祖国に棄てられた少年は賢者に愛される

結衣可

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最終話 粉だらけのユリアン

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 夕暮れ時の台所で、ユリアンは必死に小麦粉をこねていた。
 粉が舞い、白い煙のように周囲に漂う。

「……あれ、また手にくっついて……」

 額にも頬にも粉がついて、真っ白になりながら奮闘している。
 その様子を扉のところから見ていたヴァルターは、眉をひそめてため息をついた。

「……何をしている」

「わっ、ヴァルター! 見てください、パンを焼こうと――」

 振り返った瞬間、さらに粉が舞い、ユリアンの髪や服まで真っ白になった。
 本人は笑っているが、その姿にヴァルターは言葉を失う。

「……お前は戦場より厄介だ」

 低く呟き、近づいてきたヴァルターはタオルを取り上げると、乱暴ともいえるほど不器用にユリアンの頬を拭きはじめた。

「ちょ、ちょっと痛いです……」

「我慢しろ。まったく……」

 ごしごしと拭きながらも、目の前の頬は柔らかく、温かい。
 近くで見れば見るほど、その青い瞳に心を奪われていく。

「……っ」

 気づけば、ヴァルターの動きが止まっていた。
 拭くはずの手が、そっと頬を撫でている。

「ヴァルター……?」

 小さく呼ばれ、心臓が跳ねる。
 理性が告げる。「ここで止めろ」と。
 抑えきれない想いが、その声を打ち消した。

 強引に引き寄せると、唇が重なった。
 粉の甘い香りが混じる口づけが繰り返される。

「……ん……!」
 
 ユリアンは急な口づけに戸惑い、ヴァルターの衣を掴んだ。
 それでも目を潤ませて逃げずに応えようとする姿に、ヴァルターの胸は限界まで熱を帯びていく。

「悪いが……もう、抑えられない」

 低く囁き、彼を抱き上げる。
 驚いたユリアンは赤くなりながらも、首に腕を回した。

「ヴァルター……僕、怖くは……ありません」

 その言葉に、ヴァルターは強く唇を重ねる。
 奥の部屋へと運びながら、互いの熱はさらに絡み合っていく――

 ベッドにそっと降ろされ、そのままヴァルターが覆いかぶさる。
 ユリアンはヴァルターを見つめ、頬に手を添える。

「ヴァルター、大好きです。僕はもうあなたしか――」

 ユリアンの言葉を遮るように唇を塞がれる。
 
「もう何も言うな。これ以上煽られたら、お前が辛い思いをする」

 耐えるように囁くヴァルターはユリアンの手を掴み、それに口づけをした。
 その仕草にユリアンの身体が期待に熱を持つ。
 
「嫌です。あなたの……好きにしてほしいのに。どんなことをされても、……嬉しいだけです」

「……泣いても止めてやれないかもしれないが、それでもか」

「はい、ヴァルター、僕が泣いても、やめないで。」

 とろんと潤んだ青い瞳に見つめられ、ヴァルターは欲をぶつけてしまいそうになる衝動を抑える。

「……っ」

「ごめんなさい……もう熱いんです。ヴァルター、早く、……お願い、どうにかして」

「お前は……、覚悟しておけ」

 ヴァルターは噛みつくような口づけをしながら、ユリアンの服に手を掛けた。
 顎に、首筋に、鎖骨から胸元へ口づけを落としていく。

「……ん、あっ……やぁ……ん」

 時折、強く吸ってやると、ユリアンの身体が跳ねる。
 白く、滑らかな肌に赤い花びらが散っていく。
 
「ユリアン、全部見せろ。お前のすべてを愛してやる」

 ユリアンの耳元で囁き、首筋に噛みついた。

「んんんんっ、……は……ぃ、ヴァルター」

 嚙みつかれた痛みに、ユリアンの息が乱れていく。
 ヴァルターの強い愛が嬉しいユリアンは急かすように口づけをせがむ。

 その夜、ユリアンは初めて愛を知った。
 粉の香りも、暖炉の火も、すべてが甘い記憶へと溶けていく。

***

 朝の森は鳥のさえずりに包まれていた。
 窓から差し込む光に、ユリアンは身じろぎして目を覚ます。

「……ん……」

 毛布の中で小さく伸びをした瞬間、昨夜のことが鮮明に蘇った。
 頬が一気に熱くなる。

(わ、わ……ヴァルターと……あんな……!)

 胸の奥がじんわりと甘く痛み、体の奥まで熱を思い出す。
 顔を覆って転がりたくなるほど恥ずかしい。

 リビングに出ると、ヴァルターがいつも通りの顔で湯を沸かしていた。
 背筋を伸ばし、淡々と紅茶を淹れている。
 その姿があまりに普段通りで、ユリアンは逆に恥ずかしさを抑えきれず、足元でもじもじする。

「……おはようございます」

「ああ」

 短い返事。視線は茶器から動かない。
 耳の先がほんのり赤く染まっているのを見て、ユリアンは嬉しくなる。

(……あの人も、恥ずかしいんだ……)

 胸がくすぐったくなり、思わず笑みが零れる。
 カップを差し出され、ユリアンは受け取った。
 湯気が立ちのぼり、紅茶の香りが広がる。
 一口飲むと、体の奥まで温かさが沁みていった。

「……すごく美味しいです」

「当然だ」

 いつも通りのぶっきらぼうな言葉なのに、自分に注がれる視線はどこか柔らかい。
 ユリアンは頬を染めたまま、そっと小さな声で囁いた。

「……昨夜、すごく……幸せでした」

 ヴァルターの動きが止まる。
 無言でカップを口に運んだが、手がわずかに震えていた。

「身体は大丈夫か?」

「あ、はい、少しだけ……腰が痛いです」

 ユリアンは下向き、頬を染めて言った。
 その顔にまたも手が出そうになったヴァルターは何とか耐え、「そうか」と返す。

「ユリアン、今日は何もしなくていい」

「……じゃあ、ずっとヴァルターにくっついてます」

「それでは……仕事にならん」

 ヴァルターの困った顔がおかしくて、笑ってしまった。
 立ち上がろうとしたユリアンがふらついて、ヴァルターがすぐに支える。
 そのまま抱き上げ、ユリアンを抱えた状態でヴァルターが座った。
 すぐ近くにあるヴァルターの顔が心配そうにして、ユリアンを見つめてくる。
 
「あなたにたくさん愛された証拠なので、辛くありません」

(ふふ、幸せだなぁ……)

 ユリアンは胸の奥で暖かいものを感じながら、ヴァルターに身を預ける。
 森の朝は静かで、どこまでも優しかった。
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