鳴成准教授は新しいアシスタントを採用しました。実は甘やかし尽くし攻めの御曹司でした。

卯藤ローレン

文字の大きさ
19 / 109
一章

15. 初春の百貨店外商催事②

しおりを挟む
 暖色系の花々で埋め尽くされた巨大な馬のモニュメントの前。
 その場にいた百貨店職員がテーブルを幾つか合わせて長方形へと変化させた上に、阿久津をはじめとするチーム月落の面々がスニーカーやブーツを迅速に置いていく。
 座った弓子と渉の前には、すかさずティーカップが置かれた。

「さて、どれがいいかしらね……」

 これがこの催事での買い物の仕方である。
 会場を見て回り、キープした商品は外商担当によって運ばれ、顧客はゆっくりと座って品定めをする。
 選んだものはまとめて一式、即座に自宅へと送り届けられるという流れである。

 この催事、月落家のような最上顧客が来場することは実はとても珍しい。
 招待されること自体はもちろんステータスではあるが、ピラミッド上位に位置する人々はこのように大勢が集う場で買い物はしない。
 百貨店の専用個室または商品を直接自宅に運ばせ、そこで買い物するのが常である。

 金額は気にせず、優雅に楽しむ、それがVIP。

 けれど、そこは月落の幼馴染曰く『いい意味でぶっ飛んだ変わり者集団』の月落家だ。
 様々な物が一堂に会するこんなに効率的な場を利用しない手はない、と結構な数の親戚が年2回の催事に足を運んでいる。

 今日の午前中も両親と従妹夫婦が共に訪れたようで、先ほど連絡が来ていた。
 曰く、『ドイツの貴腐ワインが出ていたから買い占めておいた。欲しい者は松濤に寄るように』と。

「渉、良さそうなのはある?」
「プレゼントする数は決まってるの?」
「素敵なのがあればそれ全部ね。靴って持ってても腐るものじゃないから、何十足贈っても良いわよね」
「弓子様、余裕があるとは言え、さすがに何十足もはシューズクローゼットの圧迫に繋がるかと思いますが……」
「あらそう?こういうとき、一般的には何足贈るの?」
「うーん、普通の基準が分からないけど……3足くらい?」

 後ろで阿久津が「いや、多いな……」と首を振っているけれど、幸いにも弓子と渉には聞こえない。
 日下部だけがひっそりと同意している。

「私、渉、日下部で一足ずつ選んだら丁度ね」
「弓子様、私が選ばせていただくのはさすがに烏滸がましい限りでございますので、お二人様だけでお選びになった方がよろしいかと存じます」
「私はこれにするわ。水色と青の配色が可愛いし、ロゴも小さくて目立たないわよね?」
「うん、それくらいなら気兼ねなく履けると思う。俺は黒のレースアップブーツにしようかな。ブランドロゴが型押しなのもシックで大人っぽいし。日下部さんはどれにしますか?」
「どちらも私の意見をお聞き入れくださる様子は皆無ですね。何と肩身の狭い気の毒な私……パワハラだ……」
「日下部、早くなさい」
「……では、こちらの黒とグレーに黄色のアクセントが効いたスニーカーでお願いします」
「決まりね。あとこの白地にペイントが飛び散ってるスニーカーも可愛いから、これも贈ってちょうだい」

 各人が選んだものを、阿久津が配送の手はずを整えていく。

「阿久津さん、このレースアップブーツ、もし27cmがあれば俺のところにも届けていただけますか」
「かしこまりました」
「付き合ってもらったお礼に、私が買ってあげるわよ」
「ありがとう。弓子伯母さんの優しい気持ちだけ頂いておくね」
「靴ひとつも買わせてもらえないなんて、伯母の名前が泣くじゃない。姪や甥やその子供たちを甘やかすために生きてるんだから、生き甲斐を失ったら途端に老いて骸骨になっちゃうわ」
「これから行くフレンチは遠慮なくご馳走になるつもりだから、そこで甘やかしてほしい」
「あら、言ったからには沢山食べなさいよ。もう少しここで付き合ってもらうけど」
「うん、分かってる。メインは靴で、サブはイヤリングが今日の目的だからね」
「渉も一緒に見に行く?」
「いや、ここで休憩してる。ゆっくり見てきて」
「そう?じゃあ、行ってくるわね」

 そう言いながら立ち上がった弓子は、ジュエリーが集まる一角へと消えていく。
 小物関係は盗難などの万が一に備えて持ち運び不可となっているため、店舗と同じようにショーケースを見ながらの購入となる。
 長方形に結合されていたテーブルが元通りにされた。
 追加の紅茶が運ばれて来るのへ礼を言いながら月落が軽く伸びをしていると、チーム月落のひとりに声を掛けられた。

