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第6話 王都の陰謀
しおりを挟む王都の石畳は夜明けの冷気に濡れ、護送馬車の車輪が軋んだ音を響かせていた。
その中に鎖で繋がれたユリアンの姿がある。
城門をくぐると、待ち構えていた兵士や市民が好奇の目を向け、口々に罵声を浴びせた。
「裏切り者だ!」
「罪人を牢へ叩き込め!」
縄を引かれ、石造りの牢へ放り込まれる。
冷たい床に崩れ落ちたユリアンは、膝を抱えて小さく息を吐いた。
(……僕は、ここで終わるんだ)
胸の奥に広がるのは、自責と虚しさだけだった。
数刻後、牢の前に足音が響き、鉄格子越しに現れたのは青いローブを纏った男――マルセルだった。
その瞳には嘲笑が浮かんでいる。
「哀れだな、ユリアン・アルノー。いや……そう呼ぶのも滑稽か」
「……あなたは?……どうして」
「お前は、自分がなぜ追放されたのか本当の理由を知らぬのだろう?」
ユリアンは唇を震わせ、黙って見返す。
マルセルは愉快げに言葉を続けた。
「お前はアルノー家の人間ではない。……現王の庶子だ」
その一言に、ユリアンの心臓が強く跳ねた。
「……っ、そんな……僕が……王の……?」
「そうだ。正妃ではなく、侍女との間に生まれた子だ。
存在を隠すため、アルノー家の養子とされた……だが血は誤魔化せぬ」
ユリアンは頭を抱えた。
ずっと“お荷物”だと蔑まれてきた自分。
真実は――生まれながらに王位を脅かす存在だったのだ。
マルセルはさらに顔を近づけ、声を潜めた。
「第一王子が病に伏した今、お前は“次の王”たり得る存在だった。
第二王子派にとって、お前は邪魔以外の何者でもない。だから――こうして消される」
「僕が……邪魔……だから……」
ユリアンの胸に重くのしかかる現実。
“無能だから追放された”のではなかった。
“血を継いでいるからこそ、処刑される”。
涙がこぼれ、石畳に落ちていく。
マルセルは嗤った。
「お前の存在を知られる前に消せば、第二王子の王位を揺るぎないものになる。
せいぜい、自分の血を恨むんだな」
背を向け、牢を後にする足音が遠ざかっていく。
ユリアンはただ呆然と、冷たい鉄格子を見つめ続けた。
(僕は……生まれてこなければ……よかったのか)
心は沈み込み、声なき祈りが胸に浮かぶ。
(……それでも……ヴァルター。あなたに……もう一度、会いたい)
その願いだけが、絶望の中で彼を繋ぎ止めていた。
***
王都の広場に、ざわめきが渦巻いていた。
民衆が押し寄せ、中央の壇上には一本の処刑台が組まれている。
その上に引き立てられたのは、縄で縛られたユリアンだった。
衣は破れ、顔は泥に汚れていた。
その青い瞳だけはかすかに光を宿していた。
(……ここで、終わるのか)
全身が震える。
マルセルが背後に立ち、口角を吊り上げる。
「王国を脅かす反逆者は、今ここで摘まれる」
兵たちが槍を掲げ、群衆がどよめいた。
罪人として罵る声が、広場に響き渡る。
「裏切り者を裁け!」
「反逆者め!」
ユリアンの耳に、怒号が突き刺さる。
視界が滲み、心臓が潰れるほど痛んだ。
(僕は……結局、何もできなかった。ただ迷惑をかけるだけで……)
涙が頬を伝い、縄に落ちた。
突然、広場の空気が、異様に張り詰めた。
風が止み、影が揺らぐ。
次の瞬間、処刑台の真上に黒い稲妻が走った。
ドンッ――!
轟音と共に炎が広場を裂き、兵士たちが一斉に弾き飛ばされる。
悲鳴が木霊し、群衆が恐怖に駆られて逃げ惑った。
「な、何事だ……!」
マルセルの声が怒りと驚愕で震える。
煙の中から、一つの影が歩み出た。
長い黒髪を翻し、切れ長の瞳に灼けるような光を宿した男――ヴァルターだった。
「……そいつに触れるな」
低く鋭い声が、広場全体に轟いた。
兵士たちが恐怖に駆られ剣を抜く。
ヴァルターが片手を振ると、大地から無数の氷刃が生え、瞬く間に兵を貫いた。
炎が同時に迸り、逃げ惑う者たちを焼き払う。
「な、何という力……!」
「魔術師か……いや、怪物だ……!」
民衆は恐怖に後ずさり、広場のざわめきは絶叫へと変わった。
ユリアンは縄に縛られたまま、その光景を呆然と見つめていた。
心臓が激しく打ち、目から涙が溢れる。
「……ヴァルター……」
掠れた声が震えと共に漏れる。
マルセルが一歩前に出る。
「なぜお前が!? またしても王都を乱すつもりか!」
ヴァルターは冷徹に睨み返した。
「乱す? 笑わせるな。……お前たちこそ、権力に溺れ、人の命を弄ぶ卑劣な亡霊だ」
その声には冷たい怒りと、決して揺るがぬ決意が込められていた。
マルセルが呪文を唱えるより早く、ヴァルターは片手を振る。
ユリアンを縛っていた縄が炎に焼かれ、するすると解け落ちた。
「……立て、ユリアン」
静かな声。それは絶対の庇護を宿した響きだった。
涙に濡れた瞳でユリアンは見上げた。
その姿は冷たいはずなのに――どこまでも温かく見えた。
ヴァルターは振り返り、広場を埋め尽くす兵と術師たちを睨めつける。
「俺のものに、二度と触れるな」
その一言が空気を震わせ、怒涛の魔力が広場を覆った。
群衆の悲鳴が再び上がり、王都の中心は戦慄に包まれる。
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