悪役令嬢ってもっとハイスペックだと思ってた

nionea

文字の大きさ
43 / 84
わりと周りも悪役とは思ってないみたい

42.さる学園生の回顧2

しおりを挟む
 例えば、ファランの常時ニコリともしない態度は、普通に考えれば不愛想である。
 ところが、そこにカメリアのような好意的な解釈を加えると、
「ゆくゆくは侯爵位を継がれる方ですもの、愛想笑いなど不要ですわ。ましてご自身が婚約者のある身でいらっしゃる以上、あのように高潔なお振舞いはむしろ素晴らしい事ですわ」
と、なる。
 勿論かなり好意的な解釈なので、誰もがそう思っている訳ではない。だが、少なくともカメリアを含めた十数人の令嬢はそう考えていた。
 そして、一部でもそこまで好意的な人間が居ると、大多数の意識も少しは影響を受ける。更に、一年目が終わる頃には、王子とテスティアがその仲を隠さなくなり、というよりも、耽り、溺れきって隠せなくなった事もあり、学園生徒の大半は、ファランへの同情と肩入れへと傾いていった。
 そうした中、一年目の総決算とも言うべき、パーティが開かれる。
 あくまで学園生徒のみが出席するもので、社交の礼儀や社会の規範を学ぶためにあるものなので、多少のマナー違反にも目を瞑ってもらえる気楽なダンスパーティだが。
 目を瞑るのにも限度はある。
 カメリアは、婚約者を目の前に、別の人間と最初のダンスを踊る人間の感覚が、全く理解できずにいた。
 そしてそれは、一般的な感覚を持つ大多数の生徒の総意だ。
(マーヴェラス様は、全く気にされてないようだけど…)
 ただ、当の婚約者が何も言わない、というより、二人の存在に気付いていないかのように見もしないため、口に出して批判する事はない。
 それでも、ファランに擦り寄りたい、かつ、テスティアへの憤懣を溜め込んでいた令嬢が、連れ立って囁きには行ったのだ。
「マーヴェラス様、どうぞ、あんな女叱り飛ばして差し上げてくださいな」
「そうですわ。マーヴェラス様を差し置いて殿下とダンスを踊るなど。不敬ですわ」
「あの方育ちの悪さをもっと自覚するべきですわ」
「この学園で何を学んでいるのでしょう」
「男に擦り寄る事でしょう」
「不快な方ね。殿下はマーヴェラス様の婚約者でいらっしゃるのに」
 だが、微笑みもしないファランに切って捨てられる。
「貴方達の声こそ不快よ。何処かへ行って」
 令嬢達は頬を青く染めてファランの側を離れていった。
(マーヴェラス様は、ご自分の名前が使われている事にお気付きなのかしら。それに、もしかしたら、ニールベス様ご自身で気付いてくださるよう耐えていらっしゃるのかも)
 ファランへ傾いている生徒の多くは、彼女の言動を基本的に好意で受け止めてくれる。
 現に今、カメリアはファランを何処か尊敬の眼差しで見つめていた。
 本当のところ。
 侯爵令嬢ファラン・マーヴェラスの名前を出して、テスティアへ嫌がらせをする令嬢が居る事を、ファランは知らない。
 王子殿下の婚約者ファラン・マーヴェラスの名前をたてに、テスティアへ暴言を吐く令嬢が居る事を、ファランは知らない。
 だが、先ほどのやりとりは、そうした者を牽制した。
 この後、結果として、テスティアへの嫌がらせは減る。
(マーヴェラス様はなんてお心の広い!)
 カメリアは、元々持っていたファランへの好意も有って、すっかりキラキラした目でファランを見つめ、何とかして話しかけたいと側をうろうろとした。他にも何人もそうした令嬢が居たが、彼女達は上手く話しかけられないまま時間が過ぎていく。
 この令嬢達が話しかけられない背景には、家やファランの態度意外にも理由があった。
 ファランが物を壊すと同じものかそれ以上のもので弁償する行為を、悪用する生徒の存在だ。そうした生徒は、わざとファランに物を壊させて、さも大事なものを壊されたというような態度をとりつつ、弁償された新品を自慢気にひけらかす。
 そのため、完全なる好意からファランに近付きたい生徒は、どうしても同じと思われたくない、と構えてしまうのだ。
(あぁ…でも何とか声を!)
 終了の時間が迫ってきた事で、カメリアは一歩を踏み出す事にした。
(もうそろそろ終わりですね。この後はどうされるのですか。もしよろしければ、お話致しませんか)
 ファランに話しかける内容を頭で考えながら、近くへ向かったカメリアは、先ほどファランに追い払われていた令嬢の存在に気付かなかった。まして、その令嬢が、少し前に自分と口喧嘩をした、ファランにペンを壊され新しくなったペンを自慢していた令嬢だという事など、解っていない。
 ファランのすぐ側まで来て、呼吸を整え、意を決して口を開こうとした瞬間。
「きゃ?!」
 カメリアは、背中を、どんと押された。
(駄目っ!)
 手に持っていた葡萄ジュースを、ファランにかける事だけは避けようと体を捻った結果。ファランの肩あたりにぶつかりながら自分自身のドレスの裾へ紅いシミを広げる事になる。
「あ…」
 すぐに自分を押した相手を確かめようとしたが、あっというまに人垣へ紛れて、後ろ姿がちらりと見えただけだった。
(やだ、もう)
 手でシミを隠しながら、すぐにその場を離れようと立ち上がる。そこで、自分がファランにぶつかっていた事を思い出した。
「あ、あの」
 視線を向けると、ファランがじっとシミを見つめている。
(あ…私…まるで、集りのような真似をしている方と同じ…恥ずかしい)
「不調法で、ご迷惑をおかけ致しました。申し訳ございません」
 カメリアは俯いて早口に謝罪を口にすると、その場を去ろうとした。非は自分にあり、ファランに弁償をしてもらいたいなど思ってもいないと、伝えたかったのだ。 
 だが、ファランに声をかけられて、動きを止める。
「これを」
 ファランはハンカチを差し出していた。
「どうぞ」
「…ありがとうございます」
 受け取りながら、この機会を逃せば次など無いと覚悟を決める。
「………あの、もし機会がありましたら、パーティの招待状などお送りさせていただいてもよろしいでしょうか」
「え? ええ、かまいませんが」
 唐突な誘いに、困惑させてしまったと思うが、カメリアは嬉しくて舞い上がった。さっとお辞儀をして、ハンカチでシミを隠しつつその場を去る。
(やったわ!)
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

