悪役令嬢ってもっとハイスペックだと思ってた

nionea

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周りは先にアップを終えていたようです

EX_王子の呟き2

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「………」
 表面上は真剣な顔を作りつつ、シルベールは内心で困惑していた。
(どこから指摘したらいいんだろうな…前から順に? いや、でもそれだと時間がかかりすぎる…といってこの感じだと指摘されなかったところは大丈夫だと思いかねないんじゃないか?)
 彼は、今、アイラックが持ってきた事業計画書を読んでいる。
(しかたがない。予想の最悪よりはまともなものが出てきた事を喜ぶべきなんだろうな、ここは)
 ユールティアならば冒頭の三行で突き返しただろう。アルハルトであっても、一頁で止めたはずだ。しかし、兄弟の中で最も父親に似たシルベールは、しっかりと最後までアイラックの事業計画書を読んだ。
 最後まで読んだところで、この事業に光明は見いだせなかったが。
「………」
 期待のこもった目でこちらを窺う弟へ微笑を返しつつ、何から指摘すれば良いのか、懸命に言葉を探す。
 アイラックの事業計画は、要約すると次のようなものだ。
 王都の最も栄えている大通りの一角に店を構える。その店は、一階を店舗、二階を受注応接室兼作業場、三階を自宅、できれば四階も自宅、としたい。販売する品物は、服飾小物。仕入先は王都でも指折りの職人。基本は一つ一つにテスティアがワンポイントの刺繍を施した物を売るが、注文があれば別料金で頭文字または名前の刺繍を施す。売上目標は、月三つ。なぜならテスティアが刺繍をする速度がそのくらいなので。よって、刺繍代は一枚を人がひと月生活できる額に設定された。
(………どこから指摘すれば)
 必要な項目は満たされている。アイラックとて学園で遊んでいたわけではないのだとは解った。
 ただ、何から何まで現実的な数字でも設定でもないが。
(うーん…)
 まず、アイラックを傷付けないようにする事をシルベールは諦める。
「アイラック。まずこの事業計画で俺は金を出せない」
「っ! はい。僕も最初から、通るとは思っていませんでした」
 明らかに失望の表情を浮かべたが、すぐにアイラックは立て直した。その姿にシルベールは少しだけ安心する。
「そうか。では、まず自分で問題だと思っている部分を俺に教えてくれ」
「はい」
 しかしながら、問題はそれほど単純でもなかった。
 現在アイラックが問題だと思っているのは、一点だけ。
「テスティア一人に作業を担わせてしまうことになるのです。もし、テスティアに何かあった時、俺は代われません。といって、売上目標をあまり余裕の有る設定にしていないので、職人を雇えない。そこは問題だと思っています」
(違う)
 シルベールは、どうやら真剣にそれが一番の問題だと思っているらしいアイラックに、言葉を失くす。問題の一番大元になるのは、現実的でない事、だ。ところが、この事業計画書を持ってくるだけあって、そこがまず理解されていない。
 彼は、長期戦を覚悟した。
 テーブルのベルを鳴らして店員を呼び、甘い物と別室で控えている護衛への伝言を頼む。
「アイラック。今、紙とペンは持っているか?」
「え、いいえ」
「では、俺の物を貸そう。今から問題点を指摘していくから、書き留めてくれ」
「は…はい」
 書き留めた問題点の量は、提出された事業計画書より長くなった。
 まず、大通りに面しているような有用な店舗は、いくら金を積もうと伝手がなければ買う事はおろか借りれもしない。めぼしい店舗があるのなら、そこに入っている商人あるいは商会、所有者と伝手を作るところから始めなくてはならないのだ。よほど幸運であっても、一室を借りれるようになるまでに半年は見ておくべきだろう。建物を一棟丸々所有するのは、所有者の財産を相続する立場でもない限り不可能だ。
 よって、現実的に考えるなら、家と作業場を別に構え、販売兼受注用に店舗の一室を借りるのが妥当である。
 次に、販売する品物を指折りの職人製のものとしているが、そうした服飾小物はそもそも職人の元で名入れが可能だ。それを転売する上で付加する価値として、テスティアの刺繍は全く魅力的ではない。むしろ、現在貴族令嬢の中での彼女の評価は酷いものだ。おそらく令嬢の中には、彼女が触れたと聞いただけでその小物を見たくもないと言う者さえいるだろう。貴族令嬢に魅力的に映らないという事は、貴族令息にとっても魅力が無いと言わざるを得ない。そして、若い世代に流行しないものは全体に波及しないのだ。社交界で美を競うような人々は、若い人々の流行りをより洗練された次元に引き上げる事でその尊崇をえるのだから。もし、仮にアイラックへの義理から買う者がいたとしても、そんなものは長続きする訳がない。
 よって、販売商品の変更が妥当である。
 更に、販売商品の変更にも関わる事だが、売上目標の設定方法もおかしい。売上目標を設定したのならば、その目標達成のために、妥当な利益率を積み上げて、必要な数を決めなくてはならない。数が先に来て売上目標を達成するために利益率を考えるのは、ある程度ならば許されるが、ここまで暴利だと不可だ。もっというならば、売上目標そのものを見直すべきである。どういう生活をするつもりなのかによって、必要な金額は変わるのだ。当然ながら、今と同じ生活を考えていれば必要な金額は莫大なものになるが、家族が食べていける分という表現が一般庶民と同じ生活であるのならば、額は雲泥の差だ。
