神典日月神示 真実の物語

蔵屋

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第十三巻

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【第十三巻 1ノ2】

 ここでは、出口なおのお筆先となおの生きた明治時代について、ご説明します。

 日月神示国立常尊お筆先国常立尊

(出口なおとお筆先と明治時代について)
 
 出口 なおでぐち なお
 西暦1837年1月22日(天保7年12月16日)~西暦1918年(大正7年)11月6日まで生存した。

 新宗教「大本」の二大教祖の一人。「大本」での呼称は開祖である。

  出口なおは、江戸時代末期から明治時代中期の極貧の生活の中で日本神話(注釈1)における高級神「国常立尊くにとこたちのみことの神憑り現象を起こした。
 西暦1892年から西暦1919年迄27年間、自動書記した。
 和暦に直すと明治25年から大正8年迄である。

  (明治時代の主な出来事)
 皆様もご承知のように、明治時代(西暦1868年~西暦1912年)は、日本が近代国家へと大きく飛躍した時代であった。
 江戸幕府から明治政府へと政治の体制が変わり、経済、軍事、教育、外交と、あらゆる分野で西洋の制度を積極的に取り入れたのだ。
 出口なおが生存した明治という時代の主な出来事を私は調べた。ここに主なものだけをリストアップした。

 (西暦1868年の出来事)

 明治維新と新政府の成立。
 江戸幕府が倒れ、新たに明治政府が成立した。「明治維新」である。
 天皇を中心とした中央集権国家の確立を目指し、西洋の制度を積極的に導入した。
 士農工商という身分制度を廃止した。
 近代化政策が進められ、日本は一気に近代国家への道を歩み始めた。

 (西暦1869年の出来事)

 版籍奉還はんせきほうかん
 全国の藩主が土地(版)と人民(籍)を天皇に返還した。これにより、日本の土地と国民が国家の管理下に置かれた。ただし、藩主たちは引き続き「知藩事ちはんじ」として藩を治める役割を担った。

 (西暦1871年の出来事)

 廃藩置県はいはんちけん
 全国の藩を廃止し、新たに「県」を設置した。
 これにより、日本は天皇を頂点とした中央集権国家へ移行した。
 藩の独立性がなくなり、全国の統治が政府のもとで一元化された。
 日本の近代化が一気に進んだ。

 (西暦1872年の出来事)

 学制がくせいの公布。
 すべての国民が教育を受けられるよう、「学制」が制定され、小学校が全国に設置された。
 これにより、日本全国で義務教育の基盤が作られ、国民の識字率向上に繋がった。
 しかし、教育費の負担が重く、農村部では学校に通えない子どもも多かった。
 出口なおは、学校へ通うことができなかった。読み書きが出来なかったのである。

 (西暦1873年の出来事)

 徴兵令ちょうへいれいの制定。
 国民皆兵こくみんかいへいさの方針のもと、満20歳以上の男子に兵役義務が課された。実際は満17歳以上から招集された。これにより、武士中心の軍隊から、一般国民による近代的な国民軍が形成された。
 ただし、一部の特権層は「お金を支払うことで兵役免除」が可能だったため、農民や庶民の負担が大きくなった。
 日露戦争では、多くの若者が戦死したため、
 絶える家が多かった。
 日本国民は貧困に苦しむことになった。
 臥薪がしん嘗胆しょうたんが国民の間で流行語になった。

 (西暦1873年の出来事)

 地租改正ちそかいせい
 政府は安定した財政基盤を確立するため、土地の所有者が一定の税金を納める「地租改正」を実施した。従来の収穫量に応じた税制度から、地価ちかに応じた税制度に変更。結果として農民の負担が増え、一部で反対運動が起こった。

 (西暦1889年の出来事)

 大日本帝国憲法の制定。
 天皇を中心とした立憲君主制を定めた日本初の憲法が発布された。この憲法の特徴は、天皇が強い権限を持ち、国民の権利は「法律の範囲内で認める」とさたことである。翌西暦1890年には帝国議会が開かれ、日本は立憲国家としての体制を整えた。

(西暦1894年~西暦1895年の出来事)