読心令嬢が地の底で吐露する真実

リコピン
恋愛
※改題しました 旧題『【修正版】ダンジョン☆サバイバル【リメイク投稿中】』 転移魔法の暴走で、自身を裏切った元婚約者達と共に地下ダンジョンへと飛ばされてしまったレジーナ。命の危機を救ってくれたのは、訳ありの元英雄クロードだった。 元婚約者や婚約者を奪った相手、その仲間と共に地上を目指す中、それぞれが抱えていた「嘘」が徐々に明らかになり、レジーナの「秘密」も暴かれる。 生まれた関係の変化に、レジーナが選ぶ結末は―

【完結】婚約破棄はいいのですが、平凡(?)な私を巻き込まないでください!

白キツネ
恋愛
実力主義であるクリスティア王国で、学園の卒業パーティーに中、突然第一王子である、アレン・クリスティアから婚約破棄を言い渡される。 婚約者ではないのに、です。 それに、いじめた記憶も一切ありません。 私にはちゃんと婚約者がいるんです。巻き込まないでください。 第一王子に何故か振られた女が、本来の婚約者と幸せになるお話。 カクヨムにも掲載しております。

悪役令嬢ベアトリスの仁義なき恩返し~悪女の役目は終えましたのであとは好きにやらせていただきます~

糸烏 四季乃
恋愛
「ベアトリス・ガルブレイス公爵令嬢との婚約を破棄する!」 「殿下、その言葉、七年お待ちしておりました」 第二皇子の婚約者であるベアトリスは、皇子の本気の恋を邪魔する悪女として日々蔑ろにされている。しかし皇子の護衛であるナイジェルだけは、いつもベアトリスの味方をしてくれていた。 皇子との婚約が解消され自由を手に入れたベアトリスは、いつも救いの手を差し伸べてくれたナイジェルに恩返しを始める! ただ、長年悪女を演じてきたベアトリスの物事の判断基準は、一般の令嬢のそれとかなりズレている為になかなかナイジェルに恩返しを受け入れてもらえない。それでもどうしてもナイジェルに恩返しがしたい。このドッキンコドッキンコと高鳴る胸の鼓動を必死に抑え、ベアトリスは今日もナイジェルへの恩返しの為奮闘する! 規格外で少々常識外れの令嬢と、一途な騎士との溺愛ラブコメディ(!?)