 よって、生活に必要な金額をまずちゃんと考えるべきであり、世間の利益率を参考に商品の価格は決めるべきだ。
 それに加えて、自身の現状の生活にどれだけの金銭がかかっているかを自覚し、それだけと同額を稼ぐ手段が存在するかも検討するべきである。もしくは、どの程度までなら稼げて、その額で送る生活に自分が耐えられるか、という事も考えてみると良いだろう。
 そうやって世間を知れば、自分達が今どういう状況にいるのかも解るというものだ。
「だから、俺はこの事業計画書に金を出せない。もう一度やり直してくれ」
 はっきりと、言い切って、事業計画書は返された。
「………はい」
 シルベールからの丁寧な指摘に、アイラックは呆然としながら頷いた。おそらくは、テスティアに対する世間評を今初めて知った事もその呆けの要因の一つだろう。
(アイラックの行動も彼女の評価を下げる要因の一つだからな…全く自覚してなかったようだが)
 返されたペンを仕舞いながら、呆然とメモをした紙を見返すアイラックを観察する。
「あの、兄さん…」
「ん?」
「………なんでもない」
 口を数度動かしたが、アイラックの口から言葉は出ず、最後には呼びかけをなかった事にして、俯いた。
「アイラック」
 呼びかければ、顔は上がるが、表情は晴れない。
「きちんと、冷静になって、考えてみてくれ。周りの声にも、耳を傾けて欲しい。ミラナ様はお前の事を心底から気遣っているんだ」
「………はい」
「俺もお前の力になりたいと言った言葉に嘘はない。解ってくれるな?」
「はい」
 ふらつく足取りで去っていく弟の後姿を見送って、シルベールは溜息をはきながら両手で顔を覆った。
(学園の教師陣は王族だからと忖度するような質の人ではなかったはず…あいつも成績は悪くなかったと思ったんだが…いや、まぁ、確かに要件を満たしてはいたか、現実感がなかっただけだ。あくまで理論を学ぶ場である以上これで及第という事だ)
 もう一度甘いものでも頼もうか、と一瞬考え、諦めて席を立つ。
「………」
 城に戻れば、なにやら怒気をまとわせた熊が自室に陣取っていた。
「おう、戻ったか」
「ご無沙汰しております」
 一年ぶりに顔を合わせた祖父に、シルベールはお茶でも飲みますか、と声をかける。
「いや、いい。それより話があるからちょっと座ってくれ」
「はい」
 自分の行動の中で祖父が出てくる事があるとすれば、弟に関わる事だろうな、と考えながら、大人しく対面へ腰掛けた。シルベール自身には怒られるような覚えはないので気楽ではあるが、楽しくはないという思いで言葉を待つ。
「これを訊くのが酷だというのは解ってるんだが、お前、ファリィのことをどう思う?」
「………」
 シルベールは困惑に眉を寄せた。酷、と前もって言われるほど酷な事を聞かれているとは思っていないが、質問の意図を掴みかねている。
(俺とグローリア侯?)
 それは全く考えた事のない話だ。そもそも弟の婚約者であったし、それでなくても弟が好きな相手だ、としか思ってこなかった。将来義妹になるかもしれない娘か、と考えた事はあったが、それ以上はない。だいたい、何かの考慮に入れるほどの接点が無いのだ。
(どういう答えを期待した質問なのだろうか)
 祖父が真剣な顔をしているのは解る。
「いつか、義妹になるかもしれないんだなぁ、と思ってきましたが…」
「それだけか?」
「あー…何かと家の不幸が続いて気の毒だな、とか」
「他には?」
「他………近頃はグローリア侯として奮闘しているようだなぁ?」
「何で疑問形なんだ。頑張ってるぞ、ファリィは」
「はぁ。生憎、伝聞でしか知りませんので」
(たぶん…アイラックの後釜という話だろうが。俺よりユールティアの方が歳が近いし…似合いだと思うんだけどなぁ)
「あの、前から聞こうと思っていたのですが、ユールティアの何がそんなに気に入らないのですか?」
「………あいつは、囲い込むだろう。自分の好きなものは手元に置いて目を離さず独占する質だ」
 苦虫を噛み潰したような顔でそういう祖父をじっと見てから、シルベールは口を開く。
「それが何か悪いのですか?」
 心底不思議そうにしている顔を見返して、数度瞬きをした後、アルハルトは席を立った。
「今日はもう帰るわ」
「はい」
 深刻そうな表情をした祖父を見送って、肩を竦める。
(何で、自覚がないんだろうな、祖父様だって相当なのに)
 どちらかといえば、その独占欲に自覚的なのはユールティアの方だ。
(ああそうか…)
 アルハルトは、生まれながらに王であり、自ら王を辞めた。彼にとって、自国とは押し並べて所有範囲だ。そして、それを誰も否定しない。
(度量の深い方だから、気付く機会がなかったのだな)
 真っ向から反抗的な態度を取る孫の存在が、鏡写しなのだと、アルハルトが自覚するのはいつだろうか。
 シルベールは溜息を吐いて肩を回す。実際には会った事のないグローリア侯爵が、なんだか気の毒に思えた。
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