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第1章:偽聖女の烙印
1-2:仕組まれた讒言
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豪奢な絨毯が、土と薬草の匂いが染み付いたルシルのブーツの裏を、無言で拒絶しているようだった。
謁見の間。
そこは王国の権威を示す場所。磨き上げられた大理石の床はルシルの地味なブーツを反射し、天井から下がる巨大なシャンデリアは、その空間を白昼のように煌々と照らし出していた。集う貴族たちのきらびやかな衣装や、飛び交う優雅な挨拶が、ルシルの纏う白衣と実用的なワンピースの異物感を際立たせる。
玉座の正面、一段高い場所。
婚約者である王太子ジェラルドが、硬質な表情でルシルを見下ろしていた。その瞳には、徹夜明けの彼女の努力に対する労いも感謝もなく、ただ待たされたことに対する冷ややかな苛立ちが滲んでいるのが、ルシルには痛いほど分かった。
ジェラルドの隣には、陽光を弾くような金の髪を揺らし、純白のドレスを纏った異母妹アデリーナが、まるで一対の装飾品のように寄り添っていた。
「ルシル。遅かったな。騎士団長の薬とやらは、どうなった。フェリクスは一刻を争うのだぞ」
ジェラルドの声には、明確な催促が含まれていた。
「はい、殿下。お時間をいただき、申し訳ございません」
ルシルは深く一礼し、手に持った鉛のケースを恭しく差し出した。
「ただいま『神聖原液』が完成いたしました。これさえあれば、フェリクス様の呪いは必ず解けます。騎士団のポーション備蓄も、これで万全に整います」
彼女が安堵と忠誠を込めた言葉を最後まで言い切ろうとした、その時だった。
「お待ちになって、ジェラルド様!」
甲高い、しかしどこか計算された甘えた響きを持つ声が、謁見の間の厳かな空気を切り裂いた。アデリーナだ。
彼女は驚愕と悲痛を混ぜた複雑な表情でジェラルドを見上げると、その純白の袖を掴み、今度は一転して、ルシルを糾弾するように震える指で指さした。
「お姉さま! なんてことをしてしまうのです! わたくし、見てしまったのです!」
その声は、泣き出しそうでいて、謁見の間の隅々まで響き渡るように調整されていた。
「アデリーナ? 何を言っているの?」
ルシルが驚き戸惑う声を出した瞬間、アデリーナはさらに悲劇のヒロインの表情を深めた。
「お姉さまが、その薬瓶に『黒い粉』を入れているところを! それは、魔獣の神経毒の成分が混ざった、極めて危険なものだと存じます!」
謁見の間に、驚きのざわめきが波紋のように広がる。ルシルは、その場に縫い付けられたように動けなかった。
「フェリクス様が回復しては困ると! わたくしの『光の癒し』が成功したら、お姉さまの立場が危うくなるからと! わたくしを差し置いて手柄を立てたお姉さまを、殿下が疎ましく思うようになるからと!」
意味が分からなかった。全ての情報がルシルの頭の中でバラバラに砕け散る。
黒い粉? 自分が精製した原液は、純度百分の一の、透き通った琥珀色だ。
嫉妬? 自分がアデリーナの「見せかけの光」に嫉妬する?
そして、騎士団長の命を危険に晒す?
「アデリーナ、何を馬鹿なことを言っているの! 殿下、妹の戯言です。わたくしがそのようなことをするはずがありません!」
ルシルは咄嗟に否定したが、彼女の声は疲労と驚きでか細く、アデリーナの感情的な響きには到底敵わなかった。
「戯言ですって!」
アデリーナの目に、みるみるうちに涙が溜まっていく。それは計算され尽くした、完璧な悲劇のヒロインの姿だった。彼女の純白のドレスと、ルシルの地味な白衣との対比が、彼女の「真実」を雄弁に物語っているようだった。
「ひどいわ、お姉さま! わたくしが、お姉さまの『偽聖女』としての立場を守るために、どれだけ心を痛めてきたと思っているの!」
『偽聖女』。
その、決して公にされてはならないはずの言葉が、アデリーナの口から冷たく発せられた。
ルシルの心臓を、氷の矢が深く貫く。全身から血の気が引いていくのが分かった。
謁見の間が、それまでとは違う、露骨な好奇と侮蔑のざわめきに包まれる。
「どういうことだ、アデリーナ」
ジェラルドの低い声が、アデリーナの涙をさらに促す。彼は、真実を見極めようとするのではなく、ただ妹の「苦悩」の理由を知ろうとしているだけだった。
「本当の聖女は、わたくしなのです。お姉さまには『光の癒し』の力がありません。なのに、王家は秘密裏にお姉さまを『真の聖女』としてそう仕立て上げてきた」
アデリーナは声を詰まらせる演技をしながら、致命的な国家機密を暴露し、ルシルを貶めた。
「お姉さまは、その立場を奪われるのが怖くて、わたくしの癒しが効かないよう、フェリクス様に毒を盛ったのです!」
