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貴方たちはだあれ?
そんなわけないとブツブツと呪文のように唱え始めたテオドールに、リリーシアは首を傾げる。
「そもそもなのですが、貴方たちは何というお名前なのでしょうか?勉強不足で申し訳ないのですが、わたくし、貴方たちのお名前を存じ上げないのです」
「はあ!?」
うるるっと泣きそうなふりをして言った瞬間、周囲を取り囲んでいた貴族たちの中から押さえた笑い声が響き始めた。
婚約破棄を叩きつけておきながら、相手に名前を知られていなかったなんて滑稽な話、演劇でもなかなかないレベルのことだろう。
(まあ、本当は存じ上げているのですが………。ここまで辱めていただいたのですから、これぐらいの応戦は目を瞑っていただけますわよね?)
漆黒の薔薇が咲き誇る深紅の薔薇のドレスを捌いて1歩前に進み出そうとしたリリーシアは、自分の肩に乗っている愛おしい人の手をペシッと振り払おうとして、そして失敗した。
「えっと、ルカさま………?」
「何だい、可愛いリリー」
うっとりする声にそのまま彼の腕の中でもいっかというとんでもない思考に辿り着きそうになるが、己を律したリリーシアは困ったように眉を下げる。
「このままでは前に進めませんわ」
「進む必要ないんじゃないのかな?あんなゴミに近づいたら、私が堪能できるリリーが減ってしまうじゃないか」
「………え?へ、減りませんよ?」
「いいや、減ってしまうね。そもそも、私は1分1秒でさえも可愛くて可愛くて仕方がない君のそばから離れたくないんだ」
「ふぇっ」
ちゅっと耳元に甘やかなくちびるが落ちてきて、リリーシアはビクッと肩を跳ねさせた。
首にデコルテ、指先まで覆う漆黒の百合柄のレースをするりと撫でた愛おしい男を振り返り、リリーシアは困ったように眉を下げる。
「ルカさま………、」
少し長めながらも清潔感ある切り方をされた夜闇のような漆黒の髪、全てを見通すような切れ長で深い紅の瞳、そして、この世のものとは思えぬような美を湛えた相貌。
———リリーシアの愛おしい婚約者。
うっとりと甘い、お砂糖のような空気が流れ始めた瞬間、激昂したテオドールがビシッと指を指した。
「そもそも!貴様は何者だ!!侯爵家の嫡男たる俺の前に立ちはだかるなど無礼も甚だしいっ!お前の家を没落させてやるっ!!」
小物ゆえにきゃんきゃん情けなく吠える子犬に憐憫の表情を向けながら、リリーシアは何とも楽しそうな声を上げるルカに視線を向ける。
相変わらず、リリーシアの身体は彼の腕に囚われている。
「だってさ、リリー。私の家は没落するらしいよ?」
「まぁまぁ、びっくりですわね。でもご安心くださいな。ルカさまだけは、このわたくしが責任を持って幸せにして差し上げますから」
「ははっ、私のお嫁さんはとっても健気で可愛いなぁ。食べちゃいたいくらいだ」
「まぁ!お戯れを」
頬を赤く染め上げたリリーシアは、———本気だ。
もしも、億が一にも彼の実家が没落をしたら、彼を連れて異国の地に向かう。
リリーシアは、それほどまでに彼のことを愛している。
伯爵家では到底釣り合わないルカの隣に立つために勉学や礼儀作法に励み、家の勢力を伸ばし、ようやく手に入れた場所を守るために、たとえ敵が世界であったとしても、彼の味方になり、彼のために戦う。
リリーシアは、誰よりも、何よりも、彼を愛しているのだ。
「………このクソ男がっ、………………ぶっ殺してやる」
またもや流れ始めた甘い空気に対し、テオドールが底冷えするような声を上げた。
彼の前には、冷ややかに微笑むルカ、そして、………凍てつく海さえも生ぬるく感じる氷結の微笑みのリリーシアがいる。
「………今、なんとおっしゃいました?」
「そもそもなのですが、貴方たちは何というお名前なのでしょうか?勉強不足で申し訳ないのですが、わたくし、貴方たちのお名前を存じ上げないのです」
「はあ!?」
うるるっと泣きそうなふりをして言った瞬間、周囲を取り囲んでいた貴族たちの中から押さえた笑い声が響き始めた。
婚約破棄を叩きつけておきながら、相手に名前を知られていなかったなんて滑稽な話、演劇でもなかなかないレベルのことだろう。
(まあ、本当は存じ上げているのですが………。ここまで辱めていただいたのですから、これぐらいの応戦は目を瞑っていただけますわよね?)
