11 / 16
第11話 朝靄の誓い
しおりを挟む
鳥のさえずりが遠くから聞こえた。
カーテン越しの光が薄く揺れ、木漏れ日のように頬を照らす。
ミカはゆっくりと目を開けた。
見慣れない天井。
天蓋には刺繍がほどこされ、窓辺には重厚なカーテン。
部屋の空気はかすかに紅茶の香りがした。
――ここは……?
身を起こそうとして、毛布の端がさらりと滑り落ちた。
シーツの感触が普段の客室のものとは違う。
もっと柔らかく、丁寧に整えられた寝台。
心臓が、どくんと鳴った。
(……まさか、ここ……)
扉の前に立てかけられた外套と、暖炉脇の机に置かれた未読の書類。
そして、棚に並ぶ古い軍記の書籍。
見覚えのある光景だった。
――ダリウスの私室。
頬が一気に熱くなる。
寝ぼけた頭に昨夜の記憶がゆっくりと戻ってきた。
リアムを寝かしつけたあと、「おかえりなさい」を言いたくて玄関で待っていて、いつのまにか眠ってしまって……。
(……まさか、ここまで運んでくださった?……)
慌てて毛布を整え、寝台の縁に腰をかける。
心臓が落ち着かない。胸が苦しい。
頬に指先を当てると、そこだけわずかに熱が残っていた。
ほんの一瞬、夢の中で感じたような――柔らかな温もりが、まだそこにいる気がした。
コンコン、と扉がノックされた。
「……入るぞ」
静かな声。
扉の向こうから、ダリウスが姿を見せた。
深い灰の瞳が、朝の光を受けて柔らかく光っている。
手には湯気の立つカップがあった。
「目が覚めたか」
「……おはようございます」
「体調は?」
「はい、大丈夫です。あの……すみません、僕……」
言葉を探しているうちに、ダリウスが言葉を挟む。
「お前が玄関ホールで疲れて寝てしまったとジェスが困っていた。
風邪でも引かれたら困ると思って運んだだけだ」
淡々とした声だったが、その奥に照れくささのような響きがあった。
「ありがとうございます。ご迷惑を……」
「迷惑だと思うなら、もう夜更けに玄関で待つな」
「……はい」
ミカは小さくうなずいた。
その声が震えたのを、ダリウスは見逃さなかった。
彼は寝台のそばに歩み寄り、手にしたカップを差し出した。
「薬草茶だ。まだ少し顔が赤い。」
ミカは両手で受け取る。
カップ越しの温もりが、心まで広がっていくようだった。
沈黙の中、ダリウスがふと、窓の外へ目を向けて言った。リアムの元気な声が聞こえてくる。
「……今日は、庭に春の花がいくつも咲いている。
パンジーもチューリップも。お前とリアムが植えたやつだ。」
「ほんとですか?」
「ああ。お前が喜ぶ顔を、朝一番に見たかったのだが――
どうやら先に見つかったようだな」
不意に、ミカは笑ってしまった。
胸の奥のざわめきが、少しだけやわらぐ。
「……僕も、ダリウス様の顔が見たくて。
だから、昨夜……待っていたんです」
その言葉に、ダリウスの手がわずかに止まる。
「……そうか」
視線が重なった。
お互いに、目を逸らせなくなる。
沈黙の中、ダリウスはそっと息を吸い、そして吐いた。
「……昨日の祭り、楽しかったか?」
「はい。リアムくん、とても喜んでいました」
「そうか。……お前もたくさん笑っていたと」
「ジェスさんから聞いたのですか?」
「いや、リアムがな。あと、『ミカが花の冠をつけていた』とも言っていた」
その言葉に、ミカの頬がわずかに赤くなった。
彼がそんな話をしてくれたのかと思うと、胸が温かくなる。
「……ゆう」
名を呼ばれた。
たった一言で、体の奥が熱を帯びる。
「花の冠を付けたお前を見たかった。綺麗だったろうな」
そう言いながら、彼は寝台のそばに腰を下ろした。