それは、あまりにも完璧に仕組まれた、悪意に満ちた讒言だった。ルシルは、自分がすでに罠に嵌められ、逃げ場がないことを悟った。
謁見の間。
そこは王国の権威を示す場所。磨き上げられた大理石の床はルシルの地味なブーツを反射し、天井から下がる巨大なシャンデリアは、その空間を白昼のように煌々と照らし出していた。集う貴族たちのきらびやかな衣装や、飛び交う優雅な挨拶が、ルシルの纏う白衣と実用的なワンピースの異物感を際立たせる。
玉座の正面、一段高い場所。
婚約者である王太子ジェラルドが、硬質な表情でルシルを見下ろしていた。その瞳には、徹夜明けの彼女の努力に対する労いも感謝もなく、ただ待たされたことに対する冷ややかな苛立ちが滲んでいるのが、ルシルには痛いほど分かった。
ジェラルドの隣には、陽光を弾くような金の髪を揺らし、純白のドレスを纏った異母妹アデリーナが、まるで一対の装飾品のように寄り添っていた。
「ルシル。遅かったな。騎士団長の薬とやらは、どうなった。フェリクスは一刻を争うのだぞ」
ジェラルドの声には、明確な催促が含まれていた。
「はい、殿下。お時間をいただき、申し訳ございません」
ルシルは深く一礼し、手に持った鉛のケースを恭しく差し出した。
「ただいま『神聖原液』が完成いたしました。これさえあれば、フェリクス様の呪いは必ず解けます。騎士団のポーション備蓄も、これで万全に整います」
彼女が安堵と忠誠を込めた言葉を最後まで言い切ろうとした、その時だった。
「お待ちになって、ジェラルド様!」
甲高い、しかしどこか計算された甘えた響きを持つ声が、謁見の間の厳かな空気を切り裂いた。アデリーナだ。
彼女は驚愕と悲痛を混ぜた複雑な表情でジェラルドを見上げると、その純白の袖を掴み、今度は一転して、ルシルを糾弾するように震える指で指さした。
「お姉さま! なんてことをしてしまうのです! わたくし、見てしまったのです!」
その声は、泣き出しそうでいて、謁見の間の隅々まで響き渡るように調整されていた。
「アデリーナ? 何を言っているの?」
ルシルが驚き戸惑う声を出した瞬間、アデリーナはさらに悲劇のヒロインの表情を深めた。
「お姉さまが、その薬瓶に『黒い粉』を入れているところを! それは、魔獣の神経毒の成分が混ざった、極めて危険なものだと存じます!」
謁見の間に、驚きのざわめきが波紋のように広がる。ルシルは、その場に縫い付けられたように動けなかった。
「フェリクス様が回復しては困ると! わたくしの『光の癒し』が成功したら、お姉さまの立場が危うくなるからと! わたくしを差し置いて手柄を立てたお姉さまを、殿下が疎ましく思うようになるからと!」
意味が分からなかった。全ての情報がルシルの頭の中でバラバラに砕け散る。
黒い粉? 自分が精製した原液は、純度百分の一の、透き通った琥珀色だ。
嫉妬? 自分がアデリーナの「見せかけの光」に嫉妬する?
そして、騎士団長の命を危険に晒す?
「アデリーナ、何を馬鹿なことを言っているの! 殿下、妹の戯言です。わたくしがそのようなことをするはずがありません!」
ルシルは咄嗟に否定したが、彼女の声は疲労と驚きでか細く、アデリーナの感情的な響きには到底敵わなかった。
「戯言ですって!」
アデリーナの目に、みるみるうちに涙が溜まっていく。それは計算され尽くした、完璧な悲劇のヒロインの姿だった。彼女の純白のドレスと、ルシルの地味な白衣との対比が、彼女の「真実」を雄弁に物語っているようだった。
「ひどいわ、お姉さま! わたくしが、お姉さまの『偽聖女』としての立場を守るために、どれだけ心を痛めてきたと思っているの!」
『偽聖女』。
その、決して公にされてはならないはずの言葉が、アデリーナの口から冷たく発せられた。
ルシルの心臓を、氷の矢が深く貫く。全身から血の気が引いていくのが分かった。
謁見の間が、それまでとは違う、露骨な好奇と侮蔑のざわめきに包まれる。
「どういうことだ、アデリーナ」
ジェラルドの低い声が、アデリーナの涙をさらに促す。彼は、真実を見極めようとするのではなく、ただ妹の「苦悩」の理由を知ろうとしているだけだった。
「本当の聖女は、わたくしなのです。お姉さまには『光の癒し』の力がありません。なのに、王家は秘密裏にお姉さまを『真の聖女』としてそう仕立て上げてきた」
アデリーナは声を詰まらせる演技をしながら、致命的な国家機密を暴露し、ルシルを貶めた。
「お姉さまは、その立場を奪われるのが怖くて、わたくしの癒しが効かないよう、フェリクス様に毒を盛ったのです!」
それは、あまりにも完璧に仕組まれた、悪意に満ちた讒言だった。ルシルは、自分がすでに罠に嵌められ、逃げ場がないことを悟った。
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