底無しポーターは端倪すべからざる

さいわ りゅう

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第二十四話 餞別と祝い酒

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 孤児院で話を聞いた後、僕とベルハイトはダイアーと一緒に、[草原のはちみつ亭]で昼食を摂ることにした。
 謎の魔石の件はあまり大きな声で話せないので、給仕の女性――ハンナに個室に通してもらった。

 まずは注文を、ということでメニューを開く。するとダイアーが「奢ってやるから、たらふく食え」と言ってくれたが、丁重にお断りした。なぜなら。

「グランドベアのステーキセット、キングサイズ――五人前です!」

 心置きなく食べたかったから。
 賭けの賞品ならともかく、善意に甘えて食べるには少しあくどい量だ。

 テーブルに並べられた肉の山に、男性二人がドン引きしている。

「……マジで食うのか?これ」

「マジで食います」

 僕が淀み無く答えると、ダイアーの顔が引き攣った。ベルハイトはもはや何も言わない。



 孤児院で聞いた話をダイアーに共有しながら食事を進め、話し終わった頃。
 ダイアーがそれを見計らったかのように、含みのある悪い笑みでベルハイトを見た。
 
「で?お前、あれ使ったのか?餞別」

「っ!」

 ベルハイトは吹き出しそうになった口元を慌てて押さえ、急いで呑み込んだ。

「……っ、今ここでその話します?!」

「今じゃなきゃ、いつするんだよ。お前が妙に俺に当たりが強いのも、あれの事だろ?失敗したのか?」

 ベルハイトがトゲトゲしているのは、ダイアーが渡したという餞別が原因なのか。

 ……失敗する餞別ってなんだ?

 ベルハイトはギッとダイアーを睨んでいる。本当にこの話をしてほしくないのだろう。

「そもそも使ってませんからっ。ついでに言うと、未成年ですからね!」

 誰が。
 
「ほーん……。じゃあ、まだデカくなるかもな!」

 なにが。

「なりませ……っ、~~~知りませんっ!」

 だから何が。

 ベルハイトはもうダイアーを無視し、八つ当たりのように食事を口に運んでいく。

 これ以上は本当に怒らせると思ったのか、ダイアーは話し相手を僕に切り替えた。 

「俺ぁ最初、嬢ちゃんのこと男だと思ってたんだよ」

 知ってる。「坊主」って言ってたから。
 
「よく間違えられます」

「だろ?でもギルド長は女だって分かってたぜ。ターナ……、うちのギルド職員にも、どう見ても女の子だ、って怒られちまった」

 ははは、と一人で笑っていたかと思うと、ダイアーは再びご機嫌ナナメな後輩に向き直った。

「お前は最初から分かってたのか?」

「…………なにがですか」

「嬢ちゃんが女だってこと」

「…………分かってたというか…、……その……」

 妙に歯切れが悪い。ダイアーだって男だと思っていたのだから、そうならそうと言えばいいのに。

 ややあって、ベルハイトは苦悶の表情で、
 
「………………ずっと、どっちだろう……って、思ってました……」

 搾り出された返答に、ダイアーが盛大に吹き出した。

「ひ、はははははっ!!おっま……、え、何?マジか?!」

「だって仕方ないじゃないですか!!急に女の子に見える瞬間があったり、突然男前なこと言ったりするんですよ、この人!!言動で性別を判断するのはどうかと思いますけど、この間だって……っ」

 この間?僕、何かしただろうか。

 思い当たる事がない僕をよそに、ダイアーのニヤニヤが止まらない。

「なんだなんだ、何があった?オニーサンに話してみろ」

「ダイアーさんにだけは、絶対言いません…っ」

 僕は当事者のはずなのに、何の話かまったく分からない。

 ダイアーとベルハイトの攻防は、僕がグランドベアを平らげるまで続いた。





 食事を終えてしばらく休憩した僕達は、再びユトスを後にした。
 別れ際にダイアーさんに「手合わせの機会があったら、賭けるのは食いもん以外にする」と言われてしまった。少し惜しいことをした。

 王都までの道のりをざっくりユトス経由と言ったが、ユトスと王都の間には三つほど町がある。
 二つはユトスよりやや小規模でギルドは無く、もう一つは少し規模の大きい街で、三大ギルドを構えている。
 ユトスから一番近い町へは、今から徒歩で向かっても、日が沈む頃には辿り着く。そこで一泊し、翌日に乗合馬車で次の町へ。さらに一泊して、再び乗合馬車で王都へ向かう。三大ギルドのある街は少し逸れるので、今回は立ち寄らない。



