わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの。

朝霧心惺

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逆鱗はご存じ?

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 リリーシアの怒りにすらも気づかない愚かな男は、にんまりと笑って、自分の首をしゅっと切るような仕草をした。

「ぶっ殺すっつったんだよ。そっちにいる愚かな男をなっ!!」

 大声をあげて笑う彼に、リリーシアは笑顔のまま激怒する。


「………ルカさま、わたくしが今からやることに対しての文句があるのならば、先に聞いて差し上げますわ」

「ははっ、リリーってばかぁわいぃ。私のことでそんなに怒ってくれるなんて、夢みたいだ。でもね、リリー。これだけは覚えておいて。私は、君の意識がほんのわずかにでも他人に向いているという今の状況が頗る気に入らないんだ。後で目一杯、甘やかさせてもらうよ」

「あらまぁ、嬉しいことをおっしゃっていただけましたわ」


 ころころと嬉しそうに微笑んだリリーシアは、自らの手に閉じた扇子を苛立ちを示すかのように一定のリズムで叩きつける。
 そして、テオドールに向かって、愛らしく、美しく、妖艶に首を傾げて見せた。


「ねぇ、おバカさん。貴方、逆鱗はご存じ?」


 怪訝な顔をしたテオドールに、優しいリリーシアは教えてあげる。

「逆鱗というのはね、竜の持つ特別な鱗のことを言いますの。竜には、首元に特別な鱗、逆鱗が存在していると言われていますわ。竜はその鱗に触れたものを殺してしまいますわ」


 愛おしいルカの瞳の色のドレスの裾をふわっと揺らしたリリーシアは、次の瞬間テオドールに対し殺気を向ける。


「貴方は、わたくしと『さる高貴なお方』の逆鱗に触れた」


 瞬間、鳴らされるは高らかなラッパの音。


「貴方のお家は、今夜間違いなく消え去りますわ」

 にっこり妖艶に笑ったリリーシアの笑みは、この世に存在する宝石の輝きには勝てないほどに輝かしく、花では勝てないほどに華やかで、どんなに甘くて美味しいお菓子よりも甘美な空気を纏っていた。


「国王陛下のおなーりー!!」


 衛兵が上げた声に合わせて、ある男を除き全ての人間が深く頭を下げる。

 この国の太陽にして、絶対的君主、賢王と名高き王は、幼少期からのその優秀さと歪さを以て、たった数年にして小国であったリオネル王国を絶対的な権力と支配力を持つ大国へと育ててみせた。

 その王の名は、ルフェーブル・ランスロット・リオネル。

 家族をこよなく愛する二児の父であり、王妃である妻を独り占めしたいがために溺愛監禁し、公務に一切出席させない、挙げ句、息子でさえも男であるという理由から王妃への面会謝絶をしているという徹底っぷりを持つほどの異常性癖を持つ、神に国を治める才能の代わりに常識を全て取り上げられた変人である。

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