底無しポーターは端倪すべからざる

さいわ りゅう

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〈別視点〉 ベルハイトと星月夜

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 ある日昼食をとっていた店で、不穏な話を耳にした。魔窟ダンジョンに生息するはずの魔物を魔窟ダンジョンの外で見たというものだ。見間違いでなければ、異常事態イレギュラーもあり得る。
 そう考えながらふと視線をずらした時、別の席に座っていたと目が合った。
 濃紺の髪と金色の瞳。整った容姿は人目を引きそうだなと思った後、ハッとする。
 アイアンラビットの話、聞こえただろうか。不安にさせたかもしれない。声をかけるべきか迷った俺の視界に、予想外のものが入り込んだ。

 重なり合った、分厚いステーキの山。

 ……うわぁ。

 あれだ。グランドベアの。確か五人前だったよな?いやあれ注文するやついるのか。などと思いながら、つい目を逸らしてしまった。

 しまった…。声をかけるタイミング逃した。

 一瞬見ただけだが、やたら落ち着いていたし大丈夫だろうと自分を納得させる。
 俺はアイアンラビットを目撃した行商人夫婦に詳しい場所を聞いた後、冒険者ギルドに報告をしてから現地へ向かった。





 完全にしくじった。
 単独行動で背後を取られた挙げ句、毒をくらうなんて。
 アイアンラビットの目撃情報を聞き、現場の調査に来たが、そこで別の魔物に襲われた。グランドベアとゴニアスネークだ。応戦したが最初にくらった毒のまわりが早く、すぐに動けなくなった。地面に倒れ、ここで終わりなのか、なんて頭を過ぎったのだが、何を思ったのかグランドベアは俺を引き摺って魔窟ダンジョンへと入っていく。

 は?なんで……。

 俺の疑問に答えるものなどいるはずもなく、ゴツゴツとした地面を遠慮なく引き摺られているうちに、意識が遠のいていった。





 気を失ってから、どれくらい経っただろうか。
 唸り声と殺気立った空気に、暗転していた意識が浮上した。

「――無限保存庫ストレージ開放アンロック

 凛とした声に呼応し、展開する両手の魔法陣。
 そこから繰り出される様々な属性の魔法。それを扱っている本人の動きも、まるで常人のそれではない。

 魔物と対峙していた小さな人影は、あっさりとその脅威を屠ってしまった。

 魔物が完全に沈黙したことを確認した人影が、こちらへ歩いて来る。 
 ぼんやりとした視界に人の姿が映り、ややあって、その手元が温かい光を放つ。回復魔法の類だろうそれは、ほとんど感覚の無い俺の身体を一瞬で包んだ。

「――れ――んで」

「……?」

 何か言っているが、よく聞こえない。
 ふいに頭を少し持ち上げられ、口元に何か押し当てられた。ひんやりした液体が口の端から顎に伝う。

「飲んで」

 先程よりも大きな声で言われ、俺はなけなしの力でその液体を嚥下する。

 ……解毒薬アンチドーテ…。

 覚えのある苦味にそう理解し、むせそうになるのを堪えて、注がれるそれを飲み干した。

 解毒剤の効きが早いのか、視界がだんだん鮮明になる。かなり質の良いものだったのだろう。

「………きみ、は…」

 その顔には見覚えがあった。
 落ち着いた雰囲気のある、十代半ばくらいの整った顔立ち。見上げているからか、その容姿はまるで星が輝く夜空のようで。

 ……ああ、そうだ。

「…………、やまもり…にくの……」

 ……何を言ってるんだ俺は。
 いや確かに、俺の覚え違いでなければ[草原のはちみつ亭]で厳ついステーキ食べてた少年だけど…。

 ……駄目だ、頭が回らない。

 それ以上何も言わない俺を彼はじっと見下ろし、その表情を崩さずに。

「あと十人前は食べられる」

「………………は……?」

 冗談だろ………。

 真顔で宣言され、俺は言葉にならない声しか返すことが出来なかった。そんな俺の胸中など意に介さず、少年はふいに手を伸ばす。

「眠っていていいよ。心配ない」

 静かな声と、額を撫でる温かな感触。それが存外心地良くて、俺はあっさりと意識を手離していた。

 



 次に目が覚めたのは翌日の日が昇る頃。冒険者ギルドにある救護室のベッドの上だった。
 身体を起こして確認しても、どこにも痛みや不調は感じない。あの少年が使ってくれた薬や回復魔法の効果は絶大だったようだ。本当に感謝してもしきれない。
 ベッドから降りた俺は、すぐにギルド長を訪ねた。



