭の社会的影響力の強さを憂慮した政府により、同年8月5日に「火の巻」を不敬と認定、発禁となりました。
『大本神諭』にはアメリカとの戦争の予言や天皇への批判と受け取られる文面があり、当時治安当局に警戒されていたという事情がありました。各所の伏字は秘密めいた異端説として終末観的期待を増幅させていました。
当局は第一次大本事件でも、大本神諭は天皇の尊厳を冒涜するものと認定すると、不敬罪で追求したのです。
また出口王仁三郎が著述した文書や教義の一部が『裏の神諭』として発表されており出口なお(直)による『大本神諭』を「表の神諭」と表記することもあります。
『大本神諭』は「神の申した事は、一分一厘違わんぞよ。毛筋の横巾ほども間違いはないぞよ。これが違うたら、神は此の世に居らんぞよ」「大本は世界の鏡の出る処であるから、世界に在る実地正味が、皆にさして見せてあるから」と主張しています。
神懸かり初期のなお(直)は周囲から「発狂した」「狐か狸がついた」と見られていたが、「綾部の金神さん」という評価を得るに至ったのは日清戦争の予言でした。
ほかにも関東大震災や太平洋戦争を示唆する表現もあります。
特に西暦1923年(大正12年)の関東大震災で東京が甚大な被害を受けると多くの人々が「大本神諭の予言が的中した」と受け取り、第一次大本事件により大打撃を受けていた大本は一転して熱烈な支持を受けることになりました。
この後、西暦1930年代の大本は王仁三郎の指導下で爆発的に発展すると、革命を起こしかねない危険勢力として西暦1935年(昭和10年)12月に日本政府(岡田内閣)の徹底的な弾圧を受けました(第二次大本事件)。
綾部と亀岡の本部は焼け野原状態となり、西暦1942年8月に保釈された王仁三郎は廃墟となった亀山城址(大本聖地)を見て「このように日本はなるのや、亀岡は東京で、綾部は伊勢神宮や」と語ったとされています。
松本健一は王仁三郎の発言について、なお(直)の「東京は元の薄野に成るぞよ。永うは続かんぞよ。東の国は、一晴れの後は暗がり。これに気の附く人民はないぞよ」というお筆先を下敷きにしていると指摘しました。
(出口なおが自動書記したお筆先の予言)
日清•日露戦争の予言。
アメリカとの戦争の予言。第二次世界大戦。
関東大震災の予言。
東京大空襲の予言。
この世の立て替え、立て直しの予言。
(出口王仁三郎の
予言)
政府の弾圧により、大本の本部と聖地であった綾部と亀岡の本部は焼け野原状態となり、西暦1942年8月に保釈された王仁三郎は廃墟となった亀山城址(大本聖地)を見て
「このように日本はなるのや、亀岡は東京で、綾部は伊勢神宮や」と語ったとされています。
東京の予言は東京大空襲のことでした。
しかし、伊勢神宮については、まだ、予言は的中していません。現在進行形です。
果たして、日月神示で予言されている通りなるのであろうか?
私は日月神示の予言が必ず的中すると確信しています。
なぜなら、この世の中が偽悪醜に満ちた世の中なからです。
人類が唯物論思想にだけ目を向けているからです。
この唯物論とは、世界の根源は物質であり、精神や意識を含むすべての現象は物質の相互作用の結果であると考える哲学的な立場をとっています。
この考え方は、精神的なものを根源とする観念論(唯心論)と対立しているのです。
さらに言うなれば、 有神論者は、「神は存在する」という真理を理解しているが、多くの無神論者はそのことが理解出来ない。この「神が存在する」という真理を理解することが出来ない多くの人たちがまだいるからです。
私はこのことが残念でならない。
今回、『神典日月神示 真実の物語』を執筆したのは、迫りくる「最後の審判」「大峠」
「大浄化作用」「世直し」「立て替え」「立て直し」「破壊と創造」について、世間の人々に警告するためです。
上記の解説を読まれたなら、
読者の皆様にこの現実に早く目覚めて欲しいと思います。
日月神示は「善一筋で生きるのじゃ!」と教えているのですから、
「今という今善き心、善き言葉、善き行いを励むこそ善き」
貴方が幸せになれない訳がない。
一日も早く、目覚めて下さい。
人間として間違った行い、悪口、陰口、不平不満な想い、腹立て、癇癪、利己的な考え方や、強い者勝ちの考え方を改めて、人間本来の正しい生き方に目覚めて下さい。
その答えは日月神示の教えにあるのですから。
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