ミカは反射的に姿勢を正し、顔を伏せた。
「い、いえ、そんな……」
(ダ、ダリウス様が、ち、近い)
ダリウスはそんなミカの様子が可愛らしくて、続けた。
「俺がここにお前を寝かせた時、眠りながら“おかえりなさい”と呟いた」
「っ――!」
ミカは息を詰め、目を見開いた。
「寝言のようだったが――あれが、どれほど嬉しかったか」
ダリウスはミカの頬にそっと手を伸ばした。
優しく撫でるような仕草に、ミカの鼓動が速くなる。
――自分の言葉が、ダリウス様の心に届いていたなんて。……嬉しい。
「……ダリウス様」
思わず名前を呼び、ダリウスの洋服の裾をきゅっと掴んだ。
ダリウスは、その声に嬉しそうに微笑んだ。
「ゆう」
名を呼ばれた瞬間、また胸が高鳴る。
「俺が帰る場所は、この館だ。今まではただそれだけだった。
だが――お前がいる限り、俺にとって、ここはそれ以上のものになる」
その言葉は、静かな誓いのように響いた。
ミカは何も言えず、ただ頬が熱くなるのを感じる。
ダリウスはさらに距離を詰め、その髪に手を伸ばして軽く撫でた。
「ありがとう。待っていてくれて」
指先が頬をなぞる。
その距離の近さに、ミカは固まったように動けなかった。
ミカの瞳が不安気に揺れる。
言葉が出ない。
心臓がうるさいほど鳴っている。
ダリウスは、その様子を見て小さく笑った。
「……怖がらせてしまったか」
「ち、違います……!怖いとか、ではなくて……」
慌てて首を振るミカ。
けれど頬は真っ赤で、その動揺が隠しきれない。
その姿が可愛くて――ダリウスの胸の奥に何かが弾けた。
気づけば、もう距離がなかった。
ミカの瞳が驚きに見開かれ、ダリウスの唇が彼の唇に触れた。
静かな、けれど確かな口づけ。
それは一瞬の衝動であり、ずっと抑えてきた想いの表れだった。
「――っ!」
ミカの指がダリウスの袖をぎゅっと掴む。
心臓が跳ねて、顔が真っ赤になる。
思考が追いつかない。
ダリウスはゆっくりと離れ、息を整えながら小さく呟いた。
「……すまない。抑えられなかった」
ミカは俯いたまま、胸の奥で高鳴る鼓動を抑えられずにいた。
「……あの、その……」
声が震える。
言葉が見つからない。
やっとのことで顔を上げると、ダリウスが優しく微笑んでいた。
「……ゆう、お前は本当に可愛いな」
そう言って、彼はそっとミカの頭を撫でた。
その手つきに、胸がまた跳ねる。
ミカは真っ赤になったまま、かすれた声で小さく言った。
「……僕、心臓が……どうにかなりそうです」
「そうか。そしたら、これ以上は、まだ早いな?」
ミカは意地悪な顔のダリウスを睨んだ。
「……僕は、……確かに前の世界では成人でしたが、こ、こういうことは……経験がないんです」
「……その可愛さで?」
「か!?可愛いなんて、言われたこともありません!!」
「そうか、それはいいことを聞いた。これからは……」
そこで、一度言葉を区切ると、ダリウスはニヤリと笑い、ミカの顎を持ち上げた。
口づけされそうな距離でダリウスに囁かれる。
「俺が、全て教えてやる」
「!?」
真っ赤になったミカは言葉を失った。
ダリウスは楽しそうに笑い、ミカを抱き寄せた。
「さぁ、起きよう。リアムが待っている」
「……はい、ダリウス様」
窓の外では、春風が庭の花々をやさしく揺らしている。
春の香りがふわりと部屋に流れ込み、二人を優しく包んだ。
カーテン越しの光が薄く揺れ、木漏れ日のように頬を照らす。
ミカはゆっくりと目を開けた。
見慣れない天井。
天蓋には刺繍がほどこされ、窓辺には重厚なカーテン。
部屋の空気はかすかに紅茶の香りがした。
――ここは……?