「渉様、お寛ぎのお時間があるようでしたら、こちらをご覧になってみてはいかがでしょう?」

 渡されたのは、表紙に色とりどりのチョコレートが印刷された冊子だった。

「バレンタインのカタログ、ですか?」
「はい、先日刷り上がりましたので皆様にお配りしております。午前中にご来場いただいた際にこずえ様から、渉様が最近はスイーツに関する情報収集に余念がないとお伺いしましたので、よろしければ是非ご参考にされてください」
「ありがとうございます、拝見します」
「もし気になるショコラが見つかりましたら、私共で何としても手に入れて参りますので、どうぞご遠慮なくお申しつけください。数量限定などもございますが、どんな力を使ってでもお届けに上がります」
「入手困難なショコラもあるんですか?」
「えぇ、開店と同時に整理券が配布される商品も多少はございますが、ご所望とあらば外商部総出で対応に当たりますので」

 握り拳を作った外商部員の目にはメラメラと炎が燃えるようである。
 バレンタインの催事などもちろん立ち寄ったこともない月落だ。
 それ程の闘志がなぜ必要なのかいまいち理解しかねるが、女性特有の世界情勢があるのだろうと納得することにした。

「欲しい物があれば自分で購入しようと思っていますので、お気遣いだけで。こういった会場に僕のような男性がいるのは異様な光景だったりしますか?」
「いえ全く。会場にお越しになるお客様はどなた様もご自分の購入品しか見ていらっしゃらないので、気にされる方はいらっしゃらないかと」
「なら良かったです」
「もし我々にお手伝いできることがあれば、いつでもご連絡くださいませ」
「ありがとうございます」

 必要最低限だけの会話で去って行く外商部員を見送る。
 ティーカップから一口飲んだ月落は椅子に深く座り直して脚を組むと、カタログを嬉々として開いた。

 紅茶に合うお菓子を色々と調べては来たが、こうしてチョコレートだけに焦点を当ててじっくりと知る機会はなかったので、とても心が躍る。
 ぱらぱらとページを捲っては気になる単語をスマホで高速検索し、商品名をメモに残していく。


 (先生、ナッツ好きだからな……プラリネだけのアソートは買いだな……)

 (フルーツが入ったのもあるのか……この前ラズベリージャムのクッキーは美味しそうに食べてたから気に入ってくれそう)

 (塩キャラメル……ジャンドゥーヤ……シャンパントリュフもいいな…)

 (タブレットよりは小さい一粒ショコラの方が食べやすそう……サブレも好きそうだけど消費期限早いかな……)


 超集中型で没頭しやすい性格は、長所にも短所にもなり得る。
 周囲の音が聞こえなくなる程のめりこんでチョコレートと向き合っていた月落が意識を現実世界へと戻したのは、趣味の水泳で鍛え上げられた肩が、猛烈な勢いで揺さぶられた時だった。

「渉、集中するのはとても素晴らしいことだけど、まるで研究論文でも仕上げるような必死さでチョコレートのパンフレットを読むのはやめなさい。浮世離れしすぎじゃないの」

 呆れた様子の弓子が月落の対面に座った。

「ごめん、そんなに必死だった?」
「猛烈なスピードでページを行ったり来たりして、なおかつスマホを高速スクロールするから面白くてちょっと見守っちゃったわ。欲しいものはあった?」
「知りたいことが沢山あって集中しちゃった。普段日本で販売しないのも多いらしくて、絞るのが難しそうだなっていうのが第一印象」
「そうね、こういうチョコレートは消費期限が早いものも結構あるから迷うわよね。私のお気に入りも後で教えてあげるから、参考にしてちょうだい」
「それは信頼度の高い情報だから是非ともお聴かせ願いたいです、弓子伯母さん」
「夕飯を食べながら相談会と行こうじゃないの」
「イヤリング選びは終わったの?」
「我ながら最高の買い物をしたわ」
「イヤリングにネックレス、買う予定のなかったブレスレットに指輪までさくさくっとお選びになりまして、大満足のご様子です」
「一期一会は大切にしなきゃね」

 椅子を引きながらそう発した日下部に、立ち上がった弓子はしたり顔で笑う。
 その僅か後ろでは、チーム月落の面々の頬が天井のシャンデリアを反射してつやつやと光っている。
 今年の催事も、目標売上に達する見込みができたのだろう。

「あ、そうそう。行く途中でメレンゲクッキーを調達しなきゃ。あさって会う取引先の会長に、手土産として持って行きたいのよね」
「それって甘さ控えめ?」
「和三盆を使ってるから甘さは上品に香る程度ね。形が変わってて、雪が降り積もった一枚屋根みたいで目にも楽しいのよ」
「もしかして紅茶と食べてもおいし——」
「紅茶との相性も抜群よ。特に、マグカップ並々のミルクティーとかね」