 そうして日が沈んだ頃。一つ目の町、オデットに到着したのだが。

「今日はあと一部屋しか空いてないの。ベッドは二つある部屋なんだけど、いいかしら?」

 オデットの宿屋の女将が申し訳なさそうに言った。
 どうやら他の部屋は満室らしい。一泊だし、僕もさすがにこの場面で、一人がいいなんて言わない。
 
「大丈夫です」

 僕は女将に頷いたのだが、

「大丈夫じゃないです」

 ベルハイトという名の伏兵が現れた。

 なぜだ。
 
「ベッド、二つあるんですよ?」

「ベッドの数じゃなくて、同じ部屋なのが問題なんです。気にするとこ違いますから。いい加減、少しは危機感持ってくれません?」

 真顔で怒られたが、野営はよくて宿屋が駄目な理由が分からない。

 ベルハイトは女将に尋ねる。

「この町って、他に宿屋は…」

「あるにはあるけれど、空いてるかどうか…。ほら、今ってプラドフロッグが増える時期でしょう?野宿を避けてこの町に泊まる人が増えるのよ」

 それでもベルハイトは同室を受け入れられないようで、

「ルカさんはここに泊まってください。俺は他の宿に行きますから」

 そう言うと、止める間もなく行ってしまった。



 そして一時間後。

「………………」

 ベルハイトはもう一つのベッドに、無言で座っていた。

 結局他の宿も満室だったらしく、野宿をすると言い張るベルハイトを、力ずくで部屋に引きずり込んだ。

 せっかく屋根のある場所で寝れるのに、何が悲しくて野宿を選ぶんだ。僕と同室はそんなに嫌か。野営もしてるのに。

 その時だった。

「うわあっ?!」

 ベルハイトの魔法鞄マジックバッグが爆発――じゃない、中に収納していた物が勢いよく飛び出した。

「……魔力切れ、ですね」

 そう。魔法鞄マジックバッグは取り付けている魔石の魔力が切れると、中に入っているものが飛び出すか、鞄内の空間ごと消失する。しかしこれで鞄自体は壊れないのだから凄い。

 他の宿を探していたせいで、魔力を補充するのを失念していたのだろう。

「荷物、失くならなくて良かったですね」

「はは……」

 せめてもの慰めの言葉をかけ、片付けを手伝う。衣類には触らないほうがいいだろう。下着を手に取ろうものなら、たぶん、絶対、怒られる。
 そう考えて、足元に転がってきた治癒薬ポーション類を拾い集めていると、その中に見慣れない薬瓶があった。

「?」

 薬瓶はその種類によって、国が形状や色を統一しており、治癒薬ポーション治癒薬ポーション用の薬瓶、解毒薬アンチドーテ解毒薬アンチドーテ用の薬瓶に入れると決まっている。市場に卸す際や使用する際の誤認・誤使用を防ぐためだ。

 その見慣れない薬瓶を手に取り、じっと見ていると、

「……っあ!」

「?」

 ベルハイトが声を上げたかと思うと、青い顔で固まっていた。その視線は僕が手にしている薬瓶に向けられている。

「これ…」

「違うんです!!ダイアーさんに押し付けられて、捨てようと思ってたんですけど忘れてて…っ!」

 僕が何か言う前に、慌てて弁明をするベルハイト。顔色が赤くなったり青くなったり忙しい。

 ダイアーに押し付けられたと言ったか。もしかして……。

「餞別って、これのことですか?」

「へ?…………あ」

 正直者め。今更失言に気づいても遅い。

「これ、何ですか?」

「…………さ、さあ…?」

 ほほう。あんなに慌てておいて、しらばっくれるのか。

 そもそも、おかしかったのだ。
 古巣を離れて一月ひとつきも経っていないとはいえ、真面目で実直なベルハイトがダイアーを邪険にし、ユトスに長く留まる事を遠回しに拒んでいた。その理由がこの餞別に、否、餞別を渡したダイアーにあるとしたら合点がいく。

 僕はじりっとベルハイトに近づく。

治癒薬ポーションの類じゃないですよね?」

「いやその……。く、薬と言えば薬……のような…?」

「じゃあ、飲んでもいいですか?」

「っ駄目です!!」

「…………」

 認識が甘いぞ、ベルハイト。
 僕だって、こういう下世話なを知らないわけではない。

 僕は薬瓶をスッと目の前にかざした。

「ダイアーさん、貴方にこう言ったんじゃないですか?――元気になる薬、って」

「ぅ、え?!」

 やはり当たりか。
 以前ヴィクトルがヘディの誕生日に、ネタで同じ事をしたのだ。その時は「くだらない事してんじゃないわよ!!」と、ヘディの拳が薬瓶ごと、ヴィクトルの顔面にり込んでいたけれど。

 やっぱり似てるな。ダイアーさんとヴィクトルさん。

 薄々感じていたことを再認識し、僕は手の中の薬瓶に集中する。
 ネタだとは思うが、一応しておこう。

 ……うん、間違いない。あのヴィクトル二号にごうめ。
 
「ベルハイトさん」

「…………はい」

 膝を抱えて蹲る、ベルハイトさん二十五歳。

「弄ばれましたね」

「…………はい?」

 疑問符を浮かべて顔を上げたベルハイトの目の前で、僕は薬瓶の栓を開け、その中身を一口飲んだ。 
 
「な…………っ、にしてるんですか!!」

 一瞬間を呆けたあと、ベルハイトが勢いよく薬瓶を奪い取った。その勢いで手についた薬瓶の中身を僕はぺろりと舐める。

「モモの味…?不味くはないですけど、って少し苦いんですね」

「………………は?」

「これ、お酒ですよ」

「お……、酒……?」

 鑑定かくにんした結果、薬瓶の中身はお酒だった。アルコール度数はかなり低い。

 そう伝えると、ベルハイトはへたりと座り込んだ。
 
「あの野郎……今度会ったら、絶対殴ってやる……」

 お怒りはごもっともだ。僕は止めない。

「……あっ!」

 項垂れていたベルハイトが突然声を上げた。

「ルカさんまだお酒は……!」

 え?…ああ、年齢のことか。

「大丈夫です。もう十八なので」

「……え?……いつの間に……?」

「今日です」

「えぇ……。教えてくださいよ……」

 今日誕生日なんです、って言い難くないか?

 そんなことを考えていると、ベルハイトは僕の正面に律儀に座り直して言った。

「誕生日、おめでとうございます」

 僕もつられて座り直す。

「……ありがとう、ございます」

 誕生日を祝う言葉を、今まで言われたことが無いわけではない。ヘディやヴィクトルは毎年祝ってくれるし、あのニールからも、一応祝われた事がある。

 それなのに。
  
 あらたまって言われたからか、ベルハイトから贈られた言葉は、なんだか妙に気恥ずかしく感じた。
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