身を起こそうとして、毛布の端がさらりと滑り落ちた。
シーツの感触が普段の客室のものとは違う。
もっと柔らかく、丁寧に整えられた寝台。
心臓が、どくんと鳴った。
(……まさか、ここ……)
扉の前に立てかけられた外套と、暖炉脇の机に置かれた未読の書類。
そして、棚に並ぶ古い軍記の書籍。
見覚えのある光景だった。
――ダリウスの私室。
頬が一気に熱くなる。
寝ぼけた頭に昨夜の記憶がゆっくりと戻ってきた。
リアムを寝かしつけたあと、「おかえりなさい」を言いたくて玄関で待っていて、いつのまにか眠ってしまって……。
(……まさか、ここまで運んでくださった?……)
慌てて毛布を整え、寝台の縁に腰をかける。
心臓が落ち着かない。胸が苦しい。
頬に指先を当てると、そこだけわずかに熱が残っていた。
ほんの一瞬、夢の中で感じたような――柔らかな温もりが、まだそこにいる気がした。
コンコン、と扉がノックされた。
「……入るぞ」
静かな声。
扉の向こうから、ダリウスが姿を見せた。
深い灰の瞳が、朝の光を受けて柔らかく光っている。
手には湯気の立つカップがあった。
「目が覚めたか」
「……おはようございます」
「体調は?」
「はい、大丈夫です。あの……すみません、僕……」
言葉を探しているうちに、ダリウスが言葉を挟む。
「お前が玄関ホールで疲れて寝てしまったとジェスが困っていた。
風邪でも引かれたら困ると思って運んだだけだ」
淡々とした声だったが、その奥に照れくささのような響きがあった。
「ありがとうございます。ご迷惑を……」
「迷惑だと思うなら、もう夜更けに玄関で待つな」
「……はい」
ミカは小さくうなずいた。
その声が震えたのを、ダリウスは見逃さなかった。
彼は寝台のそばに歩み寄り、手にしたカップを差し出した。
「薬草茶だ。まだ少し顔が赤い。」
ミカは両手で受け取る。
カップ越しの温もりが、心まで広がっていくようだった。
沈黙の中、ダリウスがふと、窓の外へ目を向けて言った。リアムの元気な声が聞こえてくる。
「……今日は、庭に春の花がいくつも咲いている。
パンジーもチューリップも。お前とリアムが植えたやつだ。」
「ほんとですか?」
「ああ。お前が喜ぶ顔を、朝一番に見たかったのだが――
どうやら先に見つかったようだな」
不意に、ミカは笑ってしまった。
胸の奥のざわめきが、少しだけやわらぐ。
「……僕も、ダリウス様の顔が見たくて。
だから、昨夜……待っていたんです」
その言葉に、ダリウスの手がわずかに止まる。
「……そうか」
視線が重なった。
お互いに、目を逸らせなくなる。
沈黙の中、ダリウスはそっと息を吸い、そして吐いた。
「……昨日の祭り、楽しかったか?」
「はい。リアムくん、とても喜んでいました」
「そうか。……お前もたくさん笑っていたと」
「ジェスさんから聞いたのですか?」
「いや、リアムがな。あと、『ミカが花の冠をつけていた』とも言っていた」
その言葉に、ミカの頬がわずかに赤くなった。
彼がそんな話をしてくれたのかと思うと、胸が温かくなる。
「……ゆう」
名を呼ばれた。
たった一言で、体の奥が熱を帯びる。
「花の冠を付けたお前を見たかった。綺麗だったろうな」
そう言いながら、彼は寝台のそばに腰を下ろした。
ミカは反射的に姿勢を正し、顔を伏せた。
「い、いえ、そんな……」
(ダ、ダリウス様が、ち、近い)
ダリウスはそんなミカの様子が可愛らしくて、続けた。
「俺がここにお前を寝かせた時、眠りながら“おかえりなさい”と呟いた」
「っ――!」
ミカは息を詰め、目を見開いた。
「寝言のようだったが――あれが、どれほど嬉しかったか」
ダリウスはミカの頬にそっと手を伸ばした。
優しく撫でるような仕草に、ミカの鼓動が速くなる。
――自分の言葉が、ダリウス様の心に届いていたなんて。……嬉しい。
「……ダリウス様」
思わず名前を呼び、ダリウスの洋服の裾をきゅっと掴んだ。
ダリウスは、その声に嬉しそうに微笑んだ。
「ゆう」
名を呼ばれた瞬間、また胸が高鳴る。
「俺が帰る場所は、この館だ。今まではただそれだけだった。
だが――お前がいる限り、俺にとって、ここはそれ以上のものになる」
その言葉は、静かな誓いのように響いた。
ミカは何も言えず、ただ頬が熱くなるのを感じる。
ダリウスはさらに距離を詰め、その髪に手を伸ばして軽く撫でた。
「ありがとう。待っていてくれて」
指先が頬をなぞる。
その距離の近さに、ミカは固まったように動けなかった。
ミカの瞳が不安気に揺れる。
言葉が出ない。
心臓がうるさいほど鳴っている。
ダリウスは、その様子を見て小さく笑った。
「……怖がらせてしまったか」
「ち、違います……!怖いとか、ではなくて……」