「少年、ですか……」

 事の経緯を説明すると、俺とギルド長の認識には違う点があった。
 俺を助けてくれた少年は、ギルドに姿を見せていないらしい。

「君をここに運んだのはカイン君のパーティーで、彼らによれば、君は魔窟ダンジョンの外に倒れていたと…」

 カインがリーダーを務めるパーティー[風のつるぎ]。彼らにも後で礼を言わなければ。

魔窟ダンジョン内で助けてくれた少年がいるんです。俺は毒を受けて意識が朦朧としていましたが、魔物を倒したのも治療をしてくれたのもその少年で…」

「そうだったんですか…。ベルハイト君の知らない人となると、ここを拠点としている冒険者ではないですね…」

 ユトスを拠点にしている冒険者ならば、顔を見れば大体分かる。あの少年の人目を引く容姿なら尚更だ。

「その少年はどんな人ですか?」

 問われて、少年の姿を思い起こす。
 [草原のはちみつ亭]で見た時。魔窟ダンジョンで助けられた時。
 
 そしてぽろりと言葉が零れた。
 
「……星月夜」

「え?」

「あ…、いやえっと……。その、夜に似た…濃紺色の髪で……、瞳は…星みたいな金色、だったので……」

 無意識に零れた言葉に慌てて付け足すが、更に余計な事を言った気がする。
 じわじわと羞恥心に襲われる俺をよそに、ギルド長は数秒間を置いて、

「………。なるほど!」

 何故か満面の笑みを浮かべた。

 なんですか、その微笑ましいものを見るような目は。 

「紺色の髪と金色の瞳、ですか…。もしかして…。いや、あの子はパーティーを組んでいるはず…」

「?」

 ギルド長は何か呟きながら考え込んでいたが、よく聞こえなかった俺は少年を探す旨を伝え、ギルドを出た。
 そういえば、どうやって俺を魔窟ダンジョンの外まで運んだのだろうか。俺よりかなり小柄だったと思うのだが。


 
 ちょうど冒険者ギルドに来ていたカイン達[風のつるぎ]に丁重に礼をした後、俺は[草原のはちみつ亭]に向かった。念の為カインにもあの少年の事を訊いてみたが、やはり見ていないらしい。
 今のところ手掛かりは[草原のはちみつ亭]だけだ。昨日もあそこで給仕をしていた女性、ハンナなら、あの少年のことを知っているかもしれない。
 店に入ると、折よくハンナが出迎えてくれた。
 
「いらっしゃいませー!…あら、ベルハイトさん」

「おつかれさま。すまないが、今日は食事に来たんじゃないんだ。君にちょっと訊きたいことがあって…」

「訊きたいこと?」
 
「昨日の昼間、あの席でグランドベアのステーキを食べていた客がいたと思うんだが…」

「ああ、キングサイズの!」

 少年が座っていた席を示すと、ハンナはすぐに察した。まあ、あれを注文するやつは、なかなかいないだろうからな…。

「あの少年のこと、何か知っていたら教えてほしいんだ。名前とか…」

 するとハンナはきょとんとして、
 
「少年?女の子でしょう?」

 思いがけないことを言った。

 おんなのこ………。え、女の子?
 
「は?」

「え?」

 お互いに「何を言ってるんだ」と顔を見合わせる。
 だがそう言われてみると確かに、華奢で声も高めだった気がする。もしかして少女だったのか?

「ええと、まあとにかく……。ベアのキングサイズを完食した、紺色の髪の子よね?確か、六日くらい前からかしら。一日に一度はここで食事をしてくれるの。今日も朝食を食べに来てくれたわよ」

 あれを完食したのか。というか、ほんの数時間前ここにいたのか……!

「この町の子だろうか?」

「いいえ。仕事で来たそうよ。私が知ってるのは、これくらいね。名前とかは分からないわ」

 ちょうどその時、食事客がハンナを呼ぶ声がした。

「仕事中にすまなかった。ありがとう」

 ハンナは「どういたしまして」と言い、足早に食事客の方へ。俺は店を後にした。



 

「――あ、いた!ベルハイトさーーん!」
 
[草原のはちみつ亭]を出て、どうやってあの子を探そうか考えていると、呼び止める声がした。
 振り向くと、ギルド職員がこちらへ走って来ていた。ユトスのギルド職員の中では最年少のターナだ。

「どうした?何かあったのか?」

「すぐギルドに戻ってください!今いらしてるんです、ベルハイトさんを助けてくれたかたが!」

「!本当か?!」

「はい!ギルド長から聞いてたとおりの人だったので、すぐ分かりましたよ!」

 聞いてたとおり?……嫌な予感がする。

「ほんとに『夜空に似た紺色の髪と、星のような金色の瞳』でしたね~」

 ふふふっ、と自分の両頬に手を添えて何やら楽しげなターナに、俺は一瞬絶句した。

「っ、それ…、本人には…」

「え?あ!言い忘れました!」

「いやいい!言わなくていいから!」

 危なかった…。少年、いや少女?の特徴をギルド長に訊かれて、ついそのように言ってしまったんだった。というかギルド長、ターナにまでそのまま伝えてなくてもいいのに…。
 いや、今はそれよりギルドへ行かなければ。

 俺はターナに礼を言って、冒険者ギルドへ急いだ。
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