 日清戦争にっしんせんそう
 日本と清(現在の中国)との間で、朝鮮半島をめぐる戦争が起こった。結果、日本が勝利し、下関条約しものせきじょうやくによって台湾を獲得し、清から賠償金を受け取った。これにより、日本はアジアの強国としての地位を確立した。
 しかし、ロシア、フランス、ドイツの三個干渉により、日本は列強の力を痛感したのである。これ以降、富国強兵策に力を入れることになった。ロシアの南下政策に脅威を覚え、ロシアとの開戦について、国内で論議されることになる。

(西暦1904年~1905年の出来事)

 日露戦争にちろせんそう
 ロシアと日本が、満州や朝鮮半島の支配をめぐって対立。アジアの小国だった日本が、ヨーロッパの大国ロシアに勝利したことで、世界中に衝撃を与えた。戦争の結果、ポーツマス条約により南樺太みなみからふとを獲得した。

 (西暦1910年の出来事)

 韓国併合かんこくへいごう
 日本は韓国を完全に支配し、朝鮮総督府ちょうせんそうとくふを設置した。
 これにより、朝鮮半島は日本の統治下に入り、日本の植民地政策が進められることになる。この出来事は現在も国際関係の歴史問題として取り上げらている。



【第十三巻 2ノ2】

 ここからが出口なおの概略をご説明します。


 出口なおは、西暦1905年(明治38年)5月15日、若狭湾の無人島沓島に神事のため信者2人を連れて渡った。この時、大日本帝国海軍舞鶴鎮守府では3人をロシア軍スパイと勘違いして騒動となり、新聞にも載ったという。なおは5月26日に島を去り、翌日、日本海海戦が発生した。

 西暦1916年(大正5年)12月、秋山真之海軍少将が大本を訪れ、大本教主顧問となった。
 この事は海軍将兵の入信者増加に貢献したが、秋山は西暦1917年(大正6年)5月に神懸りで盤古大神を名乗り「なおと王仁三郎を配下にする」と宣言、激怒したなおは秋山と訣別した。

 大正6年旧11月23日のお筆先に「大将迄が下に成りたり、上に成つて見たり、全然日本の神国を畜生の玩弄物に為られて了ふて、天地の先祖も堪忍袋が切れたぞよ」とある。

 第一次大本事件で当局は「大将は天皇」と解釈して追及したが、王仁三郎は「自分と秋山の関係である」と反論した。

 天皇は「現代このよの大将」という言葉で表現されている。

 なおの死の一週間前、浄瑠璃の名人二代目竹本春子太夫が大本教団に来た。普段のなおは「世界の大芝居を見ているのに人間の作品など見られない」と断っていたが、すみが取り次ぐと珍しく承諾した。観賞すると「神様が明治25年から世界の人民にお筆先をおさとしになるのが、どうして人民に分らぬかと思っていたが、浄瑠璃でさえ初めて聞くと分らんのだから、神様の教えが人民に分らんのも無理がないと、よう分らして貰った」と感想を述べている。

 なおが逝去したあと、王仁三郎は自室で号泣した。あまりに泣くので、妻に追い出されるようにして教祖室に戻ったという。祖母を慕っていた出口直日は「神がかりはげしかりしときく 吾が祖母は 起居しずけく 匂やかにましき」と詠った。

 第一次大本事件に関連して教典『大本神諭』が発禁となると、王仁三郎は西暦1921年(大正10年)10月18日から大長編教典『霊界物語』の口述を開始した。

 古事記のアマテラスとスサノオの誓約を再解釈する部分で王仁三郎は天照大神について「表面はこの上なく優しくうるわしくみえつれども、御心の底ぞ建くけわしくましますなり」と述べ、天照なおに対してのべている。その一方、なおは「初稚姫」という美少女として登場し、物語50巻前後から重要なキャラクターとして活躍する。

 生前「私が死んだら、こっそり直日のおなかに入って生まれ変わってくる」と語っている。三代教主となった直日は西暦1990年(平成2年)9月23日に逝去するが、その晩年には後継者の地位を巡って、三代教主直日を軽視した反教団事件が起きた。最終的に出口聖子(直日の三女)が大本四代教主となり、長女の直美夫妻は大本を離脱して「大本信徒連合会」を結成した。西暦1986年(昭和61年)7月には出口和明が大本を離脱し「愛善苑」を発足させた。

 出口なおが自動書記したお筆先には神さまの教えも含まれている。
 また、人間の欲望という「我よし利己主義」と「強い者勝ち権力主義者を改心するように戒めている。
 そして、ロシアの脅威についても警告している。日露戦争の起きる前のことである。
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