 遮って投げられた弓子からの言葉に、月落は半分驚き半分諦めたような表情になった。

 情報が早い。
 この様子だと大概のことは一族に知られているなと確信するが、誰も何も言ってこないのは月落家特有の放任主義が要因だろう。

 『現状把握のために根こそぎ調べはするが、必要以上に介入せず』、『自分の人生は自分の好きに』という共通認識の元で構成されている団体なので、生き方も仕事も恋愛も基本自由体制だ。
 月落もパンフレットを持ちながら立ち上がり、共に会場の入り口に向かおうとしたとき、近くからこんな会話が聞こえてきた。

「人も多いし見るものも多くて、若干目眩がするんですが……」
「わたくしもこういうところには初めて来たけど、予想以上に賑わってるわね。でもここは、『清く、気高く、勇ましく』の精神で、お買い物を楽しむわ!」

 その会話に月落と、隣にいた弓子が同時に反応した。

「先生?」
「あなたもしかして、咲丘さきおか女学院のご出身ではなくて?」
しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

アイドルくん、俺の前では生活能力ゼロの甘えん坊でした。~俺の住み込みバイト先は後輩の高校生アイドルくんでした。

天音ねる(旧:えんとっぷ)
BL
家計を助けるため、住み込み家政婦バイトを始めた高校生・桜井智也。豪邸の家主は、寝癖頭によれよれTシャツの青年…と思いきや、その正体は学校の後輩でキラキラ王子様アイドル・橘圭吾だった!? 学校では完璧、家では生活能力ゼロ。そんな圭吾のギャップに振り回されながらも、世話を焼く日々にやりがいを感じる智也。 ステージの上では完璧な王子様なのに、家ではカップ麺すら作れない究極のポンコツ男子。 智也の作る温かい手料理に胃袋を掴まれた圭吾は、次第に心を許し、子犬のように懐いてくる。 「先輩、お腹すいた」「どこにも行かないで」 無防備な素顔と時折見せる寂しげな表情に、智也の心は絆されていく。 住む世界が違うはずの二人。秘密の契約から始まる、甘くて美味しい青春ラブストーリー!

イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。 自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。 ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。 外伝完結、続編連載中です。

この噛み痕は、無効。

ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋 α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。 いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。 千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。 そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。 その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。 「やっと見つけた」 男は誰もが見惚れる顔でそう言った。

本気になった幼なじみがメロすぎます!

文月あお
BL
同じマンションに住む年下の幼なじみ・玲央は、イケメンで、生意気だけど根はいいやつだし、とてもモテる。 俺は失恋するたびに「玲央みたいな男に生まれたかったなぁ」なんて思う。 いいなぁ玲央は。きっと俺より経験豊富なんだろうな――と、つい出来心で聞いてしまったんだ。 「やっぱ唇ってさ、やわらけーの?」 その軽率な質問が、俺と玲央の幼なじみライフを、まるっと変えてしまった。 「忘れないでよ、今日のこと」 「唯くんは俺の隣しかだめだから」 「なんで邪魔してたか、わかんねーの?」 俺と玲央は幼なじみで。男同士で。生まれたときからずっと一緒で。 俺の恋の相手は女の子のはずだし、玲央の恋の相手は、もっと素敵な人であるはずなのに。 「素数でも数えてなきゃ、俺はふつーにこうなんだよ、唯くんといたら」 そんな必死な顔で迫ってくんなよ……メロすぎんだろーが……! 【攻め】倉田玲央(高一)×【受け】五十嵐唯(高三)

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

推しにプロポーズしていたなんて、何かの間違いです

一ノ瀬麻紀
BL
引きこもりの僕、麻倉 渚(あさくら なぎさ)と、人気アイドルの弟、麻倉 潮(あさくら うしお) 同じ双子だというのに、なぜこんなにも違ってしまったのだろう。 時々ふとそんな事を考えてしまうけど、それでも僕は、理解のある家族に恵まれ充実した引きこもり生活をエンジョイしていた。 僕は極度の人見知りであがり症だ。いつからこんなふうになってしまったのか、よく覚えていない。 本音を言うなら、弟のように表舞台に立ってみたいと思うこともある。けれどそんなのは無理に決まっている。 だから、安全な自宅という城の中で、僕は今の生活をエンジョイするんだ。高望みは一切しない。 なのに、弟がある日突然変なことを言い出した。 「今度の月曜日、俺の代わりに学校へ行ってくれないか?」 ありえない頼み事だから断ろうとしたのに、弟は僕の弱みに付け込んできた。 僕の推しは俳優の、葛城 結斗(かつらぎ ゆうと)くんだ。 その結斗くんのスペシャルグッズとサイン、というエサを目の前にちらつかせたんだ。 悔しいけど、僕は推しのサインにつられて首を縦に振ってしまった。 え?葛城くんが目の前に!? どうしよう、人生最大のピンチだ!! ✤✤ 「推し」「高校生BL」をテーマに書いたお話です。 全年齢向けの作品となっています。 一度短編として完結した作品ですが、既存部分の改稿と、新規エピソードを追加しました。 ✤✤

処理中です...