11 / 30
第3章:灰色のユニフォーム
3-2:食堂の混沌
しおりを挟む
結局、大地は蓮を部屋に残し、一人で食堂へと向かった。
居住エリアから食堂へと続く廊下は、同じ灰色のジャンプスーツを着た若者たちで溢れていた。同じ服を着ているはずなのに、不思議と誰が誰だか見分けがついた。その人が纏う雰囲気や、歩き方、姿勢が、服装という記号以上に、その人の個性を雄弁に物語っていたからだ。
食堂は、だだっ広い空間だった。工場の社員食堂を思わせる、飾り気のない長テーブルとパイプ椅子が整然と並べられている。配膳カウンターには、すでに食事を求めるクルーたちの列ができていた。
大地の目に、ひときわ目立つ一団が映った。
雨宮健吾を中心とした、数人の体育会系らしい男たちだ。健吾は、まるで昔から知っている仲間のように彼らに馴れ馴れしく話しかけ、早くも自分の派閥を形成しようとしているようだった。
「いいか、俺たちはチームだ!まずは飯を食って、体力をつけねえとな!」
その声は大きく、自信に満ちている。だが、誰もが彼に従っているわけではなかった。
「うっわ、何このメシ。マズそー」
配給されたトレーの上に乗った簡素な食事――麦飯、具の少ない味噌汁、そして魚の缶詰――を見て、佐藤結実が大声で文句を言った。
カウンターの内側で配膳をしていた、人の好さそうな顔の青年が、困ったように眉を下げる。彼は元料理人志望の坂本洋平(さかもと ようへい)だった。
「ご、ごめん。今日はこれしか食材がなくて……」
「言い訳してんじゃねえよ!食い物の恨みは恐いんだぞ、わかってんのか!」
結実の恫喝に、坂本はすっかり萎縮してしまっている。
その一方で、星乃しずくは、誰とも関わらず、一人で窓際の席に座っていた。彼女の周りだけ、空気が違う。誰も、彼女に声をかけることができない。彼女は、ただ無心に、そして驚くほど速く食事を口に運び、食べ終えると誰に挨拶することもなく、さっさと食堂を出て行った。それは、生きるための「作業」のように見えた。
大地は、どこにも属することができず、トレーを持って食堂の中をうろついた。健吾たちのグループは暑苦しいし、結実に絡まれるのもごめんだ。かといって、一人でいる勇気もない。
結局、彼は一番隅のテーブルで、同じように一人で食事をしていた、元農業高校生の大山五郎の向かいに、おずおずと腰を下ろした。大山は、大きな体を小さく丸め、不器用な箸使いで黙々と麦飯を口に運んでいた。大地が目の前に座ったことに気づいているのかいないのか、彼は一度も顔を上げなかった。
味は、なかった。
大地は、ただ腹を満たすためだけに、砂を噛むようにして食事を胃に流し込んだ。
チームワーク。運命共同体。三笠博士の言葉が、空々しく響く。
ここは、バラバラな個人の欲望と、不信と、諦めが渦巻く、混沌の坩堝だった。
食事を終える頃、食堂の入り口に三笠博士が現れた。
彼の姿を認めると、騒がしかった食堂が、水を打ったように静まり返る。
三笠は、マイクも使わずに、よく通る声で言った。
「最初の食事は、口に合ったかね?」
その問いに、何人かが皮肉な笑みを浮かべた。
「さて、今後の君たちの生活について、基本的なルールを伝える。起床は毎朝6時。点呼の後、朝食。午前中は基礎訓練。午後は、各自の専門分野に分かれてのシミュレーション訓練。夕食の後、22時には消灯だ。……質問は?」
誰も、手を挙げない。まるで、刑務所の規則説明を聞いているかのようだった。
「よろしい。明日の朝から、早速訓練を開始する。……ああ、それから一つ言い忘れていた」
三笠は、悪戯っぽく口の端を上げた。
「このプロジェクトには、脱落というルールがある。訓練の評価が著しく低い者、協調性を著しく欠く者は、クルーから外れてもらう。……そうなった者がどうなるか。それは、君たちの想像に任せよう」
その言葉は、彼らの間に、冷たい、決定的な楔を打ち込んだ。
ここは、馴れ合いのキャンプではない。
生き残りを賭けた、選別の場なのだと。
食堂を出て、自室へと戻る足取りは、来た時よりもさらに重くなっていた。
居住エリアから食堂へと続く廊下は、同じ灰色のジャンプスーツを着た若者たちで溢れていた。同じ服を着ているはずなのに、不思議と誰が誰だか見分けがついた。その人が纏う雰囲気や、歩き方、姿勢が、服装という記号以上に、その人の個性を雄弁に物語っていたからだ。
食堂は、だだっ広い空間だった。工場の社員食堂を思わせる、飾り気のない長テーブルとパイプ椅子が整然と並べられている。配膳カウンターには、すでに食事を求めるクルーたちの列ができていた。
大地の目に、ひときわ目立つ一団が映った。
雨宮健吾を中心とした、数人の体育会系らしい男たちだ。健吾は、まるで昔から知っている仲間のように彼らに馴れ馴れしく話しかけ、早くも自分の派閥を形成しようとしているようだった。
「いいか、俺たちはチームだ!まずは飯を食って、体力をつけねえとな!」
その声は大きく、自信に満ちている。だが、誰もが彼に従っているわけではなかった。
「うっわ、何このメシ。マズそー」
配給されたトレーの上に乗った簡素な食事――麦飯、具の少ない味噌汁、そして魚の缶詰――を見て、佐藤結実が大声で文句を言った。
カウンターの内側で配膳をしていた、人の好さそうな顔の青年が、困ったように眉を下げる。彼は元料理人志望の坂本洋平(さかもと ようへい)だった。
「ご、ごめん。今日はこれしか食材がなくて……」
