【完結】純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第九章:永遠の途 ― 祈りは光に還る ―

第149話・エメラルドの祈り

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それから数日が経った。

古城の中は、いつもよりも静かだった。
ルナフィエラは自室にこもり、外の風の音だけが遠くから届いていた。

そのあいだ、フィンの部屋を片づけていたのはヴィクトルだった。

扉を開けると、部屋にはまだ彼の気配がそのまま残っている。
小さなコップ。
読みかけの本。
窓辺の花。
机の上には、途中まで書かれた紙の横に羽ペンが転がったまま。

ヴィクトルは、そのひとつひとつに指先を触れながら、深く息を吐いた。

「……お前らしいな」

几帳面に並べられた書類。
整えられた寝具。
それでいて、どこか子供っぽい可愛らしさが滲む部屋だった。

棚を整理していると、指先に薄い埃が落ちた。
奥に何かが隠されている。

ヴィクトルは静かに手を伸ばした。
そこにあったのは、一冊の古びた日記帳。

その表紙には、フィンらしい丸い文字で、
小さく“ルナへは見せないこと”と書かれていた。

指先で表紙を撫でる。
彼はゆっくりとページをめくった。
そこには、“紅の儀式”の日のことが、静かな筆致で綴られていた。

ーーーー
あの日、僕は寿命を削った。
ルナを助けるためなら、何の迷いもなかった。
きっと、もう長くは生きられない。
でも、悲しまないでほしい。
僕が生きた時間の中には、いつも君がいたから。
ーーーー

ページの端が、滲んでいる。
泣きながら書いたのだろう。

ヴィクトルの手が止まり、呼吸がわずかに乱れた。

日記を閉じようとしたとき、棚の奥の小箱が目に入る。
淡い木目の蓋を開けると、中から光が零れ落ちた。

――エメラルドのブローチ。

金細工の中央に、澄んだ翠の魔石が埋め込まれている。
それを見た瞬間、ヴィクトルは息を呑んだ。
添えられている手紙の封を震える手で開く。


ルナへ

これを見つけたころ、僕はもうこの世にいないと思う。
たぶん、泣いてるよね。ごめんね。
でも、最後まで幸せだったよ。

ルナと出会って、笑って、一緒に歩けたから。
それだけで、僕の生きる理由はもう充分だった。

これから、もしも――君に危険が迫ることがあったら。
そのときは、このブローチを信じて。

ここには、僕の魔力を込めた“護りの魔法”が入ってる。
ルナが「もうダメかも」と思った瞬間、自動で発動して君を守るようにしてあるんだ。

だから、よかったら身につけていて。
そうしたら、僕はいつでも君のそばにいられる。

それが、僕の最後の“わがまま”。
何があっても、僕はルナの味方だよ。

フィン

手紙を読み終えた瞬間、ヴィクトルの視界が滲んだ。

大きな手で顔を覆い、しばらく声も出なかった。
彼は、誰よりもルナフィエラを守る立場にいながら、人間の少年が命を削っていたことを、今になって知った。

「……馬鹿だな、ほんとに……」

低く掠れた声が、部屋の静寂に溶けていった。

ヴィクトルは、ブローチと手紙を胸に抱き、目を閉じた。
その瞼の裏で、春の日差しの中で笑うフィンが、少し得意げな顔で振り返っていた。

――「ねえ、ヴィクトル。ルナの笑顔、守ろうね」

「……ああ。約束だ」

微かな笑みが、ヴィクトルの唇に浮かんだ。

彼はそっとブローチと手紙を木箱に戻した。
それは彼の掌の中で静かに光を宿し、まるで今も生きているように温かかった。


午後の陽が、古城の回廊を淡く染めていた。
風に乗って、花の香りが微かに流れ込む。

ルナフィエラは窓辺に座り、外の景色を見つめていた。

もう何日も、言葉を発していない。
食事も、少し口にするだけ。
その横顔には、涙の跡が乾いたまま残っていた。

ノックの音が、静寂を破る。

「……ルナ様」

低く、穏やかな声。
振り向くと、ヴィクトルが立っていた。
手には小さな木箱を抱えている。

「少し……お時間を、いただけますか」

ルナフィエラは無言のまま頷く。
ヴィクトルは彼女の前に膝をつき、そっと木箱を差し出した。

「……フィンの部屋を片づけていた時に、見つけました」

木箱の蓋を開く。
淡い光がふわりと零れ、エメラルドの魔石が嵌め込まれたブローチが現れた。

その瞬間、彼女の瞳が微かに揺れた。

「これ……フィンの……?」

「ええ。棚の奥に、この手紙と一緒に。――お読みになりますか」

震える手で、彼女は手紙を受け取った。
封を開ける指が、少しだけ震えている。

静かな部屋の中で、紙の擦れる音だけが響いた。

やがて、ルナフィエラの唇が震えた。
何度も何度も、文字をなぞるように。

「……“危険が迫った時、発動する魔法を入れてある”……“僕はいつでも、君のそばにいる”……」

声が掠れて、途切れる。

ルナフィエラは手紙を胸に抱きしめ、ブローチを両手で包んだ。

翠の光が、指の間から淡く零れ出る。
その光はまるで、“もう泣かないで”と囁くように、やさしく揺れていた。

「……ほんとに、優しい子……」

小さく笑いながら、また涙が頬を伝う。

「ありがとう、フィン……。
もう大丈夫。ちゃんと……生きていくから」

その言葉に、ヴィクトルは胸の奥が熱くなるのを感じた。
言葉にすれば崩れてしまいそうで、何も続けられない。

ルナフィエラはそっとブローチを胸元に留めた。
翠の光が、彼女の心臓の鼓動と同じゆっくりとしたリズムで脈打つ。

ヴィクトルはそっと目を伏せ、深く頭を垂れた。

「……きっと、フィンも喜んでおります」

「うん……そうだね」

窓の外、春風がひとひらの花弁を運んできた。

その花弁はルナフィエラの膝の上に落ち、まるで――
フィンが「ちゃんと届いたよ」と笑っているかのように、光を纏って消えた。
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