漆黒の薔薇が咲き誇る深紅の薔薇のドレスを捌いて1歩前に進み出そうとしたリリーシアは、自分の肩に乗っている愛おしい人の手をペシッと振り払おうとして、そして失敗した。
「えっと、ルカさま………?」
「何だい、可愛いリリー」
うっとりする声にそのまま彼の腕の中でもいっかというとんでもない思考に辿り着きそうになるが、己を律したリリーシアは困ったように眉を下げる。
「このままでは前に進めませんわ」
「進む必要ないんじゃないのかな?あんなゴミに近づいたら、私が堪能できるリリーが減ってしまうじゃないか」
「………え?へ、減りませんよ?」
「いいや、減ってしまうね。そもそも、私は1分1秒でさえも可愛くて可愛くて仕方がない君のそばから離れたくないんだ」
「ふぇっ」
ちゅっと耳元に甘やかなくちびるが落ちてきて、リリーシアはビクッと肩を跳ねさせた。
首にデコルテ、指先まで覆う漆黒の百合柄のレースをするりと撫でた愛おしい男を振り返り、リリーシアは困ったように眉を下げる。
「ルカさま………、」
少し長めながらも清潔感ある切り方をされた夜闇のような漆黒の髪、全てを見通すような切れ長で深い紅の瞳、そして、この世のものとは思えぬような美を湛えた相貌。
———リリーシアの愛おしい婚約者。
うっとりと甘い、お砂糖のような空気が流れ始めた瞬間、激昂したテオドールがビシッと指を指した。
「そもそも!貴様は何者だ!!侯爵家の嫡男たる俺の前に立ちはだかるなど無礼も甚だしいっ!お前の家を没落させてやるっ!!」
小物ゆえにきゃんきゃん情けなく吠える子犬に憐憫の表情を向けながら、リリーシアは何とも楽しそうな声を上げるルカに視線を向ける。
相変わらず、リリーシアの身体は彼の腕に囚われている。
「だってさ、リリー。私の家は没落するらしいよ?」
「まぁまぁ、びっくりですわね。でもご安心くださいな。ルカさまだけは、このわたくしが責任を持って幸せにして差し上げますから」
「ははっ、私のお嫁さんはとっても健気で可愛いなぁ。食べちゃいたいくらいだ」
「まぁ!お戯れを」
頬を赤く染め上げたリリーシアは、———本気だ。
もしも、億が一にも彼の実家が没落をしたら、彼を連れて異国の地に向かう。
リリーシアは、それほどまでに彼のことを愛している。
伯爵家では到底釣り合わないルカの隣に立つために勉学や礼儀作法に励み、家の勢力を伸ばし、ようやく手に入れた場所を守るために、たとえ敵が世界であったとしても、彼の味方になり、彼のために戦う。
リリーシアは、誰よりも、何よりも、彼を愛しているのだ。
「………このクソ男がっ、………………ぶっ殺してやる」
またもや流れ始めた甘い空気に対し、テオドールが底冷えするような声を上げた。
彼の前には、冷ややかに微笑むルカ、そして、………凍てつく海さえも生ぬるく感じる氷結の微笑みのリリーシアがいる。
「………今、なんとおっしゃいました?」
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