【完結】純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第八章:湯けむりに包まれて

第144話・また、この場所で

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朝食を終えた一行は、のんびりと温泉郷を歩いた。

湯けむりの立つ小道、織物が揺れる店先、
どこからともなく流れる琴の音。

ルナフィエラは時折立ち止まりながら、「綺麗……」と小さく微笑んでいた。

誰かが隣に並び、誰かが少し先を歩き、そしてまた、自然と寄り添う。
笑い声が重なり、光に舞う湯気がその輪郭をやわらかく包み込んでいた。


昼下がり。
宿へ戻ると、離れの広間には心地よい静けさが満ちていた。
湯けむりの甘い香りと木の軋む音。

ルナフィエラは縁側に腰を下ろし、ぬいぐるみを抱きながら外を眺める。

「……あっという間、だったね」

誰に言うでもなく零したその言葉に、背後からヴィクトルの静かな声が重なる。

「はい。ですが、良い旅でした」

彼女はゆっくりと振り返り、4人の顔を順に見つめて、穏やかに笑った。

――あの日、初めて出会った頃より、みんなの表情がずっと柔らかい気がする。
その気づきが、胸の奥にあたたかく広がった。

外では、午後の光が山の稜線を金色に染めていく。
その穏やかな景色を見つめながら、ルナフィエラは小さく息を吐いた。

「……帰ったら、また旅の続き、話そうね」

4人の騎士が静かに頷く。

その瞬間――
小さな離れの棟に、笑みと光が満ちた。


夜の帳がゆっくりと温泉郷を包み込む。
湯けむりの白が灯籠の光を受けて、静かに揺れていた。
星は澄み、月はまるでこの場所だけを見守るように輝いている。

湯に肩まで浸かりながら、ルナフィエラは小さく息を吐いた。
湯面に映る5つの影。
静かに揺れては寄り添い、また離れていく。

「……明日、出発だね」

ルナフィエラの声は湯気に溶けるほどに柔らかかった。

「そうだな。名残惜しいが、次の旅路が待ってる」

シグが言いながら、手のひらで湯をすくう。

「また来られたらいいね」

フィンが笑う。
その無邪気な声に、彼女は小さく微笑んだ。

「うん。みんなとなら、きっとまた来られるよ」

その言葉に、4人の視線がふと交わる。
ルナフィエラは気づかない。
その笑顔があまりにもまっすぐで、胸が痛くなるほど美しいことに。

ユリウスが目を伏せ、静かに湯をすくった。

「……ああ、そうだね。きっと、何度でも」

ヴィクトルは黙って頷き、シグはそっと湯の波を見つめた。
言葉にすれば壊れてしまいそうな、儚い静けさ。

――彼女の時間は、自分たちよりずっと長く続いていく。
それでも今は、ただこの瞬間を分かち合いたかった。

ルナフィエラはそんな彼らの沈黙の意味を、完全に理解してはいない。
けれど、胸の奥に小さな痛みのようなざわめきを感じていた。

(……なんでだろう。みんなといると、すごく幸せなのに)
(どうして、こんなに胸があたたかくて、少しだけ苦しいんだろう)

湯けむりの向こうで、フィンが彼女を見つめて微笑む。
その笑顔に釣られるように、ルナフィエラも笑った。

「ねぇ、みんな」

「ん?」

「この旅、ほんとに楽しかった」

短い言葉。
けれど、その声にはすべての想いが詰まっていた。

「……俺たちもだ」

シグが静かに答える。

「ルナ様の笑顔を見ていると、すべてが報われる気がいたします」

ヴィクトルが穏やかに言い、

「次はもっと遠くまで行こう」

フィンが笑い、ユリウスが小さく頷いた。

湯の表面で、紅の耳飾りがほのかに光を反射する。
それはまるで、この瞬間を刻むような小さな灯。

永遠ではないと、きっとみんな知っている。
それでも、今だけは。
この温泉の光と湯気の中で、確かに「共に生きている」と感じていた。


湯から上がると、夜気が肌に触れた。
ほてった頬と肩を撫でていくそのひんやりとした風は、まるで夢から現実へと緩やかに引き戻す合図のようだった。

「冷えないように、こちらを――」

すぐにヴィクトルが湯上がり用の厚手の羽織を差し出し、ルナフィエラはぬくもりの残る寝間着の上からそれを羽織った。

しっとりと湯気をまとった髪を、彼の手がそっと撫でる。

「……どうでしたか、今夜のお湯は」

問いかける声は、どこまでも優しい。

「……すごく、気持ちよかったよ」

ふわりと微笑む彼女に、ヴィクトルの目元が柔らかく緩む。

少し遅れて湯から出たフィンが、慌ててタオルを抱えて駆け寄ってきた。

「ルナー、ちょっと待って! 髪、僕が乾かしたい!」

「フィン、走るな。滑るぞ」

シグの低い声に制されつつも、フィンはめげずにルナフィエラの隣を陣取った。

――何気ないやりとり。
けれどそのどれもが、彼女にとっては愛しさに満ちたひとときだった。

(……幸せだな、って……また思っちゃう)

ぽつりと胸の奥で呟いたその言葉は、言葉にしなくても伝わっていたのかもしれない。

湯上がりの体を温かい寝間着に包み、ルナフィエラはみんなとともに、夜の静けさを抱いた離れの廊下を、寝室へと戻っていった。

灯籠の灯りがそっと揺れて、ぬいぐるみを抱いた少女の影を、ふわりと優しく照らしていた。
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