「言い訳してんじゃねえよ!食い物の恨みは恐いんだぞ、わかってんのか!」
結実の恫喝に、坂本はすっかり萎縮してしまっている。
その一方で、星乃しずくは、誰とも関わらず、一人で窓際の席に座っていた。彼女の周りだけ、空気が違う。誰も、彼女に声をかけることができない。彼女は、ただ無心に、そして驚くほど速く食事を口に運び、食べ終えると誰に挨拶することもなく、さっさと食堂を出て行った。それは、生きるための「作業」のように見えた。
大地は、どこにも属することができず、トレーを持って食堂の中をうろついた。健吾たちのグループは暑苦しいし、結実に絡まれるのもごめんだ。かといって、一人でいる勇気もない。
結局、彼は一番隅のテーブルで、同じように一人で食事をしていた、元農業高校生の大山五郎の向かいに、おずおずと腰を下ろした。大山は、大きな体を小さく丸め、不器用な箸使いで黙々と麦飯を口に運んでいた。大地が目の前に座ったことに気づいているのかいないのか、彼は一度も顔を上げなかった。
味は、なかった。
大地は、ただ腹を満たすためだけに、砂を噛むようにして食事を胃に流し込んだ。
チームワーク。運命共同体。三笠博士の言葉が、空々しく響く。
ここは、バラバラな個人の欲望と、不信と、諦めが渦巻く、混沌の坩堝だった。
食事を終える頃、食堂の入り口に三笠博士が現れた。
彼の姿を認めると、騒がしかった食堂が、水を打ったように静まり返る。
三笠は、マイクも使わずに、よく通る声で言った。
「最初の食事は、口に合ったかね?」
その問いに、何人かが皮肉な笑みを浮かべた。
「さて、今後の君たちの生活について、基本的なルールを伝える。起床は毎朝6時。点呼の後、朝食。午前中は基礎訓練。午後は、各自の専門分野に分かれてのシミュレーション訓練。夕食の後、22時には消灯だ。……質問は?」
誰も、手を挙げない。まるで、刑務所の規則説明を聞いているかのようだった。
「よろしい。明日の朝から、早速訓練を開始する。……ああ、それから一つ言い忘れていた」
三笠は、悪戯っぽく口の端を上げた。
「このプロジェクトには、脱落というルールがある。訓練の評価が著しく低い者、協調性を著しく欠く者は、クルーから外れてもらう。……そうなった者がどうなるか。それは、君たちの想像に任せよう」
その言葉は、彼らの間に、冷たい、決定的な楔を打ち込んだ。
ここは、馴れ合いのキャンプではない。
生き残りを賭けた、選別の場なのだと。
食堂を出て、自室へと戻る足取りは、来た時よりもさらに重くなっていた。
0
あなたにおすすめの小説
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
アガルタ・クライシス ―接点―
来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。
九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。
同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。
不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。
古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。
シスターヴレイヴ!~上司に捨て駒にされ会社をクビになり無職ニートになった俺が妹と異世界に飛ばされ妹が勇者になったけど何とか生きてます~
尾山塩之進
ファンタジー
鳴鐘 慧河(なるがね けいが)25歳は上司に捨て駒にされ会社をクビになってしまい世の中に絶望し無職ニートの引き籠りになっていたが、二人の妹、優羽花(ゆうか)と静里菜(せりな)に元気づけられて再起を誓った。
だがその瞬間、妹たち共々『魔力満ちる世界エゾン・レイギス』に異世界召喚されてしまう。
全ての人間を滅ぼそうとうごめく魔族の長、大魔王を倒す星剣の勇者として、セカイを護る精霊に召喚されたのは妹だった。
勇者である妹を討つべく襲い来る魔族たち。
そして慧河より先に異世界召喚されていた慧河の元上司はこの異世界の覇権を狙い暗躍していた。
エゾン・レイギスの人間も一枚岩ではなく、様々な思惑で持って動いている。
これは戦乱渦巻く異世界で、妹たちを護ると一念発起した、勇者ではない只の一人の兄の戦いの物語である。
…その果てに妹ハーレムが作られることになろうとは当人には知るよしも無かった。
妹とは血の繋がりであろうか?
妹とは魂の繋がりである。
兄とは何か?
妹を護る存在である。
かけがいの無い大切な妹たちとのセカイを護る為に戦え!鳴鐘 慧河!戦わなければ護れない!
ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした
夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。
しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。
彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。
一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる