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第八章:湯けむりに包まれて
第143話・腕の中の朝
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障子の隙間から、淡い朝の光が差し込んでいた。
谷を包む湯けむりが風に流れ、静かな湯の音が遠くで響く。
「……ん……」
ルナフィエラが小さく身じろぎすると、胸の前でふわふわの毛並みが揺れた。
ぬいぐるみ。――そして、そのさらに外側から包み込むように回された逞しい腕。
「……え?」
ぬくもりの主はフィンだった。
頬にかかる吐息、背に感じる温もり。
完全に彼の腕の中に収まってしまっている。
「フィン……」
呼びかけても返事はない。
それどころか、寝返りの拍子に腕の力が強くなる。
「……っ……ぬいぐるみごと……?」
まるで大事な宝を抱き締めるように、フィンは離さない。
ルナフィエラはそっと彼の腕を外そうとしたが――
「……むぅ、ダメ……」
寝ぼけた声とともに、ぎゅっと抱き込まれた。
彼女は小さくため息をつきながら、仕方なくその胸の中で微笑む。
「……フィン、朝だよ……」
目の前の寝顔は幸せそのもの。
昨夜の“勝利宣言”が嘘でないことを、何よりも雄弁に語っていた。
しばらくそのまま、ぬくもりの中で小さく瞬きをする。
――心地よい。けれど、出られない。
「……フィン、お願い。起きて」
ようやくそのまぶたがぴくりと動き、フィンが目を細めた。
「……おはよ、ルナ……」
「おはよう。……あのね、そろそろ離して?」
一瞬だけ黙り込んだあと、フィンの腕がぴくりと動く。
けれど――離れる気配はない。
「やだ」
「……え?」
「昨日、ぬいぐるみが間にいたんだもん。
ちゃんとルナを抱っこできなかったの。今だけ、もうちょっと……」
「フィン……」
困ったように名を呼んでも、彼はますます腕に力を込める。
まるで、彼女を逃がすまいとするように。
「ぬいぐるみもいるし、ちょっと苦しいよ」
そう言ってルナフィエラが小さく笑うと、フィンは不満げに唇を尖らせ――
「……じゃあ、いらない」
ぽいっと、ぬいぐるみを布団の端に放った。
「ちょ、フィン!? この子——」
言い終える前に、ぐいっと抱き寄せられる。
腕の中は温かくて、少し乱暴で、でも優しい。
「……やっと、ちゃんとルナだけ」
耳元に落ちた囁きに、ルナフィエラの胸がくすぐったく震えた。
心臓の音がぴたりと重なる。
「もう……子どもみたい」
「子どもじゃないよ」
拗ねたような声。
けれど、抱きしめる手のひらから伝わる想いは真剣で。
ルナフィエラは小さく息をつき、彼の肩に額を預けた。
「……フィンは、ほんと甘えんぼだね」
「ルナ限定だもん」
くすくすと笑いながら、彼女は彼の胸の中で目を閉じた。
ほんの少し、静かな幸福が流れる。
やがてフィンがようやく腕を緩め、ルナフィエラを見つめた。
「……そろそろ起きよっか」
「うん」
ぬいぐるみは布団の端で、ふわふわの毛を朝日にきらめかせていた。
フィンの腕の中から解放されたあと、ルナフィエラは寝間着の襟を直して立ち上がった。
窓を開けると、朝の光がふわりと差し込む。
湯けむりの白と、山の緑。
空気が澄んでいて、胸いっぱいに吸い込みたくなるようだった。
「……いい朝だね」
「そうだね!」
まだ寝癖の残るフィンが、ぱたぱたと後ろからついてくる。
湯洗いで顔を整え、鏡の前に腰かけるルナフィエラ。
背後からフィンが覗き込んだ。
「ねぇ、今日はどんな髪にする?」
「うーん……どうしようかな。前は三つ編みだったから……」
「じゃあ、ツインにしよ!」
「ツイン?」
「うん! 元気で可愛い感じの! 今日のルナにぴったりだと思う!」
ルナフィエラは少し照れくさそうに笑って、頷いた。
「……じゃあ、お願いしてもいい?」
「もちろん!」
フィンは器用な手つきで、彼女の銀糸のような髪をすくい上げる。
二つに分けて、ぬいぐるみとおそろいのリボンで結ぶ。
結び目を整えると、満足げに微笑んだ。
「うん、完璧! 可愛すぎる!」
「……そんな大げさに言わなくても」
そう言いながらも、彼女の頬はほんのり桜色に染まっている。
そのままフィンに手を引かれ、二人は廊下へ出た。
廊下の先から、湯けむりと木の香が流れ込んでくる。
広間に出ると、ヴィクトル、ユリウス、シグの3人がすでに支度を終えていた。
テーブルの上には湯呑と軽い朝食が並び、三人の視線が同時にこちらへ向く。
「おはようございます、ルナ様」
ヴィクトルが微笑む。
その穏やかな声に、彼女は小さく会釈を返した。
「おはよう、ルナ」
ユリウスの視線が、彼女の髪に止まる。
「今日は……随分可愛らしい髪だね」
「フィンが結ってくれたの」
「僕の自信作!」
胸を張るフィンに、シグが小さく吹き出す。
「……まぁ、悪くねぇな」
「えへへっ、ありがと!」
湯けむりの朝の光の中、笑い声が柔らかく響いた。
静かで、あたたかくて、どこまでも穏やかな朝。
その光景を胸に焼きつけながら、ルナフィエラは小さく息を吐く。
――この旅が、ずっと続けばいいのに。
そう思いながら、彼女は4人と並んで温泉郷の朝市へと歩き出した。
谷を包む湯けむりが風に流れ、静かな湯の音が遠くで響く。
「……ん……」
ルナフィエラが小さく身じろぎすると、胸の前でふわふわの毛並みが揺れた。
ぬいぐるみ。――そして、そのさらに外側から包み込むように回された逞しい腕。
「……え?」
ぬくもりの主はフィンだった。
頬にかかる吐息、背に感じる温もり。
完全に彼の腕の中に収まってしまっている。
「フィン……」
呼びかけても返事はない。
それどころか、寝返りの拍子に腕の力が強くなる。
「……っ……ぬいぐるみごと……?」
まるで大事な宝を抱き締めるように、フィンは離さない。
ルナフィエラはそっと彼の腕を外そうとしたが――
「……むぅ、ダメ……」
寝ぼけた声とともに、ぎゅっと抱き込まれた。
彼女は小さくため息をつきながら、仕方なくその胸の中で微笑む。
「……フィン、朝だよ……」
目の前の寝顔は幸せそのもの。
昨夜の“勝利宣言”が嘘でないことを、何よりも雄弁に語っていた。
しばらくそのまま、ぬくもりの中で小さく瞬きをする。
――心地よい。けれど、出られない。
「……フィン、お願い。起きて」
ようやくそのまぶたがぴくりと動き、フィンが目を細めた。
「……おはよ、ルナ……」
「おはよう。……あのね、そろそろ離して?」
一瞬だけ黙り込んだあと、フィンの腕がぴくりと動く。
けれど――離れる気配はない。
「やだ」
「……え?」
「昨日、ぬいぐるみが間にいたんだもん。
ちゃんとルナを抱っこできなかったの。今だけ、もうちょっと……」
「フィン……」
困ったように名を呼んでも、彼はますます腕に力を込める。
まるで、彼女を逃がすまいとするように。
「ぬいぐるみもいるし、ちょっと苦しいよ」
そう言ってルナフィエラが小さく笑うと、フィンは不満げに唇を尖らせ――
「……じゃあ、いらない」
ぽいっと、ぬいぐるみを布団の端に放った。
「ちょ、フィン!? この子——」
言い終える前に、ぐいっと抱き寄せられる。
腕の中は温かくて、少し乱暴で、でも優しい。
「……やっと、ちゃんとルナだけ」
耳元に落ちた囁きに、ルナフィエラの胸がくすぐったく震えた。
心臓の音がぴたりと重なる。
「もう……子どもみたい」
「子どもじゃないよ」
拗ねたような声。
けれど、抱きしめる手のひらから伝わる想いは真剣で。
ルナフィエラは小さく息をつき、彼の肩に額を預けた。
「……フィンは、ほんと甘えんぼだね」
「ルナ限定だもん」
くすくすと笑いながら、彼女は彼の胸の中で目を閉じた。
ほんの少し、静かな幸福が流れる。
やがてフィンがようやく腕を緩め、ルナフィエラを見つめた。
「……そろそろ起きよっか」
「うん」
ぬいぐるみは布団の端で、ふわふわの毛を朝日にきらめかせていた。
フィンの腕の中から解放されたあと、ルナフィエラは寝間着の襟を直して立ち上がった。
窓を開けると、朝の光がふわりと差し込む。
湯けむりの白と、山の緑。
空気が澄んでいて、胸いっぱいに吸い込みたくなるようだった。
「……いい朝だね」
「そうだね!」
まだ寝癖の残るフィンが、ぱたぱたと後ろからついてくる。
湯洗いで顔を整え、鏡の前に腰かけるルナフィエラ。
背後からフィンが覗き込んだ。
「ねぇ、今日はどんな髪にする?」
「うーん……どうしようかな。前は三つ編みだったから……」
「じゃあ、ツインにしよ!」
「ツイン?」
「うん! 元気で可愛い感じの! 今日のルナにぴったりだと思う!」
ルナフィエラは少し照れくさそうに笑って、頷いた。
「……じゃあ、お願いしてもいい?」
「もちろん!」
フィンは器用な手つきで、彼女の銀糸のような髪をすくい上げる。
二つに分けて、ぬいぐるみとおそろいのリボンで結ぶ。
結び目を整えると、満足げに微笑んだ。
「うん、完璧! 可愛すぎる!」
「……そんな大げさに言わなくても」
そう言いながらも、彼女の頬はほんのり桜色に染まっている。
そのままフィンに手を引かれ、二人は廊下へ出た。
廊下の先から、湯けむりと木の香が流れ込んでくる。
広間に出ると、ヴィクトル、ユリウス、シグの3人がすでに支度を終えていた。
テーブルの上には湯呑と軽い朝食が並び、三人の視線が同時にこちらへ向く。
「おはようございます、ルナ様」
ヴィクトルが微笑む。
その穏やかな声に、彼女は小さく会釈を返した。
「おはよう、ルナ」
ユリウスの視線が、彼女の髪に止まる。
「今日は……随分可愛らしい髪だね」
「フィンが結ってくれたの」
「僕の自信作!」
胸を張るフィンに、シグが小さく吹き出す。
「……まぁ、悪くねぇな」
「えへへっ、ありがと!」
湯けむりの朝の光の中、笑い声が柔らかく響いた。
静かで、あたたかくて、どこまでも穏やかな朝。
その光景を胸に焼きつけながら、ルナフィエラは小さく息を吐く。
――この旅が、ずっと続けばいいのに。
そう思いながら、彼女は4人と並んで温泉郷の朝市へと歩き出した。
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