鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可

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第8話 騎士の誓い

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 その日、謁見の間に立ち入ることを許されたのは、帝国の重臣たちと、遠路はるばるやってきたリュミエール王国の使者だけだった。
 エリアスはその場に呼ばれることなく、私室に留め置かれていた。

 閉ざされた部屋で、彼はただ落ち着かぬ心を抱えていた。

 ――自分の国の使者が来ている。
   もしや、これで解放されるのではないか。

 そう期待する一方で、なぜか胸の奥は重く沈んでいた。

 しばらくして、従者が部屋へと戻ってきた。
 その顔には困惑と緊張が混ざっている。

「どうした? 何があった」

 問いかけるエリアスに、従者は逡巡しながら答えた。

「……リュミエール王国の使者は、あなたの返還を求めました。
 しかし、陛下は……」

「……?」

 喉が鳴る。続きを促すと、従者は息を詰めた。

「“返すつもりはない。エリアスは帝国のものだ”――と、そう宣言なさいました」

 時間が止まったように、言葉が胸に突き刺さる。
 帝国のもの。
 まるで所有物のように、冷徹で強引な響き。
 その言葉の奥に潜む熱を知ってしまった自分の心臓は、不本意にも強く跳ねた。
 本来、誇りを踏みにじるもののはずなのに……体の芯が熱を帯びるのを感じてしまった。

「……馬鹿な。俺は……リュミエールの騎士なのに。
 どうして……」

 呟く声は震えていた。
 誇りと忠誠を盾にしてきたはずなのに、心は否応なく揺れている。
 あの皇帝が自分を誰にも渡さぬと宣言した。
 その事実が、どうしようもなく胸を締め付ける。

 ――俺は、喜んでいる?

 両手で顔を覆い、エリアスは苦悶の息を漏らした。
 否定すればするほど、胸の奥に芽生えた熱は強くなる。

***

 その夜、私室に戻ってきたオルフェンは、いつもと変わらぬ静かな眼差しでエリアスを見下ろした。
 オルフェンの視線の奥に確かに燃えていたものを、エリアスはもう見間違えなかった。

「……聞いたのか」

 短い問いに、返す言葉が出てこない。
 代わりに抱き寄せられ、耳元で囁きが落ちる。

「お前は帝国の、私のものだ。二度と、誰にも渡さない」

 その声が、誇りを蝕み、同時に甘美な熱となって心を縛っていくのを、エリアスはただ唇を噛み、抗えぬ熱に心を呑まれていった。
 鎖に繋がれ、捕虜として始まった日々は、いつしか抗いと安らぎが入り混じる奇妙な均衡に変わっていた。

 ――それでも、誇りは捨てていない。
 リュミエールの騎士であることに変わりはない。

 しかし、いつの間にかこの胸の奥に芽生えた熱だけは、もはや否定できなかった。
 そして……「失いたくない」と思ってしまった。

 エリアスは、静かにオルフェンの胸から離れた。
 大理石の床に片膝をつき、深く頭を垂れる。

「……皇帝陛下」

 オルフェンを呼ぶ声は少し震えていた。
 誇り高き騎士が、敵国の皇帝の前に自ら膝を折っている。

 それは服従ではなく――一人の男として、心から願っている証だった。

「俺に……貴方を守らせてくれ」

 その言葉に、黄金の瞳がわずかに見開かれた。
 エリアスは続ける。
 自らの矛盾を噛みしめるように、声を震わせながら。

「俺は祖国リュミエールの騎士だ。その誇りは捨てられない。
 それでも……それでも、お前を失うことだけは、耐えられない」

 室内に深い沈黙が落ちた。
 蝋燭の炎が揺れ、二人の影を寄せ合う。

 オルフェンはゆっくりと歩み寄り、エリアスの腕を取った。
 その手は決して強引ではなく、壊れ物を扱うように慎重だった。

「立て。……我が騎士よ」

 低い囁きが胸に落ちる。
 エリアスの心臓が激しく脈打ち、迷いを押し流す。

 ――祖国を裏切ることにはならないのか。
 ――誇りを捨てることにはならないのか。

 問いは尽きないが、今は迷いよりも、その言葉に応えたい心が勝った。

 ゆっくりと立ち上がり、剣を胸に抱き、視線を皇帝に向ける。
 その灰青の瞳は、覚悟に震えていた。

「……俺を、皇帝陛下の騎士としてお傍に」

 震える声で告げた瞬間、オルフェンの口元深い笑みが浮かんだ。
 それは支配者の笑みではなく、長く待ち望んだものを得た者の笑みだった。
 皇帝はその場で彼を抱き寄せ、耳元で低く囁く。

「お前は私の、“皇帝の騎士”だ。
 剣も心も、この身のすべてをもって、私を護れ」

 誓いの言葉と共に、強く唇が重なった。
 それはもはや囚われの証ではない。
 誇りと愛の両方を抱いた、騎士と皇帝の誓約の口づけだった。
 エリアスは瞼を閉じ、その熱を受け入れた。
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