【完結】悪役令嬢の断罪から始まるモブ令嬢の復讐劇

夜桜 舞
恋愛
「私がどんなに頑張っても……やっぱり駄目だった」 その日、乙女ゲームの悪役令嬢、「レイナ・ファリアム」は絶望した。転生者である彼女は、前世の記憶を駆使して、なんとか自身の断罪を回避しようとしたが、全て無駄だった。しょせんは悪役令嬢。ゲームの絶対的勝者であるはずのヒロインに勝てるはずがない。自身が断罪する運命は変えられず、婚約者……いや、”元”婚約者である「デイファン・テリアム」に婚約破棄と国外追放を命じられる。みんな、誰一人としてレイナを庇ってはくれず、レイナに冷たい視線を向けていた。そして、国外追放のための馬車に乗り込むと、馬車の中に隠れていた何者かによって……レイナは殺害されてしまった。 「なぜ、レイナが……あの子は何も悪くないのに!!」 彼女の死に唯一嘆いたものは、家族以上にレイナを知る存在……レイナの親友であり、幼馴染でもある、侯爵令嬢、「ヴィル・テイラン」であった。ヴィルは親友のレイナにすら教えていなかったが、自身も前世の記憶を所持しており、自身がゲームのモブであるということも知っていた。 「これまでは物語のモブで、でしゃばるのはよくないと思い、見て見ぬふりをしていましたが……こればかりは見過ごせません!!」 そして、彼女は決意した。レイナの死は、見て見ぬふりをしてきた自身もにも非がある。だからこそ、彼女の代わりに、彼女への罪滅ぼしのために、彼女を虐げてきた者たちに復讐するのだ、と。これは、悪役令嬢の断罪から始まる、モブ令嬢の復讐劇である。

【完結】愛され令嬢は、死に戻りに気付かない

かまり
恋愛
公爵令嬢エレナは、婚約者の王子と聖女に嵌められて処刑され、死に戻るが、 それを夢だと思い込んだエレナは考えなしに2度目を始めてしまう。 しかし、なぜかループ前とは違うことが起きるため、エレナはやはり夢だったと確信していたが、 結局2度目も王子と聖女に嵌められる最後を迎えてしまった。 3度目の死に戻りでエレナは聖女に勝てるのか? 聖女と婚約しようとした王子の目に、涙が見えた気がしたのはなぜなのか? そもそも、なぜ死に戻ることになったのか? そして、エレナを助けたいと思っているのは誰なのか… 色んな謎に包まれながらも、王子と幸せになるために諦めない、 そんなエレナの逆転勝利物語。

悪役令嬢に転生!?わたくし取り急ぎ王太子殿下との婚約を阻止して、婚約者探しを始めますわ

春ことのは
恋愛
深夜、高熱に魘されて目覚めると公爵令嬢エリザベス・グリサリオに転生していた。 エリザベスって…もしかしてあのベストセラー小説「悠久の麗しき薔薇に捧ぐシリーズ」に出てくる悪役令嬢!? この先、王太子殿下の婚約者に選ばれ、この身を王家に捧げるべく血の滲むような努力をしても、結局は平民出身のヒロインに殿下の心を奪われてしまうなんて… しかも婚約を破棄されて毒殺? わたくし、そんな未来はご免ですわ! 取り急ぎ殿下との婚約を阻止して、わが公爵家に縁のある殿方達から婚約者を探さなくては…。 __________ ※2023.3.21 HOTランキングで11位に入らせて頂きました。 読んでくださった皆様のお陰です! 本当にありがとうございました。 ※お気に入り登録やしおりをありがとうございます。 とても励みになっています! ※この作品は小説家になろう様にも投稿しています。

地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

たいした苦悩じゃないのよね?

ぽんぽこ狸
恋愛
 シェリルは、朝の日課である魔力の奉納をおこなった。    潤沢に満ちていた魔力はあっという間に吸い出され、すっからかんになって体が酷く重たくなり、足元はふらつき気分も悪い。  それでもこれはとても重要な役目であり、体にどれだけ負担がかかろうとも唯一無二の人々を守ることができる仕事だった。  けれども婚約者であるアルバートは、体が自由に動かない苦痛もシェリルの気持ちも理解せずに、幼いころからやっているという事実を盾にして「たいしたことない癖に、大袈裟だ」と罵る。  彼の友人は、シェリルの仕事に理解を示してアルバートを窘めようとするが怒鳴り散らして聞く耳を持たない。その様子を見てやっとシェリルは彼の真意に気がついたのだった。

処理中です...