鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可

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最終話 囚われの騎士

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 柔らかな光が、重厚な帳をすり抜けて差し込んでいた。
 豪奢な寝台の上、エリアスは目を覚ます。
 全身に残る温もりと、胸を満たす深い安堵――

 自分を抱えて眠るオルフェン。
 いつも孤独を背負い、黄金の瞳で全てを制してきた男が、今は静かに眠り、わずかに緩んだ表情を見せている。
 誇りを掲げて戦場を駆けた騎士の心に、初めて穏やかな熱が宿っていた。

 ――俺はもう、戻れない。
   この人の傍を離れることなど、できない。

 そっと身を寄せ、額にかかる黒髪を指で払う。
 眠る男の頬に、かすかな影と光が揺れた。

「……愛してる」

 誰にも聞かれないほど小さな声。
 自分の胸に刻むように、確かに囁いた。
 そして眠るオルフェンの唇に、静かに口づけを落とす。
 それは誓いでも義務でもない、ただの想い。

 満たされた心に微笑みを浮かべ、再びその腕の中に身を沈めた。
 朝の光が二人を包み、永遠の安らぎのように流れていく。

 静かな寝息の合間に、意識はゆるやかに覚醒していった。
 瞼を開けずとも、腕の中にいる温もりで全てが分かる。
 エリアスが寄り添い、微かな吐息を洩らしている。

 ――耳に届いたその一言は、眠りの底まで届いていた。

『……愛してる』

 夢の中の幻ではない。
 唇に落とされた柔らかな感触と共に、確かに心に刻まれていた。

 オルフェンは目を閉じたまま、腕に力を込める。
 静かに目を開くと、朝の光に照らされた栗色の髪と、無防備な寝顔が視界に広がった。
 唇を寄せ、今度は自らエリアスの額に口づけを落とす。

「私も愛している、エリアス」

 眠る相手に届くかどうかも分からぬ声で告げた。
 それで良かった。
 互いの誇りと心を越えて、今ようやく結ばれた絆が、確かにここにあるのだから。

 ――そして朝。

「昨夜の囁き、悪くなかった」

 低い声に心臓が跳ねる。

「っ……!?」

 振り向くと、黄金の瞳がすでに開かれていた。
 穏やかな笑みを浮かべ、こちらを見ている。

「な……聞いてたのか……!」

「眠っていると思ったか?」

「だ、誰が起きてるなんて……!」

 顔を真っ赤にして視線を逸らすエリアスを、背後から抱き寄せる。

「愛してる、と確かに聞いた」

「……っ……!」

「ようやく、お前の心からの言葉が聞けた」

 耳元で囁かれ、全身が熱に包まれる。
 エリアスはうつむいたまま小さく呟いた。

「……忘れてくれても良かったのに」

「忘れられるものか」

 オルフェンは笑みを深め、額に口づけを落とす。

「むしろ、何度でも言わせてやろう」

「なっ……!」

 さらに赤くなるエリアスを、皇帝は心底楽しそうに抱き締めた。
 甘く満ちた朝の空気は、二人だけの秘密を優しく包み込む。

***

 その朝、オルフェンが政務に向かったあと、エリアスはいつものように私室を整えていた。
 寝台のシーツを直し、散らばった衣を片付ける――そんな日常。

 そこへ従者が入ってきて、補助のために机の上の書簡をまとめ始める。
 ふと、視線が寝台に止まった。

「……」

 従者の口元に、抑えきれない笑みが浮かぶ。

「……な、何だ」

 エリアスは思わず声を荒げた。

「いえ。ただ……今朝の寝台は、いつもより乱れているように見えまして」

「っ……!」

 耳まで一気に赤く染まり、エリアスは慌ててシーツを引き直した。

「ち、違う! これは……ただ、寝相が悪かっただけだ!」

「……なるほど。皇帝陛下の、寝相が」

 従者は涼しい顔でそう返し、深く頭を下げる。

「――良かったですね、エリアス殿」

 その一言に、全身が固まった。

「な、なにを勝手に……っ!」

 シーツを直す手が震え、視線を逸らしたまま顔は真っ赤に染まる。
 従者はそれ以上追及せず、穏やかな笑みを残して部屋を出て行った。
 静まり返った室内で、エリアスはうずくまるように寝台に額を押し付けた。

「……ああもう……! 本当に、どうして俺は……」

 羞恥と、否定しようのない幸福が胸の奥で同時に渦巻いていた。
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