鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可

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第10話 従者の疑問

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 ある日の昼下がり、オルフェンが政務に出ている間、エリアスは私室の寝具を整えていた。
 かつて牢で鎖に繋がれていた自分が、いまは皇帝の部屋で寝具を整えている――その事実に、時折まだ戸惑いを覚える。
 補助に入った従者の一人が、控えめに声をかけてきた。

「……エリアス殿。ひとつ、ずっと気になっていたことがありまして」

「何だ?」

 従者は言い淀み、視線をシーツに落とす。
 そして、少し声を潜めて続けた。

「あなたは皇帝の寵愛を受けているのでは、と噂する者が多いのです。
 ですが……こうして寝具を整えていても、そうした形跡が見当たりません。
 つまり……本当に何も……?」

「っ……!」

 耳まで赤く染まり、エリアスは思わずシーツを強く握りしめた。

「な、なぜ俺にそんなことを聞く!」

「いえ、失礼は承知で……」

 従者は苦笑しつつ首を振る。

「長く従者をしておりますが、今までこんな、陛下が誰かと過ごすなど前例がなく……、皆気になってしまって」

 図星だった。
 オルフェンは毎夜のように口づけは与えてくる。
 しかし、その先に踏み込むことは一度もない。

「……確かに……そうだ」

 小さな声で認めてしまい、さらに顔が赤くなる。
 従者は一瞬考え込み、やがて穏やかに微笑んだ。

「……その様子、……陛下に大事にされているのですね」

「……大事……?」

「ええ。欲望に任せるのではなく、誓いを立てた騎士として、心から尊んでおられる。
 だからこそ、手を出せないでいるのかもしれません」

 その言葉が胸に落ち、エリアスはますます俯いた。
 耳まで熱くなり、声も出せない。

「……そんなこと……あるはずが……」

 弱々しい呟きは、それでもどこか嬉しげだった。

***

 政務を終え、オルフェンが私室に戻ると、寝台の端に腰を下ろしたエリアスが、珍しく落ち着かない様子で迎えた。

「……どうした。顔が赤いな」

 黄金の瞳が鋭く射抜く。

「な、何でもない」

 慌てて視線を逸らすが、オルフェンは容赦なく隣に腰を下ろす。

「……言え」

 低い声に、観念したように息を吐き、エリアスは問いを口にした。

「……なんで、俺に……手を出さない?」

 一瞬、空気が凍りついた。
 オルフェンの瞳が大きく見開かれ、すぐに細められる。

「……従者にでも吹き込まれたか」

「……!」

 図星を突かれて、耳まで真っ赤になる。
 もう引き下がれなかった。
 己の心が知りたがっていることも自覚していた。

 オルフェンはゆっくりと手を伸ばし、エリアスの頬を撫でた。
 その指先は、いつもより熱を帯びている。

「捕虜としてなら、欲望のままに奪えばよかった。
 だが、お前はもう“私の騎士”だ。
 誓いを交わした者に、獣のように触れることはできない」

「……大事……だから……?」

「ああ、そうだ。私はお前を壊すことが恐ろしい」

 その告白に、胸が強く揺れた。
 誇りも抗いも意味を失い、ただ心臓の鼓動が速くなる。

「……壊れるほど、触れてみないと……わからないだろう」

 自分の口から出た言葉に、エリアスは目を見開いた。
 オルフェンの瞳が、炎のように熱を帯びる。

「……挑発しているのか」

「挑発じゃない……俺は……」

 震えながらも正面から言い切った。

「お前を信じている」

 エリアスの瞳が揺らぎ、次いで決意を宿す。
 強く抱き寄せられ、深い口づけが落ちる。

 唇が離れ、互いの呼吸が荒く絡む。
 黄金の瞳は熱に燃えながらも、どこか怯える色を宿していた。

「……エリアス」

「俺はそんなにヤワじゃない」

 エリアスはまっすぐに言い返す。

「だから……触れてくれ」

 その言葉に、オルフェンの息が乱れた。
 豪奢な寝台に背を押され、視界いっぱいに皇帝の影が広がる。

 首筋に落ちる口づけは熱を帯び、胸の奥に焼き印のように刻まれる。
 それは捕虜への暴力ではなく、誓いを選んだ騎士への愛の証。

「……エリアス」

 名を呼ぶ声は、孤独な皇帝ではなく、一人の男の声だった。

 絡み合う指先、近づく吐息。
 二人は誇りと愛を抱き合いながら、長い夜に沈んでいった。
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