鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可

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第9話 嫉妬深き皇帝

 朝、大広間へ向かう前に、エリアスはオルフェンの黒衣の外套を肩に掛けた。
 牢で鎖に繋がれていた自分が、今は皇帝の衣を整えている――その事実に、まだ時折戸惑う。

「似合ってる」

 思わず零れた言葉に、オルフェンは目を細めた。

「お前に言われるのは悪くない」

 低く落ちる声が、不思議と心地よく響いた。
 日が昇ると、政務に追われる皇帝の机の傍らに控えるのも、今はエリアスの役目になっていた。
 文官たちの報告が終わると、従者が茶を運んでくる。
 自然に手が伸び、盆を受け取って器を並べていた。

「助かります、エリアス殿」

 従者が穏やかに微笑む。

「陛下は頑固でして、昔から身の回りのことを人に任せようとされなかったのです」

「そうなのか」

 エリアスは驚き、微笑んで返した。

「……少しは人を頼ればいいのに」

 その何気ない会話の先で、オルフェンが静かに書簡から顔を上げていた。
 黄金の瞳が冷ややかに光り、低い声が落ちる。

「……必要以上に話すな」

 従者は慌てて頭を下げ、すぐに退いた。
 残されたエリアスは思わず呟いた。

「……陛下?」

 黄金の瞳が射抜くように向けられる。

「私の身の回りは、お前だけが担えばいい。他に誰も要らない」

「……嫉妬してるのか」

 思わず口をついた言葉に、オルフェンは一瞬黙り、やがて唇を歪めた。

「そうだ。……私は皇帝でありながら、お前のこととなると愚かになる」

 その告白に、胸が熱を帯びる。
 誇りや忠誠では説明できない感情が、心を縛っていく。

***

 日が暮れ、政務が終わると、先ほどの従者がそっとエリアスに近づいた。

「……今日も助かりました、エリアス殿」

「助けた覚えはない。ただ当然のことをしただけだ」

「いえ。陛下があれほど心を許されたお方は初めてです。
 私どもから見ても……貴方が傍にいてくださることは、陛下にとって救いなのでしょう」

 その真摯な言葉に、胸の奥が揺れる。
 孤独を背負い、すべてを己一人で抱え込んできた皇帝の姿を思い出し、言葉を失った。

 私室に戻ると、オルフェンは窓辺に立ち、黙って外を眺めていた。
 振り返った黄金の瞳が、静かに言葉を落とす。

「……従者と随分親しくしていたな」

「……ただ、感謝を伝えられただけだ」

「それでも気に入らない」

 低い声が重く響く。
 ゆっくりと歩み寄った皇帝は、そのままエリアスを寝台に押し倒した。

「お前は私のものだ。誰とも言葉を交わさなくていい」

「……嫉妬深い皇帝だな」

 呟いた唇を、強引に塞がれる。
 深く、執拗に、独占を刻みつける口づけ。

「当たり前だ。お前の声も、笑みも、涙も……私だけに向けろ」

 耳元に囁かれる声は拗ねているようで、それ以上に熱く、抗えなかった。
 胸の鼓動は苦しいほどに高鳴り、息を乱しながら、エリアスは小さく答える。

「……俺を疑うな」

 驚きと熱を帯びた黄金の瞳と正面から向き合い、エリアスは胸の奥の衝動を吐き出した。

「俺はこんなに……お前しか見ていないのに」

 震える手で衣を掴み、額をその胸に押し当てる。
 誇り高い騎士が、自ら触れて求める――その姿に、オルフェンは息を呑んだ。

「……臣下との関係が悪化すれば、帝国にとっても、お前にとっても良くない。
 俺は……お前のそばにいるためなら、なんでもする」

 それは捕虜の服従ではなかった。
 祖国への誇りを捨てずに、それでもただ一人の男として、心から寄り添おうとする誓いの言葉だった。
 エリアスはオルフェンの頬に手を伸ばし、そっと撫でる。

「陛下。たまには、名前で呼んでほしい。エリアスと」

「……」

「いつも”お前”しか言ってくれない」

「……エリアス」

 名前を呼ぶ声が震えていた。

「もう一度」

「エリアス」

「ふふ、名前呼ばれるのって、こんなに嬉しいんだな」

 強く抱き寄せられ、唇が深く重なる。
 心地よい熱に目を閉じれば、オルフェンの腕がエリアスに巻きつく。
 オルフェンの腕の中で、静かに眠りについた。

***

 やがて夜が明け、帝都に柔らかな朝日が差し込む。
 豪奢な寝台の上で、エリアスは浅い眠りから目を覚ました。

 ふと、隣に目をやる。
 そこには珍しく安らかな寝息を立てるオルフェンの姿があった。
 威圧も孤独も影を潜め、ただ穏やかな気配を漂わせている。

「……寝顔なんて、見られる立場じゃないのに」

 小さく呟きながらも、視線を逸らせない。
 無意識に伸ばした指先が黒髪をかすめる。
 その柔らかな感触を楽しむように触れていると――黄金の瞳が薄く開いた。

「……朝か」

 眠そうに、それでも確かにエリアスを見つめている。
 慌てて手を引き、背を向ける。

「な、何でもない……!」

 オルフェンの唇が微かに笑みを形作る。
 背後から回された腕に囚われ、低い声が耳を打つ。

「……見ていたのか」

「っ……!」

「構わん。いくらでも見ればいい」

 その囁きに胸が詰まり、言葉が出ない。
 ただ、朝の光に包まれながら、二人はしばし黙って寄り添っていた。
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