慌てて首を振るミカ。
けれど頬は真っ赤で、その動揺が隠しきれない。
その姿が可愛くて――ダリウスの胸の奥に何かが弾けた。
気づけば、もう距離がなかった。
ミカの瞳が驚きに見開かれ、ダリウスの唇が彼の唇に触れた。
静かな、けれど確かな口づけ。
それは一瞬の衝動であり、ずっと抑えてきた想いの表れだった。
「――っ!」
ミカの指がダリウスの袖をぎゅっと掴む。
心臓が跳ねて、顔が真っ赤になる。
思考が追いつかない。
ダリウスはゆっくりと離れ、息を整えながら小さく呟いた。
「……すまない。抑えられなかった」
ミカは俯いたまま、胸の奥で高鳴る鼓動を抑えられずにいた。
「……あの、その……」
声が震える。
言葉が見つからない。
やっとのことで顔を上げると、ダリウスが優しく微笑んでいた。
「……ゆう、お前は本当に可愛いな」
そう言って、彼はそっとミカの頭を撫でた。
その手つきに、胸がまた跳ねる。
ミカは真っ赤になったまま、かすれた声で小さく言った。
「……僕、心臓が……どうにかなりそうです」
「そうか。そしたら、これ以上は、まだ早いな?」
ミカは意地悪な顔のダリウスを睨んだ。
「……僕は、……確かに前の世界では成人でしたが、こ、こういうことは……経験がないんです」
「……その可愛さで?」
「か!?可愛いなんて、言われたこともありません!!」
「そうか、それはいいことを聞いた。これからは……」
そこで、一度言葉を区切ると、ダリウスはニヤリと笑い、ミカの顎を持ち上げた。
口づけされそうな距離でダリウスに囁かれる。
「俺が、全て教えてやる」
「!?」
真っ赤になったミカは言葉を失った。
ダリウスは楽しそうに笑い、ミカを抱き寄せた。
「さぁ、起きよう。リアムが待っている」
「……はい、ダリウス様」
窓の外では、春風が庭の花々をやさしく揺らしている。
春の香りがふわりと部屋に流れ込み、二人を優しく包んだ。
234
あなたにおすすめの小説
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
婚約破棄された悪役令息は従者に溺愛される
田中
BL
BLゲームの悪役令息であるリアン・ヒスコックに転生してしまった俺は、婚約者である第二王子から断罪されるのを待っていた!
なぜなら断罪が領地で療養という軽い処置だから。
婚約破棄をされたリアンは従者のテオと共に領地の屋敷で暮らすことになるが何気ないリアンの一言で、テオがリアンにぐいぐい迫ってきてーー?!
従者×悪役令息
禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り
結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。
そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。
冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。
愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。
禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。
追放オメガ聖帝の幸せな結婚〜クールなスパダリ騎士に拾われて溺愛されるまで〜
あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
ノルディーナ王国の聖帝サーナは、教皇のありもしない嘘のせいで聖宮から追放されてしまう。
行く当てがないサーナが国境に向かうと、そこで隣国ルミルカ王国の騎士であるムーシュと出会う。ムーシュから諸事情により偽装結婚を提案されて、サーナは期限付きの偽装結婚ならばよいと承諾し、一時的に保護してもらうことに。
異国暮らしに慣れていく中で、やがてムーシュから溺愛されるようになり……?
【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。
明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。
新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。
しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…?
冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる